15 - 七日の成果と錬金術
約束していた七日間はあっという間に過ぎ、ついにアルさんとジーナさんは学校に戻ることになった。
帰りは馬車を使うらしい。二人は丁寧に挨拶をして、普通に帰って行ってしまったので、僕としては大分拍子抜けと言う感じだ。
そんなこんなで、店番中。
既に今日のノルマとしての毒消し薬は錬金済みで、相も変わらず『ちまちま』と、しかし莫大な量の稼ぎがあったりする。
まあ、それはそれ。
アルさんにもらった剣は、お母さん曰く『大分上質な剣』で、『鍛冶屋が作ったちゃんとしたもの』らしい。
で、お父さん曰く、『その剣を作った奴はかなりの腕前』で、『かなりの高級品』なんだとか。
そんな大したものを貰っても、暫く僕が使える目は無いから、部屋の隅に置いてあるんだけどね。
いつか振りまわせるようになればいいなあ。
振りまわす、と言えば、結局アルさんは僕に剣術を教えてくれなかった。
なんでも、まだそれを習うには早すぎる……らしい。
実際、僕の身体は決して筋肉質というわけではない。まだ早い、の意味は解らないでもないし、納得しておくことにした。
で、その七日間を経て日課が二つ増えている。
具体的には朝と夕方の二回、町を一周走る。これが一つ目。
もう一つは寝る前の、魔法の練習だ。
魔法に何ができて、何が出来ないのか。突き詰めるならば『発想と連想』の限界こそが魔法の限界であると、ジーナさんは僕に助言をくれた。
だから、というか、なんというか。
まあ、それ以上に好奇心として、魔法に何が出来るのかを確認している感じだ。
今のところ、攻撃魔法っぽいものは威力はともかく、普通に使えている。魔法と言えば攻撃、と回復、ということで、回復魔法も頑張ってみたんだけど、これはちょっと微妙。
いや、発動はしてるんだけど、実際に効果があるかどうかを確かめるためには当然、怪我をしなければならない。
何が悲しくて自分で自分を殴る意味があるのだろう。というわけで、実践したことがないわけだ。まあたぶん効果はあるだろう。たぶん。
でもって、補助魔法とかもちょっと考えてみた。ほら、防御力アップ! とか。
が、これがまた難しい。
いやだって、防御力ってそもそも何? って話なのだ。
鎧を着てれば鎧が丈夫になるとか……なんだろうし、ならば鎧を着ていない状態、服だけならば、服が丈夫になるって魔法だろうかと連想して使ってみたら、まあ、一応発動はした。
で、服が凄い硬くなった。そしたら動き難いのなんの。食い込んで痛いし。
肌が硬くなるって連想してたらあれだね、下手すると石になってたかもしれない。危ないところだった。
逆に、攻撃力アップはまだマシだった。
要するに攻撃力というのは力の強さだ。だから、単に力を強化する魔法として考えれば良い。
ちなみに、この力を強くする魔法を使っている状態ならば、剣の持ち運びは余裕になった。流石に振りまわすまではいかないけど……。
最後に、便利系魔法について。
一番最初に使った光源を作る魔法とかもこれに入るんだけど、意外と思いつく幅が少ない。
それでも真っ先に試したのは、錬金術で作ったものの品質を顕す……とかなんだけど、これは成功しなかった。
まだ僕が知らない何かがあるのか、あるいは単に魔力が足りないのか。後者の可能性も大いにあり得るので、今後も要研究といったところだろうか……。
「カナエ、お疲れ様」
と。
ぐーたらと店番をしていると、お母さんが店の方に戻って来た。
どうやらお母さんの用事は終わったらしい。
「もういいの?」
「ええ。助かったわ、ありがとう」
というわけで店番交代。
結局今日はお客さん無し。
…………。
忙しい日は忙しいんだけどね。今日は暇な日らしい。
「そうだ。お母さん、錬金術で、魔法をマテリアルにできる……って言ってたよね」
「ええ」
「何か、それで作ったものの見本とかないかな?」
「それなら、あなたが首から下げてるじゃない」
うん?
「それよ」
と、お母さんが指差したのは、ネックレスに通した『表しの指輪』だった。
ああ、そっか。これ、やっぱり魔法絡んでるんだ。
「材料は……、どうかしら。ヒント、いる?」
「んー……、自分で考える、って言いたいところだけど」
普段のお母さんならそもそも聞いてこない……よね。
なのに敢えて聞いてきてるってことは、僕が知りえない材料か、よほどの思考錯誤が必要ってことか。
それはそれで燃えるけど、ふむ。それを作って目標達成、ってわけじゃないんだよね。
「じゃあ、僕が知らなさそうな事だけ教えて」
「良い答えね。……あなたに教えていないマテリアルの選び方に、『同別の法則』と言うものがあるわ」
「なにそれ?」
「『同じ』だけれど『別の』ものを混ぜるのよ」
…………?
「表しの指輪だと、特級品と九級品の『ポーション』を使うのよ」
「同別……って、『同じもの』の、『別の品質』ってこと?」
「そう」
なるほど。
……んー。
「あとは自分で考えてみなさい」
「うん。……ありがとう」
「ええ。頑張って」
というわけで、錬金鍋の前へ。
特級品のポーションはこの前、お母さんから買ったものが三つあるからそれでいいし、九級品のポーションは自分で作れる。水の量を極限まで減らしてやれば簡単に作れるんだよね。
で、いざ錬金鍋の前に立って改めて考える。
特級品と九級品のポーションって、たぶん錬金したら五級品か四級品か、そのあたりのポーションになる、はずだ。
それなら最初から五級品、もしくは四級品あたりのポーションを使えば良さそうにも見える。
でも、お母さんは敢えてその二つを要求したし、『同別の法則』などという言葉も出してきた。
法則として名前まで付いていると言う事は、何か意味があると言う事だ。
素直に考えるならば……何かなあ。
基準?
それが品質を調べるためのものとして作る以上、品質の一番下と一番上を基準として設定しなければならない、とか。
で、指輪なんだから当然指輪も材料だよね。
だから指輪、足す、九級品のポーション、足す、特級品のポーション……が最低値。
同じく、魔法が絡んでることも確定……どんな魔法かは不明だけど、お母さんはその点については何も言わなかった。
つまり、今の僕でも発想できる事、のはずだ。お母さんがうっかりやでない限りは。
品質を調べる魔法は成功しなかった。
成功しなかったが、発動した、はずだ。たぶん効果としての連想が足りなかったんだと思ってたけど……。
うーん。まあ、一度試してみるか。最低でも三回まではチャレンジ可能だし。
とりあえず九級品のポーションを作成、無事完成。
石付きの指輪をお店で購入して、改めて錬金鍋の前に戻り、マテリアルとして指輪、九級品のポーション、特級品のポーションを投入、最後に『品質を顕す魔法』を行使してマテリアルとして認識、『表しの指輪』という完成品を想像し……、
ふぃんっ。
と、いつもと違う音がして、何かが完成した。
錬金鍋の中には、投入した指輪だけが残っている。はて?
とりあえず拾い上げてみる。指輪は……あれ?
これ何か、色々と違う……?
少なくとも示しの指輪とは違うんだけど、何だろう。
困った時は、
「お母さーん」
というわけで。
お店のほうに戻り、暇そうにしていたお母さんに出来上がったものを渡してみる。
「こんなのが出来たんだけど、何かわかる?」
「…………」
呆れと憐れみが混ざり合った視線が帰って来た。
いやでも、他に聞く人居ないし……。
結局、お母さんは指輪の鑑定を開始。
途中、ポーションや毒消し薬などを垂らしたりもしつつ、「あら?」とお母さんは首を傾げた。
やっぱり何かがおかしいらしい。
「……この指輪」
「うん」
「何かの効果が付与されてるのは間違いないのよ。……でも、その効果が解らないわね」
お母さんにも解らないのか……。
「じゃあ、失敗作?」
僕が呟くと、「いえ」とお母さんは首を横に振った。
「こうして指輪が完成している以上、完全な失敗ではないわね。品質が低い……というのは、あるかもしれないけれど」
品質が低い……か。
「だとしても、これは『表しの指輪』ではないわ。最低品質の『表しの指輪』も何度か見ているけれど、それとは違うもの」
あれ、じゃあ何が出来たんだろう。
「あなた、何をマテリアルにしたの?」
「えっと、指輪と九級品と特級品のポーション、あとは魔法を入れただけだけども」
「魔法……、何の魔法?」
「品質を調べる魔法だよ。でも、僕の感覚からしてその魔法自体は発動してるんだけど、効果が全然見えなくて……まあ、ものは試しにってやってみたの」
「そう。その材料だとどのみち表しの指輪は作れないわね」
あ、材料足りてなかったのか。
……じゃあ、なんで完成したんだ?
「うーん……。ねえ、カナエ。もしあなたが良ければだけれど、この指輪、私の師匠に送って調べてもらうというのはどうかしら」
「お母さんの師匠……って、でも、忙しいんでしょ?」
「まあね。でも、『未知のアイテムを調べる』のが好きだから、多分早めにやってくれると思うわ。対価は……、まあ、この現物を進呈することになるでしょうけども」
なるほど。
…………。
「じゃあ、ちょっと待って。もう一個作ってみて、同じようなのが作れたら、それでお願いしてくれる? 再現できなかったら……とりあえず、持っとくことにする」
「良いわよ。やってきなさい」
「うん」
結論から言えば、たぶん同じっぽい、というものが再現できたので、指輪はお母さんがその日のうちに、速達便を使って鑑定の依頼を出してくれた。師匠さんの手元には早ければ一週間で着くらしい。
で、せっかくなので、再現したほうの指輪は表しの指輪と一緒にネックレスに通して、首から下げておくことにした。
しかし、送るのに一週間か。
その日の内に鑑定してくれて、その日のうちに同じように答えを送ってくれても、結論が出るのは二週間後……。
気の長い話だなあ。




