白黒昼迄夢現

第一章 積み重ねるべきは

14 - 適応力

「ねえ、カナエくん。実は私以外からも魔法を教わった事、あるんじゃない？」

「いえ、ありませんけど……。この町、魔法使いさんなんて基本的に居ませんし」

「そう……だとしたらあなたの発想力は尋常じゃないわね。ちょっと整理しましょうか」

　綿毛をつんつんとつついて、ジーナさんは言う。

「おそらくあなたは、魔力を違和から探したんじゃないわね。恐らくは自分で感覚を設置した。そうでしょう？」

「はい。……感覚、と言われても、正直分かんなかったので、ならば『発想と連想』に従ってみようと思ったんです」

「発想と連想か。あなたの場合のそれは？」

「『魔力とは大きな紙である』と発想し、『切ったり折ったり重ねたり色を変えたり』と、連想しやすくしました」

　うん、とジーナさんは大きく頷いた。

「あなたは思い切りが良いわね。……あるいは、適応力がすごいのかしら」

　適応力？

「まあ、どちらにしても、あなたは魔法使いに向いている……かもしれないわね。いや、どうかな。魔法使いに向いていると言うより、性質的には錬金術師かしら……。『とりあえず決めつけて試してみて、駄目だったら次』は、どちらかといえば錬金術の領分よね」

　それは……確かに。

　錬金術に毒されてるな、僕。

「魔法使いとして、その発想は駄目なんですか？」

「駄目……そうね、魔法使いとしては駄目かも。私は錬金術にさほど詳しいわけじゃないから、友人の話を聞いた感じなのだけど、錬金術は失敗しても特になにも起きないだけ……なのよね？　魔法もそれに似ていて、魔法が発動できない場合は、何も起きない。ただ、何も起きないだけじゃない。魔力は消費されるわ。だから、『闇雲に決めつけて試す』だと、大量の魔力が無駄になってしまう。もっとも、どうせ寝たら消えて無くなるものでもあるの。だから、大抵の魔法使いは、新しい魔法の習得を夜にするわ。成功すればそれでよし、失敗しても特に問題なし……って意味でね」

　なるほど。

　そういえば……。

「もう一つ質問です。錬金術と魔法って、両立するんですか？」

　ゲーム的には二つの職業に同時についてる感じがするんだけど。

「ええ。それは問題ないわ。……ただ、両方とも同じくらいに『できる』は結構いるけれど、両方とも同じくらいに『抜きんでている』人はまず居ないわね。一応一人に、心当たりは居るけれど……」

　ああ、可能なんだ。

　つまり錬金術を使いながら魔法を……うん？

　いや、当然なのか？

　確か『魔法』自体も錬金術のマテリアルになる、みたいなこと言ってたしな、お母さん。

「でも、その質問をするという事はカナエくん、あなたは錬金術師を目指しているのかしら？」

「それは……、どうなんだろう。でも、僕のお母さんは錬金術師なので、お母さんのお手伝いができるのは錬金術師かなって」

「そう。お母さん思いなのね」

　ジーナさんは僕に手を差し伸べてきた。なんだろう。握手だろうか？

　恐る恐る、手を取ってみると、ジーナさんは苦笑した。

「魔法の基礎は、『発想と連想』。それさえ抑えておいて、あとはあなたのその魔力と言う感覚を忘れなければ……あなたの前には無限の可能性が広がっている。だから、のびのびと色々な事を試しなさい」

　その日、僕はあと三つほどの魔法を編みだす事に成功しつつ、家に戻った。

　さらに翌日、つまりは三日目。

　今度はアルさんだけが居て、例によって運動場へと連れてこられた。

「さて。まずはこれを、君にあげよう」

　と、アルさんに渡されたのは普通のサイズの剣だった。

　とりあえず受け取りつつも、僕としては困惑だ。

「えっと……」

　それはずっしりと重い。

　片手で持つなど言語道断、両手でも切っ先を水平より上に向けるのがすごい大変で、油断するとすぐ地面にくっついてしまうのだけれど、これ。

「これ、大きすぎません？」

「そうだな。まあ、いずれ使える日が来るかもしれない。とっておいてくれ」

「ええと……？　じゃあ、あれ？　これ、勉強に使わないんですか？」

　うん、とアルさんは頷いた。

　そっか……。

　えっと……じゃあ、何で今渡されたんだろう、これ。

「特に意味は無いな。餞別だとでも思ってくれ」

「せんべつ……プレゼント、ですか？」

「そう」

「ありがとうございます……」

　お礼を言いつつ、僕はその大きい重たい剣をとりあえず地面においた。

　いや、実際持ち運べないよこれ。

　何キロあるんだろう。

「さて、今日の訓練だけれど、ちょっと辛いかもしれない」

「辛い……ですか？」

「うん。まあ、さほど痛くは無いと思うが」

　えっと……いやでも、辛いのは嫌なんだけどな。

　なんて言えるわけも無く。

「安心してくれ。今日は一緒に走って貰うだけだから」

「走るだけ……」

　それが、辛い？

　…………。

　これ、あれだよね。

「まさか、『ぶっ倒れるまで走って貰うぜ！』的な感じですか？」

「すごいな。カナエくん、君は心が読めるのかい？」

　いや、心は読めないけど意図は読めたよ流石に。

　えー。

　倒れるまで走るのって……やだなあ……。

「ちなみに、走るスピードは私に合わせてもらう」

「ああ、しかも僕のペースじゃないんですか……」

「当然だ。じゃないと意味が無いからね」

　意味？

　それは、体力の限界値を見る、以外にも意図があるってことか。

「さて、剣はそこに置いておいて構わない。早速、走ろうか」

「……はあい」

　気乗りしないなあ……。

　アルさんが走りだしたので、僕も頑張ってついて行くことに。

　結構早い。さて、体力の限界値以外に意図があるとしたら、それは何かな。

　集団行動？

　それとも従順さの確認？

　どっちも違う気がする。

　ていうか、早いな。僕がこの前走った時の三割増しくらいの速度で、たぶん僕のギリギリ限界値って所だ。

　だからというか、なんというか、運動場を一周するころには息が上がってしまっていた。

　まだ『ぜえぜえ』とはなってないけど、これは時間の問題だよなあ……。

　考えながら走る僕と、そんな僕を油断あらば置いていきそうなアルさん。

　二週目を終えて、案の定というか、『ぜえぜえ』と息がたえたえになってきた。

　もう何か、三週目が終わるころには色々と考えるのがだるくなってくる。

　ああ、いつまで走れば良いんだろう……なんで走ってるんだっけ……、あ、四週目も終わった。

　思ったより走れてる……ていうか、なんかもう、何も感じなくなったんだけど。

　いっそ清々しい感じだ。足は重いけど、思考する余裕が再びでてきている。

　五週目。六週目。七週目。八週目。

　まだ走れる。まだ疲れ切ってはいない。

　九週目。十週目。

　まだ走れる。まだ足は動く。

　十一週目。

　まだ。

　走れ……あれ？

　がくん、と視界が落ちる。

　痛みは無い。ただ、ふと気が付いたらからだが地面に突っ伏していた。

　地面の土は、僕の汗でか、濡れている。

　頭が、ぼーっとするなあ……。

　寝返りを打って仰向けになろうとしているのに、身体はまるで動かない。

　これが……、体力の限界、なのだろうか……。

　そう理解した途端、両足が痛いことに気付いた。

　足の裏が、足の甲が、足首が、ふくらはぎが、膝が、太ももが、なんかもう全体的に痛いし、張り詰めている感じがする。

　足だけじゃない。脇腹も、胸のあたりも、なんか痛い。痛いくらいに……辛い。

「十一周……か。特に走り込みもしていないようだったし、これだけ走れれば既に十分だな」

　アルさんが何かを喋っている。

　何かを喋っているのは解るけど、まるで内容が頭に入ってこない。

　ああ。なんか、もう、疲れた。このまま、眠ってしまいたい。

　そんな事をおぼろげに思い始めた僕の身体が、僕の意識とは関係なしにひっくり返る。

　突っ伏す形から、仰向けに。

　感覚が、大分ないけれど、どうやらアルさんがしてくれたようだ。

「水、飲めるかい？」

　アルさんは何かを言う。そして僕の口元に、何かを寄せる。

　何を言っているのか、理解が出来ない。何が寄っているのかも解らない。

　ああ、でもだんだんと、じわじわと、状況は解って来た。

　疲れきると、体力を使いきるとこうなるのか……。

　だとしたら、途中でなにも感じなくなったのは……、ランナーズハイ、だっけ？

　なんかそんな現象、あったよね。それかもしれない。

　そして、アルさんが僕の口元に水の入った瓶を差し出し続けてくれていることに気付いた。

　ああ。

　水を飲めと、そう言われてたのか。

　僕は何とか上半身を起こして、瓶を受け取り、一口、二口と飲む。

　すうう、と身体の中に水が流れていく感覚。

　とても冷たくて、とても潤っていて……。

「ありがとう、アルさん」

「どういたしまして。どうかな、限界を迎えてみた感想は」

「できれば、もう二度と、なりたくない……」

「ははは、そりゃそうだろうな。……けれど。君の適応力には、驚かされるね」

　また、適応力……か。

「まあ。今日はこれで、訓練はほぼおしまいだ。家まで送って行こう。剣も重いだろうしね」

「はい……あれ、ほぼってことはまだあるんですか？」

「ああ。最後に重要な訓練が残っている」

　それはなんだろう……もう疲れるのはやだぞ……。

「休むことだよ」

「…………。はい」

　よかった。本当に。