11 - 彼らの提案
「いらっしゃいませ」
お母さんの紋切り型な接客に、お客さん達はまず、口を開いた。
「あなたがここの店主。サシェ・リバー殿で違いないか?」
「はい、そうですが……」
お母さんは言いつつもカウンターの内側に入ってくる。
「すまない。私はアル、連れはジーナと名乗っている。我々はあるアイテムを探しててな。その過程で、マリージアどのに紹介されてきたのだ」
マリージア?
誰だろう。
お母さんに視線を向けると、お母さんは少し驚いているようだった。
「懐かしい名前を聞きましたわ。……マリージア、生きていたのね」
あとで誰なのか聞いてみよっと。
「あの子が私を推薦したと言う事は、探しているのは治療系統のアイテムでしょうけれど、一体どのようなアイテムをご所望で?」
「うむ。登録名は『白露草』だ」
登録名?
って何だろう。あとでお母さんに聞こう。
しろつゆぐさ? ってのがアイテムの名前らしいけど……そんなの、この店では取り扱ってないような。
お母さんに視線を送ると、お母さんはやれやれ、といった具合に頷いた。
「いくつ必要なのかしら」
「可能ならば四つ。欲を言えば、七つ。こちらの資金が許せば、なのだが……」
「一つあたり、金貨五十枚が相場ね。四つなら、当然だけど二百枚。……七つなら、三百枚で良いわ」
「御厚意に感謝を」
二人のお客さんは深々とお辞儀をする。
そして、お母さんはカウンターの内側でメモ帳に走り書きをすると、それを僕に渡してきた。
「カナエ。そこに書いてあるものを集めてきて頂戴。全部店か、裏の部屋にあるわ」
「はい」
渡されたメモによると、材料は次の通り。
薬草、一級品の麻痺毒薬、マッチ、蝋燭、サファイア、銀の板材、紙の束。
これを七セット分。
…………。
白露草って何なのだろう。薬草を使うと言う事は、やっぱり薬草類なのかなと思ったけど、麻痺毒薬も使うんだよね。
麻痺毒薬と言うのは、毒薬の中でも特に麻痺を引き起こさせるためのものなんだけど、二級品以上の麻痺毒薬は痛覚とかも麻痺させる。つまり、麻酔の役割もあるらしい。
その二つを考えると、やっぱり麻酔かな?
と思っても、後ろの五つが完成品の想像を邪魔してくる。マッチも蝋燭もサファイアも銀の板材も紙の束も麻酔には使わないもんなあ。
謎だ、謎だ、と悩みつつも材料を集めて錬金鍋の横に纏めておいて、お母さんの元へと戻る。
「準備できたよ」
「そう。じゃあカナエ、接客お願い。私はちょっと錬金してくるわ」
「うん」
そう言ってお母さんは錬金鍋のある部屋へと移動。
それを見て、二人のお客さんは安心したような、そんな表情になった。
「…………?」
何故だろう、という僕の視線に気づいてくれたようで、青年、アルさんは親切にも教えてくれた。
「君は、白露草というものを知っているかな」
「いいえ。僕がお手伝いを始めたのは、まさに十一歳の誕生日の翌日からなので、全然……」
「そうか。一応、分類では治療系の道具ということになるのかな……。非常に、そう、非常に強力な薬草だ。その表面に白い露のようなものが見えることから、白露草と名付けられている」
非常に強力な……薬草?
つまり、本来は常に一定の品質であるはずの薬草の特級品を擬似的に作った……って感じかな?
だとしたら必要のなさそうなマテリアルが沢山混ざってるけど。
そして補足してくれたのは、ジーナさん。
「ただね、あれは少々、強力に過ぎるのよ」
「強力すぎる?」
「ええ。人間の傷を癒すのには使えないの」
うん……?
傷を癒すのには使えない強力な薬草?
「じゃあ、何に使うんですか?」
「『道具』だよ。武器や防具……それも、特に高品質な、特級品の武器や防具の修繕に使うんだ」
「物についた傷を癒す、薬草……?」
「そう。その通りだ」
それはもはや薬草とは別物だな……ああ、だから『薬草』って名前につかないのか。
銀とか蝋燭を使うのは、そのあたり……だとして、マッチとサファイア、紙の束がよくわからないな。
ポーション作りにおいてのニンジンみたいな、効果を高める補助素材ってところだろうか。
「君のお母さんは、それを作れる数少ない錬金術師なのだそうだ。良い母親だな」
へへ。
お母さんのことが褒められて、何となく嬉しくなるのは、やっぱり子供だからかなあ……。
「ふと、思ったんですけど。でも、物についた傷を癒す……って、普通に修理したほうが安いと思いますけど」
「ああ、そりゃそうよ。普通に修理できるなら、そっちの方が絶対いいわ。でも、普通に修理できないものも結構あるの。何らかの効果が付与された道具は、大体そうね」
ふうん……?
そう言えば、まだやったこと無いけど、魔法の効果を鎧に付与したりできるんだっけ。
そう言うのは普通の修理が出来なくなっちゃうのか。
ゲーム的には……うーん。
買ってきた武具に追加効果を付与した後は修理が出来ない、とか?
うん……? でも、だとしたら……?
「どうしたの?」
「いえ。……それなら、白露草の需要、もっとあるんじゃないかなあ、って思って」
「ああ。……と言う事は君、白露液も知らないんだね」
しろつゆえき?
「名前的には……えっと、白露草の液体版……って感じですか?」
「そう。白露草と比べると効果がかなり大分落ちるんだけれど、金貨一枚で買えるんだ。そして大概は、それで十分修理できるんだ。けど、今回は損傷が深刻でね。白露液でもいつかは治るとは思うが、いつまで掛かるか解ったもんじゃあない。だから、白露草を調達して欲しいと、そう頼まれたんだけれど、白露草は供給が基本的に無くてね」
なるほど。
でも、白露草と白露液って、薬草とポーションの関係っぽいよね。
たぶん白露草と水で作れると思う。
そしてそれなら、よほどの大失敗でもない限り、白露液って白露草と同じくらいの効果が……、ああいや、ここで基礎的な事が絡んでくるのか。
いつぞやの実験で、ポーションをジュースに混ぜてもポーションとしての効果がある事は実証済みだ。但し、その場合はジュースを飲み干さないと駄目だった。
逆に言えば、ポーションを同量のジュースに混ぜて、半分ずつに分ければ、ポーションの半分の効果を得ることができるわけだ。
ポーションの場合は錬金術師ならば大概作れるだろうから、そんな使い道をする人はまずいないんだろうけど、白露液はたぶんそこの事情が違う。
白露液のマテリアルはまず間違いなく、白露草と水だ。ただし、薬草と違って白露草は滅多に流通しない。だから白露液の流通も少ない。
そこで、白露液を何倍にも水か何かで薄めて使っている……とか。だから単価が大分安いと。
いやでも、水で薄めるという行為について、お母さんは呆れてたな。何故そんな無意味な事を、みたいに。
ならば別の理由が……、薄めないと駄目な理由がある……、折角効果が高いのに、薄めないと駄目……?
…………あっ。
そうか。そう言う事か。
つまり、水で薄めるタイプの『麺つゆ』……だとなんか違うか。理科の実験で使った塩酸、とかのほうが近いかもしれない。
さっき言われたように、白露草は『人間の傷を癒すのには使えないほどに強力』で、僕が想像する本来の白露液はそれと同等の効果を、『ポーションのように効果を即時に顕す』というものだ。白露液が触れた時点で効果が出るならば、たとえばちょっとこぼしちゃって手に付いた、とかのときに凄く困るのかも。だから触っちゃっても大丈夫な程度に薄めてあると。
うーむ、奥が深いな。単に効果を強くすれば良いわけじゃないのか。
「なるほど……だからお母さんは、それを常備してないのか……」
「うん? 何か解ったのかい?」
「いえ。あんまり強すぎるのも、却って危ないんだなって」
ですよね、と聞くと、アルさんとジーナさんは顔を見合わせた後で苦笑しながら頷いた。
「ねえ、幼い店主さん。あなたのお名前は?」
「カナエです。カナエ・リバー」
「そう。カナエくん。あなた、商人としては微妙かもしれないけれど、あるいは私たちのような生き方には持ってこいかもしれないわね」
「お姉さんたちみたいな……、ですか?」
結局、この人たちって何者なんだろう。さっきははぐらかされたけど。
ジーナさんはアルさんに視線を向けると、アルさんはため息を一つもらして、「いいぞ」と言った。
それを受けて、ジーナさんは居直り、改まった敬礼をしつつ僕に言った。
「私は『国立学校』第四学年、魔法科第一席。ジーナよ」
「同じく、『国立学校』第四学年、戦闘科第三席、アルだ」
…………、うん?
「国立学校は三年間の基本課程で成績を残すと、追加で三年間の専門課程に進むことが許されるの。私は魔法使いとしての、アルは戦闘科、つまるところ冒険者や騎士としての専門課程に在籍する生徒ってことよ。だからもし、あなたが受験をするならば。そして、入学する事が出来れば、あなたは私たちの後輩と言う事になるわ」
なるほど。先生じゃない、けど関係者って何だろうと思ったら、そうか。生徒か。
灯台下暗しってやつだな。深読みし過ぎた。
でも、あれ?
「……生徒さんって、基本的に寮生活なんじゃ?」
「ああ、確かにそうだ。だけど、専門課程に進むと、学校の外で勉強や訓練をすることも多いんだよ。今回私たちが『白露草』の調達を依頼されているようにね」
なるほど……なのか?
実戦形式、みたいなものだろうか。
「それは……知りませんでした」
素直に言うと、二人は揃って笑った。
「良いわね。カナエくんは。……ねえ、アル。期限まではまだ結構、余分な時間があるのよね」
「……ジーナ。まさかとは思うけど」
「そういうアルも頬が緩んでるわよ」
え?
「ねえ、カナエくん。もし良かったら一週間くらい、私達と勉強してみない?」
「勉強……ですか?」
「ええ。私は魔法を少しだけど教えてあげられるし、アルも戦闘はそこそこ得意な方よ。魔法に戦闘が出来て、最低限の算術ができるならば、受験も突破出来るわ」
「…………」
なんか、ズルじゃない? それ。
僕のそんな視線に気付いてか、やれやれ、とアルさんは首を振る。
「別にずるくは無いんだ。……まあ、身内の恥って感じでもあるんだけれど。実際、国立学校に入学できた生徒の過半数は、卒業生からの指導を受けているからね」
やっぱりズルいと思うけど……。
「ああ、安心してくれ。試験の内容については、私たちでは助言が出来ない。……そもそも、毎年方式が全然違うからな」
ふむ。
そう言う事なら、ズルではないか。
しかも渡りに船な提案だな。
中学校を受験する子の大半は塾に通ってた、みたいなものだと考えれば、そこまでズルでもないし。
「お母さんに相談しても、良いですか?」
「ああ。構わないよ。というより、私たちから、君のお母さんに提案してみよう。そのほうがスムーズだろうしね」




