100 - 来訪者・木天蓼
円卓は結局、大魔法による三点儀式の代替を承認した。
それに合わせて、その場で大魔法三種の行使を実施、滞りなく、三つ合わせて五分ほどで無事に展開完了。
「それぞれの陣営で確認は行うとして、他に報告はあるだろうか?」
「私から一点」
と、イスカさんが解散前にと手を挙げる。
「『禊の楔』は、踏破を目指す全員分が調達できる見込みだ。暫定拠点にすでに運んでいるが、在庫が千を切り次第順次追加する」
「……なんというか。今回の遺跡は規模が前代未聞だが、それと同じような前代未聞なほど、道具を贅沢に使えるな。さすがは錬金科か?」
「…………」
イスカさんはあいまいに笑みを浮かべ、ヴィクトリアさんをごまかした。
……僕が作ったという点は、内緒にしておくらしい。了解。
もっとも、すぐにばれそうだけど。ここにいる人たちには。
で、それ以外には特に報告もなく、
「では、次回開催は明日午前八時半。円卓とする。解散」
と、二回目の円卓は解散された。
もう終わり?
ていうか円卓、決めることが意外と少ないぞ。
いや、決めることを決めてから集まってるからなんだろうけど……。
「さて。カナエくん。ヨーゼフくん。そういうことですから、これからしばらくの間、ノルちゃんを預けます」
「はい。……はい?」
わかりました、と頷こうとして、あれ、と僕は聞き返す。
預ける?
どういう意味だ?
「ですから、ノルちゃんをあなたたち二人の護衛にしてもらうのです。ノルちゃんの正体は教えた通り。ならば、あなた方を護るくらいの働きはできますよ」
「俺、そのノルちゃんに引っかかれた挙句猫パンチも喰らったんですけど……」
「一種の愛情表現です」
『適当いってるなあ、ご主人。単にイラっとしただけだよ?』
ノルちゃんはジト目でカティアさんをにらみながらそんなそぶりを見せた。
おい、飼い主とノルちゃんの言葉が逆を向いてるぞ。
しかし洋輔は気づいていないようで、やれやれと首を振る。
「……まあ、なんていうか。俺が反対しても、」
「反対するの?」
「……いや」
「するの?」
「……だから」
「するなら……決闘だね?」
「…………。見ての通り、カナエは猫が大好きなので。こうなると絶対に我を通すと思うんで、えっと、ありがたく受け入れさせていただきます」
「そうですか。ありがとうございます」
「さすがヨーゼフ。そう言ってくれると信じてたよ」
「そうか。信じてくれてたか。てっきりそのナイフを見て真剣にやる気かとおおもったぞ」
「反対されてたら決闘もやむなしだったけど」
「…………」
まあ使わないで済んだので、危ないものはまた鉄塊にふぁん、と戻して置いて。
そんな理由で、僕たちの部屋の住民として、ノルちゃんが加わることになったのだった。
「餌とか。何を挙げればいいんですか?」
「大概のものは食べますよ。普通の猫じゃありませんし」
ふむ。猫又の好き嫌いって何なんだろう。
「それと、当然ですが、餌代はこちらで拠出します。安心してくださいね」
なら、ちょっと贅沢させてあげられるな。猫まんまとか作ろうか。
ああ、でもお米がない……。
ううむ、やっぱり真剣にお米の錬金を試してみるべきか。材料に検討もついてきてるし……。
「さて。ノルちゃん。この二人のことは任せますよ」
『もちろんだよ、ご主人。……でもさあ。ご主人とさえいまいち意思疎通できてないっぽいのに、この子たちとどうやって付き合えばいいんだろうね?』
うん?
「あれ? ヨーゼフ、使い魔の契約って、意識の共有スペースでどうこうって言ってたよね」
「ああ。ただまあ、結構それもあいまいというか、相性によってスペースの広さが違ってな。かなり大量の情報をやり取りできる場合もあれば、ほとんどできないこともある」
「ふうん……」
じゃあ、ノルちゃんとカティアさんは狭い方……ってことか。
「じゃ、帰りに猫砂とか買わないとな」
「大丈夫。全部材料があるから、全部作れる」
「…………」
「ノルちゃん好みのやつ作ってあげるね」
『なんだろうね。すごく嬉しいのだけど、そっちの子と同じでむしろ理不尽を感じるよ?』
ノルちゃんを抱きかかえながら言うと、ノルちゃんはそんな感じに表情を動かして伝えつつもご機嫌そうだ。
うむ。これから猫のいる生活。一気に生活が充実するな。
というわけでまたまた自室に戻り、僕は早速ノルちゃん向けの設備工事を実施。
猫用トイレからキャットタワーまで、いろいろと作ったところでノルちゃんが、
『いやいやいや。なにもここまでしなくても。仮住まいだし。というか、あれ? もしかして外に出してくれないのかい?』
みたいな感じに髭を揺らして聞いてきたので、
「外に遊びに行きたいなら、ベランダの窓なり玄関の扉なりを開けてあげるけど。帰り、大丈夫?」
と聞き返した。
何を突然言ってんだよ、みたいな抗議を挙げる洋輔をスルーしてノルちゃんに注視していると、
『ならば戻るときには扉をたたくことにしよう。それでいいかな? まあ、理想を言えば入り口を作ってもらうことなのだけれど。それをすると音が漏れちゃうからね、我慢しよう』
目を細めてノルちゃんはそう訴えてきた。
ま、そのあたりが妥協点か。
「……なあ。なんかさ。薄々思ってたんだけど、お前らなんか意思疎通できてねえ?」
「んー。どうだろ。僕が言ってることをノルちゃんは理解してくれてるみたいだけど……」
『あ、そっちの子もやっぱり思った? なんか変だよね。さっきからいい匂いの子はこっちが思ってることを見事に的中してくるというか……』
と、尻尾と耳を揺らして訴えてくるノルちゃん。
…………。
え?
「あれ? そっちはわからないの?」
「ああ。まるで分らん。むしろお前、何がわかってるんだ」
「ノルちゃん側も不思議がってるみたいだよ。思ってることを的中してる、みたいに」
『え? 本当に通じてるのかい?』
「うん。なんとなくだけどしぐさでわかる」
『三足す六は?』
「九」
「なにが九だよ、なにが」
「いや、今ノルちゃんが『三足す六は?』って聞いてきたから……」
…………。
あれ?
「……なあ、ノルちゃん。ちょっと確認したいんだが。えっと、俺の言葉がわかるか? わかるなら、右手を伸ばしてくれ」
洋輔の問いかけに、ノルちゃんはすんなりと右手を伸ばす。
「うん。じゃあその上で聞くけど、お前のご主人、カティアさんとの間の共有スペース、実はものすごく小さいのか?」
『そうそう。契約時点で力量はこっちの方が上だったこともあってねえ、ご主人との間の共有スペースが少ないんだよ。だから、言葉を伝えることすらできないんだよね。大まかな感情を伝えたり、「何か危ないぞ!」とか伝えることはできるけれど、何が危ないとか単語を伝えることはできない。お互いにだ』
「……ノルちゃんはなんて言ってる?」
洋輔の問いかけに、ちゃんと言葉に直して普通に答えると、洋輔とノルちゃんは顔を見合わせて、次に僕に視線を向けてきた。
「使い魔の契約における主従曖昧化問題か……? いや、それで説明できるのは共有スペースの少なさだけで、なんでこの二人が意思疎通できるのかってところとは別だよな……」
「何かおかしいの?」
「何か、というか全部だな」
『そうだね。全部おかしいね』
一人と一匹からそろってダメ出しをされた。
ひどいと思う。
「となると、あとありうるのは二重契約、くらいしかないんだけど……。当然だけど、佳苗とノルちゃんって知り合いじゃないよな」
「うん。ノルちゃんとそっくりな黒猫は、前にあっちで見たけど……、でも、あの子は別猫でしょ?」
『あっち? 故郷のことかい?』
「まあ、そんな感じ」
「おい。二人だけで会話するな。俺が理解できない」
「故郷について聞かれたの」
あっち。
まあ、地球のことなのだけど。
地元の野良猫に、このノルちゃんとそっくりの黒猫は確かにいた。
でもあの黒猫は黒猫で、猫又じゃなかったと思うし、猫又だったとしても世界が違う。
「で、二重契約って何?」
「ああ、使い魔の契約を二重に行うってやつ。普通は出来ねえんだけど、何らかの理由で主従契約が途切れた後、別の相手と使い魔の契約を改めて結んで、そのあと何らかの理由で元の主従契約が復活したってパターンでのみ起きるんだ」
「主従契約が途切れて、復活するってどういうパターン?」
「んー、そこは正直解ってねえんだよ。とにかく例が少なすぎる」
なるほど……。
「ノルちゃんは、ノルちゃん。あの事はやっぱり、別猫だと思うけど……」
『あの子って、どの子のことだい?』
「えっとね。地球ってところの、とある町の、野良猫」
『地球……?』
はて、とノルちゃんは首をかしげる。
『なんだか懐かしい響きだけれど、それはどこにあるんだい?』
…………。
あれ?
「どうした?」
「ヨーゼフ。……ううん。洋輔」
「……おい。そこ」
『妙な響きの名前だねえ。だけれど何より妙なのは、その響きに聞き覚えがあることか……』
「洋輔、僕の名前を呼んで」
「うん? カナエだろ。カナエ・リバー」
「そっちじゃない」
「……渡来佳苗」
『ん……んん?』
ノルちゃんは唸りつつ首を傾げ、尻尾をゆらり、ゆらりと揺らめかせた。
『いや、覚えてるわけじゃないけれど……うーん? なんだろうね。なんだか懐かしい……ような』
ゆらり、ゆらり。
『そう、あのたまり場では、その人間のことがいつも話題に……、誰だったかなあ。いや、そもそも、そのたまり場はどこで……』
ゆらり、ゆらり。
『いい匂いの……男の子……』
ゆらり――ぴたり。
「僕も洋輔も、大概『ありえない』ことを経験したつもりだけれど――まだ、僕たちの想定は甘かったみたいだね」
「何が言いたい?」
「ノルちゃん。もしかしたらあの黒猫なのかも」
「……は?」
似てるし。
なんか覚えてるっぽいし。
「いやいや、なんで地球の日本の、あの場所の猫がここにいるんだよ。俺やお前がここにいるだけでもおかしいのに」
「逆だよ。僕と洋輔がいる。だから、他にもいるかもしれない――ただ、僕が思い出したあの場面の猫とはまったくの別猫だけども」
「……だとしたら、あれか? もしかして渡来佳苗が妙に猫になつかれてたのって、使い魔の契約をしていたから……とか」
「それはないでしょ。あっちの世界には魔法がない。あっちの世界の僕はただの子供だった。そのことを一番、そうでなくとも二番目によく知ってるのは洋輔だよ」
「まあ、そうだけど」
そう。
渡来佳苗はただの人だった。錬金術が使えるわけでもなければ魔法が使えるわけでもない。
よくいる、ただの子供に過ぎなかった。
「……僕がノルちゃんとよく似ている黒猫と、最後に会ったのは、卒業式の直後くらい。僕たちが『こっち』にくる、二十日前くらいなんだ。それから見てないから、『どっか行ったのかなー』とか思ってたけど。……もしかしたら、あの黒猫がこっちにきて、ノルちゃんになったのかも。で、魔物化して、猫又になった。猫又になったことで思考能力が上がって、おぼろげに覚えていたあの黒猫の時代のように、人間と共生することを選んだところを、カティアさんと契約した、とか。ねえ、ノルちゃん。ノルちゃんの最初の記憶……覚えている中で一番古い出来事は?」
『……私が猫又になった時かな。ふと、気づいたら猫又になっていたんだ。まあ、尻尾は気合いで戻せたから、そのあとも普通の猫の振りをしてたんだけど――まだ幼かったご主人に見つかって、その後いろいろあって契約したのさ』
「猫又になる前のこと、覚えてる?」
『うーん……。明白に覚えていることはないね。ただ、どこか遠くの景色を知っている。奇妙なことだが、灰色の大きな建物とか、夜になると勝手に明るくなる丸い柱だとか。あれは、どこだったのかな……』
勝手に明るくなる柱。電柱のことかな。街灯ついてることもあるし。
「渡来佳苗は魔法使いじゃなかった。あの黒猫も魔法は使えなかった。だけどあの黒猫がこっちに来て、階位『十』の魔物――猫又になったことで、猫又は魔法を使えるようになった。そこで不完全に使い魔の契約が発生しかけた。そこに僕がいなかったから、発動には至らなかった。それでも僕との間に精神の共有スペースが作られた……とか。さすがに都合がよすぎるかな?」
「ああ。さすがにそりゃねえだろ……って言いてえけど、でも、俺もお前も大概だしな」
ありえないとはいわねーさ、と洋輔は両手を挙げて降参のポーズをとりつつ言った。
画して、思いもよらず縁は集う。
多大なヒントを伴って。




