吸血鬼の夏休み
俺は太陽に嫌われている。
世界を明るく照らす陽の光は、多くの場合人々に安らぎを与えてくれる。植物に至っては、光合成という二酸化炭素を吸収して酸素を放出するなどの現象を起こしている。
だけど、中には例外も存在するのだ。
メリットの裏にデメリットが存在するように、俺にとって太陽という存在はデメリットなのである。
「………………あっつ」
夏の強い陽光が、多くの人々が行き交う街を照らす。
何となしに周りを見渡すと、行き交う人々はみな涼しそうな格好をして歩いている。半袖のTシャツに短パン姿の男性、ワンピース姿の女性。他にも涼しそうな格好をしている人々がたくさんいる。けれど、そこに一人だけ可笑しな格好をした人がいた。
時刻は午前十時。まだまだ日差しの強さがこれから増すというのに、パーカーのフードを目深に被った少年。
そう、他でもない俺である。
行き交う人々は俺を奇妙なものでも見たかのように、目を見開いている。けれど、すぐに視線を逸らす。薄着をしているとはいえ、熱気が立ち上る街中を歩いているのだ。無駄に暑苦しい姿をしている俺なんて見たくもないはずだ。
「ほーんと、暑いよね。となりに厚着をしている人がいると余計に暑く感じるよ」
「だったら離れて歩きゃいいだろ」
「そんなの微々たる差だよ」
それもそうか。
最高気温三十六度。それだけ暑ければ一緒にいようが離れていようが大差はない。
俺はパーカーのフードを目深に被りなおすと、はあとため息を吐く。
「まあ、それは里紗だけであって、俺は太陽が強くなれば強くなるほど死にそうになるんだけどな」
そう、俺は太陽に嫌われているのだから。
そんな俺の様子を里紗はけらけらと笑いながら呟く。
「あははは、それは仕方がないよ。ゆっきーは吸血鬼の体質なんだから」
「はあ……まるで他人事だな」
「いやあ、本当に他人事だからね」
「お前ってたまに冷たいよな」
「失敬な。本当に冷たい人間なら、陽に当てられすぎて倒れた時のために一緒にいてあげないよ」
口の中に食べ物を詰め過ぎたリスのように頬を膨らませる里紗。
そんな里紗の様子に笑いそうになりながらも、半眼で俺を睨む彼女の視線に気が付き住んでのところで笑いを収める。
「分かってるさ……なんつーか、ありがとう」
「どーいたしまして」
里紗はニコッとほほ笑む。
「ああ」
この俺――來間行人は吸血鬼だ。
正確には吸血鬼体質の人間といったほうが正しいのだが、みんなが頭に思い浮かべる吸血鬼と何ら変わりない。
この体質のおかげで体が頑丈だったり、傷を追っても数分で治ったりと色々と便利なこともある。
しかし、どんなことにもデメリットはある。
今までの会話から分かる通り、俺は太陽に弱い。西洋の伝承に語られるような吸血鬼とは違い、日光に当たっても灰になることはないが、肌が焼けるように痛い。日焼けクリームを縫っても効果は微々たるもので、それを防ぐためにも渋々夏場にも関わらずパーカーを着てしのいでいるわけである。
何でこんな体質になっているのか。
それを話すとなると、俺は頭上に浮かぶにっくき太陽について触れなければならない。
俺たちの頭上で生活を支えてくれている太陽は、突然の異常により活動が活発になっている。専門家の話によると、黒点の数が観測史上多く、その影響により太陽の活動が異常になっているらしい。
そして、その異常活動が原因で太陽の光に、人の遺伝子を組み替えるような能力が加わってしまった。その 結果、俺の体は吸血鬼の体質になってしまった。
自分でも思う。
何たる皮肉か、と。
太陽の影響でこうなったのに、太陽に嫌われている何て皮肉としか言いようがない。
ちなみに全員が全員何かしらの影響が出ているわけではない。俺みたいに何かしらの体質変化が起こっているのは、全人類の数パーセントほどだ。(さらに言えば、人間に限ったことだけでなく、他の動物にも影響が起こっている)
「ゆっきー大丈夫?」
ずっと黙り込んでいた俺の様子を心配した里紗が、上目づかいに尋ねてくる。
「今んとこは大丈夫だ」
「そっか、良かった。あ、そうそう、前にも話したけど夏休みに入ったらみんなと海に行く予定だけど、ゆっきーは本当に来ないの?」
「さっきの今でよくそんなことが言えるな! お前は俺をどうしたいんだ⁉ つーか、行かないからな!」
「んーずっと海中にいれば日光が当たらなくていいから、大丈夫なんじゃない」
「俺の話は無視ですか⁉ ていうか、確かに日光が当たらなかったら大丈夫だけど、別の意味で死にそうになっちゃうからね!」
もう会話が目茶苦茶だ。
はあ、と俺はため息を吐く。
横目で隣を歩く里紗を見るが、彼女はよほど俺をからかえたことに満足したらしくけらけらと笑っている。優しいのか冷たいのか全くわからない。
しかし、里紗は急に笑いを引っ込めると、珍しく真面目な表情で呟く。
「そっか、ゆっきー来られないのか」
「別に俺がいなくたって困るこたぁないだろ」
肩を落として残念そうに呟く里紗にそう言ってやる。だが、里紗は納得しがたいのか、唇を尖らせて俺のすねを蹴り上げる。
「いってぇな⁉ なにすんだよ⁉」
「だってさ、だってさ! せっかく可愛い水着も買ったんだよ‼ それなのにゆっきーがいないんだもん……つまんないよ」
表情をしゅんとさせる里紗だったが、何故か顔を真っ赤にさせて、バタバタと両手を動かし始める。簡単に言えば、慌てているのだ。
「べ、べつに、つまらないっていうのは、ゆっきーのことが気になるとか好きだとかそういうわけじゃないからね! 勘違いしないでよね!」
「何で急にツンデレ口調になるんだよ。まあ、良いけどさ」
俺は気にすることもなく、再び歩き始める。
慌てていた里紗も、俺が興味を示さなかったからかほっとしたように息を吐き、俺の隣を歩き始める。けれど、一瞬だけ頬を膨らませていたような気がする。
「ねえ、本当に行かないの?」
「行かない。死にたくないからな」
「んーならさ――」
里紗は一拍間を置いた後、
「お祭りにいこ! おーまーつーり!」
ニッとほほ笑んで言う。
「お祭り?」
「そう、お祭り! 夜だから大丈夫っしょ! 浴衣とか着ていこ!」
「……そうだな」
しばし俺は考える。
確かに陽が沈んだ夜ならば、俺も自由に行動できる。出店をぶらぶらしながら、美味しいものを食べて回るのも悪くないだろう。
それに、水着姿を見られなくても浴衣が姿を見られるのなら俺としても嬉しい。
「どうする?」
「わかったよ。仕方がないから行ってやるよ」
内心を読み取られなくない俺は、ぶっきらぼうに言ってやる。またさっきみたいにすねをけり上げてくると思って覚悟していた俺だったが、意外にも蹴りも拳も飛んでこなかった。
変わりに太陽のように明るい光を放つ満面の笑顔を見せてきた。
「じゃあ、約束! 楽しみにしているからね、ゆっきー!」
夏場の午前十時。
陽光の強さはこれからも増していくだろう。
吸血鬼体質で、太陽に嫌われている俺にとっては厳しい環境だ。
けれど、と思う。
里紗の放つ眩しい光になら、焼かれてもいいかもしれないと思うのであった。




