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ドリームダイバーズ  作者: は〜げん
23/26

第23話 散る思い、託される思い

やぁ、僕様はハキーカ。うん。死んでると思った?残念。生きてるんだよね。

前回は……そうだね、色々あったねぇ……気になるなら見てみようよ。大丈夫。無駄な時間なんかじゃない、と、思えば、無駄な時間なんかじゃないからね。ふふふ……

「…………Dr.トーマス。そろそろ休憩したらどうです?」

「ははは。ありがとう、悟くん。でも、そういうわけにはいかないんだ。僕は僕ができることをしないといけない……あの子達にだけ、危険な目に会わせたくないしね」


そう弱々しく笑う見た目が初老の男性、Dr.トーマス。彼は今、ある事を調べ上げていた。内容は、ハキーカという男性についてだ。


彼はマコト達が死んだと言っていたが、なんとなくDr.トーマスは死んでるとは思えなくて、調べ続けていた。しかし、少し調べれば調べるほど、死んでるとは思えなかった。


「不死身のドリームダイバー……ハキーカ……でしたよね。でも、実験は失敗。普通のドリームダイバーとして殉職した……」

「そう。でも、多分違う。科学者の血が騒いでるんだ」


Dr.トーマスは、そういうが、悟はなぜそうなのか一切わからなかった。なぜ、死んでないとは思うのか?


それは口に出さなかったが、Dr.トーマスはわかったのだろう。書類を数枚取り出して、悟に渡す。悟はそれに目を通す。


「……やっぱり、実験は失敗。としか書いてませんが……」

「そこが、おかしいんだ」


悟はそう言われて首をかしげる。どこがおかしいのだろうかと、悟はぼそりと呟く。Dr.トーマスはその声を聞いて、しばらく考えるようにして、口を開ける。


「コンコルドの誤りって知ってる?つまり、お金をかければかけるほど、よほどのことがないと実験とかは続けるんだ」

「だからおかしいと?」

「そう。それに、書類の枚数が少なすぎる。普通は10枚100枚の数があるはずだ。なのに、復元できたデータの書類は2〜3枚。少なすぎるとは思わないかい」


確かに、言われてみたらそうだ。だがもし、本当にハキーカが生きていたら?不死身だとしたら?どうやって倒せばいいのだ?


「まぁ、とにかくその倒し方を探すために、今僕は調べてるのさ。意味はないかもしれないけど、無駄じゃないと思うしね」

「わかりました……なにか、手伝えることがあったらおしえてください」

「ははは。ありがとう、気持ちだけ受け取るよ」


Dr.トーマスはそう礼を告げて、また、作業に戻る。悟はそれ以上声をかけることができなくて、失礼しますと言い、部屋から出て行った。


部屋から離れれば離れるほど、なんとなくだが調べ物をする音が耳にこびりついて離れなかった。


「不死身……死ぬとがない……か」


そう呟いて、悟は首にかかっている枕のネックレスをぎゅっと握りしめた。


しばらく握りしめると、自分の手の上に、もう一つの手が乗っかってきたような気がした。気のせいだと思う。しかし、気のせいと思いたくなかった。


「そうだよな。きっと、お前は後悔してないもんな。だったら、俺も……」


そうつぶやく声に対して、どこかでそうだねという声が聞こえてきた。これはきっと、気のせいではなかった。



◇◇◇◇◇



「……おや、みんないらっしゃい」

「あ、悟さん。お邪魔してまーす」


悟がDr.トーマスの研究室から出て、ドアを開けると、その部屋になのは達が何やらワイワイとしていた。


すると、春香がトテトテとやってきて笑いながら一枚の写真を渡す。それは、いつか春香が撮影した写真であった。アリスの誕生日プレゼントだったか。しかし、それをもらっていいのかわからなかったが、せっかくだからと悟は自分のポケットの中に入れた。


「そういえば悟さん。おっちゃんと一緒になんについて調べてたんだ?」


マコトが悟にそう聞くと、悟はすぐにハキーカのことだと言った。もしかしての話だが、ハキーカが生きてるかもしれない可能性も一緒に伝えた。


しかし、その言葉をマコトは笑って受けながす。目の前でハキーカがソンジュに殺されるところを見たのだ。あれで生きてるはずがないとマコトは言う。


「そもそも生きてたとしても、もう動けねぇだろうよ。あんなにされてたんだし……だから、気にしすぎだぜ、マコトさん。おっちゃんにもそう伝えといとくれよ」


そうマコトは言うが、先程Dr.トーマスの話を直に聞いたものとしては、その言葉に素直に頷けない。


しかし、マコトの言う通りに最悪の事態だけを想定して行動するのは、気分が落ち込むだけで、いいことはあまりない。


「…………ハキーカ……意味は『現実』……人を夢から覚ますために作られたか……何か嫌な予感はする……」


カナエだけはボソボソと何かをつぶやいていた。が、その声は誰にも聞こえてなかった。


すると玄関の方からこんこんとドアをノックする音が聞こえた。ドアの近くに立っていたあやめがインターホンから外を見るが誰もいない。


仕方なしにドアをゆっくり開けると、ドアの前に紙が落ちていた。それを拾い上げて、しげしげと見つめる。


「こんなのが落ちてたでござるよ」


あやめはそう言いながら、紙を開けて中に書いてある文章を読み始める。


「えっと……『ここのドリームダイバーの皆様にお願いしたいことがあります。どうか息子を夢から覚ましてください』……あ、場所は拙者がよく行く病院でござる」


そう言ってあやめはその紙を皆に見せる。確かにあやめがよく行く病院の名前と、病室の番号が書いてあった。


「あ、ここにいる人。わたくし知ってますわ。たしか、1年ぐらい前から目覚めない男の子でしたわね」

「……本当だ。三月病院って書いてある……」


まさか三月グループがここまで事業展開としてるとは思わなかった面々は、改めて三月グループの凄さを知ってしまう。


「ま、いいや。とにかく行こうぜ。今回は出張番だな」


マコトがそういうのを皮切りに、ドリームダイバー達3人がぞろと研究所から出て行った。春香とアリスも少し慌てながら追いかけていく。


残ったのは、悟とカナエの二人。カナエはまだブツブツと何かをつぶやいており、悟はそっとしておこうとしてここから出て行こうとする。


「……悟さん」


しかし、カナエに呼び止められて、足を止める。カナエの近くまで歩き、話を聞く体制をとると、カナエも悟を呼んだ口のままで、言葉をつなげる。


「ハキーカの話をしていただろ?私はハキーカは生きてると思ってるんです」

「……やっぱり、か」


カナエが生きてるというなら、そうなのだろう。なんせ彼女は未来が見える。彼女が言った未来はほぼ的中をする。


一部例外はあるが。


しかし、だとしたら解せないところがある。カナエは今生きてると『思ってる』と言っていた。未来を見たなら、思ってるではなく、『思う』と断定するのが普通なのではないか?


そんな悟の疑問を汲み取ったかはわからないが、カナエは躊躇ったように間をあけて、口を開ける。


「実は……未来が最近見えないんです。いや、正確に言えば未来が安定しない」

「安定しない……」

「そうなんです。理由はわかってる。最近、未来が何度か外れている。それが大きいのでしょう」


そうカナエは言って大きくため息を吐く。カナエはカナエで大きな問題を抱えているのだろう。しかし、カナエに声をかける事は悟にはできない。彼女とは何もかも生きてる世界が違うからだ。


ただ単に、余計な事を言ってしまったらという考えがあるだけかもしれないが。


「……未来ですが……前に一度、なのはが来る前に見た未来があります。私が見たのは世界がなくなる未来」


世界がなくなる。そう言われて流石の悟も驚いたような声を上げる。それに気づいたかはわからないが、カナエはさらに言葉をつなげる。


「その未来で見たのは……荒廃した世界。小さな影と、その影が立ち向かっていたのは……巨大な影」

「巨大な影……もしや、それが……?」

「はい。マコト達の話が本当なら、ハキーカの身長はかなり高いと思いますから」


確かに今思い出したが、ハキーカの身長はとても高かった。一度会ったことがあるのだから、それはわかる。ここまでのカナエの話を統合すると。


「……警戒はしていた方がいいんだな」

「そういうことです」


カナエはそう言って、疲れたように大きく伸びをする。悟もたらりと流れる冷や汗を拭った。


その時、何かぞくりと悪寒が走った。背中の中に冷水をホースか何かでかけられたような、長く感じる悪寒。そして次になのは達の顔を思い浮かべる。


今感じる嫌な予感と悪寒は気のせいだと悟は自分に言い聞かせ、また、大粒の冷や汗を拭った。



◇◇◇◇◇



「お邪魔しまーす……」


なのは達は、研究所に来た手紙の通りの場所に来ていた。遠慮がちにドアを開けると、ベッドの上に眠っている一人の少年と、彼の母親らしき女性が、驚いたような顔でなのは達を見た。


「あ、あなた達は……?」

「あ?オレらか?オレらはあんたが依頼したドリームダイバーズだけど……」


マコトはそう言って頭をぽりぽりと掻く。確かに今から行くとか連絡入れてないが、あまりにも驚きすぎだ。まるで、自分たちを知らないような。


突然のことで驚いている少年の母親を横目に、なのは達はベッドの上に寝ている少年の顔を覗き見る。そして、3人とも声を失った。


「あ、あの!うちの息子に何か用ですか?ドリームダイバーの皆様と聞きましたが……息子を助けてくれるので?」

「……あ、あぁ」

「よかった……実は、何度も何度もうちの息子を助けるためにドリームダイバーの人を呼んだんですが……毎回返り討ちにあって……お願いです。うちの息子を助けてあげてください……!!」


母親はそう言って必死に頭をさげる。しかし、それに対して3人は声を返すことはできなかった。


春香がどうしたの?と、なのはに聞くとなのははなんでもないと言って頭を振った。そしてもう一度ちらりと少年を見る。


その顔は幾度も見たことがある少年。いや、正確に言えば顔は見たことはない。しかし、顔が隠れるほど長く伸ばした紫の髪には見覚えがあった。


「……いくか」


マコトがそう言うと、他の二人もコクリと頷いて、ドリームコネクターを前に突き出すお、ぴかりと光ったのちに3人はバタンと倒れる。


その眠ってしまった3人をわっせわっせと運ぶ春香とアリス。運び終えて後に、春香はあのーと、少年の母親に声をかける。


「この子……どういう子だったんですか?あ、いや。言いたくないならいいですけど……」

「そう、ね……とてもいい子だったわ。でも、よくお姫様とかがでる本を読んでたわ……理由は聞けなかったけど、目が覚めたら聞いてみようかしら」


そう言って少年の母親はウフフと笑う。しかし、春香はその笑顔に対して何か声をかけることはできなかった。


それほどまで少年の母親は無理をしていた。幼い春香でもそんなことはよくわかってしまう。アリスも同様であった。


だから今は少年の眼が覚めるのを祈るしかなかった。それしかできなかった。


もし、目が覚めても少なくとも完璧な幸せはこないことは誰も知らない。



◇◇◇◇◇



「……お嬢様。ソンジュ様の件ですが……」

「帰ってこない。つまりは、そういうことだろうな」


椅子の上で淡々としつじくんはレーヴに対してそう告げた。仕方ないとは言ってない。しかし、悲しいとも言ってない。そんなレーヴにしつじくんは困惑する。


しかし、まさか自分が何か口をはさむ訳にはいかない。もともと口もはさむつもりは一切なかったが、もし自分が普通だったらと考える。人間だったら、自分はなんと声をかけるのだろう。


そんなこと考えても意味はない。今はレーヴの目的を達成する方が先だ。レーヴの手元に置いてある数本の液体の瓶に目を落とすと、しつじくんは何度も安堵する。レーヴが、自分が愛するお嬢様が作り上げた、最高のアイテム。心なしかレーヴの顔も嬉しそうに見えた。


「この薬を使えば外に出れる。ソンジュがその効果を身をもって教えてくれた。恐らくは外に出続けたら死ぬか、もしくは元に戻れないらしい。が、なんにせよ私の目的は外に出ること。外に出れたら死んでも構わん」


そう言ってレーヴは薬が入った瓶を指で軽く弾く。チンと、金属音が小さく響いた。


しつじくんとしては死んでほしくはない。が、そんなことを言えるほどしつじくんは偉くない。そもそも言うつもりも何度も言うがなかった。


レーヴが進む道ならしつじくんは応援はしても止めはしない。


「そういえばソンジュ様やレーヴお嬢様がよく言ってましたが……」


しつじくんはなんとなくレーヴ達によく言われたあることについて質問をしようとした。友人を作れとかなんとか。


なぜそんなことを言われたのか、今でもわかってない。なんせ自分以外にここにいるのはレーヴとソンジュしかいない。身長が高い奴がいたような気がしたが、そんなことは気のせいだ。


「友人?……あぁ。そうだな。あれはつまりーーー」


レーヴは一回言葉切って、ゆっくりと立ち上がる。そのまま、薬が入った瓶を手で覆いながら背中に回した。


レーヴはカチャリとナイフを取り出した。しつじくんも何か良からぬ予感を感じて、同じようにゆっくりと立ち上がる。


ドクンと心臓が大きく何度も跳ねる。そんな中、目の前の扉がゆっくりと『消えていき』長身の男性がそこにまるで当たり前のように立っていた。


「やぁ、久しぶり」

「てめぇ……なんで……!!」


そこに立っていたのは死んだはずのハキーカだった。しかし、今目の前には現に立っている。混乱する頭を押さえながらしつじくんはもう一度、なんでと呟く。


「なんでって……そりゃ、僕様は不死身だからだよ。あははは」


ハキーカはそう言って笑う。なんとなくだが、オーラが全然違う。前から狂っているような節は見受けられたが、今はまさに狂ってる。そんな風に見えた。


だが、あくまでレーヴは冷静だった。冷静にナイフを構え一瞬でハキーカに近寄り、ナイフを振り下ろす。


その軌道。その速さ。ハキーカの命を刈り取るには十二分の力であり、それがハキーカに襲いかかる。


グニュリと、何かを斬る感覚はあった。しかし、それはどう考えても人肉のそれではない。言うなれば、泥を斬ったかのような。そんな感覚。


「へぇ。こんなことできるようになるんだね」

「なっ……!?」


レーヴはハキーカの姿を見て初めて驚きの声を上げる。レーヴが斬ったのはハキーカの体でも、ましてや泥なんかではない。


『ハキーカの影から伸びる1本の腕』であった。


驚きも一瞬。レーヴはその影の腕によって薙ぎ払われる。ドン!と壁に背中を打ちつけ、口からつばを飛ばす。しつじくんはそんなレーヴに慌てて近寄った。


「ふぅん。さすが妹様だね。なかなかに力がついたような気がするね……ふふふ」

「妹様……てめぇ、ソンジュ様になにしやがった!?」


しつじくんはそう言葉でハキーカに噛み付く。ハキーカはしばらく考えるようなそぶりを見せた後、にこりと笑って口を開ける。


「食べた」


そう一言だけの言葉を聞いて、しつじくんは思わず、は?と言葉を漏らす。食べたと言う意味を頭の中で考える。たべた。タベタ。田下手。


「て、てめぇええぇえぇぇ!!」


食べた。意味がやっと理解したくなかったというのに理解した瞬間、しつじくんは強く吠えた。そして、ハキーカに掴みかかる。


ハキーカはそのしつじくんに向かって腕を突き出す。すると彼の影も同じように腕の影を伸ばす。それにしつじくんは簡単に捕まってしまう。


「離せ……このっ……!!」

「ははは。嫌だね。そういえばさ、さっき扉消えたけど……どうやらさ、僕様が消したいって思って触れたら吸収しちゃうらしいね。意味、わかる?」


ゾクリと、しつじくんの背中に悪寒が走った。これからハキーカが何をするかわかってしまったからだ。だからこそ、顔を青ざめて声を出して精一杯の抵抗をする。


「させるかっ……!!」


そんな声が聞こえたと思うと、レーヴがナイフを振りかざしハキーカの影の腕を切り落とした。ポトンと地面に落ちて、その腕は徐々に消えていく。


レーヴはナイフを構えてハキーカを冷たく睨みつける。ハキーカはニコニコと笑いながら、困るなぁと言った。


「なんてことするんだい?僕様が大好きなしつじくんに、しつじくんが大好きな妹様と同じ場所に行かせてあげようとしただけなんだけどなぁ」

「減らず口を。なんにせよ、私はしつじくんを失うわけにはいかん……!!」

「ははは。まぁ、いいよ。君の力はしつじくんに比べれば見劣りするけど……それでも、十分だ」


そう言うと、ハキーカは指をパチンと鳴らす。すると影から先ほど一本しかなかった腕が5本ほど増えていた。


レーヴはしつじくん腕を引っ張り自分の背中に回す。そして、ナイフを構えるが、はっきり言って勝てる気はしなかった。しかし、レーヴはまだ目的を果たせてない。外に出るという目的のため、ここで死ぬわけにはいかなかった。


ハキーカがゆっくりと手を前に伸ばす。すると、五本の腕がレーヴを包み込むように襲いかかる。レーヴはまずしつじくんを後ろに蹴飛ばした。


レーヴはその影の腕の攻撃に避けずに、なんとまっすぐ突っ込んでいった。


周りを包み込むように襲いかかってきたため、右や左に避けられたら対処できるが、まっすぐだと対処できない。そうわかったから、レーヴは駆け出す。


その目論見は成功。レーヴはがら空きになったハキーカに向かってナイフを持って突進していく。


そして、そのナイフはハキーカの胸に深く突き刺さる。ダメ押しにとそのまま壁に向かってハキーカを押し出した。


「かっは……!!」

「貴様が私に勝てるわけがない……死んで償え」


そう言ってレーヴは腕にさらに力を込める。だんだんと深く刺さっていくナイフを伝い赤い血がたれーーー


ーーーてなかった。それと同時にハキーカはニヤリと笑う。胸からは溢れてきたのは血ではなく。


まるでハキーカの影のようなものであった。


「しまっーーー!?」


気づいたときにはもう遅い。レーヴはハキーカの胸から出てきた影に体を取り込まれていく。それを見ながらハキーカは穴が開いた服を脱ぎ捨てその上にコートを着ながら、楽しそうに目の前にある自分の影に語りかける。


「誰も僕様の腕が5本となんて言ってないよ?あまいなぁ。確かに君は強いけど、僕様には遠く及ばない……しかし、服が破けちゃったなぁ。上半身裸にその上にコート……我ながら変な格好。だね」


本当に楽しそうに。まるで友人に話しかけるような気楽さで、ハキーカは喋り続ける。その中でもハキーカの影からぽとりとどろりとしたものが少しずつ垂れて言っていた。


「お、おじょう……さま……?」

「おや、お目覚めかい?君のお嬢様はもう死んじゃったよ。いやぁ。あっけない最後だね。ま、こんなもんか……さて、後は君だけだ。安心して、すぐ楽に逝かせてあげ……る……よ……?」


ハキーカの声がだんだん小さくなっていく。そしてハキーカがゆっくりと後ろを向くと、なんと影の球体の中から、ナイフが伸びていた。


ツーっとハキーカは自分の背中に血が流れていることを感じた。ナイフを刺した腕はナイフを手放すと、震えながら、その手の中指を立てた。


プツンと何が切れるような音がした。そうすると一斉にハキーカの影がその球体に向かって襲いかかる。今度はぐちゃりと大きな音がして、球体があった場所はもう何も残ってなかった。


「ふざけるなよ……僕様に傷をつけるなんて……ふざけるなよ……」


ぶつぶつと文句を言いながら、ハキーカは地面を強く踏みしめる。しつじくんはゆっくりと立ち上がり手を強く握りしめる。


その手の中には先ほどレーヴに渡された薬のビンがあった。他の便は全て先ほどの乱闘で割れてしまっていて、正真正銘。最後の一本であった。


「俺は……俺が代わりにお嬢様の目的を果たす……外に出てやるっ!!」


そうしつじくんは大声を張り上げて、薬のふたを開ける。ハキーカは目だけでしつじくんの方を見ていたが、やがてバカにしたかなようなトーンでしつじくんに言った。


「君、外に出たい外に出たいって言ってるけど。君はもうすぐ外に出れるよ?」

「わかってる!この薬を飲めばーーー!!」

「違う違う。え?なに?気づいてないの……?あはは。じゃ、教えてあげるよ。君の正体」


そう言ってハキーカは小さく咳払いをした。そして、しつじくんの方を見ながら、にこりと笑い、ゆっくりと声を出す。


「この夢を見てるのは、君だよ。君が見てたんだ」


そう言われてしつじくんは思わず、は?という言葉と薬のビンをポロリとこぼす。床に落ちてビンが割れたと同時に先ほどの言葉の意味を思い出していく。


友人を作れというのはそういうことだ。早く目を覚ませと、レーヴたちは言っていたのだ。意味を汲み取ったとき、しつじくんは膝から崩れ落ちた。


いつもそうだ。先程も、自分はレーヴに守られていた。理由は簡単だ。しつじくんがこの世界の主人だから。だから、二人は常にしつじくんに都合がいいように行動をしていた。


「君が僕様のことが嫌いな理由はわかってるよ。なんせ、自分が望んだ世界に新しく来たのは僕様っていう異物。そりゃ、嫌いになるよね。僕様が君のことをあんなに言ってたのは、ただ単に嫌がらせだよ。まぁ、ここの主人みたいなものだから、力を吸収したらどうなるかっていう知的好奇心も強かったけどね」


ハキーカはそう言ってクスクス笑う。しかし、しつじくんの耳にはそんな声入ってこなかった。この夢のナイトメアが死んだということは、自分はじきに目がさめる。


そうするとここでの記憶はどうなる?基本的に夢の中で起きたことは覚えてる人は少ないという。確かに長く無限睡眠症候群に陥れば、現実と夢の区別がつかなくなる。


しかし、それも数ヶ月レベル。しつじくんは1年以上夢を見ている。目を覚ました時どうなるか皆目見当がつかなかった。


「まぁいいや。ねぇ、そろそろ食べていいかなぁ?」


そうハキーカは言いながらゆっくりと影の手を伸ばし、しつじくんの顔を掴む。もしここで自分が消えたらどうなるのか。そんなことは一切わからない。現実の自分は目を覚まさなくなるのか。それとも……


いや。そんなことはどうでもよかった。ただ自分は床に落としてしまった薬のビンを見ながら、ただボーッと消えるのを待ってようとした。


「そこまでだハキーカさんよぉ!!」

「っ……だれかな?僕様の邪魔をするのは……?」


ハキーカがイライラしながら、しつじくんが驚きを隠せないという表情でその声が聞こえたところを見ると、そこには宿敵の三人娘がいた。


「やっぱり……ここ、しつじくんの夢だったんですね」

「そうみたいでござる。はてさて、ここで拙者たちがすることは?」

《勿論、患者の救助だ》


最後の声が聞こえた時、3人は了解と

口をそろえて言ってこっちにかけてくる。ハキーカはそれを見て、イライラと。しかし、どこか楽しそうな顔で影を伸ばした。


「だ、だめだ!!それに触れたらだめだ!!」


しつじくんがそう大声で言うと、マコトがニヤリと笑ったような気がした。そして、マコトが強く地面を踏みつけた。すると、瞬間的にこの部屋に強い風が吹いた。


「オレがこれより早く動けば万事OKだろ?」

「んなぁ!?」


突如目の前に現れたマコトに対してしつじくんは驚いたような目で見上げる。確か、彼女はとても速く動くことができると聞いていたが、まさかここまでとは。


よく見るとそれぞれなのはとあやめも攻撃体制をとり、ハキーカを取り囲む。ハキーカはやれやれというように肩をすくめた。


「どうしてしつじくんを助けるんだい?」

「患者を助けるのに理由なんていりません」

「へぇ。すごい精神だね。憧れちゃうよ」

「なんでてめぇが生きてんのかとか、気になることがあるが……今はどうでもいい」


マコトがそう言った後に、次はしつじくんに逃げるぞと小声で言う。しつじくんはその言葉に対して頷こうとした。


しかし、頭ではわかってるつもりでも体は動かなかった。もしこのまま夢から覚めて、永久に彼女たちのことを忘れてしまったら?そしたらもう、彼女たちに本当の意味で会えなくなってしまう。


「逃げる……けど……」

「けど?けどなんだ?」


それだけは、失うなんて、絶対に嫌だった。


「必ずあいつをぶん殴る……!!そのために逃げる……今はそれだけを、それだけのために動きたい……!!」


しつじくんはそう言うと突然うずくまり、床に飛び散った液体をぺろりと舐めた。突然の奇行にしつじくん以外は驚いた顔をするが、しつじくんの頼むという声に対し、マコトがコクリと頷く。それが合図だった。


なのはがハキーカに向かい弾丸を数発発射。そして、あやめが地面に向けて煙玉のようなものを投げつける。


そして煙が晴れた時、その場にはハキーカしか残ってなかった。ハキーカはクスクスと笑いながら、大きく伸びをする。


「いやぁ……くるのが思ったより遅すぎて、少しイラついちゃったけど、うんうん。多少は予定通りだね。レーヴを殺す前に来て欲しかったんだけどなぁ……まぁ、いいやしつじくんは……そうだね。フォアグラかな?肥えて肥えて……そこを食う……あはは。我ながら……」


そこまで言ってハキーカは一旦声を止める。そして、ふふふと口から笑みをこぼしながら、口角を恐ろしいほど上げて笑い出す。


「さいっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっこうだね!!!!」


彼は目をぎょろりと見開き笑う。目に光はあるが、あまりにもその光は綺麗で、あまりにも眩しくて、逆に恐ろしいほどの、何かを感じれる。


「あははは……さぁて。遊びを始めようかな……」


彼は誰に言うとでもなく、そうぼそりと呟いて、ゆらゆらとした足取りでだんだんと消えていく今の場所から去っていく。


そして彼らがいたこの世界は、この場所は、主人がいなくなったことにより今この瞬間を持って、完全に消えさった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【次回予告】

「改めて礼を言う」

「一切規則性がない……」

「大丈夫だ……私はこれぐらいじゃ死なん」

「しんがりは……拙者が……」

【次回:24話 皆の誇り】

遅れて申し訳ない。まだ続きます

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