第19話 ナノハナチルヤ
えっと……私でいいんですか?……な、なのはです。
前回は私の友達、アリスちゃんの夢の中に、助けに行きました。そこで出会ったのは赤いドレスを着たレーヴさんという女の人。彼女は圧倒的な力で私たちを圧倒しました。
私はアリスちゃんを助けて、レーヴさんと戦いそして……勝ったのかな
風が、泣いていた。
その日は強く、風が泣いていて、彼女の体を包むようにして、悲しみを訴えていた。
「あ、あの……えっと」
オレンジ色の髪の少女は、目の前に立っている少女に震えながらも声をかける。目の前の少女から、この風が出てるような気がして、気になってしまったのだ。
「なに?何か用?こんな屋上まで来て……」
少女はそう言って自分に近づいてきた。思わず自分は一歩後ろに下がってしまうが、それでも少女は歩むのをやめなかった。
トン。と、音が出て、自分は柵にぶつかってしまう。そんな自分の顔の近くに、少女の顔があった。思わず顔を背けると、少女は微笑んで、機嫌がよさそうに口を開ける。
「私はウメっていうの。あなたの名前は?」
「わ、私は……なのはです……」
「あら、私もあなたも同じ花の名前なのね。偶然には出来過ぎ。まるで、運命ね……ね、なのはさん?」
「あっ、はい。なんですか?」
ウメはなのはの名前を呼んでクスクスと面白そうに笑う。なぜ、上機嫌なのかはなのはにはわからなかったが、なのはも思わず笑う。ウメはなのはが笑ったのが嬉しかったのか、自分の両手をパンとたたき合わせて
「ね、私とお友達になってくれない?」
と、言った。風はもう穏やかになっていた。
◇◇◇◇◇
「……嫌な夢、見ちゃったなぁ……」
ベッドの上でなのはがため息をつきながらゆっくりと起き上がる。時間を見ればまだ午後2時。外は暗くて、少し怖かった。
寝ようと思ってもなぜか目が覚めてしまい、寝ることができない。なのはは仕方なく、ゆっくりとベッドから降りて、自分の部屋のドアを開ける。
そのままリビングまで行き、水道水をコップの中に入れて、ごくりと飲む。その時初めて想像以上に自分の喉がカラカラになっていたことに気づいて、少し驚く。
そして、暫くボーッとする。その時考えたのは先ほど見た夢の内容。なのはが体験した、短い話。確かその時は小学校に入って間もない頃で、確か春香とも知り合ってなかったか。
春香と知り合ったのは二年生の頃。つまりは一年生の頃の話なのだが、何故かそれ以上思い出せない。嫌な思い出だというのはなんとなくわかるのだが。
残ったのは嫌な思い出だというのと、一つ。もう後悔はしたくないという思いであった。
なのはは短く伸びをして、自分の部屋へと戻っていく。相変わらず眠くないが、とりあえず戻ったほうがいいと思ったからだ。
ガチャリと部屋のドアを開けて、自分の部屋に戻ってくると、何故か風が自分を撫でてきた。目の前には、暗くてよく見えないが、何かの影があった。
「お邪魔してるよ、なのはちゃん」
「えっ……ハキーカ……さん……!?」
何故か自分の部屋に、ハキーカという長身の男性が立っていた。なのははあまりに驚いてその場に固まってしまった。
「そんなにビクビクしないで……僕様は君に少し頼みたいことがあってきたんだ。もっとリラックスしてよ」
そう言ってハキーカはニコニコと笑う。が、なのははむしろその顔が恐ろしかった。
口に出てたかどうかはわからないが、頼みについてなのはは聞いたような気がした。ハキーカはわざとらしく考え込むふりをして、やがて口を開ける。
「なのはちゃん。君、レーヴお嬢様から血を出すぐらい強くなったらしいじゃないか。そんな君にする頼みはね……」
ハキーカはそこで一旦言葉を切る。そして、なのはのところに近づいて、ニヤリと笑った。そして、耳元に口を近づけて、小さく、そしてねっとりしたような声で囁いた。
「僕様を殺してほしいんだ。君の力でね」
思わずなのははえっ、と、声を上げる。ハキーカはそして頼んだよと声をかけて窓から出て行った。下からガァとかいう痛みに堪えるような声が聞こえたが、なのははその声は耳に入ってなかった。
ハキーカが言った文章はたった二文だったが、なのはに衝撃を与えるのには十分すぎるほどであった。
予想してないその言葉。なのはは意味を理解するために頭の中で何度も繰り返し、ベッドに潜り込んだ。
この日起きたことを夢だと自分に言いつづけながら、目を瞑ると、逃げるかのようにすっと夢の世界に落ちていった。
◇◇◇◇◇
「ウメちゃんはさ。どうしてここに毎日いるの?」
「どうしてかしらね。私にもわからないわ。自分のことなのにね」
ウメはそう言って大きく伸びをする。なのはは改めてウメの服装を見てみた。
淡い赤のシャツに、緑のスカート。赤い髪の毛はこれまた赤いリボンで二つにまとめられていて、少し目が痛かった。
しかし、彼女は身長こそは低く、顔立ちも幼かったものの、どこか大人というか、冷めきった顔で世界を見ているような印象を受けた。
何のためにここにいるのか、理由はないかもしれないが、なのははきっと理由があると思っていた。おもわずにいられなかった。
毎回どんな時間どんな時どんな天候でもウメはそこにいた。まるで、そこに咲いてるかのように。
「むしろなのはちゃんはどうして毎日ここに来るの?」
ウメに突然そう問われ、なのはは少し驚いた声を上げてしまう。が、すぐに顔を赤らめて下を向き、しばらく時間を置いた後恥ずかしそうに呟いた。
「ウメちゃんと、お話したいから……かな」
「嬉しいこと言ってくれるわね。まぁ、私もあなたと会話するのは楽しいから、そのためにここにいるかも」
かも。ということは本当の理由ではないのだろうが、それでもなのはは嬉しかった。たとえ嘘でもここにいる理由に自分を選んでくれたことが。
ウメはそんななのはの思いを知ってか知らずが、なのはの頭をワシャワシャと撫で回した。なのはは口では止めろというが、それもとても嬉しかった。
「ん……そろそろ戻ったほうがいいんじゃない?昼休み終わっちゃうよ」
言われてみれば、確かにグラウンドにいた人はみんな散り散りだが、学校の中に入っていく。なのはも少し急ぎ足でそこから出て行く。
階段を数歩降りて、ふと気づく。ウメは自分が帰った後何をしてるのだろうかと。彼女のことは何も知らないが、せめて、彼女のクラスだけでも知りたい。なのははそう思った。
多分自分より年上だろう。5年?6年?とにかくその答えは今度わかる。なのはは少しウキウキしながら教室に戻った。
席に座ってふと外を見てみると、とても目立つ服装をした子供を見かけた。どこか手品師を思わせるような格好をした子供は学校の中に入っていった。
なのははあまり気にせず、どうやってウメのクラスとかを見つけるかどうかを楽しく考えていた。
風は相変わらず穏やかだった。
◇◇◇◇◇
(……なんだろう、この夢)
次の日なのははいつも通りに起きて、いつも通りに朝食を済ませ、いつも通りに家を出た。が、頭の中ではハキーカに言われたことと、ここしばらくずっと見る夢の二つを繰り返していた。
「なのは!おっは!!」
「おはようございますなのは様」
「おはよう、春香ちゃんに、えっと……」
「アリスちゃんでお願いいたしますわ。堅苦しいことはおやめにいたしません?」
「あはは……うん。わかったよ。おはよう、アリスちゃん……ちょっと近くない?」
そしていつも通り友人たちと挨拶を交わして、学校への道を歩く。しかし、アリスがいつも以上にピッタリとくっついてとても歩きにくかった。
しかし、それでも頭の中からハキーカの声とウメという少女の声が離れず、とうとう学校まで来てしまった。が、なのははそうだと言って階段を上がっていく。
「どこ行くの?なのは」
「えっと……ちょっと屋上にね」
「ならわたくしも一緒に行かせてもらいますわ。どうせ暇ですし」
そうして3人は屋上に続くドアの前まで来ていた。なのはは生唾を飲み込んで、ドアをガチャリと開ける。夢の世界の答えがきっとこの先にあると思ったから、自然と体に力が入る。
扉の奥には普通の屋上が広がっていた。あまり掃除はされてないのか、いたるところが少し汚れていた。
なのはは一歩足を踏み出した。なぜか身体中から変な汗が吹き出して止まらない。体もガタガタと震えはじめる。
そんななのはを二人は心配そうに声をかけるが、なのはの耳には入ってこなかった。本能では止めろと言い理性では進めと言われたなのはは、一歩一歩確実に前に進んでいく。
「っ……あっ……ぐぅ……」
ウメ おくじ 風
よ ちゅうじ
てじな リボン
最後
と チル
「あぁぁあああぁああぁあああ!!!」
なのはは突然叫んでうずくまる。頭の中には声が、単語が響いてきたのだ。頭を内側からガンガン叩かれるような衝撃になのはは吐き気を覚えた。
春香とアリスがしきりに声をかけるがなのはの頭の中に入ってくるわけもなく、なのはは自分の意識が段々と消えていく感覚にとらわれて行った。
消えていく意識の中、なのはをなでる風はいつもよりか激しく、吹いていた。
◇◇◇◇◇
「ね、ねぇ……ウメちゃん」
「なぁに、なのはちゃん」
いつもの通りの屋上で、二人は話そうとしていた。今は、秋の風が優しくふいていて、撫でられるのが少し気持ちよかった。
「えっと……あのね……」
なのははそう言って頭の中でいろいろと思い出す。あの時、ウメの秘密を探ろうとしたが、いまいちあと一歩が踏み出せず、ずるずると日にちだけが過ぎていった。
そして、つい昨日。屋上に忘れ物をして取りに行った時に見てしまった。ウメが誰かと会話してるのを。その誰かとは、あの時見た手品師の風貌をした子供であった。
なのははその子供のことが気になり、先生に聞いてみた。が、誰も見たことないと口をそろえて言った。つまりは学校にいない、外の人物だということになるのだが……
なのはは、そのことをウメに聞いてみた。ウメは少し驚いた顔をして、顎の下に手を置いて、考え始めた。
「そうね……あの人は私のとても大切な人。それでいて、私の……を解消してくれる素敵な人」
「そ、それって……」
「ん?んー……私じゃ遠すぎるよ、それは」
ウメはそう言ってあははと笑う。笑ってはいるが、その瞳はどこか諦めてるようにも見えて、なのはは首をかしげる。
が、実はなのははそれ以上きになることがあった。手品師の風貌の子供を聞く時に、ついでにもう一つ先生に聞いてみたのがあった。
それは、ウメのことであった。先生にウメを知ってるかと聞いてみた。しかし、それの答えも手品師の風貌の子供と同じように知らないの一言であった。
しかし、なのははそれを聞くことができなかった。何故か、怖かったのだ。まるで花が散るように、ウメがどこかに行ってしまうと思ったからだ。
だから、なのははそれ以上聞くのをやめた。しかし、ウメはニヤリと笑ってなのはの方を向き口を開ける。
「私のことは聞かなくていいのかい?」
そう言われて、なのはは心が見透かされているような気がして、驚きと気恥ずかしさで顔を背けた。
なのはは別にいいよととそういうが、知りたい気持ちはあった。だからこそ次に行った彼女のセリフは、脳に張り付いた。
「私ね、人間じゃないんだ」
その言葉はやっぱりかという気持ちと、何言ってるのという二つの気持ちに綺麗に分かれた。その時なのははその言葉を冗談で済ませようとした。その方が、なんとなくいいような気がしたのだ。
そのあと二人は取り留めない会話を楽しんだ。最近の天気のこと、テレビ番組のこと、道端で見つけた猫が可愛かったことなど。
しかし、いつも通りの会話をしようとしても、先程あったいつもとは違う会話のことは頭から離れなかった。頭の中から早く消したいのに、こびりついた油のように、離れなかった。
だからか、その日は会話を早々に切り上げて帰ろうとした。ウメは、引き止めなかった。
風は少し荒かった。
◇◇◇◇◇
「お姉様ーー!!大丈夫なのー♪」
「ん、ソンジュか……ああ、私は大丈夫だよ」
どこかで、ソンジュとレーヴが会話していた。ソンジュがレーヴの包帯を巻いている肩を見ながら、慌てたようにそう叫ぶ。
ソンジュはそう言いながら、ハサミをブンブン振り回す。レーヴは少し後ろに下がった。
「ハキーカはどこかしら♪確か、あいつがお姉様をけしかけたのでしょう♪鼻を切り落として目玉くりぬいて爪を剥いで四肢を切り落としてバラバラコナゴナにしてあげないと〜♪」
ソンジュはあはははと、狂ったように笑い続ける。レーヴは頬をかきながら、どうしようかと考えながら思考を続ける。
確かにハキーカにけしかけられたのは事実だが、その話に乗ったのは他でもない自分であった。
が、ハキーカは今ここにはいない。どこに行ったのか、彼女もわからない。きっと、何か自分の目的のために行動してるのだろうか……
「落ち着け、ソンジュ。あいつは今はいない。怒りを静めろ」
「あら♪そうなの♪じゃあ、この怒りをどう沈めればいいのかしら♪」
そう言ってソンジュはハサミを地面に深々と突き立てる。その深さで、彼女の怒りがうかがえる。そして、また何度も何度も地面に突き立てる。
レーヴはその行動をずっと見ていた。しかし、止めるのは無理だった。だから、少し今の場から離れた。逃げるように扉を閉めて、扉に背をつく。
なぜ、あの子がこうなってるのか、自分にはわからない。生まれた頃からそうだった。この世に生を受けてからそうだった。
あの子ははっきり言って狂ってる。しかし、狂うのはちゃんと理由がある。今だって自分のために狂っている。いや、怒っているというのが正しいか。
しかし、自分はどうだろうか。ソンジュが自分のために怒ってたとしても、自分はどうも思わない。むしろ煩わしく思っている。
だから、今ここにいる。逃げたのだ、自分のために怒る彼女から。悪いことではないのに。
暫く彼女は天井仰ぐ。天井についてる電灯が点いたり消えたりしている。何秒間見つめただろうか、いつの間にか目の前に一人の少年が立っていた。
「お嬢様、どうなさいました……?ソンジュ様と何か……?」
心配そうな少年、しつじくんの声に曖昧に頷きながら、彼に視線を落とす。その、長い紫色の髪をみると、少し不思議な気分になる。
しつじくんの目は見えなかったが、どこか照れてるように見えた。
「えっと……なにか、困ってるなら私が力をーーー」
そう言った時だった。ソンジュがいる部屋から大きな爆発音が響いた。レーヴとしつじくんは急いでドアを開けて、部屋の中を確かめた。
そこには、ソンジュの姿がなかった。いたるところに刃物で切り裂いた跡があり、壁に大きな穴が空いているだけだった。
「まさかソンジュ様……しかし、外に出るのは難しいハズ……!!」
「いや……夢の世界を行き来するのは誰でもできる。ハキーカがいる夢の世界に行くだけならきっと……」
レーヴはそう言いながら、地面に落ちていた床の破片を拾い上げた。その破片から怒りと悲しみ。そして、何か不思議なものを感じ取れた。
「……しつじくん。こんな時聞くのもなんだが、君は友達はいるのか?」
「え……いや、いませんが……」
レーヴはそうかと言って立ち上がる。手に握った破片をポケットの中にいれて、しつじくんのほうをむいた。
「友達はいたほうがいいぞ。私からの命令だ」
「は、はぁ……」
レーヴはそう言って空いた穴から外を覗く。通路が広がっていて、とても遠くから足音が聞こえてきたような気がした。しかし、何故かその足音を追いかける気にはなれなかった。
◇◇◇◇◇
「……ここ、は」
「あ!起きたなのは……心配したんだよ、突然倒れて……」
ベッドの上から上体を起こして、なのはは周りを見渡す。彼女の顔は青くなって血の気が引いており、疲労の色がうかがえた。
どうやら、あのあと倒れたらしく、春香とアリスがここまで運んできたらしかった。二人が運んでくれたことが、なのはは少し嬉しかった。
しかし、暗い顔をしてたのには変わりなかったらしく、二人が心配そうに声をかける。なのはは少し悩んだあと、口を開けた。
「なんだか最近変な夢見るの……ウメっていう女の子と私がいるんだけど……あ、あと手品師みたいな子もいたような……とにかく変な夢だった。変な夢だったけど、どこか現実味があって……だから屋上に行ったの。ウメちゃんと私は、基本そこにいたから」
そう言うとなのははまた頭を押さえる。頭痛が響き、割れるような痛みに襲われる。なんだろう、夢で見た世界の先に、まだ何か物語があるのだろうか?続きは見たい。しかし、そう思えば思うほど、頭痛がひどくなる。
「だ、大丈夫なのは……?」
「大丈夫だよ春香ちゃん……全然、これっぽっちもきつくないよ」
なのははそう言って力なく笑う。一目見て無理してるのがわかった二人は顔を見合わせね何か言おうとした。
しかし、思いとどまる。彼女にかける言葉が思いつかなかったのだ。今、何を言っても意味がないような気がした。
「あ、そうだ。まだ僕達のプレゼントアリスに渡してないよね。あとで渡しに行っていい?」
「ええ。もちろん構いませんわ。その時はなのは様もご一緒に……」
二人はそう話題を変えた。なのはもふふと笑ってその話題に乗ろうとした。春香のプレゼントの内容は一切聞いてない。じつは、なのはも楽しみであった。
そんな時、保健室の窓に風が吹き込んだ。それが来たと同時に、なのはの頭に何かが入り込んできた。ぐるぐると頭の中をいろいろな言葉は情景が駆け巡り、なのはの頭に染み渡る。
「思い……出した……」
なのははポツリとつぶやいた。アリスと春香は気づいてないらしく、二人で楽しそうに会話をしていた。しかし、むしろそれは好都合であった。
ぶつぶつと頭の中に思い浮かんだことをすべて口に出す。ウメのこと手品師子どものこと、そして何より自分自身のこと。何もかも。
暫くなのはは深く考えていた。なぜこんなに大事なことを忘れていたのだろうか、不思議でならない。しかし、いくら自分に解いても答えが見るからわけはなかった。
(ウメちゃんは本当にいた……でも今はいない……理由は……)
そこでふと気づく。二人の声が聞こえなくなっていたのだ。二人の方に視線を持っていくと、二人とも眠っていた。そして、一つ新しい影ができていた。
「やぁ、元気かい?」
「……ハキーカさん……」
長身の男性ハキーカが目の前に立っていた。どうやらアリス達はハキーカによって眠らされたらしい。ハキーカはそんなことができるのかと、なのはは少し恐ろしくて布団の端を強く握りしめる。
「そんなに警戒しなくていいよ。とりあえず僕様の頼みを、ちゃんと聞いてくれる気があるかどうかを確かめに来ただけだから」
頼み。というと自分を殺せという言葉であろうか。なのはは暫く悩むそぶりを見せて、嫌ですと一言だけ言った。例え敵でも殺すのは嫌だった。
「嫌か……うーんこれは予想外……まぁ、いいや。所でさ、君がさっきから何か悩んでるようだけど、なんなの?」
「なにって……あなたには関係ありません」
そうなのはが言うとハキーカは大げさなほど天井を見上げて笑い出す。なのははその行動を、ただただ見ていることしかできなかった。
「一応ドリームダイバーの先輩の僕様が、悩みを聞いてあげるって言ってるんだよ。まぁ、そうだね……多分君は今失ってる過去を思い出してるんだね。でも、あと一歩足りない状況。かな?」
そう言われてなのはは言葉に詰まる。まさにその通りなのだ。反論するところも、ましてや訂正を入れるところもなかった。
「それじゃ……どう?夢の世界に行ってみない?」
「夢の、世界……?」
「うん。きっと答えが見つかるよ……君が求めている答えが。なぜ、大切な友人との思い出を忘れたとか、ね」
そう言ってクスクス笑うと、ハキーカはなのはの頭の上に、手を突き出した。なのははその手をボーッと見つめていた。
「邪魔しないってことは、準備オーケーってことかな?……可能なら僕様を殺してくれるとありがたいんだけど。その為に色々してきたんだよ?」
「……」
「反応無し。か」
なのはは。なのはは今、とにかく答えにたどり着きたかった。その先にあるのが不幸でも幸せでも、とにかくなんでもいいからすがりたかった。それが今回はたまたま夢の世界に行くことであった。
「私は……あなたを殺すつもりはないです。でも、答えは見たい」
「……しょうがない。あとで紙でも置いてみんなに助けてもらうようにするよ。どちらにせよ、君を今ここで失うわけにはいかないからね。なんせ、僕様を殺せる唯一の人間だからね」
ハキーカはそう言って笑った。そして、なのはに準備はいいかな?と一言聞く。なのははゆっくりと頷いて、目を閉じた。
頭の中にはウメの顔が浮かんでいた。彼女との関係。そして彼女のことの答えを知る為に、自分の意思で、無限睡眠症候群になろうとしていた。
「みんな。お休みなさい」
「うん。おやすみ……グッドナイト。いい夢を」
ハキーカが最後に行ったその言葉を最後に、なのはの意識は深い闇の中へと落ちていった。なのはが眠ったのを見て、ハキーカはゆっくりとそこから離れていく。途中メモ帳に書置きを書いて、ベッドの上にポンと置いた。
「なんでこんな死にたがってるんだろうね……まぁ、自分自身。理由はよくわかってるよ。さ、て……」
ハキーカは大きく伸びをした。今から死にに行くか死にに行かないのか。そんな緊迫感を一切感じさせなかった。
「僕様も寝るか……グッドナイト」
ハキーカはそういうが早く、その場から消えていた。
◇◇◇◇◇
「……ねぇなのはちゃん」
「なに、ウメちゃん……」
(あ、あそこにいるのは……)
なのはは夢の世界に来ていた。そこにいたのは幼いなのはとウメという少女の二人であった。あたりには雪がつもり、季節は冬頃であるのが伺えた。
幼いなのはとウメがなにか会話してるのが聞こえて、なのはは耳を近づける。会話はうまく聞き取れなかったが、突然ウメがヒステリックに叫び始めた。
「私の頼みが聞けないの!?友達でしょ!それに、あなたにデメリットはないじゃない!!」
そんな感じの言葉であった。幼いなのはは恐ろしいものを見てるような顔になり、ウメから少し離れた。
ウメはそんな幼いなのはがした行動に絶望したように顔を上げて、そしてゆっくりと立ち上がる。
「私はあなたに忠義を尽くしたいだけなのに……なんでダメなの……私にはもう、忠義を尽くす相手がいないのに……」
そう言ってフラフラした足取りでウメはフェンスに近づいていく。幼いなのはは腰が引けたのか、その場に根が張ってるかのように動け長いように見えた。
「私……どこで間違えたんだろうね」
ウメがそう言ったかと思うと、その体がふわりと宙を舞った。なのはは慌ててフェンスに駆け寄り、下を見下ろす。地面には緑の大地の上にぐちゃぐちゃになったウメの体があり、なのはは思わず顔を背ける。
暫く幼いなのはは恐ろしいものを見たというように震えていたが突然、その震えが止まって頭を傾ける。そして、不思議そうに頭を傾けながら、屋上から出て行った。
雪が降る中一人取り残されたなのはは、なにが起こったのか把握するのに時間を費やしていた。そして、理解した。理解してしまった。
「そっか、私はもうこのときからずっと……」
なのははそうつぶやいて、もう一度フェンスから下を見る。なぜかもうウメの死体はなかったが、そんなことは些細なことであった。
風はもう、吹いていなかった。
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「恩返しにゃもってこいな展開だな」
「二人とも……なのはを助けてあげてください……!!」
「私は貴方を倒す……そして……!!」
「あぁ、これでやっと僕様は……」
【次回:20話 ーーーーー】
続きます