第十八話 アリス・イン・ワンダーランド 後半
「……ここ、は?」
赤い髪の少女。アリスがポツンと呟く。辺りを見渡すと、一面の森が広がっていて、いたるところから野鳥がさえずる声が聞こえた。
アリスはゆっくりと歩く。まるで導かれるように、一本の小道は彼女を誘う。しばらく歩くと大きなテーブルと数個の椅子が置いてあった。
椅子の中でもひときわ目立つ大きな椅子。アリスはそれに恐る恐る近づいていく。
「おやおや!今日のパーティの主役の登場だ!みんなおいで大集合!」
まるで子供番組のキャラクターのような声がその場に響いた。そうすると、いたるところから服を着たウサギや、トランプの兵隊などが飛び出してきた。
そうすると、突然あたりが明るくなり、アリスの服装がガラリと変わる。青いフリフリな青いドレスに身を包み、ちょこんと大きな椅子に座らされた。
「さぁ!今日の主役のアリスだ!!みんな楽しく騒ごうおかしく騒ごう愛おしいほど騒ごう狂ったように騒ごう!」
うさぎがそう言うと、皆が皆一斉に踊りだす。それを見てアリスは胸がドキドキとする気分がしてきた。なんと楽しいのだろうと、アリスはその踊りを見ていた。
「おお!この国の一番偉いハートの王女様の登場だ!みんな喜べ楽しめ悲しめ怒れ狂え!」
そうするとなおいっそうのこと、喧騒が大きくなる。何事かとアリスは後ろを向くと、そこには赤いドレスに身を包んだ、赤い長髪の女性が優雅に歩いてきていた。
その美しさに、アリスは思わず見とれてしまう。すると、その女性はアリスを見てにこりと笑う。アリスは思わず顔を真っ赤にして視線をそらす。
コツンコツンと足音が聞こえ、自分の隣でピタリと止む。女性はアリスの肩に手をポンと置いて顔を見合わせる。じっとした彼女の赤い瞳を見つめていると、アリスはどこか意識が遠くなるような気がした。
けれどそれは。
「私はレーヴと言う。君の名前はなんていうんだい?」
その感じは。
「わたくし……いや、私はアリス。アリスだよ!」
アリスの心を心地よさで支配していた。
◇◇◇◇◇
「いつつ……ここが三月さんの夢の世界……?」
「へぇ。なかなかファンシーな世界だな」
「森?……いや、なんか生きてる木に見えないでござる」
なのは、マコト、あやめの3人はアリスのパーティが始まる少し前に夢の世界に来ていた。
アリスの家でアリスが無限睡眠症候群になってるのを見つけた後、なのはは春香とじいやの力を借りて、ドリームダイバーの研究所兼事務所に運び、すぐに皆が夢の世界に潜った。
そんな少し前のを思い出しながら、なのはたちは道を歩く。どれぐらい歩いただろうか?だんだんと何か騒ぐような音が聞こえてきた。
3人は顔を見合わせて、その音が聞こえる場所まで走りだした。すると、大きな広場のようなところにつき、目の前で何かパーティのようなものが開かれていた。
「なんだこりゃ……ウサギ?トランプ?猫……まるで不思議の国のアリスだな」
「……あ!あそこ!」
なのはが指をさすそこには、椅子に座ってそのパーティ会場をとても楽しそうに見ている1人の見覚えがある少女がいた。服装は変わっているが、その顔は彼女たちが探していた少女。アリスそのものであった。
「三月さん!!」
なのはは思わずアリスのところに駆け寄る。アリスは上機嫌な顔をなのはに向けて、にこりと笑う。その笑顔は普段のアリスが見せるような笑顔よりも、遥かに笑っていた。
ゆえに恐ろしかった。まるでいつも見ているアリスではないように思えてしまい、なのはは少し身が竦んだ。が、思い直してアリスの手を掴んだ。
「三月さん帰ろう!どちらにせよここは危ないし……」
「あら。なんで帰らないといけないの?みんな、私のために誕生パーティを開いてくれてるのよ遊ぶ意味はあっても帰る意味はないわ……あ、みなさんもきてるのですね!ようこそ!私の誕生パーティへ!!」
アリスはマコト達を見つけて立ち上がりそういった。なのはは無理矢理にでも連れて行こうとするが、アリスの足はまるで根っこが生えたかのように全く動かなかった。
マコトとあやめはなのはに手助けしようと、アリスがいるところまで行こうとした。しかし、その行くてを何かが遮った。
「待て。お客様の邪魔をさせることは私が許さないぞ」
「てめぇは……?アリスのナイトメアか?」
「私はお客様のナイトメアではない。ナイトメアはほら。あそこで騒いでる兎だ。まぁ一応私の紹介をしておこう。私の名前は、レーヴ。あの子が苦戦した相手を確認しておこうと思ってここに来た」
「あの子……?誰のことでござろうか」
「ソンジュ。私の可愛い可愛い妹……だ!」
レーヴはそう言うとダッとかけだしてマコトの目前に一瞬で詰め寄る。マコトは腕をクロスにして顔のガードをする。
が、相手の狙いは顔ではなかった。レーヴがドレスのスカートの中から取り出したのは、ギラリと光る鋭利なナイフ。それを前に突き出さず、一瞬で姿勢を低くして、マコトの足を斬り裂いた。
痛みで声を上げるマコトをレーヴは少し飛んで勢いよく蹴り飛ばす。ガードをしていたが、足を切られたことによりバランスを崩しており、簡単に吹き飛んだ。
マコトが体を木に打ち付けると、あやめがレーヴの背中を狙い忍者刀を振り下ろす。が、レーヴは前を向きながらその忍者刀をナイフで払った。
恐ろしすぎるその反応にあやめは一瞬目を奪われた。それだけでレーヴは十分であった。
レーヴはグルンと勢いをつけて回し蹴りをあやめの脇腹に当てた。めり込むようなゴリゴリという音を響かせて、パーティのテーブルへと吹き飛ばされる。ガシャンとテーブルにのっている食器等が地面に落ちて割れていく。
レーヴはゆっくりとあやめが吹き飛ばされた方へと歩く。が、どこを見てもあやめの 姿はなく、レーヴは思わず困惑する。
「ーーーこっちでござる!」
すると、割れた一つの食器がだんだんと人間の形を成しながら、レーヴに襲いかかる。これが彼女の能力である自己変化であった。
不意をつかれたレーヴはあやめの忍者刀を避けることができず、斬りつけられてしまう。
しかし、レーヴはひかなかった。寧ろ、前に一歩斬られた瞬間にあやめの鳩尾に拳をめり込ませた。
あやめは口から血や何かが混ざったようなものを吐き出す。レーヴは自分の両手をつかんで大きな握り拳にし、あやめの背中に振り下ろす。
グギャと、嫌な音があやめの体から聞こえ、地面に落ちる。レーヴは容赦なくあやめの頭を蹴り飛ばした。
地面に何度も衝突して、あやめはぐったりとする。レーヴは今度こそとどめを刺そうとナイフを握りしめあやめに近づいていく。
「おいこらてめぇ待ちやがれ……!!」
突然後ろから声が聞こえた。レーヴは慌てて後ろを振り向くと、そこには先ほど蹴り飛ばした少女が今まさにレーヴを撃ち抜こうとしていた。レーヴはマコトに殴り飛ばされるが、足に力を込めて、吹き飛ばされはしなかった。
「レーヴっつったか……?オレの目が黒いうちは、仲間にそれ以上手を出させねぇぞ」
「……おかしいな。確か君の能力は足に力を込めないといけないはずだ。足は先ほど斬りさいた。なぜ動ける?」
「んなもん気合いだ気合い。足は動くしな」
「気合……面白いね。君、名前を教えてくれないか?」
「……マコト。お前がぶっ飛ばしたやつはあやめだ」
「マコトくんか。そしてこの子はあやめくん……ふふっ。面白い。じゃ、もっと相手をしてやろうーーー!」
レーヴはダンっと弾丸のように飛び出した。マコトはそれを迎え撃つ方に構える。
レーヴが繰り出す拳をマコトはギリギリで弾く。が、マコトはここで奇妙な感覚に陥る。弾くたびにどこか気持ち悪いのだ。
そのせいかマコトはレーヴの打撃を受けてしまう。右手の一撃を顔に受け、次に左の拳。最後に顔をまた蹴り飛ばされる。
マコトは手を地面につき、強制的に体を止める。そして、気持ち悪さの理由は思い返してすぐにわかった。
レーヴは拳を出すタイミングをすべてずらしていたのだ。一定の間隔でこない攻撃にマコトは無意識のうちに気持ち悪さを感じ、尚且つ混乱を招き、レーヴの攻撃を許してしまった。
しかし、そんな全ての動作をまとめ、レーヴの佇まいが何もかも、とても美しく、とても綺麗だった。
「狂人の妹さんとは違うんだな……さすがは正常なやつだな」
「正常……いや、もしかしたら私が狂ってるかもしれんぞ?それに一番狂ってるのはあの子じゃない……」
マコトは思わず、は?と聞き返すと、レーヴは気にしないでくれというように首を振る。言葉の真意はつかめなかったが、今考えることではないとマコトは結論付けて、一気に駆け出した。
そして、足を強く踏み込んで能力を発動し、レーヴの後ろに回り込んだ。が、レーヴはもうすでにマコトの方を向いていた。
ニヤリともせず、無表情を崩さずにレーヴはナイフを突き出した。マコトはそれを紙一重で避けて、後ろに大きく飛ぶ。頬を伝い一滴の冷や汗が地面に落ちる。
(こいつ、強すぎんだろ……!!)
マコトは内心焦るが、それを表に出さないように、図太く笑って見せた。そして、拳と拳をパンと合わせて、レーヴを睨む。しかしいくら虚勢をはろうが、レーヴに太刀打ちはできない。
マコトは視線だけを足に向けた。足からいまだに流れる血。そして、ズキズキと痛みを発する足は、もう、能力を使うのも限界がきてることを表していた。
レーヴはくるくると遊ぶようにナイフを回していた。マコトはチッと舌打ちをする。しかし、それで現状が変わることはなく、戦いはしてないが、じりじりとレーヴに追い詰められている気がしていた。
「マコト……どの……」
「あ、あやめ!無事だったか」
後ろから震える声が聞こえ、あやめが立ち上がる。げほげほと咳き込んでいるが、どうやら深刻なダメージではないらしい。しかし、2人揃ってもレーヴに勝てる未来が見えなかった。
「マコトくんあやめくん。あそこにいるなのはとかいう少女の力を借りたらどうだ?」
「るせぇ。あいつはあいつで戦ってんだよ」
そういうが今は1人でも仲間が欲しい。いざとなればなのはを呼ぶかと、マコト達が考えていた。その時だった。
《私を入れて3人だ》
その声は聞き覚えがあった。そして、その聞き覚えがある声は今絶望の場所を照らしてくれるような、そんな希望が見えた。
「カナエ殿……!!」
「……はっ。お前がいなくても勝てるわ」
《ふん。私が君たちに力を貸してあげようと言ってるのだ。いいか、指示に従え》
カナエの声がそういうと同時に、あやめとマコトはレーヴの方を向いて構えた。レーヴもマコト達にナイフを構える。
「さて、一旦仕切り直し。勝負はーーー!」
「ここからでござる!」
◇◇◇◇◇
あやめとマコトがレーヴと死闘を繰り広げていた時、なのはもまた1人で戦っていた。椅子の上でパーティを楽しそうに見ているアリスに、話しかけ続けていた。
「三月さん、ねぇ、速く帰ろうよ」
「嫌ですわ。わたくしはここの楽しいパーティ会場から帰りたくないんですわ」
アリスはそう言ってずっと視線を前から離さなかった。そこには、ずっと楽しそうなパーティと、レーヴたちの戦いしかなかった。
そんなもの。いつものアリスならきっと、そこまで興味を示さないだろう。ジェットコースターですら、あまり大きな反応は示さなかった。
なのはは、無視をされてもアリスに話しかけ続ける。あまり意味はないと、彼女はわかっていた。それでも話しかけにはいられなかった。
「そうだ、三月さん、今日誕生日なんでしょ?私、お人形作ってきたの」
なのはがそう言うと始めてアリスが彼女の方を向いた。なのはは反応があったことが少し嬉しかった。
しかし、その時のアリスの瞳は、なのはを見ているように見えなかった。まるで、なのはの後ろの空をなのは越しに見ているように、虚ろであった。
「三月……さん……?」
なのはは、アリスのその顔が怖くて、恐ろしくて、声が震えながら、名前を呼んだ。
アリスはニコリと、いや、どちらかといえばニタリと君悪く笑いかけてきた。その顔を見た時、なのははぞくりと身体中に寒気が走った。
「いりませんわそんなもの」
「え……?」
アリスはきっぱりとそう言った。なのはは言葉の意味を理解するのに時間を費やしてしまった。数秒の間をおいて、なのはは理解した。
なんでと、小さな声で呟いた。アリスは視線をパーティの方に向けた。が、もうパーティはレーヴたちの戦いにより、そこら中に血が付いていたりするような、楽しそうには見えなかった。
「わたくしに構わないでくださる?ここは夢の世界なんてことわかっております。だから、この間だけでもわたくしに楽しませてくれませんか?まぁ、楽しすぎるから、覚めたくないですが」
アリスは抑揚がない声でそう呟いた。なのはは思わず、アリスから離れてしまった。その時のアリスの顔が、どこか見たことあるように感じた。だからからか、恐ろしさを感じた。
それと同時に寂しさも感じた。なのはは膝から崩れ落ちて、ガタガタと震える。頭の中にはまるで何かの再生機器が起動するように、鮮明に何かを思い出した。
ーーー
「……のは……ん……私に……かまわない……うざ……」
「ねぇ……どこ……ろう……私……」
ーーー
「ーーーっ!!」
なのはは、ポトリと涙をこぼし始めた。それにすら、アリスは気づかないように、楽しそうに前を見つめ続けていた。なのははその彼女をみて、涙を拭う。
「もうこれ以上後悔はしたくないーーー!」
なのはは立ち上がって、アリスの肩を揺する。夢の世界で起きたことは覚えてる人はほぼいない。が、この時の姿は自分の心の闇のようなもの。だからこそ、今この闇を消してやらないと、アリスはきっと。
そこまで考えて、なのはは恐ろしくなる。だからこそ、今彼女を助けてやらねければならない。
「三月さん。私、貴方の事大事だって思ってるんだよ。ずっと一緒にいたい。いたいんだよ」
なのははすがるようにアリスにそう言う。一緒にいたいともう一度言うと、アリスは小さくそれは。と呟いた。
「それは、わたくしを好奇の目でずっと見たいということでしょうか」
えっ、と。言葉が詰まった。何を言ってるのだろうと、何を言われたのだろうとも考えた。アリスが言った言葉はしばらく頭の中を駆け巡り、それでもなお意味がわからず、ただただ呆然とする。
ポカンとした顔を見たからか、アリスはため息をひとつこぼして、じとっとした目でなのはの顔を見た。
「わたくし、ほら。お金持ちでしょう?そしたら、いろんな人がわたくしを好奇な目で。まるで普通じゃない人を見るかのように、動物園の動物を見るかのように接してくるんですの。なのは様も、そうなのでしょう?」
「そ、そんなこと……!」
「口ではいくらでも言えますわ。でもわたくし、わかりますの。あなただってわたくしのことを異端と扱うのでしょう?わたくしは異端……そう!わたくしはおかしな異端児ですわ!!」
吐き捨てるようにアリスは息をせずにここまでセリフをつなげた。疲れたように肩で息をして、改めて前を見る。その視線はパーティを見てると思うが、どこか虚空を見つめてるように見えた。
「違う……違うよ三月さん……」
なのはがそう震える声で言う。が、アリスは一切反応を示さなかった。なのはは、それでも言葉を続ける。
「貴方は貴方だよ……貴方なんだ……!!他の誰が、他の人がなんて言おうとどう見てこようと『三月アリス』は『三月アリス』なんだよ……!!」
「……わたくしは異端児ですわ。普通じゃありません」
アリスはそれだけ言うと、目を閉じた。まるで何もかもを見たくないというように、パーティやなのはを見ないように。
アリスは異端児という単語を口の中で繰り返す。なのははその単語をしばらく黙って聞いていた。
このままではアリスはどこか遠くに行ってしまいそうだった。例えナイトメアを倒しても、きっと意味はない。アリスの心はきっとはれないままだ。そんなことは、なのははとても嫌だった。
だからこそ。
「貴方は!アリスちゃんは普通だよ!!」
なのはは思わず大声でそう叫んでいた。初めて、アリスのことをちゃん付けで呼んでいたのは無意識であった。
「貴方にわたくしの何がわかるのですか」
その声に対しての答えは短く、それでいて、とても重い一言であった。しかし、それに対するなのはの答えも。
「わかるわけないよ!」
短く、そして重い一言だった。が
なのははそう言ったあと突然アリスに抱きついた。アリスは突然の事で驚き、なのはの方をちらりと見る。
なのはは、泣いていた。嘘泣きにも見えない、それほどまでに泣いていた。それにアリスはやっと今気づいた。
「アリスちゃんが何考えてるとか……何考えてるかとかわからないよぉ……でも、私はわかりたいの……アリスちゃんのことはなんでも知りたいの……!!今はわからない。でも、今はわからなくてもいい。何年何十年何百年かけてもいいから、私はアリスちゃんのことを知りたいの……!!」
アリスはその言葉を聞いて、何かが頬を伝うものに気付いた。ずっとそれを触れてみると、それは水であった。何故か、目から水があふれ続ける。
「それにね、私……さっき言ったけど、アリスちゃんは変じゃないと思うよ。普通だよ。アリスちゃんが自分のことを普通だと思い続けてる限り、アリスちゃんは普通なんだ……だから、無理して普通にならなくていいんだよ?アリスちゃんはアリスちゃんなんだから……もし、もしね?誰かがアリスちゃんのことを異端とかおかしいとかいう人が現れたら、私が支えてあげるから。私が。それに春香ちゃんが。みんなが、貴方のことを支えてあげるから」
なのはは、あくまでアリスを支えると宣言した。それは、なのはとアリスは対等の立ち位置であると、暗に伝えていた。
それがアリスにはとても嬉しかった。溢れ出す涙が止まらなくて、それでも、彼女はニコリと笑った。先ほどとは全然違う、幸せそうな笑顔。
「パーティを再開しませんとね。こんなまやかしの世界ではなく、本当の温かい世界で。また」
「アリスちゃん……!!」
「うふふ。なのは様。少しご迷惑をおかけしましたわ。でも、わたくしはもう大丈夫です。わたくしがわたくしである限り、ね」
そうアリスが言うと、なのはも笑った。まるで自分のことのように。そして、よしっと一言言ってなのはは立ち上がる。
「行ってらっしゃいませ、なのは様。わたくし以外にも支えるべき人がいますから……お気をつけて」
「……うん。行ってくるよ」
なのははそう言って、アリスから離れ、駆け出していく。だんだんと見えなくなるなのはの後ろ姿を、じっと見つめていたアリスは椅子に座り直した。
「普通……わたくしがわたくしである限り……では……この気持ちは……」
そこまで考えて、アリスはその考えを消すために頭を振った。そんなことはあとで考えればいい。どちらにせよ、何を考えても、アリスはアリスなのだから。
◇◇◇◇◇
《そこっ!右に大きく飛べ筋肉!》
「了解!」
《あやめ!すかさず斬り込めチャンスを作らせるな!」
「合点!」
あやめとマコトはカナエの指示の元、レーヴと互角の戦いを繰り広げていた。レーヴは、二人の攻撃に対して防御をするしか余裕がないように見えた。
が、むしろ押されているような気がしてならない。理由はすぐにわかった、こんなに激しく動いているというのに、レーヴはあせひとつかいてなかった。マコト達は軽く息切れしているのにもかかわらずだ。
ズキッ、と、マコトの足に鋭い痛みが襲いかかる。レーヴに斬られたところが動いたせいでだんだんと開いてきたのだ。生々しい傷から流れ出る血が、マコトが無理をしているということがすぐにわかる。
「っ、このぉぉおおぉぉ!!」
マコトがしびれを切らしてレーヴの後ろに回り込んで拳を振り下ろす。続く痛みにより、正常な判断をするのがきつくなってきていたのだ。カナエ達の制止も虚しく、振り下ろした拳はレーヴの頭に直撃
「ーーーふん」
するわけもなく、簡単に弾かれる。弾かれた瞬間にできた大きな隙をレーヴは見逃すはずがなく、大きく蹴り飛ばす。
口からも血を吐き出しながら、マコトは飛んで行き、木に衝突した。グシャァ、と、カエルが潰れたような音を出して、マコトは地面にずり落ちる。
「マコトどの!!すぐ助けにーーー!?」
そう言ったあやめの右ほほをナイフが斬り裂いた。たらりと流れる血に思わず視線が向いた瞬間、レーヴはあやめの頭をつかんで地面に思い切り叩きつけた。
脳みそをシェイクされたような感覚に陥りながらも、あやめはゆっくりと立ち上がる。しかし、顔を上げた瞬間に、レーヴの回し蹴りがあやめを吹き飛ばした。
「ふん……私の計画を邪魔するかもしれない奴らだ……殺す気はないが、少し痛い目を見てもらわないといかん……ハキーカが言ってたような脅威は今の所感じないがな。すこし、がっかりだ」
テーブルを壊すほどの勢いで突っ込んだあやめに対して、レーヴはそう言った。あやめはハキーカという名前を聞き、何かぞくりと背中に虫酸が走った。
「一応……あそこに倒れてる少女にもう一撃与えておこう。あの子は多分、これぐらいの困難なら乗り越えてしまうからな」
「や、やめ……」
レーヴはそう言ってマコトの方に歩いていく。あやめは這ってでもそれを止めようとする。が、追付けるわけもなく、レーヴは一歩一歩マコトに近づいていった。
「……よぉ……なんだ、トドメでも刺しに来たのか……?」
「意外だな。殺されるかもしれないのに、恐れるどころか、軽く挑発をするとはな」
「残念ながら……死にそうになるのは日常茶飯事なんでね。もう慣れた」
「成る程な。死ぬのは怖くないというか……後悔するぞ」
レーヴはそう言ってナイフをゆっくりと上に挙げた。それを見たマコトは目をつむり、最後が来るのを待ってるように見えた。
あやめは震える声で、最後の希望を託すかのようにカナエに通信をする。カナエは口を閉ざしていた。
《……やっと来たか》
カナエがそうポツリと突然呟いた。あやめはおもわず何がと聞こうとしたが、その考えは聞こえてきた足音によってかき消される。
「や、やめて、やめてください!!」
「……なの、は……か」
息を切らしながら、なのはがレーヴに向かって制止の声を投げた。声が震えてるのは単純に疲れからだけではあるまい。純粋で単純に、レーヴに対して恐怖を抱いているのだ。
「なのは君か……一応言うが私は何もこの子を殺そうとしたわけではない。ただ二、三ヶ月動けなくさせようとしただけだが」
「そ、そんなの間違ってます!それに目の前で……先輩たちが傷つけられるのを黙って見てたら、後輩失格です!」
そういうなのはの足は震えていた。しかし、そんな啖呵とも言えないが、なのはの声にマコトはどこか嬉しそうに微笑んだ。
「……気が変わった。突然すぎるが気が変わった。なのは君。君は今ここで殺す。特に伏線も理由もないがな」
レーヴがそんな冷たい声で言い放つと、なのはは思わず後ろに下がった。マコトはてめぇといい文句を言おうと口を開けるが、レーヴの冷たい視線を浴びて、一瞬怯んだ。
それだけでレーヴがなのはに近づくのには十分すぎる時間であった。まさに瞬きする間にレーヴはなのはの目の前に死という恐怖を突き出していた。
なのはは、迫り来る恐怖に対して、ただ一つのことしか考えてなかった。死ぬのが怖いや、まだ生きたいではない。
彼女の精神は後悔で支配されていた。ここで死んだらきっと自分は後悔する。死んでも死にきれない。それはもう後悔しないと決めている彼女にとっては、思ってはいけないことだった。
(やだ……嫌だ……!!)
無意識だった。彼女は手を前に突き出していた。ナイフから身を守るにはもろすぎるほど、白く、細い腕。それを前に突き出していた。
「いやだぁあぁああぁぁ!!」
そした彼女は叫んだ。後悔。それだけは嫌だ、後悔だけはしたくないという彼女の想いを吐き出した。
ドォン!!
まず最初に大きな音が響いた。そして次にレーヴが後ろに大きく吹き飛んで、地面に背中を強打した音が聞こえた。
なのはは思わず、えっ、と間抜けのようにつぶやく。すると、レーヴが倒れているあたりがだんだんと赤く染まっていった。強打したからだろうか。いや、違う。
「ーーーククッ……油断した私が悪いな……」
レーヴはそう言いながら、立ち上がる。その度に肩の付近からポタリと何かがこぼれ落ちていた。それは、赤い、赤い血であった。
「しかし……私達のようなナイトメアも血は赤いのか……これは世紀の大発見だな……」
「えっ……あの……え?」
なのはは思わずレーヴに対して何が起こったかを聞こうとしてしまい、慌てて口を紡ぐ。すると、レーヴがフッと自嘲気味に笑い、ゆっくりとパーティ会場の方に歩いて行った。
「なのは君……君は強いな……まさか私が不意打ちとはいえ肩への一撃を許すとは……少し、ご褒美をあげるよ。ここのナイトメアは私が殺しておく」
レーヴはそう言い残し、パーティ会場へと消えていった。なのははその後ろ姿が段々と遠ざかっていくのが、少し怖かった。
遠ざかるたびに、見えなくなるたびに、自分が何か恐ろしいことをしてしまったと言うことが、わかっていく。それが怖かった。
なのはは暫くの間、ただぼーっとその場に立っていた動けなかったという方が正しいかもしれない。
《おい、なのは。聞こえてるか?》
「…………はい」
《……いいか。ナイトメアの消失を確認した。早く帰ってこい》
カナエのそういって一方的に通信を切った。なのははゆっくりとあやめ達に肩を貸して歩き出した。
◇◇◇◇◇
「未来は予想通りだったーーー」
個室の中でカナエはそうつぶやき、通信機の電源を落とした。カナエが見た未来。それはなのはが赤い髪の女性を吹き飛ばすシーンであった。
予想通りだった。予想通りすぎて、気持ち悪いほど予想通りだった。今まで感じたことがない感情。一度未来予知が外れたことによりカナエは悔しさやマコトが投げかけた言葉に対する嬉しさよりも、なぜ未来が外れたのかということ一点だけを気にしていた。
そして答えを求めていた。答えを導くことにより出てくる知識を、彼女はほっしていた。欲していた。
「……果たしてこれでいいのか、悪いのか……私にもわからないことがあるのだな……知識を求めているくせに……私にはわからない。だが、貴方なら……どんな答えを出しますか……」
カナエはそう言ってボソリと誰かの名前を口から零す。その名前を言うと、彼女は少し安心した。それ同時に、悲しさもあった。名前を呼んだものはこの世にはもういない。
彼女はそして、椅子の上から飛び降りる。ちらりと見るのは夢の世界の映像。そこはもう何もなく、3人とアリスが帰ってきたことがわかった。
カナエは扉に手を置き、そして暫く時間をおいてその扉を開ける。開ける瞬間、彼女はまた、先ほどの名前をつぶやいた。今度は小さくなく、自分の耳にも入ってくるほどの大きさだった。
「……エレン……ホス……」
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【次回予告】
「私は何を……」
「お姉さまを傷つけるなんて!!」
「僕様のために、お願いだよ」
「おやすみ……みんな」
【次回:19話 ナノハナチルヤ】
お疲れ様です。
今回はアリスちゃんメイン回でした。彼女はお金持ちですが、それでも1人の人間なんです。
次回はとうとう主人公のなのはちゃんの話。ご期待をしながら待っててください




