引きこもりの俺の部屋に女幽霊が現れた
あれは今年の3月のことだった。
「……無い」
僕は何度も掲示板の番号を確認した。
自分の番号を念入りに見直し、再び掲示板へと視線を向ける。
「……やっぱり無い」
何度探しても無いことがわかったので、僕は逆に気分が高揚してきてしまった。
「無いじゃないかぁぁぁ!」
思わず空に向かって叫び声を上げる僕。ただでさえ騒がしいのに、その中で一際目立つ変人がそこに居た。
「あの人頭大丈夫?」
「ありえねえw」
「というかあいつ一人で……?」
はっと我に帰り、恥ずかしくなる。
(穴があったら埋まりたい……)
僕は少々表現を間違った意味不明な台詞を心の中で吐きながら、すごすごとその場を後にした。
*
そんなわけで、現役で大学受験に失敗した僕は、晴れて浪人生となったわけで。だがその実体は、親に何も言われないように適当に勉強をしている振りの引きこもり生活だった。
春までは良かった。モチベーションが冷めておらず、悔しさで猛勉強した。でもその反動というか、夏になってからはネットに傾倒するようになってしまった。そのうちやる気になるさ、と考えているうちにいつの間にか、勉強と休憩の割合が逆転してしまった。
一日の9割は休憩だった。抑うつ病なのではないかと親に疑われたが、そんな筈はないと言い張った。
僕の目からは輝きが失われていた。
*
そんなある日のことだった。
(さて、用は済ませたし、ごちねこの続きでも観るか……ん?)
僕は部屋に入った瞬間、あまりに訳のわからない光景を見て、唖然とした。
「…………」
「…………」
僕は逆再生のように扉の前まで戻ると、そっと扉を閉じた。
「……何だ今の?」
とりあえず深呼吸をして、もう一度扉を開けてみる。
「…………」
「…………」
「……君、誰?」
部屋の隅っこで体育座りをしている女の子が一人。彼女は黒いローブを纏い、日本人形のように髪が長く、雪のような白い肌をしていた。しかもよく見ると身体が半透明で、向こうが半分見通せる。
「……幽霊です」
消え入りそうな声。
最近の幽霊って幽霊を自称するものなのか……?
…………。
(僕、とうとう続け過ぎた人目を拒むような引きこもり生活で、頭おかしくなっちゃったか……)
「これは……病院行くべきか? いや、それにしても……」
僕がおろおろしていると、その幽霊(?)は何かを察したようだった。
「なるほど……そういうことですか……」
(何言ってだこいつ……)
「ちょっと机の上を見てて下さいね」
とりあえず机の上を見てみると、机の上に置いたコップがひとりでに動き出した。
「え? え? いや……え? おい……」
そしてコップは机の角から下に落ち、カーペットにコーヒーの染みが……。
「何やってんだお前!」
「ひぃぃ! ごめんなさい! ごめんなさい! 二度としないから!」
「あーあー急いで新聞紙と雑巾と……あとは中性洗剤取ってこないと……」
そうしてカーペットに付いた染みを出来るだけ新聞紙に吸い込ませる。
(うわぁ、まだ居たよ……。しかもなんか膝の膝の間に顔を埋めてるし。慰めた方がいいんだろうか。めんどくさいなぁ……)
「ちょっと語気が強すぎたのは認めるからさ……そこまで落ち込むなよな、な?」
しかし全くの無反応。何をしていいかわからず、数秒が経つ。
「ん……」
「?」
「どうかしましたか……?」
「……もしかしてうたた寝してたの?」
「あ、はい!」
「いやそれはないだろ!」
顔が引きつっているのが自分でもわかる。
(もう放っておくか……)
僕はノートパソコンを開いた。
(へぇ……ごちねこは二期があるのか……)
動画の上を右から左へ文字が流れていく。
「……何してるんですか?」
背後から声が聞こえる。
(無視しよう……)
動画の続きを見る僕。
すると、突然心臓の辺りから半透明の腕がにゅっと飛び出してきた。
「うおっ!?」
思わず全身が痙攣する。
「何してくれてんだお前……」
「ビックリしました?」
「いやもう心臓が飛び出すかと思った。お前そこに正座な」
「……ここでいいですか?」
僕の隣に正座する名前も知らない幽霊。
「……勝手にしてくれ」
(あー、もう、鬱陶しいなぁ!)
そして気にも留めず、ごちねこの続きを観る僕。
……20分経過。
…………40分経過。
気付くと、1時間が経過している。
「よく少しも動かずに一時間も正座していられるね君は! もういっそ褒めたくなってきたよ!」
「幽霊ですから」
(関係あるのか?)
「それは置いといて、私はこの主人公の子が一番好きです」
「カフェインちゃん?」
「そうです」
「じゃあこの子の名前は?」
「エスプレッソちゃんですよね」
「……じゃあこの人」
「……呼び名はわかりますが、本名がわからないです」(脚注2)
「逆にそれは凄い!」
そこから色々なアニメを紹介していくうちに、
僕はその幽霊と段々仲良くなっていった。
*
「……そういえば、タンポポって知ってますか?」
「え? いや、当たり前だよ。綿毛を飛ばすあれだろ?」
「そう。それで、一つ、小話を考えてみたんですけど、聞いて下さい」
「別に構わないけど……」
僕は手元のコップに手を伸ばし、水を口に含んだ。
「あるところに、一つのタンポポの綿毛が居りました」
早速飲んだ水を噴き出しそうになる俺。
「いやいや、綿毛が居りました、ってなんだよ」
僕の発言を聞き、ムッとするレイカ。
「そんなことは、どうだっていいんです!」
(……あ、たまには怒るのか)
「ごめんごめん、続けて」
「……仕方ないですね」
(ちょろい)
「タンポポの綿毛は、どこに花を咲かせようか迷っているうちに、故郷が見えなくなるほど遠くに行ってしまって、とうとう砂漠の上に落ちてしまいました」
「突っ込みどころ満載なんだけど……」
「その子は、もう一切の希望を失ってしまいました」
(スルーかよ)
「何度も何度も故郷に帰りたいと思ったけど、それはもう叶わない夢になってしまった。消えたい、消えたい、そう思っても、そんなことは出来なかった」
「…………」
「その子は、綿毛のまま、砂漠に一人ぼっちだったの」
そう言うと、レイカは、窓の外に視線を移して、ただ外の景色を眺めていた。
「でもその旅人は、その種に水をかけてくれた」
「……続けて」
「その旅人が居てくれたから、そのタンポポの種は、また頑張ろうって思えるようになった。花を咲かせる場所なんて、選ぶ必要なんか無いんだ、って。たとえたった一つの花でも、咲かせてみせようって。せめて、そこまで頑張って見せるって。そしてついにその種は花を咲かせたんだ」
「…………」
「さて問題です。ここに出てくる旅人は、どんな人でしょうか?制限時間は10秒です」
「え? いやちょっと待――」
「制限時間を終了します」
(いや2秒くらいだろ今の……)
「最後に私の名前を言っておきますね、私の名前は、レイカといいます」
「…………?」
(いきなり何言い出すんだこいつ……?)
「次に正解の発表です」
「…………」
「…………」
「いや、自分で答え言うって言ったくせに黙ってどうする」
「…………あ…たです」
「え?今、なんて」
「あなたです」
「……え?」
「……ありがとう」
次の瞬間、レイカは、その場から跡片もなく消え去ってしまった。
「……レイカ?」
──状況的に、きっと成仏したのだろう。
一体あれは何だったんだろうか?
やはり疲れから来る幻覚だったのだろうか?
ふと、カーペットに付いたコーヒーの染みが目に入った。
(……やっぱり、居たんだ)
そして数秒間余韻に浸ると、僕は、空に向かって、ぽつりと呟いた。
「……勉強するか」
不思議とやる気が出てきた。最近人と会ってないせいで、精神的に元気が無くなっていたのかもしれない――
「――ありがとう……レイカ」
そう染みに向かって囁くと、僕は机に向かいノートを開いた。
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【注釈】
※ご注文は猫カフェですか?
[あらすじ]
天真爛漫な主人公がある時日本のどこかにある、何故かやたらとフランスの街並みに似た町に居候することになる。
道に迷っているうちに、猫カフェを見つけたのでとりあえず勢いに任せて入ってみることに。
そこには何故か頭の上に猫を載せながら応対する衛生的にどうなんだというウエイトレスさんが居た。
そして奇跡的に居候先がそこであることが発覚。
やたらとフランスのアンザス地方に似た日本のどこかの町で暮らす、女の子たちの物語。
[登場人物]
・カフェインちゃん
本作の主人公。15歳の高校1年生。
半分の花の形のかんざしがトレードマーク。
B型らしい天真爛漫な性格。喫茶店キャットハウスに下宿している。
・エスプレッソちゃん
キャットハウスオーナーの孫娘。13歳の中学2年生。
髪の左右にヘアピンを星形に付けており、学校に行く時以外はいつも子猫を頭に乗せている。
味だけで産地や銘柄を性格に当てることが出来、コーヒーに砂糖やミルクを入れると逆に飲めなくなる。
・青海ブルーオーシャン / 青海碧
カフェインが公園で出会った女流小説家。
ペンネームで呼ばれることが多く、本名で呼ばれることがあまり無い。