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秋風

思い出は風の中ー「夏の日の贈りもの」よりー

 むわっとする暑い空気の中、俺は一人でそうめんをすすっていた。昼飯の時間は、とうに過ぎている。親父もおふくろもどこかへ出かけているようだ。


 首にかけたてぬぐいで、汗を拭う。こんな小さな扇風機じゃ、たいして役に立たない。せっかく下げてある風鈴も、うんともすんともいわない……


 気を取り直して、もう一度そうめんをすすって、汁をグッと飲む。汁まで生温かい。なんでこんなに暑いんだ!!



 俺の名は、秋中トオル。この時越村(ときごえむら)で林業を営んでいる。先日、成人式以来八年ぶりの中学の同窓会があった。そのせいか、家の中がやけに広く感じる。

 ま、本当に広いんだけど。今は三人暮らしだが、昔は大家族だったらしい。


 やっと風が吹いて、風鈴がチリンと鳴った。



 同窓会では、みんなよそ行きの顔をしていた。中学時代の面影はあるものの、みんな大人の顔になっていた。


 「お前、変わってないなあ!」


 何気ない一言に胸がずきっと痛む。俺は、ちゃんと成長できていたのか?


 ななめ前に座っていたアツシは、スーツをパリッと着こなしている。順調に出世しているようだ。


 どうもタカシが調子づいていると思ったら、先週結婚したばかりなんだとか。


 アキラの家では二人目の子供が生まれたと写真を見せびらかしている。昔のアキラそっくりだ。写真を見つめるアキラの顔は、すっかり父親の顔だった。


 カズヒコはIT企業をを立ち上げたと言っていた。今や弱小企業の社長になっている。

 「売り上げが上がったら、社員を募集するぞ!」と叫んでいた。


 女子の方は、悪いけど最初は見分けがつかなかった。あんなに化粧が濃かったら、どこかですれ違ってもわからないだろう。


 でも、女子同士はわかるらしい。不思議だ……


 苦労して見つけた初恋のユリ子。当時可憐だったあの子は、すっかり貫禄がついていた。直視できず、衝撃のため指輪をしているかどうかも確認できなかった。


 ぐるっと見回しても、無理に酒を飲んでいるヤツはいない。ほどほどにたしなんでいる。


 街のかおりは漂っているけれど、笑った時の顔は昔のままだ。少しほっとした。


 それもつかのま。仕事や家庭があるから、とみんないそいそと帰っていった。


 俺だって、街に出ることを考えたこともあった。でも、この村を離れる気には、どうしてもなれなかった。

 だから、俺は家業である林業を継ぐことにした。今でもはっきり思い出せる。俺が林業を継ぐと言った時の親父の顔。



 厳しい顔をして、「楽な仕事じゃねえぞ!」とどなった。そして、俺の顔をじっと見つめた。内心たじろいだが、負けるもんかとにらみ返した。一分にも満たないような時間だったのに、俺にはとても長く感じた。


 ふいに、親父の顔がゆるんだように見えた。


 「そうか。」


 親父は小さく、つぶやいた。そのまま、俺に背中を向け、


 「男なら、決めたことはやりとげろ!」


 と叫んだ。その声は、少し震えていた。


 日に焼けて、筋肉質な親父の背中を見て、初めてかっこいいと思った。

 うざいと思っていた親父が、師匠になった日だった。

 おふくろは、「あんたがねえ……」と言ったまま、涙を拭いていた。


午後になって、風が出てきた。


 昼休みを切り上げて、仕事に戻ろうかと思い、外に出る。


 目の前を、ついっと赤とんぼが横ぎって、俺の肩に一瞬だけとまった。

 もうそんな時期か。あと一か月くらいたてば、平地へ降りていくはずだ。


 山を登り、ふもとを見下ろすと、カズヒコの実家の田んぼが目に入った。

 まだ青々としているが、少したてば色づいてくるだろう。


 そういえば。


 あれは小学校の低学年の頃だったろうか。


 学校からの帰り道、とんぼの集団を見つけた。みんなで帽子で取ろうとした。でも、つかまりそうでつかまらない。帽子がかぶさる直前についっと逃げてしまう。


 ムキになって追いかけた。とんぼを捕まえることしか、頭になかった。


 草をかき分けて走ったら、前にいたカズヒコに衝突してしまった。怒ったカズヒコとそのまま取っ組み合いのけんかになった。


 その様子が面白かったらしく、他のヤツらも参戦して、大乱闘になった。

 みんなで転げまわり、気分は最高だった。


 突然、怒鳴り声がした。

 「あんたたち、何やってんの!!」

 カズヒコの母ちゃんが、見たことのないような形相で叫んでいる。


 え? 何かあったのかな?


 と、俺たちは顔を見合わせた。


 その時、ようやく気付いた。ここが草ではなく、収穫間近の色づいた田んぼだったということに。

 稲は見るも無残に倒されていて、まるで台風の後の様だった。


 こっぴどく叱られたことは言うまでもない。

 母ちゃんたちも、お詫びの品をもって、走り回っていた。


 せめてもの救いは、カズヒコも一緒だったことだ。自分の息子も一緒だと、あまり強く叱れなかったようだ。



 あのカズヒコも、会社がうまくいかなかったら、田んぼを継ぐのだろう。

 会社がうまくいくことを願っていよう。


 もう少し歩いていくと、アキラの家の山小屋がある。

 アキラの父親は、ここで大工仕事をしていた。


 俺たちにとっては、秘密基地だった。

 ここにいる間、俺たちは地球防衛軍だった。

 いかにして怪獣を倒すか、作戦会議が繰り広げられた。


 隊長は、ノリのいいタカシだった。おかげで俺たちは、本当の地球防衛軍のような気分になっていた。


 チョークで、山小屋中に落書きもした。宇宙ヒーローギャラクシィや、相合傘、自分の名前をデカく書いたりもした。


 そして、ドアに描いた怪獣と戦い、見事退治したりもした。


 蹴破ったそのドアは、後で聞けばイノシシがやったことになっていた。今でも、誰がやったのかは、男同士の秘密だ。


 そして、あのタカシは、いまは「ふるさとを守る会」の青年会長をしている。


 俺は、苦笑いをしながら、今では廃墟と化した山小屋に近づいた。すでに、壁に描かれた落書きは薄くなっている。書いた本人でなければ、読めないくらいだ。


 いつもなら、山へ直行するのに、少し遠まわりしてしまった。これだと、あまり仕事ははかどらないだろう。



 木々の間を、風が通り過ぎた。


 ……この感じ、どこかで感じた。

 そうだ。たしかここを、みんなで走ったんだ。どうして走っていたんだ?


 俺は、記憶をたどった。


 始まりは、アツシの持ってきた地図だった。


 屋根裏で見つけたという、その地図は、少し黄ばんでいて、山の地図に×印がしてあった。


 「これ、なんだと思う?」


 と、色白でメガネのアツシがためらいながらきいてきた。俺は、その地図をじっと見つめた。


 「たぶん、誰かが何かを隠したんだな。」


 この声に反応して、タカシがのぞき込んできた。一目見るなり、


 「なんだ!!宝の地図か!?」


 と叫んだ。

 それを聞いたアキラとカズヒコもやってきた。


 「なにが埋められているのかな?」


 「ひょっとして、大判小判ザックザクとか?」


 「あっという間に億万長者だっ!」


 俺たちは、目の前の冒険に胸が高鳴った。


 放課後だったのですでに夕方だった。でも俺たちはランドセルを背負ったまま、宝探しに出発した。


 目標になるものがわかりやすかったので、どんどん山の奥に進んでいった。


 地図通りに二つに分かれた道と一本松があった。この道に間違いない!もうすぐだ!

 だんだん道がなくなってきた。でも大丈夫。俺たちにはこの地図がある!


 どうやらもう少し先に見える、大きな木の根元らしい。たぶん、このあたりでいいのだろう。


 そこで俺たちは気づいた。スコップを持っていないことに。仕方がないので、近くに落ちていた枝で掘ることにした。

 でも地面は固く、なかなか掘れない。地面は浅い穴がたくさんあいた状態になった。


 俺たちは、泥だらけだった。


 垂れてきた汗を拭って、泥が顔についたアツシを見て、みんなで大笑いした。


 気づけば周りは薄暗くなっていた。

 まだ何も見つからない。早く帰らなければとムキになって掘った。


 いつの間にか、指の先が見えないほど暗くなってしまった。

 さすがにあきらめて帰ることにした。


 でも……


 「おい、俺たちどっちから来たんだ?」


 アキラの声でみんな凍りついた。


 「大丈夫だ。こんな時には地図があるじゃないか!」 


 得意そうにタカシが言う。


 「じゃあ、どっちから行ったらいいんだよ!?」


 と、アツシが泣きそうに言った。

 タカシはガサガサと地図を広げて、一言、こういった。


 「見えない。」


 そのとたん、空気まで凍りついた。

 みんな、空腹と不安と疲れのために泣きべそをかき始めた。


 「こうなるなら、来なきゃよかった!」


 「誰だよ行こうって言い始めたやつ!」


 「アツシが地図を持ってこなきゃよかったんだ!」


 見事な内輪もめになってしまった。

 これを止めたのは、タカシだった。


 「もめてる場合じゃねぇだろ!それで帰れるのか?帰るための事を考えろよ!」


 みんな、しんとなった。恐る恐るという感じでカズヒコが言った。


 「もしも、だけど、熊がでたらどうするんだ?」


 みんなの顔に不安が広がる。何か言おうとした声をかき消すようにタカシが、


 「よし!歌おう!大きな声を出せば、熊が逃げるって聞いたことがある!」


 ぽかんとした顔の俺たちに、


 「ほら、『もみじ』なら歌えるだろ?この間の音楽でならったばかりなんだから。―じゃあいくぞ!1,2,3、!」


 「あ〜きのゆ〜うひぃ〜にぃ〜!!」


 リズムとか音階とか、そんな余裕はない!怖さを吹き飛ばすために、ヤケになって歌った。


 とりあえず、下へ、下へと歩いていく。そうすれば、村のどこかに出られるはずだと思って。


 しばらくして、歌いすぎてのどが痛くなり、空腹のためお腹まで痛くなってきたころ——


 下のほうで、チラチラと明かりが見えた。耳を澄ましたら、


 「おーい」と声が聞こえた。しかも、どこかで聞いたような声がたくさん聞こえてきた。その中の一つは、明らかに親父の声だった。


 俺たちの歌が聞こえたんだ!


 こらえきれず涙と一緒に不安だった気持ちもあふれてきた。

 いつの間にか走り出していた。親父が涙を流しているところを、始めて見た。


 次の瞬間、殴り倒された。


 「どこに行ってたんだ!この親不孝者があっ!」


 親父の声が聞こえ、俺は気を失った。


 どうやら村人総出で探してくれたらしい。

 この時も、こっぴどく叱られた。


 翌日、頬が赤く膨らんだ状態のアツシに会った。俺は、目の周りが青くなっていた。

 むすっとした顔をしながら地図の正体を話してくれた。


 なんと、お祖父さんの秘密にしていた山芋の在りかだったそうだ。

 俺たちは、その場所を、荒らしてしまったのだ。浅くしか掘らなかったため、山芋は見つかっていないが。



 そんなことを思い出しているうちに、山の仕事場についた。これから、杉山の見回りだ。


 親父が植えた杉は、大分大きくなっている。


 俺が植えた杉は、まだ細っこい。ちゃんと大きくなれよ、と声をかける。


 そのわきに、切り株だけになっているのが祖父ちゃんの植えた杉だ。


 この八年間、親父に認めてほしくてただがむしゃらにがんばった。それでも、まだまだ俺は青二才だ。教えてもらうことがたくさんある。


 「親父、親孝行するからな!まだ死ぬんじゃねえぞ!」


 面と向かって言えないので、杉山に向かって叫ぶ。

 


 街で成功するヤツもいる。


  でも、俺は故郷でがんばろう。


  ここには、やるべきことがたくさんある!


  そして、親しい友人も。

  

「汗くさくて何が悪い!」



  俺は、夕日に向かって叫んだ。


  心地よい風が、吹き抜けていった。





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