004
雨が降り続く六月。
『良くないこと』というのは突然、訪れた。
「ミコトさん!」
芽吹が息を切らせ魔法堂の扉を開ける。
「芽吹くんの耳にももうはいってるんですね」
アノ本屋の店主が行方不明らしい。そんな噂が小さな街に流れていた。
「良くないことってまさか……」
「えぇ、こういう形で現れるなんて思ってもみませんでした。私が考えるに、もうすでにあちらの世界とこちらの世界の境界があやふやになっているのかもしれません」
「あちらの世界って?」
「もう一つの世界、異世界です。店主は異世界から来た何者かが姿を変え、芽吹くんと接していた可能性があります。『気をつけて』という言葉も警告かもしれませんね」
「警告って……僕そんなヤバいことしましたっけ」
「いえ、芽吹くんではなく私にです」
そう言うとミコトは黙りこんだ。
「一度、あちらの世界を見ておかないといけないかもしれませんね」
アザレアを手招きで呼び、耳打ちをする。
「よし、決めました!来週の水曜に異世界を見に行きましょう。アザレアにはお留守をお願いして」
手を叩き、ミコトは芽吹を見る。
「えぇ!大丈夫ですか?気をつけて行ってきてくださいね」
心配そうに芽吹は言った。
それを聞いてミコトは笑う。
「芽吹くんもですよ!一緒に行きましょう」
「僕もですか!?そんなの無理に決まってるじゃないですか、それに……恐いし」
「大丈夫。貴方のことは私が守ります」
しばらく考えこんで、芽吹は意を決したように頷いた。
「それでは来週の荷造りですね」
髪を揺らしながら、どこから持ってきたのか大きなリュックをとりだす。
「えーと、これとこれと」
薬草やチョコ、それに絆創膏まで。
手早くリュックに詰めていく。
そして最後に詰めたもの。
それは、引き出しから取り出したある写真だった。
「これを見ると元気が出るんです」
ミコトは写真をゆっくりと撫でる。
芽吹は写真を覗きこんだ。
「ミコトさんと……もう一人の女性は?」
そこには小さなミコトと、もう一人小さな女の子が映っていた。
「妹です。小さい頃に生き別れになってしまいましたけど」
「え……?生き別れって?」
「世界の意志によって私はこちらの世界、妹はあちらの世界に送られたんです。」
「なんか難しくてよく分からないですけど、大変そうですね」
「一度、離れたなら再び会えばお互いの魔力が著しく落ちてしまうんです。だから私と妹はそれぞれの意志で会わない様にしているんです。しかし、異世界で何か変化が起こっている今、私は妹の安否を確かめなければ」
ミコトは唇を噛んだ。その表情には固い決意が現れている。
「今日のところは此のくらいで終わりにしましょう。芽吹くん、今日はもう帰っても良いですよ」
そう言われた芽吹は還り際、アザレアの頭を撫でた。
「何だか、大変なことになっちゃったなぁ」
♦♦♦
午後八時、ミコト魔法堂の扉には『close』の文字が掲げられた。




