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「父ーーいえ、貴女を攫った暴漢は今どこにいるかご存知でしょうか?」



敢えて避けていた話題に触れたのは、伯爵の方からだった。

もし、もしもこの対応を間違えたら、私に明日は無い。

何故なら。



「恐らくはあの屋敷に。あれだけの血を流していては、逃げる事も叶わなかったでしょう」



傾く夕陽が、青年の顔を朱く照らす。

困ったような顔は、するりと表情が抜け落ちた。

暗くなり始めた室内で、穏やかに微笑む令嬢とそれに付き合いお茶を飲む婚約者である青年。

それだけ見れば絵になる光景だが、流れる空気は凍てついていた。



「父を……我が家の前当主を、殺したのですか?」

「あらいやですわ、伯爵様ったら。私は暴漢・・から逃げる為に必死になっただけです」



焦ったような問い掛けに軽やかな声で答えると、青年の瞳に鋭い光が宿った。

貴族殺しは犯人が貴族であれ平民であれ、罪が重い。

神の血を薄くでも引いていると言われる特権階級を殺めるなど、神に対する冒涜だ。

自分がどんな地位にあれ、死罪は免れないだろう。

冷や汗が背中を流れて行くのを意識のどこかで認識した。



貴族殺しは重罪だ。



ーーーけれども、私はあれが誰であったのかという事には一言も触れていない。

全ては推測の範疇、正当防衛の範疇。

絶対的な被害者であり弱者たる箱入り令嬢がした、必死の抵抗。

伯爵が口にした言葉も推測でしかない。

私が殺したのは何処かの暴漢であって、貴族ではない。



「……しかし、君に【危害】を加えた相手だ。しかるべき場にてその男の罪をーー事実を、暴かなければならない」

「あら……それはつまり、私の純潔について疑問があると仰りたいんですの?教会にて神父様に確認して頂いても構いませんわ」



犯罪に巻き込まれたからと言って、未婚の娘が密室にて異性と一夜以上を過ごしたとなれば貞操を疑われても仕方が無い。

そして、初夜まで貞操を守れない令嬢は身持ちの不確かなふしだらな存在とされ、それを理由に婚約解消されてしまう事すらある。

普通ならば身分の知れない暴漢の生死より、貴族の純潔の問題は遥かに重い。



「ああ、すみません。そういうつもりでは。ですが、貴女の名誉の為にはそうした方が良いのかもしれませんね」



……この男の目的は、何だ。

親子間の愛情故の復讐心?

けれど、前伯爵は色好みで実子たるこの青年には酷く辛く当たっていたと聞いたことがあるからそれは考えにくい。

自身の父が王家の血筋の娘に対して罪を犯したというのに、それを公表しようとするなど貴族の常識くら考えれば狂気の沙汰だ。

幾ら実質的に縁を切っているからといって、伯爵家の没落は間違いなく起きる。

叩けば埃が出るのはシャーリーだけではない。

この男も父親の共犯者として、表に引きずりだされるだろう。

まるでそれを望んでいるかのような物言いは、貴族を殺した私を貶める目的だとしても、共倒れの未来を直視してないとすら思える。




「構いませんわ。ですが、宜しいのかしら?」



頭を働かせろ、働かせろ、働かせろ。

今の政情で婚約者の父を、貴族を私が殺したと公表されれば、私の命は様々な方法で狙われる事になる。

処刑台に登らずに済んだとしても、理由を付けて毒殺されてしまうに決まっている。

何が目的だ、何を望んでいる。

生き残りたいなら、隠し通さなくては。

ここが最後の防衛線だ。



「……あの暴漢は、前伯爵様のお屋敷に住み着いた浮浪者の可能性もあるのですよ?」

「つまり、何を仰りたいのですか」

「私としても、身持ちについて疑われるのは気分が悪いのです。今ならまだ、何もなかった事に出来ます」

「……分かりました。それでは、貴女の名に傷が付かぬように暴漢の始末をさせましょう」



伯爵は目に宿っていた剣呑な光をあっさりと潜め、どこか落胆したように溜息を吐きながら手元の手紙に何事かを書きつけ始めた。



これで大丈夫ーーーでも、本当に?

本当に私の犯した罪を見逃す?

私がこの男なら、そんな甘い事はしない。

狙った獲物はどこまでも、どこまでも追い落とす。

折角の騒動の種を片付けたりなんてしない。

考えろ。

何故この男は溜息をついた。

何故この男は急に諦めた。

考えろ。考えろ。考えろ。




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