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子爵令嬢シャーリー・ウッド。
この名前を知らない貴族は、まず存在しないだろう。
それもそのはず。
その地位を認知こそされなかったが、確かに今は亡き先王の落胤なのだ。
現国王のたった一人の異母妹として、王位継承権は認められないものの尊い血筋の人間として知られていた。
シャーリーの母はとある地方の子爵家に嫁いでいたが、子もないまま早くに夫を亡くし、一人で領地の管理を行っていた。
子爵家の領地は貴族の避暑地としても有名で、母の才覚あってのものだったのかもしれないが、子爵家は資金繰りに困った事は無いと言うのだから中々大したものだった。
子爵家の後継者は親族を養子に取ると決め、優雅な未亡人暮らしをしていた母は、ある日高貴な人の訪いを受けた。
ーーー避暑に来ていた“遊び盛り”の先王陛下の、である。
一夏の恋、と言わんばかりに燃え上がり冷めていったそれが、次の春の終わりには実となった。
シャーリーと名付けられたその娘の存在は、当時の社交界でも格好の騒動の的として騒ぎたてられた。
王は、王妃との間に病弱な子供しか産まれなかったのだ。
幾人も幾人も亡くなり、生き残った子は末の王子唯一人。
その王子もまた病弱となれば王位継承の意味で王国は揺らいでいた。
片田舎の子爵家に産まれた女児を王家に迎えいれるか否かで揉めに揉め、結局はか弱い王妃の神経衰弱によって、シャーリーは王家の姓を継がない方向に話は纏まった。
だから、シャーリー・ウッドはただの子爵令嬢でしかない。
けれどもその名前を知らない貴族は誰も居ない、特別な令嬢なのだ。
そして、シャーリーは人殺しでもあった。