偶像
ある晴天の日。親子と思われる少女と男性が手を繋ぎ、仲良く街を散歩している。時折少女が男性に話し掛けて男性がそれに答える、その姿は見ている人々を仄々とさせる。
その二人が青信号となり、横断歩道を手を上げ横切っているその時。赤信号を無視し、かなりの速度でトラックが迫る。衝突まで、時間が然程ない。そう男性は判断すると、咄嗟に少女を突飛ばし、そして間も無く男性は轢かれる。
少女はふらふらと痛みに呻きつつ立ち上がり、男性の居所を探す。直ぐに見つかり、その近くへと歩む。
全身を血で濡らし、衝突によりその箇所と背がとても近くなっている。又、手足の一部はあらぬ方向に曲がり、皮膚を突き破り少し白い物が出ている。辛うじて、呼吸はしている。そして、薄弱ながら意識がある。
少女は膝を付き、男性に呼び掛ける。それに答えるよう、口を動かす。時折、喉に血が溜まり、吐き出す様な咳をしながら。
「出来る限り、自分らしく生きろ。」
男性はその後、搬送先の病院にて死亡が確認された。
時が経ち、少女は小学生。今は学校から帰り、仏壇に手を合わせている。
終えると、仏壇に向けて今日の出来事を話し始める。
「――――――大好き、パパ。」
そう締め括り、遺影を暫し見つめてから仏間を離れる。
ここまでが帰宅後は欠かさずにする、あの日からの習慣である。少女は遺品を大切にし、父親を偶像とし崇拝と殆ど同じ位に仰いでいる。神などより父親の方が確実に信用できるから、と。
ある日。帰宅し、のんびりしていると両親の寝室から窓が割れる音がする。
少女は台所で果物ナイフを入手し、ゆっくり侵入者の元に向かう。寝室から仏間まで直ぐの距離だからだ。
壁から少し顔を出し、中を覗くと案の定そこで泥棒が盗みを働いている。形見が次々と袋に入れられる光景に、つい飛び出しそうになる体を抑え、荒れ狂う心を少々落ち着かせる。
少し経って、物色し終えて盗人がこちらにやって来る。確りと力み過ぎないよう柄を握り、何時でも襲えるよう体勢を静かに変える。
音が段々と近付き―――今だ、と少女は柔らかい脹ら脛に深くナイフを突き刺す。二撃目を与えるべく、出来る限り素早く抜くと先程の箇所を一閃。逆手持ちにして、又一閃。痛みに呻きつつ、盗人は攻撃しようと足を動かす。しかし、体格差を利用して回避され、傷がないもう片方の脹ら脛に浅い一閃が入る。少女は回避しつつ、臀部など柔らかい部位を次々と刺して切って、盗人の足元に血溜まりができる。はっきり言って、普通の小学生では決してありえない行動だ。
少女は盗人の状態を見て、大丈夫そうだと判断し微妙に警戒を緩める。先ず、袋を回収して洗面所に運ぶ。次に救急車を呼び、最後は手当てなどせず袋の中身を確かめる。汚れていないか、確かめる為だ。
救急車が来た頃には、全てを見終える。余り汚れ無く数が少ない故に、早めに終える事ができた。
その日の夜。帰宅した母親に叱られる。しかし、涙を浮かべず反省する様子なく、左から右へと聞き流している。襲撃はこれで四回目で、叱責も同じく四回目だからだ。先程の少女の動きは、最初の襲撃で殆ど動けずにいた事を悔やみ、次の襲撃に備える為に母親の居ぬ間を使い、独自に修練を重ねた結果である。勿論、人の殺傷に逡巡がない訳ではない。だが、少女は父親が大好きで、最後の言葉に従い生きている。
自分らしく―父親を仰ぎ遺品を大切にし、生きる。
それ故に、これからも遺品を荒らす者に牙を剥くだろう。
追記
質問がありました故に、追記という形で。
何度も来る理由は、空き巣というのは一度調査して印を何処かしらに付けて去っていくらしいです。空き巣に遇いやすい家にはあるそうです。盗聴器を置いていく事もあるそうです。
まあ、その印の所為で、かの家には空き巣がよく入ってきて盗もうとし、結局救急車で運ばれる。
印は住人に見つけられず他人に変えられる事(一度侵入をした者は恐怖し近付かない)なく放置されているから、よく来るのです。