河原
久々の休日なので私は河原を散歩していた。秋の午後二時は晴れ晴れとしていて清々しい。私は立ち止まり、うんと背伸びをしてまた歩き始めた。すると、草の茂から何やら音がすることに気がついた。恐る恐る近づいてみると、三十代くらいの男と十代くらいの女が裸で絡み合っていた。男が女に挿入し、激しく動き出したところで私が問いかけた。
「同意のもと……ですか」
女が四つん這いで前後に身体を揺らしながら応えた。
「はい、同意のもとの行為です。これにより、わたしもこちらの方も快感を得ております。生、を実感している次第でございます」
私は、はい、そうですか、とだけ応え、二人の生を眺めていた。しかし、しばらくすると女の右手は手首から先が無いことに気づいた。血が止めどなく流れている。
「病院、行かなくていいのですか」
女はまたもや身体を揺らしながら応えた。
「お気遣い、ありがとうございます。しかしながら、その必要はございません。そんなことより、わたしたちは生を実感することに忙しいのです。大切な時間を、この行為に、全てを注ぎ込んでいるところなのです」
女は平均的な大きさのきれいな胸を前後に運動させながら、私を見つめた。私はこの社会的に不衛生極まりない、淫らで破廉恥な行為を止めるべきだと思ったしそこに男として生まれてきた義務のようなものも感じたが、あまりにも非日常的で社会とかけ離れた野生的な光景に圧倒されていたのと、彼女の透き通った声の返答にアンチテーゼを唱える気になれなかったのとで、やはり、二人の行為を止めることは私にはできなかった。あまりにも清々しい二人の華麗な汚業に、人間としての命についてのカタルシスを得ていた私もどこかにいたのかもしれない。「先ほど、生、とおっしゃいましたが、それはlifeなのですか」
女はまた顔を上げ、股の間から汁を溢しながら応えた。
「はい、lifeです。そして、vitalでもあります。おそらく、dailyでもあり、mistakeでさえあるでしょう。もちろん、winでもあります」
すると、男が突然に口を開いた。
「貴方も行ってみればわかるよ」
男は腰を激しく振りながら言った。男が指差す先には背の高い草が生い茂っていた。私は、ありがとうございます、とだけ応えて草をかき分けて進んだ。
背の高い草の向こうには川が流れており、そのほとりに椅子が二つあって、その横に黒人の男が逆立ちしていた。
「いらっしゃい。お掛けになってお待ちください」
逆立ち男が言うので私は椅子に腰を掛けた。しばらく待つと、同い年くらいの女性が、草をかき分けて現れた。会釈するので、私も頭を下げた。男の指示で女も椅子に座った。
「これでも飲んでください」
気がつくと、私と女の手にはおしゃれなカップが握らされていた。私たちはそれを飲み干した。紅茶に近いものだった。女はカップを川に投げ捨て、私を見て微笑んだ。私は浮気など一度もしたことがないし、妻に対してうしろめたいことなど一つもない男だが、綺麗な人だと思った。逆立ちの男がいきなり話し出した。
「私はブレフ=オフオゴといいます。今からお二人にはチャレンジをしてもらいます。成功すれば景品を差し上げます。その代わり、失敗した際にはあなた方の物を一ついただきます。最初は、そうですね、貴方の左手の小指の爪と貴女の右眉毛を賭けていただきましょう。景品にはこちらの金のスリッパを用意しました。よろしいですね」女はすぐに、はい、と返答した。私も失敗したところで爪一枚だと思い、はい、と返答した。
「それでは、カズヤを連れてきてください。よーい、初め」
ブレフさんの合図でチャレンジが始まった。
私は川から這い出してきたカニに頼んで、釣竿を貸してもらった。その釣り針に女のした糞を付け、川にやると美しい河童が釣れた。女はすかさず鎌で河童の首を切り落とした。あっけにとられた表情のまま河童の首は川に沈んでいった。河童の胴体からは青い血が吹き出し、血とともに少年が飛び出した。少年は言った。
「カズヤです」 私と女は男を見た。依然としてブレフさんは逆立ちだったが、微笑んでいた。
「おめでとうございます。スリッパを差し上げましょう」
金のスリッパが私の手のひらに置かれたとき、私は経験したことのない、いいようのない快感に襲われた。次のチャレンジはなんですか、と言ったのは女と同時だった。
「お気持ちはわかりますが、落ち着いてください。次は、貴方の下唇を、貴女の右目を賭けていただきます。よろしいですか」
私と女は同時に、はい、と叫んだ。
「景品には織田信長を用意しました。チャレンジとして、カズヤの就職先を捜してください。では、はじめ」
女は携帯電話でどこかに電話した。カズヤは礼だと言って、カズヤの心臓を置いて川へ飛び込んだ。
「成功です。おめでとうございます」
ブレフさんは懐から織田信長を取り出した。織田信長は川へ飛び込んだ。
私は、やっぱりな、と呟いた。それに対して女は、そうですね、と言った。
「続いては、貴方の右奥歯を、貴女の右手首を賭けていただきます。景品は白猫です」
私と女は、はい、と叫んだ。
「では、カズヤを殺してください。はじめ」
女は鎌でカズヤの心臓を貫いた。しかし、心臓は動いたままだった。私は心臓を川へ投げ捨てたが、河童の生首に邪魔されてそれはかなわなかった。
「失敗ですね」
ブレフさんが言うと、私の右奥歯は上下とも根本から抜け、血の糸を引きながら転がった。女は右手を失い、絶叫した。
「続いての景品は、ただいまお二人の失ったものです。お二人にはお二人自身を賭けていただきます。チャレンジ内容はカップに書いてあります。よーい、はじめ」
私のカップには「カズヤに」と書いてあった。
「お二人のカップを合わせると文章が完成します」
私たちは諦めた。背の高い草の外に投げ出された。ブレフさんの声がする。
「はじめの紅茶に特殊な薬を入れておきました。お二人の命はあと五分です。残りの時間をお好きなように過ごしてください」
私と女は服を脱いだ。