11
次の日の会社には彼はいなかった。気まずくていない事に安心した自分と、会えなくて淋しい自分がいた。
自分の恋愛経験のなさにつくづく嫌気がさすが、仕方ないのだ。私の人生にそんなものが横切るとは思わなかったから。
彼に会って今まで感じた事のない感情が芽生えた。その対処の仕方はいまだにわからない。耐えるしかないのかもしれない。
今こんな状況で彼に会っても何も出来ない。 むしろ爆発してしまいそうだ。
「松原さんボーっとしてるよ?」
急にかけられた声にびっくりした。
「どうしたの?部長がいないからってサボってるとチクるよ。」笑
「すみません。ちょっと考え込んでたみたいで・・・・」
「うそうそ、もう昼だから飯にいかない?」
誘われるがままに2人でランチに出かける。
彼のお勧めの場所らしい。会社からは少し遠いけどついていった。
彼の言うとおりどれも美味しくてデザートまでついてきた。
「ねえ、松原さんは休みの日とかなにしてんの?」
「えっと・・・・・特になにもしてないです。家のこととか、最近は仕事もちかえってます。」
真面目だねぇと彼は笑う。
「友達と出かけたりしないの?」
「あんまり。あったまに友達に誘われてライブに行ったりもします。」
「ほんとうに?」
彼の驚いた表情にびっくりする。
「あっ。でも本当にたまになんで・・・・そんな以外みたいな感じださないでください。」
「ゴメンゴメン。実はさ、皆には内緒なんだけどオレ、たまにライブやってんの。学生時代の延長なんだけどね。」
びっくりした、でもそれを出さないように必死に隠す。
よかったら今度きてよと渡されたチラシには前に雄樹君のライブで行った事のある場所だった。
機会があれば・・・もうそれしか言えなかった。
雄樹君は知ってるの?尾崎君は知ってるの?
お互い内緒にしてるから知らないかもしれない。もし知ってたら教えてくれると思うし。
「松原さんはどんなの聞くの?」
「えっと・・・・・・色々です。誘われていくだけなんで」
「俺の知ってるバンドかな?なんていうバンド?」
どうしよう、ライブに行ってるなんて言わなければよかった。内緒にしてっていわれてるのに・・・・・
「わからないんです。誘われていくだけなんで名前とか知らなくて、すみません。」
ごまかすしかなかった。
「オレのバンドハイプってバンドなの。今度ライブあるから来てよ。」
にかっと笑う尾崎君。明るく元気な少年といった感じだろうか。彼にもまたキラキラした何かが見えたような気がした。
仕事が終わってから雄樹君にメールをしてみた。
お疲れ様です。あのちょっと聞きたい事があるんですけど、ハイプってバンドご存知ですか?
メールを送ってすぐに電話がかかってきた。
「もしもし?仕事おわったの?今どこ?」
いきなり質問攻め。私の質問には答えてくれないの?
「これから帰るところです。」
「じゃあ打ち上げ来て。ヒロトもいるし、もち亜理紗ちゃんもいるから。メールの話は後でね。」
場所を教えられすぐに切られてしまった。尾崎君の事も気になったので私は行く事にした。居酒屋の前で雄樹君がタバコを吸っている。
「お疲れ、ごめんねよびだして」
「いえ、明日休みなんで大丈夫です・・・雄樹君もライブお疲れ様です。」
「あのさ、ひとつお願いがあって、オレとちかちゃんが同じ会社で働いてるの中の奴等には黙っててくれない?」
「いいですけど・・・・・さっきのメールのこと・・・・・・」
それは後でと話をそらされお店の中に連れて行かれた。
中には亜理紗もヒロトさんもいて、顔馴染みといえるような人たちが色々と声をかけてくれる。私が雄樹君のお気に入りだとか
彼女だとか勘違いしている人もいて、誤解を解くのは大変だった。
今日もまた始発が動きだしていた。彼らはいつもこんな感じ。雄樹君みたいに仕事をしている人もいるだろう。たふ・・・・・だな
送っていくと話を聞かない雄樹君と2人で少し明るくなった道を歩く。前はこの沈黙も苦手だったけど。今は心地よくさえかんじる。
彼を家に招きよい覚ましに熱いお茶をだす。
「あの・・・メールの話してもいいですか?」
「そうだったね、そもそもハイプの事は何で知ってんの?ヒロトつながり?」
「いえ、ライブにたまに行くって話をしたら尾崎君が・・・・・」
「ん? 誘われたの?」
「はい・・・・ あの実は尾崎君もバンドやってるみたいで・・・」
「えっ? ハイプって尾崎のバンドなの? まさかあいつがやってるとはなぁ~」
「本当に知らなかったんですか?」
「あぁ、だって会ったことないし、俺も顔塗ってると気付かれない。 笑」
困ったと言って苦笑いする。
「でも、私何も言わなかったんで大丈夫です。尾崎君のライブにもいくつもりないですし・・・・・・」
言い終わって目が合ったと思ったら。雄樹君の顔がすぐに近くにきた。
一瞬のことだった。
なにが起こったかわからなかった。でも目の前に彼の顔がある。
彼の顔はとても綺麗に整っていて、すごく優しい目をしている。ライブの時は周りを黒く塗って力強く、きつい感じにしている。
両方ともとっても魅力的で・・・・・・
そんな事を考えていたらまた雄樹君を近くに感じる。
彼の唇が、息づかいが私をおかしくさせる。
「あの、あたし・・・・・・」
「ごめん。我慢できなかった・・・・・・・ 大人気ないよな。」
「あたし初めてなんです。 すいません」
まじ?? 雄樹君の顔にはそう書いてある様に見えた。
「キモいですよね」
「ごめん。そんな事ない。俺はうれしいよ」
「本気でいってますか?この年で初めてなんて普通ならひきますよ?」
「ちかちゃんのはじめてを俺がもらえたって事でしょ?」
「まぁそうですけど・・・・・
正直言っていいですか? あたし多分雄樹君のこと好きなんです。
こうゆうの初めてなんですけど、たぶんそうだと思います。」
「マジで?」
ギュッときつく抱きしめられて、さらにドキッとする。嬉しいとかその前にこの状況にわたわたしてしまう。
「あっ、あの。あたしよくわからなくてこういう状況。 すみません・・・・・」
耳元で聞こえる声がくすぐったい。人の体温がこんなに暖かくて心地いい事を実感した。
「じゃあ、俺の彼女になってくれる?」
少しうなずいて考えた。
「彼女ってどんな感じですか?」
真剣に聞いてくる彼女がすごく可愛く見えて、思わず笑ってしまった。
恥ずかしかったのだろう。
真っ赤になった彼女が膨れっ面になる。
「ちかちゃんはそのままでいいよ。俺が大切にするから。」
彼女の華奢な体をもう一度抱きしめる。
苦しいと俺の背中を叩く彼女。もう離さないから。