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婚約破棄された悪役令嬢に転生したので、前世の飴細工スキルで独立したら、竜人将軍に「その唇の禁断のキャンディ、俺だけのものにしていいか」って求婚されたんですけど?~苦い薬は殿下にどうぞ~【短編完結・ざま

作者: uta
掲載日:2026/07/11

「お前との婚約を破棄する。毒を盛るような女は、この国に不要だ」


夜会の中央。煌めくシャンデリアの下で、婚約者である第二王子ルクレールがそう言い放った瞬間──私の中で、何かが弾けた。


(……ああ、そうか。私、前世で過労死したんだった)


唐突に、記憶が濁流のように流れ込んでくる。


日本。小さな飴細工工房。深夜まで続く注文と、倒れた床の冷たさ。誰かのために甘さを作り続けて、報われなかった『私』の一生。


シャルロット・ド・ヴェルニエ侯爵令嬢。その体に、元・飴細工職人の魂が完全に馴染んだ。


「シャルロット様は殿下に毒の飴を……! わたくし、見てしまったのです……!」


王子の腕に縋りつき、涙ながらに叫ぶのは男爵令嬢ミレーユ。証拠として掲げられたのは、琥珀色に輝く一粒のキャンディ。


──私が、毎晩こっそり作っていたもの。


体の弱いルクレールのために、解毒効果を練り込んだ飴。彼の紅茶に、そっと忍ばせていた命綱。


(毒、ねえ)


私は笑いそうになるのを堪えた。


前世でも今世でも、甘いものを差し出して、こうして踏みにじられる。学習しない女ね、本当に。


でも──もう、いい。


「殿下」


私は、静かに顔を上げた。喚きもしない。涙も流さない。ただ、淡々と微笑んだ。


「かしこまりました。婚約は、破棄していただいて結構です」


ざわ、と夜会がどよめく。


「な……取り乱さないのか。少しは弁明でもするかと思ったが」


ルクレールが眉をひそめた。


「弁明? いいえ。ただ、一つだけ申し上げておきますわ」


私は琥珀色のキャンディを一瞥し、そして王子を見つめた。


「……そうですか。では、その『毒』がなくなった後の殿下が、どうなるか。ゆっくり拝見させていただきます」


「なっ……脅すつもりか!」


「まさか。心配しているだけですわ」


「ほほほ……見苦しい負け惜しみ。さっさとお帰りになったら?」


ミレーユが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ええ、そういたします。この舞台に、もう用はございませんので」


私は裾をつまみ、優雅に一礼した。


(あなた、自分が何を失ったか、まだ気づいてもいないでしょうけど。……さて。私の甘さは、これから誰のために使いましょうか)


ドレスの裾を翻し、私は広間を後にする。振り返らない。この理不尽な舞台に、もう用はない。


背後で、ミレーユの勝ち誇った笑みが揺れていたのを、私は知っている。


***


「お嬢様。お待ちください、私もご一緒いたします」


侯爵家の門を出る私に、迷わず付き従ったのは専属侍女のアネットだった。栗色の髪をきっちり結い上げた、忠義一徹の娘。


「アネット……あなた、いいの? 私についてきたら、後ろ盾を失うのよ」


「存じております。それでも、です。お嬢様のいらっしゃる場所が、私の居場所でございます」


(……泣かせるじゃないの。凍った心が、少しだけ緩むわ)


さて。行き先は決まっていた。


「身分の関係ない場所……冒険者ギルドよ」


カウンターに座る隻眼の巨漢──ギルドマスターのガラムが、面倒そうに顔を上げた。無数の傷跡。元S級の風格。


「令嬢が何の用だ。うちは貴族の遊び場じゃ……」


「鑑定を頼みたいの。この水晶に手をかざせばよろしいのかしら」


言いかけた彼が、鑑定水晶に手をかざした私のステータスを見て、固まった。


「……は? 調薬ギフト……ランク、【S+】……だと……!?」


隻眼が、限界まで見開かれる。


「あら、そんなに珍しいですか?」


「珍しいどころじゃねえ! 規格外だ! おい嬢ちゃん、その琥珀色のはなんだ」


「私の作ったキャンディですわ。一粒、いかがです?」


ガラムは震える手で、私が差し出した琥珀色のキャンディを一粒つまんだ。おそるおそる口に含む。


次の瞬間。


「──ぶっ!? な、なんだこりゃあ……体の芯から力が湧いてきやがる……」


彼の全身から、魔力の残滓が湯気のように立ち上った。長年酷使した体が、みるみる回復していく。


「嬢ちゃん、この『魔力回復キャンディ』一粒で、上級ポーション三本分だぞ……!? いや、それ以上だ!」


「ふふ。前世の飴細工技術と、この世界の魔力を掛け合わせただけですわ」


(前世の私、無駄じゃなかったじゃない。ズレていると笑われた才能が、今、伝説の入り口に立っている)


甘いもの好きが高じて、『薬』ではなく『菓子』にギフトを使う。周囲からは「ズレている」と笑われた私の一点の個性。


それが今、伝説の入り口に立っている。


「嬢ちゃん、名前は」


「シャルロット。……いえ、もう侯爵令嬢の肩書きは要りません。ただのシャルロットです」


「そうか。シャルロット──あんたの才能、俺が世に知らしめてやる」


私は工房を構えることにした。看板に刻んだ店の名は──『唇に残る一粒』。


もう誰かのためじゃない。この甘さは、私自身のために使う。


(婚約破棄、ありがとうございました。おかげで、私は自由よ)


***


その男が店に現れたとき、店内の空気が凍りついた。


長身。鍛え上げられた体躯。逆立つ黒銀の髪。そして──瞳孔が縦に裂けた、金色の竜眼。


「お、お嬢様……あの方、辺境の……氷の竜と呼ばれる将軍様では……」


アネットが震える声で囁く。


竜人将軍ジークヴァルド・レーヴェンハルト。社交界では『氷の竜』と恐れられる男。


(顔は怖いけど……ずいぶん、顔色が悪いわね。首筋のあの黒い痣……呪毒ね)


彼の首筋に、黒い痣のような呪毒の痕が浮いている。あらゆる聖女の治癒も効かなかった──そんな噂を、私は思い出した。


「……ここが、例の店か。呪毒を、中和できると聞いた。……信じてはいない。だが、藁にも縋る思いだ」


低く、重い声。


「では、一粒どうぞ」


私は琥珀色のキャンディを差し出した。彼は疑わしげにそれをつまみ、口に含む。


──次の瞬間。


彼の首筋の黒い痣が、じわりと薄れていく。長年、誰にも消せなかった呪毒が。


「……なっ……痣が、消えていく……長年、どの聖女にも消せなかったものが……」


将軍の金色の竜眼が、大きく揺れた。そして。


「……甘い。こんなに甘いものを、俺は……知らなかった」


彼の頬が、ほんのりと赤らむ。強面の氷の竜が、だ。


(……え。戦場で無慈悲と恐れられる男が、飴一粒で耳まで赤くしてる。な、なにこのギャップ)


私は思わず二度見した。


「もう一粒、もらえるだろうか」


「金貨一枚ですが」


「構わない。十粒くれ」


即答だった。


その日から、ジークヴァルドは毎日店に通う常連となった。


「その……今日のキャンディも、もらえるだろうか」


強面。長身。竜人将軍。なのに、キャンディを頼むときだけ、耳が赤い。


アネットが奥で「尊い……あんなに強面の将軍様が、キャンディの前ではまるで子どものよう……尊い……」と拝んでいる。


(この人、来るたびに耳が赤い。……凍りついていたはずの私の心が、溶けていくのを、まだ認めたくないのに)


***


一方、その頃。王宮では、静かに異変が進行していた。


第二王子ルクレールが、日に日に衰弱していたのだ。


「うるさい……ただの疲れだ……なぜ、こんなに体が重い……」


彼は自分の身に何が起きているのか、まるで分かっていなかった。


シャルロットが去ってから、彼女の作る解毒キャンディが、彼の紅茶に忍ばされることもなくなった。


そして──体内に、じわじわと蓄積していく『真の毒』。


それは、ミレーユが長年盛り続けていた遅効性の毒だった。


シャルロットの解毒キャンディこそが、皮肉にもその毒を打ち消し続けていたのだ。彼女の甘さが、彼の命綱だった。


「ルクレール様……大丈夫ですか? わたくし、心配で……」


ミレーユが甘えた声で寄り添う。その笑顔の裏で、彼女は焦りを募らせていた。


(なぜ……なぜ今頃になって、毒が効き始めているの? これまで、あんなに盛っても平気だったのに……)


答えは単純だった。解毒剤が、消えたからだ。


宮廷医が呼ばれた。あらゆる薬が試された。だが、王子の衰弱は止まらない。


「そんなはずはない……余は、毒を盛る女を追放したのだぞ……あの女がいなくなれば、すべて良くなるはずだったのに……」


ベッドの上で、ルクレールは譫言のように呟いた。


「宮廷医を! 誰か、早く宮廷医を呼んで!」


ミレーユが叫ぶ。その脳裏に、冷たい計算が走った。


(このままでは、わたくしまで疑われる……そうだ、あの毒事件を、もう一度あの女の罪にすればいいのよ)


失って初めて、人は気づく。自分を救っていたのが、誰だったのかを。


そして、王宮は決断する。この不可解な毒事件と、かつての『毒の飴』事件を、改めて公開審問の場で裁くことを。


運命の歯車が、静かに回り始めた。


***


公開審問の日。


王宮の大広間に、貴族たちが集まっていた。中央には、青ざめてやつれ果てたルクレール。そして、勝ち誇った笑みを浮かべるミレーユ。


私は、召喚された証人として、その場に立っていた。


「この期に及んで何をしに来たの? まさか、また殿下に毒を盛りに来たのかしら!」


(……相変わらず、うるさい人ね)


私は淡々と、一歩前に出た。


「殿下の毒の原因を、私が突き止めました。それをご報告に参りましたの」


ざわり、と広間が揺れる。


「原因ですって? あなたが盛ったに決まっているじゃない!」


「まず、これを」


私は二つのサンプルを差し出した。


「かつて『毒の飴』として提出された私のキャンディ。そして、殿下の体内から検出された『真の毒』」


私は静かに続ける。


「私の飴には、ある特性があります。──製作者の魔力署名が、刻まれるのです」


ガラムが証人として進み出て、鑑定水晶をかざす。私のキャンディが、淡く光った。


「間違いねえ。この飴には、シャルロットの魔力署名がはっきり刻まれてる。しかも──効能は『解毒』だ。毒どころか、その真逆だぜ」


広間がどよめく。


「そ、それがどうしたというの……」


ミレーユの声が、わずかに震えた。


「そして、殿下の体から検出された『真の毒』を鑑定すれば──」


ガラムが二つ目のサンプルに水晶をかざす。


「……署名は、無い。代わりに、薬師から売られた本物の遅効性の毒の痕跡がある。買った人物の魔力残滓も、うっすら残ってやがるな」


私は、静かにミレーユを見つめた。


「ミレーユ様。あなた、王都の裏通りの薬師から、遅効性の毒をお買いになりましたね? その署名、照合いたしましょうか」


ミレーユの顔から、血の気が引いていく。


「な……なんで、それを……」


「私の飴には、嘘がつけないんです。舐めれば分かる」


私はやつれた王子を見下ろした。かつて私を切り捨てた男を。


「──あなたの唇に残っているのは、私の甘さですか? それとも、あなた自身が盛らせた毒ですか?」


王子の目が、絶望に見開かれた。


「そ、そんな……では、余を救っていたのは……お前の飴……だったのか……」


真実が、ついに白日の下に晒された。


私を毒殺者と偽り、真の毒の首謀者だったのは──ミレーユ。


そして、それを見抜けず、命綱を自ら断ち切ったのは──ルクレール、あなた自身だ。


「いやっ、違う、違うのよ……! シャルロットが、シャルロットが仕組んだのよ……!」


「衛兵! ミレーユ・ド・ラフォンテーヌを捕縛せよ! 証拠は揃ってる」


喚き散らすミレーユが、引きずられていく。


私は、一度たりとも声を荒げなかった。ただ、事実だけを、静かに並べた。


(──これが、私のざまぁの流儀です)


***


ミレーユが連行された後。


広間に残されたルクレールが、震える手を私に伸ばした。


「シャルロット……頼む……戻ってきてくれ」


やつれた顔。かつての傲慢さは、跡形もない。


「余が、間違っていた……お前がいなければ、余の命は……お前の飴がなければ……! 頼む、また、あの飴を作ってくれ……!」


(ああ。ようやく気づいたのね。何を失ったか。……怒りは、もう湧かない。ただ、ひどく冷めた気持ちだけ)


私は、彼を静かに見下ろした。


「殿下」


私は、淡々と微笑んだ。あの夜会の日と、同じように。


「禁断の甘さは、一度失えば二度と戻りません」


「そんな……!」


「──どうぞ、苦い薬でも舐めていてくださいませ」


王子が、崩れ落ちる。縋る手は、もう届かない。


私は、彼に背を向けた。振り返らない。もう二度と。


そのとき。


私の肩に、そっと大きな手が置かれた。


振り返れば──ジークヴァルドが、静かに私の隣に立っていた。金色の竜眼が、まっすぐに私を見つめている。


「ジークヴァルド様……いつから、ここに」


「最初からだ」


彼は短く言った。そして、王子には一瞥もくれず、私だけを見つめた。


「……シャルロット。俺の毒を溶かしたのは、お前だけだ」


低い声。けれど、その頬は、いつものように少しだけ赤い。


「これからは……その唇のキャンディを、俺だけのものにしてもいいか」


(……この人、こんな場面でも、耳が赤いのね。もう、認めよう。この人の前では、私はただのシャルロットでいられる)


私の凍った心が、完全に溶けていくのを感じた。


「一粒、金貨百枚ですよ?」


私は、皮肉っぽく笑った。


ジークヴァルドは、迷いなく答えた。


「安いものだ」


即答だった。


広間の隅で、アネットが涙ぐみながら両手を組んでいる。


(お嬢様……ようやく、報われて……よかった……本当に、よかった……)


私は、差し出された彼の手を取った。


王宮の華やかさも、王子の縋る声も、もう私には関係ない。


私の居場所は、ここにある。


***


王宮お抱え菓子職人の座を、私は蹴った。


代わりに選んだのは、辺境。竜人将軍ジークヴァルドの領地に、小さな工房を構えることにした。


看板の名は、変わらず『唇に残る一粒』。


「お嬢様、今日も竜人将軍様がお見えですよ」


アネットが、微笑みながら告げる。


扉を開けて入ってきたのは、辺境の民から厚く慕われる、我らが将軍閣下。相変わらず強面で、部下たちは震え上がる。


なのに。


「シャルロット。その……今日のキャンディも、もらえるだろうか」


耳が、赤い。


(この人、いつまで経っても、これなのね)


「はい、どうぞ。今日は特別に、蜂蜜を効かせましたわ」


彼はそれを大事そうに口に含み、ふっと表情を緩める。


戦場では無慈悲な氷の竜。私の前では、ただの甘党のポンコツ。


そのギャップに、私は毎日、心を溶かされている。


呪毒はすっかり消え、彼の顔色は良くなった。時折、感情が昂ると微かに鱗が浮くのが、最近では可愛く見えるから不思議だ。


「シャルロット」


「なんですか」


「……甘い」


「キャンディがですか?」


「いや」


彼は、まっすぐに私を見つめた。


(……もう。この人は。誰かのために我慢して差し出す甘さではなく、愛する人と分かち合う甘さ。これが、私の居場所)


辺境の穏やかな日々。これが、私が手に入れた居場所だ。


──そんなある日のこと。


「シャルロット様! 大変です! 隣国の……王家の紋章の書状が……!」


アネットが、一通の書状を手に駆け込んできた。


「……あら。隣国の王が『禁断のキャンディ』を求めて、使者を寄越した、と」


私は書状を受け取り、目を通す。ジークヴァルドの眉が、ぴくりと動いた。


「隣国の王が、お前のキャンディを、だと……」


低い声に、微かな唸りが混じる。金色の竜眼が、剣呑に細められた。


「……渡さんぞ。この甘さは、俺だけのものだ」


(あら。将軍閣下、独占欲がすごいこと)


私は、思わず笑ってしまった。


「さて、ジークヴァルド様。隣国の王には、いくらで売りましょうか」


「──売らん」


即答だった。


(ふふ。まったく、退屈しないわね)


唇に残る、禁断のキャンディ。


その甘さを巡る物語は、まだ終わらない。

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