第28話 白ギャルデートニンジャ(三/四)
東京という街はすごいもので、栄えた街の大きな通りから、少し逸れた路地に入るだけで、昭和からありそうな銭湯が見つかる。人口が多い分、銭湯も多いのだろう。
汗を流して浴槽に浸かれば、全身から力が抜けていく。
ゆっくり堪能して、風呂を出た。
一時間ほど銭湯で過ごしたあと、遅めの昼飯を取る予定だ。店は杏奈が目星をつけてくれている。一緒に飯食って買い物に行くことを"デート"と称するあたり、杏奈とは文化圏の違いを感じるな。
身なりを整えてフロント前の休憩所を兼ねた待合に出ると、すでに杏奈が待っていた。
「すまん、待たせたか」
「おつ~☆ 待ってないよ、アタシもいま出たトコ。たまには銭湯もいいね。ノスタルジックっていうの? 受付で聞いたんだけど、最近は銭湯巡りが趣味の女子もいるんだってさ!」
と、楽しそうに語る。風呂上がりの杏奈は、こう、なんだろうな。
髪は乾かしてセットしてあるし、化粧も直してあるし、風呂に入る前とほとんど違わないのだが……、なんか全体的にほかほかしている。化粧以上に素の血色がよくて、いい。うん。すごくいい。最高だと思います。
「段蔵くん、たまにメッチャやらしー目するよね」
「していない」
「そうなんだ。それにしても、お風呂ってきもちーね☆ そだ、今度、混浴とか行く?」
混……ッ!?
待て、落ち着け。忍者不動術を用いて、一切の邪念を排すのだ。杏奈のこれは、いつもの冗談。からかっているだけだ。ゆえに、俺が言うべき言葉はひとつ。「杏奈、冗談はよせ」だ。
「杏奈、いつ行く?」
「目ぇバキバキじゃん☆ 冗談のつもりだったんだけど。やっぱスケベだ、段蔵くん」
「冗談に冗談で返しただけだ。わかっていたとも。当然だろ?」
「うんうんはいはい。あ、そうだ牛乳飲まん?」
「杏奈は思いついたことを、順番に、ぜんぶ言うんだな……」
「飲まんの?」
「飲むが」
待合の自販機で瓶牛乳を買い、腰に手を当てて一息で飲み干す。杏奈はフルーツ牛乳だ。瓶の飲料は、なんというか、味があるな。いや牛乳だから、もちろん味はあるんだが……、そういう意味ではなくて。
「銭湯で風呂上がりに牛乳を瓶で飲む! これぞ風情! って感じー」
「それだ。風情だ。なんだか懐かしい気分になる。昔、父さんと――」
少し、言葉に詰まる。父さんの話は、あまり得意ではない。
「……父さんと?」
「いや。大した話じゃない。一緒に銭湯に行った記憶があるだけだ」
「ふうん。あの伊賀のおうち、おじいさんと一緒に住んでるんだよね? お父さんは単身赴任だっけ」
「ああ。全国各地を飛び回る営業マンだ。今、どこにいるのかも、よくわからん」
瓶を回収ボックスに入れて、銭湯を出る。
近くに、杏奈がたまに行く店があるそうだ。
……連れて行かれた店は、なんとラーメン店だった。しかもガッツリ分厚いチャーシューと茹で野菜が盛られたジャンキーなタイプ。
人気店らしいが、昼営業が終わる十五分前だ。店内の客はまばらである。カウンターに並んで座ると、杏奈がピッチャーの水を安っぽいプラスチック製のコップに注ぎながら笑った。
「意外っしょ?」
「……ああ。おしゃれなカフェか韓国料理だと思っていた」
「ギャルに対する偏見だー☆ ま、アタシも食べ盛りだもん。ダンジョン出たあとはさ、こういうのがイイんじゃん? それに――」
水を俺の前に置いて、照れたように、はにかむ。
「――段蔵くんは、相棒になるわけでしょ。変に取り繕ったりしない関係でいたいなって思って。だから、本当によく行く店にしてみた。どう?」
「奥里にはラーメン屋がないから、嬉しい」
言って、それぞれ豚野菜ラーメンの大盛りを注文する。
ラーメンが来るのを待つ間、俺は少し考えて……、口を開いた。
「ピエルマルコだ」
「えっ、なに? ぴえ……?」
「俺のフルネーム。加藤・ピエルマルコ=段蔵という。加藤段蔵は襲名した名であり、本名であり、略称であり、通称でもあるわけだ。俺をピエルマルコと呼ぶのは、向こうに住んでいる母くらいだがな」
杏奈は目をぱちくりさせて、俺の顔をまじまじと見た。
「え、ハーフ? まじ?」
「クォーター。母がイタリア系だ。そうは見えないだろ?」
「気づかんかった。でも確かに、眼のあたりとか、鼻筋の通り方とか、すけべなとことか、イタリア人っぽいかも」
「最後のはイタリア人に対する偏見だろう」
「それはそう。ごめんごめん」
「いや、偏見はお互い様だとも。クォーターなだけで、イタリアには行ったことがない。伊賀の奥里で生まれ育って修行に明け暮れ、姫虎に命令されるがままに裏方をしていた、田舎育ちの流されやすい忍者――」
カウンターの向こうから「アイヨッ大豚野菜二丁ねッ!」と、ラーメンが出てきた。卓上の割り箸を二本とって、一本を杏奈に手渡す。
「――取り繕わずに言うが、それが俺だ」
「えへへ、なんか照れ臭いけど、嬉しくなるよね」
杏奈は箸をぱきっと割った。綺麗に割れた。
ラーメンは美味かった。忘れられない味になりそうだ。
食後、杏奈に「買い物したいんだよねー」と連れて行かれた先は、渋谷の雑居ビルの七階に居を構えるアトリエのような店だった。
「はーい☆ こちらが、いま東京でいちばんアツいデートスポットでーす☆」
「看板にダイバー装備専門店と書いてあるが」
杏奈は目を逸らして、両手の人差し指をちょんちょん突き合せた。
「だってさ、取り繕わずに言うけど……、やっぱり真っ黒はダサいもん」
「……わかった。だが、見るだけだ。今日は見るだけ。いいな?」
「もち☆」
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