俺は勇者にはならない
俺の名前は高峰キミヤ
もうすぐ22歳になる
医学部に通う学生だ
単位を落とすわけにもいかずファミレスで食事がてら試験勉強をしていたある日のこと
勉強を邪魔する雑音が耳に入ってきた
後ろの席にいるバカップルだ
覗くと高校生同士のカップルだった
清楚そうな見た目の黒髪ロングの女
しかし会話の口調はテンション高めな感じだ
もう一人はガタイが良い男
スポーツでもやってそうだ
しかし性格は大人しいタイプらしい
尻に敷かれるタイプか?
女の誕生日が近いとかどうとかで盛り上がっている
こんなところでイチャつくなとも思いつつ、集中できん
もういっそ席を変えてもらうか、それとも店を出るか・・・
そんな事を考えて席を立とうとした時、気が付くと、後ろにいたカップルがいないことに気づいた
立ち去った気配があったか?
まあ、いい
これでようやく落ち着いて・・・
そう思った時、異変に気付いた
足元が光ってる?
立ち眩みのような意識が遠のく感覚
次の瞬間、目の前が真っ白になった
目の前に金髪ボブの少女がいた
小学生くらいか?それとも中学生?
そのくらいの歳に見える
謎の少女が何か言葉を発している
何を言っているのかは全くわからない
聞いたこともない言語だ
「できました」
最後の言葉だけ理解できた
その少女は突如俺のほうに倒れてきた
思わず支える
「お、おい」
言葉をかけるものの、同時に周囲の異様な雰囲気に気づく
さっきまでいたファミレスとは全く違う景色
鎧を着た中世ヨーロッパのような兵士に囲まれている
中には手が光っている中年の男もいる
なんだ、何が起こったんだ
「どうやら、成功したようだな」
見知らぬ、何やら偉そうな奴が俺を見ている
他の連中とは少し違う、気品のあるような風格
金髪の西洋人のようなイケメン
「お前達が勇者か?」
なんだこいつ、何を言っている
ん?
お前”達”だって?
俺と誰の事を言っているんだ?
周囲を見回してみると、そこにはあのバカップルがいた
「お前達はこの世界に召喚された勇者だ。俺はこの国の王子クロードという」
これは何かの冗談なのか?
少なくとも夢じゃないリアリティはある
いや、それより・・・
俺の手の中にいる少女が気がかりだ
「この子は大丈夫なのか。突然倒れたように見えたが」
さっきの娘は明らかに意識を失ってはいる
しかし、息はある
「エイミーを部屋に運び休ませておけ」
傍にいた兵士にそう指示するのが聴こえた
エイミー?この子の名前か?
そのまま鎧を着た兵士に抱えられて、エイミーという娘はどこかへ連れていかれた
「さて、お前達には話がある。付いてきてくれ」
なんだかよくわからないが、話があるのは俺のほうもだ
いや、なんで言葉が通じる?
そんな事を思いつつ、この奇妙な物語は幕を開けた
「我がアスティア国は滅亡の危機にある」
いきなり地図を広げられてそう告げられた
俺の後ろには例のバカップルもいる
俺以上に戸惑っているというか、怯えている様子が伺える
「あの?それはどういう?」
マリとか呼ばれていた女子高生が尋ねる
あと、バカップルのもう一人はヤスタカという名前らしい
クロードは淡々と説明を続ける
クロードは常に偉そうな物言いだが、敵意のようなものは感じない
クロード達王族が治めるアスティア国は、領土争いがきっかけで隣国のニーレンバーグ国と交戦状態にあるという
「きっかけは魔晶石だ」
クロードは地図の一点を指した
「このギリル地方は元々我々の領土だった。しかしこの地に魔晶石の巨大鉱脈が見つかったのだ。」
「魔晶石?」
思わず俺が聞き返す
「魔晶石とはこれだ」
そういって机の上に置かれていた石を見せてくる
その石はクロードの手の上で光り輝いた
「これは魔力を秘めた石だ。魔力とは元々人間の体にも宿る力であるが、これはそれを蓄えている」
なんでも、魔晶石とは人間の何倍も魔力を蓄えており、日常から軍事まで様々なところで使われるという
人間の魔力は睡眠などの休息で回復するが、魔晶石は力を使い切ったらただの石になるらしい
充電式の小容量か、使い切りの大容量か、みたいな違いだろう
「魔力には様々な用途が存在する。ニーレンバーグ国はそれを侵略の力に使おうとしている。そしてギリル地方を奪ったのだ」
クロードの話はそういうことだった
要するに、ニーレンバーグ国とやらは、資源を手に入れて自らの覇権を拡大する力にしようとしているらしい
聞いていくうちにだんだんと自分の中で腹が立っていくのがわかる
「アホくさ」
話を聞いて俺はそう言うしかなかった
「何が勇者だ。もっと別の事を期待していたんだが、要するに戦争の道具にしたいだけじゃねえか。俺はそんなのに付き合う気はないぜ。さっさと元の世界に帰してくれ」
それでもクロードは引き下がらない
「お前達が最後の希望なんだ」
それに、一番聞きたくない言葉が付け加えられた
「お前達は元の世界に帰ることは出来ない」
その夜、3人は別々の部屋に案内された
俺が案内された部屋は日本で住んでいたワンルームの何倍も広い
石造りの壁、船の窓かと思うほどの小さな窓
しかしガラスはなく吹き抜けている
入口には扉はあるが施錠は無いらしい
ベッドのようなものはあるが、叩くとそれなりに大きな音がしそうなくらいには硬い
どうやらここは王城の一角のようだ
「やはり、ほとんど中世だな」
思わず独り言ちる
ただ一つ違うのは部屋の壁にある魔晶石だ
ほのかな光を発している
おかげで暗闇というわけではない
これは現実なのか
結局、その日は眠くなるまで、窓から夜空を見上げ、考えを巡らせていた
翌朝、俺達三人は呼び出された
朝食はどのようなものが良いかと聞かれ、俺は具沢山のアツアツのスープと答えた
俺に出された朝食は根菜と思われるものが何種類か入った煮物だ
肉は全く無い
他の二人にはパンのようなものと具の無いスープのようなものが出されている
俺は昨夜、この世界がなんなのかと考えていた
現代の地球のどこかではない
それどころか過去や未来の地球でも無さそうだと夜空を見て確信した
地球のものよりも小さいが、月と思われるものが3つ見えたのだ
しかし、広い宇宙のどこか地球に似た星とも考えられない
大気の組成があまりにも地球に似ている気がする
重力も1日の長さも地球とそう変わらない
それに明らかに人間と思われる人達がいる
そう、これが異世界
何者かによって都合よく作られたかのようなお伽話のような世界
本来この世界の言語は日本語とは異なるようだ
この世界の人間と言葉が通じるのは、昨日、召喚と同時にかけられた魔法の力らしい
転移された直後にかけられた魔法によってこの世界の言語を瞬時に習得したのだ
ここが地球ではないどこかだとすると、まず警戒しないといけないのは未知のウィルスや微生物だ
地球人である俺達には耐性が無い
食事には十分に警戒しないといけない
しかし結論から言うと、結局、そんな心配はいらなかったんだが
「お前達3人には今日から訓練に加わってもらう。まずお前達の力を引き出し、いかほどのものか見極める」
朝食の席でクロードが告げた
「俺は断ったはずだが」
俺は食事をしながら淡々と独り言のように返した
しかしクロードは顔色一つ変えない
「昨日も言ったが、お前達はこの世界で生きていくことになる。勇者としてこの国のために力を貸してくれるなら衣食住を含め、それなりの待遇をするつもりだ」
勝手な話だ
そう思うが、確かに今の状況では保護されないままこの世界で生きていくのは困難なのかもしれないとも思う
「お前達二人はどうなんだ?」
クロードが残りの二人に尋ねる
「僕たちは勇者になりたいと思います」
ヤスタカが即答した
まるで最初から答えが決まっていたかのようだ
「僕はマリを守りたい。この世界で。そしてそのためには勇者になる道しかないと思っています」
こいつ、真面目すぎるだろと思いつつ、俺とヤスタカは立場が違うのもその通りかとも思う
俺はこの世界で一人
野垂れ死ぬのもある意味受け入れられる
しかし、こいつには守らないといけない対象がいる
クロードは再び俺に向き直った
「キミヤだったな。お前の言い分もそれなりに理解しているつもりだ。しかし時間が無いのも事実だ。お前の心変わりをいつまでも待つことはできない。」
一呼吸空けてクロードは続けた
「10日間待とう。その間はお前の待遇も保証する。そしてもし気持ちが変わらなかったのなら、その時はお前を引き留めることはしない」
つまり、追い出すから勝手に一人で生きていけということか
戦争の道具としての勇者・・・・
国家に利用されるだけの道具
やっぱり俺は誰かに利用されるような生き方はそうそう受け入れられるようなものではない
そうは思うものの、同時にどこか状況を客観視している俺もいた
・・・・・・
ヤスタカは高校生らしいが、あいつのほうが精神は俺より大人なのかもしれないな・・・
しかし、どう生きていくにせよ、俺はこの世界のことを知らなすぎる
何はともあれ当面はこいつらに付き合う事も必要だ
朝食後、俺達は魔力の適正試験とやらを受けた
この目の前の魔晶石に触れれば俺達が持つ適正とやらが色でわかるらしい
ヤスタカは青
防御に特化した性質を持つ魔力らしい
ある意味あいつらしいが
マリは紫
何かを操ったり操作する適正が強いとのことだ
これもなんか納得
やっぱり男を尻に敷くタイプだったのか?
キミヤこと俺は赤
爆破や攻撃魔法に関する力に特化しているらしい
確かにファミレスでこの二人を見た時、リア充は爆発してほしいと思ったことはあるのだが
医者を目指していた俺からすると複雑な気持ちだ
ちなみにクロードも本人曰く勇者ほどの素質は無いらしいが、この世界ではトップクラスに魔力が強く、自分や他人にバフをかけることが得意らしい
同時に剣士としても一流とのことだ
次に魔力を引き出したり、高める訓練があったのだが、俺はこの日はサボった
夜になるまでぶっ通しでやると聞いて、他にやるべきことがあるような気がしたんだ
そういったことよりも城の周辺を見ておきたかった
勇者ではない俺は魔法を覚えるよりそっちのほうが大事だ
王城は小高い丘にあり、遠くまで平原が見える
見る限り、植物は地球と似通っている
ところどころに家のようなものは見えるが、あまり文明レベルが高いとは言えない
わかりやすいくらい中世だ
「これから、どうするかねえ・・・・」
その答えはすぐには見つかりそうになかった
その夜、俺は昨日と同じ部屋でベッドに横になっていた
今日一日過ごしてわかったことがある
この世界の食事は不味い
やっぱり中世だな
いや、そんなことよりも考えなくてはいけないことがたくさんある
俺は・・・
突然、ドアがノックされる音が聞こえてきた
誰か来たのか?
「入ってもいいですか?」
女の声だった
しかも若い、というか幼い
マリではない
「ああ」
返事をすると、見覚えのある少女がドアを開けて入ってきた
あの時、俺達が召喚された時、目の前で倒れた金髪ボブの少女
その少女が近づいてきて、ベッドで横になっている俺の隣に立つと、しばらくの沈黙の後、深々と頭を下げた
「申し訳ございませんでした」
突然謝られて、思わずポカンとしてしまった
そんな俺に構わず彼女は続けた
「私、国を救うために勇者を召喚しなくちゃいけないって。それが私の使命なんだって、そう思ってました。勇者はきっと軍の先頭に立って、この戦争を勝利に導いてくれる。そんな人が現れるんだと、そう思っていました」
俺は彼女から顔をそむけて、黙って聞くことにした
「でも、今になってわかったんです。召喚された人の立場で考えると、勝手な都合で無理矢理連れてこられた。そういう理不尽な出来事なんだって」
・・・・・・
「あなたにも、本来居た世界に、家族や友人、自分の夢なんかがあったのかもしれません。私はそれを全て奪ってしまいました。兄に、クロードにあなたのことを聞かされて、私は初めてそのことに気づいたんです」
「もういいよ。やっちまったことはしょうがないしな」
今にも泣きだしそうだったから思わず彼女の言葉を遮ってしまった
「ええと、エイミーだったか。お前くらいの歳だと大人の言うことに素直に従うのは普通だ。だからお前のせいじゃない」
そんな言葉を返すことしかできなかった
エイミーは少し意外そうな顔をしたが、すぐに続けた
「それでも私にはあなたをこの世界に召喚した責任はあると思っています。だから私はあなたがこの世界で生きていくために出来ることは何でもやりたい。例えあなたが勇者にならなかったとしても、私はあなたを呼び出した責任を取りたい」
・・・・・・・・・
彼女を悲しませてしまった理由の一旦は俺にもある
俺がヤスタカ達みたいに素直に勇者になると言っていれば、彼女は苦しまなかったのかもしれない
何か少し話題を変えたかった
「なあ、クロードから聞いたんだが、お前魔力を全て失ったらしいな」
「はい・・・・。それが転移魔法の代償。私はもう生涯魔法を使えないでしょう」
それが俺たちを日本に送り返すことができない理由でもある
「・・・・魔法って具体的に何に使っていたんだ?」
「そうですね・・・。暗闇を歩く時に明かりを灯したり、暑い日には風を呼んで涼んだり、薪に火を付けたり・・・・。あと私の魔力は治癒に強い適正がありました。だから定期的に領地を巡っている時に、怪我をした人を治したりといったことをしていました」
きっとこの子は領民に愛されていたんだろうな、とそんなことを思った
同時に、彼女も日常の多くを失ってしまったことに気づいた
転移魔法の代償・・・・
それだけの代償を払って、結果呼び出されたのが俺か
「なあ、エイミー。しばらくの間、俺に付き合ってくれないか。この世界をもっと見たいんだ。この世界で生きていくために、いろいろ案内して欲しくてさ。それでさっきの話はチャラだ」
確かに俺はこの世界で生きるためには当面誰かの助けが必要だった
王族であれば多少の金銭面の問題もなんとかなる気がする
同時に彼女の贖罪の気持ちも少しは無くなるだろう
俺は、この世界でのはぐれ者として、俺の生きる道を見つけなくてはならない




