タクシーに運ばれて
開いた扉の横で、運転手が立っている。先に降りた友人はあたりを散策している。私はまだ降りる覚悟ができていなかった。
私は死んだらしい。原因は知らない。タクシーに乗りながら、私は自分が死んだことよりも、まだ生きている家族のことを思っていた。高校生の妹が悲しんでいる姿は思い浮かばなかった。私の死を聞いて、驚いて表情のなくなる姿だけを何度も思い浮かべていた。私は泣いていなかった。隣に座る友人も悲しむ様子はなかった。ただ、まっすぐと前を向いていた。
タクシーが止まり、運転手が扉を開けてくれた。そこで、この車から降りると生前の記憶は全て消え、次の世界に生まれ変わることを知らされた。友人は何の躊躇もなく降りていった。私は、再び家族の姿を思い出した。二度と会えないことよりも、忘れてしまうことが怖く悲しかった。私の中から、家族が消える。思い出すこともできない。死んだことよりも自分の記憶が消えてしまうことが耐えられなかった。友人のように、すぐに降りればよかった。ためらっている間に、記憶の熱が増していく。
友人はなにもない暗闇を行ったり来たりとふらふらと歩いている。私はポケットの中のメモ帳を取り出し、友人の名前をかき、その横に「は友人」と書いた。家族のことを書こうかと一瞬考えたが、もう二度と触れることのできないものよりも、今目の前にいる人物を伝えようと思った。少なくとも、記憶を失った自分の助けになるのは、今近くにいる友人だ。
記憶を失った瞬間、自分は消えてしまうのだろうか。記憶を失った自分は、本当に自分の魂と言えるのだろうか。私はいつ死ぬのだろう。
目を覚ますと、生前の世界に戻っていた。私は死んでいなかった。頭がその事実に辿り着いても、体はまだ夢の中にいた。私の記憶はまだ続いていた。
朝食を食べ、歯を磨いている時にふと気付いた。友人の名前を書いても、友人も記憶を失って自分の名前も思い出せないのだから意味がなかったな、と。




