6600円のデリバリー
【2-1】
どうも会社では今一つ仕事に身が入らない。
と言うよりは、特別なことや変化などは求められていない。
むしろそのような考えは敬遠され、場合によっては異端審問よろしく弾圧されてしまう。
それ自体が不満なのでないが、やはり合理的とも思えないし、保守的もここまで来ると後ろ向きと言わざる得ないように思う。
ようは古参の社員や幹部からすると、そもそも現状で問題なく会社は経営され、給料や待遇も保証される。
別のことをしてリスクを取ったり、労力が増えたりすることは極端に嫌う人たち、そしてそれに従う人たちの会社なのである。
以前にも、変革や改革を求めた社員は度々現れた。
現存の社員の中にも、昔は改善や効率化を求めた社員もいたが、意に沿わない者はその立場をやんわり追われて追い出され、残るためには前向きな向上心や、やる気というものを押し殺して、日々のルーティーンを正確にこなし、波風を立てないことを条件に、在職を許可されたような集団、これがわが社の社風である。
僕は元々、他者を蹴落としたり、争って力を誇示するのが苦手な方だ。
古参の社員は目上の者には決して争いをけしかけない。
それはもしそうすると、次のターンで下の者から同じように突き上げられる、それを知って恐れてのことである。
上司や先輩が負ける可能性のあるテーマは見事に黙殺され、議題に上がることは決してない。
素晴らしいとすれば、それはこの超ゴマすり会社の社員は、みな見事に上役の顔色を窺い、過度に気に入られもせず、そして最も重要なのは、嫌われるようなことは一切しない。
その事だけにおいてはプロフェッショナルである。
そう、IT化やテクノロジー、業務改善などは相対的に年齢が上がるほど不得手となったり、理解や習得に時間がかかったりする。
よもやそんな提案をしようものなら、まるで謀反や反逆を企てた逆賊よろしく、真綿で絞殺されるように処刑、すなわちクビ・・・にされるのである。
つまりやる気や気概を一切削がれた僕は、社畜というのか?何の奴隷かは分からないが、それでも生活の糧を得るため、今日も波風を立てぬよう一日をやり過ごす。
何の成果も、順位も求められないので簡単なミッションであるのは間違いない。
究極の退屈を甘んじて受け入れる、それさえできればである。
それでも僕の心は死んだり、腐ったりするどころか、ここの所はかなり充実しているという実感がある。
フルダイブ型のシミュレーションRPG、『ワールド・クリエイト・オンライン:黎明の王国』。
通称WCO。
僕は仕事を終えると、WCOで国家運営をすることで、まるでモノクロの凍った世界のような会社でひた隠しにしてきた情熱を、蓄えて放出する、そんな解放感と没入感を得るのである。
まるで色を失った会社で働くのは、WCOというキャンバスでめいっぱいの色を塗りたくる、その準備をしているようにさえ感じられるのは幸せというか、ありがたいことなのだろうと感じる。
【2-2】
上々の滑り出しかに思えた農作物や畜産、海産の付加価値作戦は、思わぬところで想像していたより厳しい問題に直面した。
「陛下、新しい生産品は確かにかなり評判も良く話題となっているのですが、思ったほどその消費が伸びておりません。」
?なぜ??
その表情を察したかのように、文部科学大臣が続ける。
「調査をいたしましたところ、どうも消費が伸びていない原因は、そもそも国民の所得が低く、そのため新しい生産品に手が出せないのが現状だと思われます。」
神妙な面持ちの大臣の報告の後、他の大臣にもその停滞感が伝播したように場の空気が重くなってしまった。
さすが学者肌の文部科学大臣は、その仮説と調査の裏付けを見事に把握しており、だからこその閉塞感が漂ってきている。
確かにない袖は振れないよな。
僕はそう思いながらも、解決策はあると確認を抱いていた。
「そうか、つまり生活に余裕がないために、高価な品物に手が出せないということだな?」
まさしくその通り、よくお分かりでという反応を示した大臣に対して、僕はさらに言葉をつづけた。
「よし、では新たに経済活動、つまり生産活動や取引、さらには徴税に精通している専門家、学者を招集してくれ。」
大臣たちは一斉に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せる。
現場の自分たちが解決できない問題に、書物を読み漁り書き物をしているような学者風情に何が出来ようか、そのような雰囲気を滲み出させている。
その中で文部科学大臣だけは、僕が問題の本質を見抜き、その対策を打つために指示を出したのだと確信しているようである。
「分かりました陛下、すぐにそのように手配をいたします。」
これは私の仕事だと意を決した文部科学大臣は、数日中にそれらの専門家を招集し、集まり次第すぐに会議を開くことを申し出た。
それからほかの大臣には、生産量の即座の拡大は優先せず、その下準備としての種苗、種畜、道具や設備、インフラに関しても来たる消費拡大局面に対応できるよう入念な準備を指示した。
あまり納得が得られたような表情は見られないが、王である僕が命じることなので、当然のごとく最善を尽くす旨の宣言を受け、その日の会議は閉会となった。
【2-3】
相変わらずの無色で無機質な職場は、まるで病院のベッドのように、まるで僕に英気を養わせるために存在しているようである。
ありがたいことに雑念の入らないその職場が、国家運営という大義を背負った僕には程よい休息にさえなっているようだ。
数日はWCOにログインするも、王城にはあまり顔を出さず、むしろチュートリアルを徹底的に見直したり、WCOのシステムに関するFAQの履歴を検索することに費やした。
その後、現実世界では金曜の晩ということになるが、つまらない同僚の愚痴を聞く飲み会を、家族の集まりがあるためと相手を傷つけない嘘でやんわり回避し、めずらしくスーパーや弁当屋にも立ち寄らず家路についた。
今日はログイン前の夕食に関してはある決めごとをしていた。
同僚との飲み会などを除いてあまり贅沢をしない僕は、その日に限ってはデリバリーで、思いつくままに豪華な夕食を頼もうと思ったのだ。
国民に付加価値のある食事やサービスを供給し、それを起爆剤に経済を発展させる。
そのためにはまず自分自身が身銭を切って浪費し、その支出と、その果実としての豪華な晩餐を体験してみよう。
懐具合と、五感と胃袋を使って感じ、考えようと思ったのだ。
最初にクーポンが配られたのをきっかけに一度だけ利用したことのあるデリバリーアプリを久しぶりに開き、これも勉強だと検索窓に『ステーキ』と打ち込んだ。
高いっ!
正直な感想がこれである。
安価なファミレスのステーキもあるにはあるのだが、それでは全く意味がない。
意を決して『ブラックアンガス』なる聞いたことのある高級そうなステーキを頼む。
3800円?ステーキ単品で・・・
いつもの弁当が4つは買える!
それでも僕はブラックアンガスのステーキと、これまたいいお値段のパスタ、2800円を注文した。
送料無料で6600円!
清水の舞台から飛び降りるかのような気持ちでオーダーした料理は40分ほどで届き、勉強という名目の一人の晩餐が始まった。
そのステーキは絶妙なレアで、和牛の脂が苦手な僕には程よくジューシーかつ、肉の旨味も存分に味わえた。
大きな海老がゴロっと入ったバジルのパスタも絶品で、肉の旨味に占領された僕の口に、それでも負けないさっぱりした芳醇なおいしさを届けてくれた。
満腹感は1000円、1500円と変わらない。
でも明らかな満足感がある。
確かに1食に6600円は手痛い出費だが、そこには確かに幸福感のようなものがあるように思われた。
独り身の僕は、いつかこのような食事を共にしてくれる彼女が欲しいな、などとふんわりした希望を抱きつつ、この勉強を生かすためにWCOへとダイブした。
胃袋も気持ちも、気合十分だ!




