付加価値って実はとってもシンプル?!
【1-1】
いつでも手頃でボリュームのある定食か弁当、そういったもので食事を済ませる僕にとっては、それは不思議な違和感を放っていた。
「値上げすることで顧客満足が生まれて、経営がV字回復しました。」
これはテレビでローカルのレストランを経営する社長が放っていた言葉だ。
「安売りしないと売れないと思い込んでいたんです。そうするとですね、お客さんは楽しくないんですよ。」
本当にそうだろうか?
僕はとにかく、満腹になって栄養があればいい、過大にお金を払うのは無駄だと思っている。
定食や弁当にしたって、味は悪くない。
それでも最近はコストに比してボリュームや内容が悪くなってきたように思う。
疫病の後の財政出動で世界的なインフレとなり、我が国は取り残されたために所得が増えぬまま、物価ばかりが上がってしまったためである。
そこに来て安売りは良くないだとは。
そこは腑に落ちない感情と、それでも言葉の真意を知りたいという興味をそそられた。
「安いものはスーパー、チェーン店、どこでも手に入ります。ですが、そこには美味しいもの、ワクワクするメニュー、特別感はありません。」
それはそうだろうと思い自分の食事を見返すと、確かに喜びや楽しみとは縁遠い。
「お刺身でも、お肉でも、やはりいいものは美味しく、頼んだ時にも期待感があります。」
そのレストランの社長は熱を帯び、陶酔した様子で言葉に力を込めている。
「私たちは、990円で売ることはやめました。1500円、1800円で売る、そのための仕入れと調理をすることにしました。」
なるほど、その後に続くお客さんのインタビューは、1500円、1800円のメニューでも、これだけの価値があれば満足だと口を揃えて言っている。
それは一見、新たな価値を創造したように響きがちだが、どうやらそうではないらしい。
高級店に行くほどの度胸も、解消もない。
しかし外食をする上で似たりよったりの安売りを渡り歩いても、その味覚もプライドも満たされない。
つまり私たちは少し良いものを食べていると、ここで食事を出来るランクの人間だと、そういう層には、この囲い込みがとても有効なようだ。
安売り店はたくさんある、高級店は入りづらい。
ならばわずかな追加料金で、食事のグレードが上がり、プライドも満たせるというのはとても魅力的に映るようである。
なるほど、安いものばかりを揃えて満足をさせるのは、有事や緊急時はともかく、国家や国民の生産にとってあまり良くはないのだな。
その気付きはすぐに活かせそうだと、たまたま見たテレビに納得と得心を与えられ、なんだか自分まで豊かになった気がした。
【1-2】
さっそくその日の夕方に農水大臣を呼びつけ、テレビで見たように、少し質の高い農作物を生産出来るように指示を出した。
今までのような安価で収穫しやすい作物の種や苗はたくさん用意されているが、質の高い作物用の種や苗はそもそもあまり多くない。
「陛下、今回作付けする品種はどれも、今までの土や育て方ではうまくいきません。つきましては、城外にほど近い畑に集中して作付けするのが良いかと思います。」
見るからに農家のおっちゃんという風情の農水大臣は、それでもいくらか農民よりはいい仕立ての服を来ているため、その熊のような四肢は、見ようによっては恰幅がいいようにも見える。
「分かった、野村。
ではそのように、城下に近い畑から新しい作物を試すように。
そこはテストという意味合いで、生産に失敗しても、他の作物と同等の成果を生産者に保証するように。」
あいわかったというリアクションの元、農水大臣の野村は満足そうに、またやる気に満ちた眼差しで、城から外壁の方を眺めている。
結局、今日だけでなく幾日にも渡り、新しい農作物の生産について話し合い、指示をし、かなりの品目の作物が城外の畑に植えられ、秋には目新しい作物が市場に並ぶこととなった。
それらの作物は、いち早く城内、つまり王族である私たちの食卓にも並び、城下の食堂やパブでも早くも話題となっていた。
売れ行きがそれほど爆発的な訳では無いが、娯楽に飢えている国民にとって、新しい味覚や、華やかな見栄えは、わずかな贅沢として好意的に受け入れられたようである。
【1-3】
「つまりだな、新しい農作物は全て消費され、その流通価格も既存のものを上回ったわけだ。」
僕は報告を受けてそう告げた。
「さようでございます。まだ一部とはいえ、価格の高い商品も受け入れられ、また話題性や評価も良いことから、その割合を精査した上で、順次作付けを新しい品種に切り替える予定でございます。」
野村の意見は最もだ。
「よろしい、旧来の作物が量と価格的において国家的に必要である点は忘れないように。
その上での新しい作物は、値崩れ等がないようにその量を適切に増やすものとしよう。」
この農水大臣の野村という男は、やはり根っからの農夫なのだろう。
新しい作物への期待、またその段取りへの細やかさ、流通や保管に気を遣うのはもちろん、商人や市場に対しても、その作物の調理法やコツを伝授することを忘れない。
作ったものを、余すことなく食べてもらう。
まるでそこまでをひっくるめて農業だと体現しているような男である。
頼もしい限りだ。
どれどれ、国民の幸福度は72%と。
前回は68だから、一気に4%もアップか。
これはいける。
このまま人口も増えてきて、国家拡大だ。
気分を良くした僕はさらなる政策を矢継ぎ早に指示した。
外務大臣には畜産物の種類について注文をつけ、主に国内では手に入らない品種の鶏、豚、牛についてもその元となる種畜の輸入を指示した。
規模は小さいが、文部科学省の大臣には我が国の周辺海域の漁獲調査を行わせた。
と言っても地元漁民との連携と聞取りが主であるのだが、流通のための漁業とは別に、流通させていない魚や、装備の制限で獲れていない海産物の種類を詳細に調査させた。
その結果、かなりの種類の魚は数が揃わないことと、調理法が伝わらないことから敬遠されていることが分かった。
そして漁法や装備についてはそもそも旧態依然とした体制が一切変わっておらず、その装備や手法においては国家より物質的な補助、つまり新しい網や巻き上げ機、罠の類を開発、支給した。
また農作物と同様に、新たな漁法に取り組む漁師には以前の漁獲高の平均値を基準として、水揚げの少ない時にはその差を保証することも約束した。
新しいことにトライするのに、損失を被る不安を払拭するためである。
さすが文部科学省、つまり教員とわずかな研究者の集団だが、漁法だけにとどまらず、水揚げされた魚の締め方を研究し、道具も開発していった。
さらにはお見事、保存や流通、鮮度を保つスピード輸送、塩漬けや干物、燻製と、見事な知的開発をやってのけた。
まるで悶々と溜め込んだ知恵や知識を、ここぞとばかりにぶちまけるかのごとき、凄まじい貢献をした。
これまでは羊飼いのようにのんびりした集団だと思っていた彼らは、実は類まれなる情熱とエネルギーを持った存在なのだとあらためて認識させられた。
そう、勉強とは本来、人の役に立ってこそのものである。
そういう意味では実務に結び付けられた効果は非常に大きい。
誇りに充ちた文部科学大臣の報告を聞き、その労をねぎらうと共に、新たな予算を与え、衣食住だけにとどまらない、インフラや娯楽、ビジネスや税までと、ありとあらゆるものを研究することに期待していることを伝えた。
【1-3】
こんなわずかなことで人々の生活は活気づき、日々の暮らしに彩を添えるほんの少しのエッセンスのために、誰もが驚くほど熱心に情報収集を始めている。
これが口コミか。
これは広告なんかより訴求力が強いな。
欲しいもの、興味のあるものの情報が知人からしか入らないなんて。
特別感も信頼感も圧倒的だ。
まるで昭和だな。
これが僕の率直な感想である。
「陛下、城下と主要な村を発展させ、人流を往来させるべく、ご指示の都市開発と、それらを繋ぐための街道の整備を策定しました。」
とは国土交通大臣の言葉である。
そして次の言葉は建設大臣が引き取った。
「それらの計画の元に、人材を募集しました。これも陛下のご指示の通り、即座に国内の隅々の小さな村々まで情報を送り、仕事が不足している地域から優先的に採用を進めました。」
これら二名の大臣もその英気は素晴らしく、また僕のビジョンや指示には感銘を受けたらしく、これが数珠繋ぎに大臣、幹部職員、果ては現場まで、まるで今までとは別人のようにアイデアと工夫と熱意を持った集団へと変貌していった。
これがやる気か。
これがビジョンなのか。
人々の生活を変え、幸せにする仕事というのはこれほどまでに働く側に使命と喜びを生み出すのか。
正直、普段の自分の仕事では得られない感覚だと思う。
会社から与えられた仕事をこなし、そつない成果と、メンタルやハラスメントに気を配った危なげがない素行、安定したパーツとしての役割のみを期待される。
一応商品やサービスで人を幸せにすると謳っており、一定の売上も確保してはいるが、そこには誰かを幸せにしている実感も、自分でなければだめだという自負もない。
結果として、豊かにはなっても、この時代の人達にさえ及ばない幸福感の欠如、不幸とは言わないが、結局は物やサービスが溢れかえっていても満たされていないのだ。
そう、複雑な問題は時には、簡単な問題の解決で見えてくることもあるのではないか。
複雑と思い込むことも本質は、それほどかわらないのじゃないか、そう感じてくるのが不思議である。




