死の奴隷商人
ギルド登録も済ませたことだし、あとは人を集めるだけだ。
俺はログレアを練り歩き、片っ端から掲示板に張り紙を貼ってまわった。
『新設ギルド 幸せの森
ギルドマスター テス・カイダ
善良で働き者の仲間を募集中!
ノルマなし、初心者冒険者歓迎!』
文字に力を入れすぎたせいで紙が何枚か破れたけど……まぁいいだろう。
王都ほどとは言わないが、ログレアにも冒険者は多いし、きっと誰か来てくれるはず。
そう思いながら、自宅――森の小さな家へ戻った。
今日からは、ここがギルドの拠点となる。
設立の緊張で頭が痛いし、今日は飯でも作りながら、のんびりと加入希望者を待つことにするか。
一日目。誰も来ない。
二日目。誰も来ない。
三日目――誰も来ない。
(……おかしいな)
張り紙の文字が汚かったか?
いや、せいいっぱい丁寧に書いている。
となると――地理的な問題か。
(街から遠いのがダメなのかもなぁ)
冒険者的には、街に仕事がある方が都合がいい。
わざわざ森の奥まで来るメリットが薄いのだろう。
(どうするべきか……ログレアに仮拠点でも作るか? でも家賃がなぁ……)
そんな風に悩んでいた、その時。
家の扉が叩かれた。
(……来た!?)
ついに加入希望者が来たのか。胸が躍る。
「はいっ! 今開けます!」
俺のギルド運営がようやく始まりを迎える。
手に持っていたコップを置き、身なりを整え、急いで扉を開けると――。
「どうも……幸せの森さん、でよろしかったでしょうか?」
そこに立っていたのは――腹が垂れ下がるほど太った中年の男。
黒いスーツを纏い、目はぎらつき、手には見慣れぬ鉄製の枷を持っていた。
どう見ても健全ではない。夜の仕事専門の人だ。
だが……初めての加入希望者でもある。
面接くらいはしてみようと、俺は笑顔を作って答える。
「あぁ、ここが幸せの森だ。ようこそ。加入希望者で良かったか?」
「その通りでございます。こう見えて私……人材管理業をしてましてねぇ……」
人材管理というと、人事関係か。
「ぜひデス様のギルドで、お役に立てればと」
ニタァ、といやらしい笑みを浮かべる男。
いやこれ、思ってた人材管理のタイプと違くないか?
こちらとしては、いきなり怪しいヤツを受け入れるわけにはいかない。
「まず、名前を聞いてもいいかな」
「はい、私はボズ・バットンと申します。巷では『死の奴隷商人』なんて呼ばれてまして……」
「……はい?」
思考が止まる。
「ど、奴隷……?」
聞き返すと、太った男――ボズは誇らしげに胸を張った。
「ええ! ご安心くださいデス様。こと管理や笑顔を作ることに関しては自信があります! 幸せの森さんにはピッタリかと!」
どこがピッタリなんだよ。
その「笑顔」って言葉の裏をめちゃくちゃ考えてしまう。
「ではデス様……まずはお近づきのしるしに……」
ボズは自分の会話が俺に伝わっていると思っているのだろう。
体型に見合わない細やかな動きで外に出ると、大きな布袋を持って帰ってきた。
瞬間、嫌な汗が流れた。
「一人、どうぞ使ってやってください」
袋の中からは――怯えた目の少女が出てきた。
足には鉄の枷。痩せこけていて、服はボロボロ。
「…………」
「さぁ、この子は今日からデス様の所有物で――」
「いらんッ!」
即答だ。反射で声が大きくなってしまい、少女がビクッと震える。
慌ててしゃがみこみ、優しく声をかける。
「すまない、怖い思いさせたな。水とパンをやるから待っているんだ」
少女はおそるおそる頷いた。
対するボズはというと、俺の動きをつぶさに観察していたが、やがて、ゆっくりと息を吐いた。
「なるほど」
「……なんだ?」
「さすがはデス様です」
「さすがって……っていうか、さっきから俺のことデスって呼んでないか?」
「――もしこの場で奴隷を受け取るようなら、私は今ここで、デス様を殺しておりました」
「なっ――」
急に物騒なことを言われ、背筋が冷える。
意味がわからん。奴隷商人が奴隷を渡してきて、受け取ったら殺していた?
「……意図を話してもらおうか」
「既に――私の本質を理解されているのでしょう?」
本質。俺が理解していることがあるとすれば、俺は何も理解していないということだ。
「私は死の奴隷商人と呼ばれていますが、それは同業者から。他の奴隷商たちは、売れなかった奴隷を処分したり、無理な労働で潰したりいたします。しかし――」
ボズは俺を強く、芯のある目で捉える。
「しかし私は違う! 望んでこの世に生まれ落ちたわけでもないのに、どうして非道な仕打ちを受けなければならないのか! 私は奴隷たちに生き抜く術を叩き込み、自立できるまで鍛え上げるのです!」
「ほ、ほう……?」
「その結果、多くの奴隷たちが独り立ちし、奴隷としての死を迎える! 名ばかりの奴隷商たちは私を嫌い、言うのです」
あいつは奴隷と奴隷商に「死」を与える奴だ、と。
ボズは静かに言った。
(それ、ただの誤解の連鎖では?)
内心で彼に同情していると、そのぎらついた目が、さらに光を増した。
「そして、私が幸せの森へ来た理由。私は引き取った奴隷から聞いたことがあります――」
そうして彼が語ったのは……昔、俺が何人かの奴隷を助けたというエピソード。
あまり覚えていない。おそらく依頼の一環で関わることになったのだろうが、俺自身が奴隷商と対立したり、そういった類のことはなかったはず。
道の途中で奴隷商人が倒れていて、荷車の中に衰弱した子供がいたから応急処置してギルドに通報したとか、そういうのだ。
大したことじゃない。誰でもそうしただろう。
だから実感が薄いというか、感謝されることでもなく、とはいえ微かな心当たりはある。
「――あなたは私と同じ志を持っていらっしゃる。ですが、テス・カイダという名までは掴みましたが、その後の足取りは煙のように消え……しかしッ!」
この人、話が長いな。
「つい先日、あなた様の真実に気付いたのです! 日頃は『テス・カイダ』として身を隠していますが、本来の名を『デス・カイザー』ということ!」
「いや、テス・カイダなんだが」
「はい、デス・カイザー様ですよね?」
「…………ん?」
「…………おや?」
俺はデス・カイザーなんていう物騒な名前じゃないんだが、どうしてか伝わらない。
「もちろん『幸せの森』というギルド名に込められた意味も分かります」
「意味?」
「はい。ログレアのギルドにて『死合わせの森』という名を拝見いたしました。一見すると物騒な響きですが――」
「……幸せが?」
「――マイナスにマイナスを掛けるとプラスになる。死に死を掛けると生になる。それが転じて『幸せの森』ということ。いやはや、ギルド職員も無粋な真似をしたものです。一部の者だけが理解できるデス様の高尚なお考えを、直接書いてしまうなんて……」
あれか、俺と彼のIQの差がありすぎて会話が成立していないのか?
言っている意味が全く分からないぞ。
「だから私は、あなた様の理想をお手伝いすべく訪れた次第なのです!」
ボズの声が、感動のようなもので震え始める。
そして、なぜか声をひそめた。
「それにしても……デス様はお強い……!」
「強い?」
「はい。奴隷を差し出されても受け取らない精神の強さ。この家の周りに二十人の奴隷が息を潜めているというのに、まったく動じておられない実力……!」
「なんすかそれ」
「もちろん、私が護衛として配置した者たちです。全てがBランクの冒険者相当の強さですが――気づいた上で、動じない。これこそ王の風格……!」
いやいやいやいや、全く気付かなかったんですけど。
Bランクって俺より強いじゃん。
そんなのが二十人って、この人の育成手腕どうなってるんだよ。俺も強くしてほしい。
俺が動揺している中、ボズはうっとりとした目でこちらを見つめてくる。
「私、またもやデス様に胸を撃ち抜かれました……!」
「そんな大げさな……」
「ぜひ私を仲間として、いや弟子として迎えていただきたい! どんなことでも喜んで引き受けますので!」
「いや、あの……俺はただ隠居のために――」
「既にご自分が得るものは得た。次は恵まれない人々のためにということですか!? さすがデス様! 深い……深すぎる!」
会話が全く噛み合っていない。
だが、彼の言っていることを整理すると――。
奴隷商人ではあるが、悪人ではない。
むしろ奴隷を自立させて解放している。
そのせいで業界で「死の奴隷商人」というあだ名になった。
俺が奴隷を助けた噂を聞き、同胞として訪ねてきてくれた。
(…………人材としては悪くない)
見た目と二つ名は確実に悪役だが、人間性は良さそうではある。見た目は完全に悪役だが。
奴隷を独り立ちさせる手腕と経済力は確かだろうし、事務系の諸々は安心して任せることができるだろう。
最初から高いレベルでスキルを身に付けている人が加入してくれるというのは、願ってもないチャンス。
「――分かった」
ボズが肩を震わせた。
「……え?」
「我がギルドに入ってくれ。歓迎する」
彼の顔は弾けるように赤くなり――。
「で、デス様っっっ! こ、光栄……ッ! 光栄の極み……ッ!」
「いや、まぁ……人手が欲しいだけだ」
「欲しいッ!? 私を欲しいと……なんという直球、そして寛大さ……」
なんか俺がプロポーズしたみたいになってないか?
ボズは鼻息荒く両手を握りしめ、涙を流し始めた。
「今すぐ! 奴隷達を連れて参ります! まずは二十名、次に四十名、続いて六十名ほど――!」
「やめろ!」
「や、やめるのでございますか……?」
「……あぁ。ど、奴隷といえど大半が子供だろう。子供を独り立ちさせるのも大切だが、その本分は幸せな人生を送らせることだ。巻き込むべきではないと……思わないか?」
「――ッッ! た、確かにその通りでございます……!」
「まずはボズよ、お前が仲間になってくれたことが喜びよ。同志はこれから、徐々に増やせば良い」
ボズは震えるほど感動しているようだ。
奴隷なんて何人も連れてこられてみろ。
このギルドがどんな目で見られるか。
しかも、ウチはかなり狭いからな。
転生後も満員電車を味わう必要はない。
「デス様、命を懸けてお仕えします!」
「命までは懸けなくていい」
「承知しました! では魂を懸けさせていただきます!」
「……危険なギャンブルをする時には頼むとしよう」
そんなわけで正式に――幸せの森の第一号メンバーが誕生した。
だが、これではあまりに見栄えが悪いということで、俺は――。
「デス様……最後にお伝えしたいことがございます」
「まだ何かあるのか」
ボズは深く頷くと、家の外へ向かって指笛を吹いた。
森の外れから、静かな足音が近づいてくる。
心臓がドキリとする。
最後の最後に選択肢をミスって殺されるとか、そういうオチか?
だが、現れたのは軍隊ではなく――たった一人の少女だった。
年は十六、十七くらいか。
白い髪を肩で切りそろえ、青い瞳は無表情で冷たい。
ボロボロの黒い服を着ているが、顔立ちは驚くほど整っている。
手足には細い鎖が巻かれたままだった。
(……奴隷か)
少女は膝をついて頭を下げる。
「…………デス様」
「いや、テスね」
「…………デス様」
声は小さくて、氷のように冷たい。
「この子は……私が育て上げた奴隷の一人です」
ボズが誇らしげに胸を張る。
「かつてデス様に救われた……そう聞きました」
「俺には覚えがないが」
「通りすがりにパンを与え、優しい言葉をかけてくださったとか」
「…………なるほどな」
記憶にないが、そこで争っても仕方がない。
知ったかぶりをさせてもらった。
「この子は、私の元へ来てから『恩人に仕えるために』と自分を鍛え抜き、剣も魔術も教え込んだ結果……今では護衛の中でも最強格となりました。彼女から聞いた微かな情報からもしやと思いましたが……やはり私たちの運命は、あなた様へと繋がっているようですな」
少女は表情ひとつ変えず、ただ静かに言った。
「……この命はデス様のものです。何なりとご命令を」
「待て待て」
俺は慌てて両手を振る。
「俺は奴隷を持つ気はない! 自由に生きてくれ!」
「…………自由、ですか」
「そう、自由だ。無理をするな。やりたい事をして、行きたいところに行き、自由に生きろ」
「では……自由に、あなたに仕えます」
「……自由の意味を知っているか?」
「知りません。しかし、これが私の自由だと確信しています」
主人も教え子も話が通じない。
奴隷なんて連れて歩いたら、街でどんな目で見られるか――。
「と、とにかく、君はボズのところへ戻って――」
「戻りません」
聞く耳持たずである。
「レイラと申します。今日からデス様の剣となり、盾となり、命を懸けさせていただきます」
「命までは懸けなくていい!」
「では、魂を懸けさせていただきます……」
デジャヴである。
少女――レイラの意志は固かった。
無表情ながらも、決して揺るがない瞳。
困り果てていると、背後のボズが深々と頭を下げる。
「どうか……この子の生きる意味を……奪わないでいただけると」
「……分かった」
俺がどれだけ断ったところで、二人は折れてくれないだろう。
「彼女もギルドに加えよう。ただし、奴隷扱いは絶対にしない」
レイラの瞳が一瞬だけ揺れ、冷たい氷がわずかに溶けたように見えた。
「…………はい。ありがとう……ございます」
小さく消え入りそうな声だったが、かすかに温かかった。
こういうのって、最初は美少女とかイケメンが仲間になるものじゃないんですか?
安心してください。次回はイケメンが仲間になります。
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