レイラとスラッシュウルフ
「……わずかに魔力が流れてくる。魔物だな」
木を寝かせてしまうだなんて、並の魔物のはずがない。
少なくともCランクの俺が単独で倒せるような存在ではなかった。
だというのに、クレイドは眉一つ動かさずにいる。
いや、それはクレイド以外も同じ。
レイラもボズも全く動揺を見せない。
「おやおや、珍しいですねぇ。レイラ、これから出てくる魔物のランクはどのくらいだと思いますか?」
「ん……Bくらい」
「その通り! 早さといい正確さといい、私のノウハウをよく受け継いでいるようですねぇ。これならデス様もご満足いただけるでしょう!」
「……嬉しい」
この音はなんでしょう、車! みたいな親子会話の雰囲気を出しているけど、とんでもないことだぞ。
Bランクの魔物に対して俺は役に立たない。
ボズだって戦えないだろうし、商人は恐怖で固まっている。
クレイドとレイラの二人で魔物を倒すことができるだろうか?
……二人が戦っているところを見たことがないが、厳しいだろう。
となると、俺にできることは二つ。
一つ目は「今すぐ引き返す」こと。
魔物に気付かれる前に距離を取ることができれば――
「積荷の中に純度の高い魔石が入っているだろう。おそらくそれを嗅ぎつけているんだろうな」
もう捕捉されているのか。
だとすれば残された道は一つ。
もちろん「実は勘違いだったという展開を祈る」こと。
クレイドはなんちゃって魔王軍幹部だし、ボズの本業は奴隷商。
適当な知識で予想をつけただけかもしれない。そうであってくれ。
だが、俺の懇願も虚しく、森から街道に姿を現したのは――巨大な獣だった。
「こ、これは……っ!」
「スラッシュウルフか。かなり育っているな」
クレイドが告げた「スラッシュウルフ」については俺も知っている。
簡単に言えば狼なのだが、その武器は噛みつきではなく前足部分の巨大な爪。
切れ味が鋭く、剣で斬るようにスパスパと周囲を傷つけていく。
しかしスラッシュウルフはDランクの魔物のはず。
俺たちの目の前にいる個体は、それより推定二ランクも高いらしい。
「……クレイド、これは――」
「その通りだ。強力な魔の瘴気に当てられて凶暴化している、いわば特殊個体だな」
聞いたことがある……と言いたいところだったが、普通に知らない。
明らかにヤバいやつだし、逃げなければ。
「――とても良いタイミングですっ!」
ボズが嬉々として声を上げる。
「レイラ、デス様に修行の成果を見せて差し上げなさい」
「ナイスアイデア」
戸惑う俺をよそに、レイラは音も立てずに馬車から地面へと飛び降りる。
「お、おい、レイラッ!」
未来のある少女の命をこんなところで散らされたら困る。
彼女を止めるために俺も馬車から降りると、レイラが振り返った。
「デス様……嬉しい」
「……はい?」
なぜかレイラは照れたような笑みを浮かべている。
「自らの足で部下の働きを確認しにいく、ということか」
「デス様に直に成長を見ていただけるなんて……ううっ」
関心するクレイドに感極まるボズ。
こいつらはアテにならん。
俺がレイラを守って、囮にでもなんでもならなければ。
俺とスラッシュウルフの距離は五メートルほど。
レイラはちょうどその中間にいる。急げ、俺。
全力で走り、なんとかレイラとの距離を詰める。
「できるだけ同じ視線でいようとする心遣いだな」
「レイラへの激励でしょうね」
これなら間に合う!
手を伸ばせば届く距離にまできた、彼女の手を――掴もうとしたが空を切る。
視線を上げると、瞬きの間にスラッシュウルフの腹元に移動していたレイラが、くるりと半回転して獣を蹴り飛ばした。
「――――ッ!?」
自分よりも遥かに小さい生物に数メートル単位で吹き飛ばされたスラッシュウルフ。
その驚きは、はたから見ていた俺にも理解できた。
レイラのどこにそんな膂力があるのだろうか。
街道から森の中へと飛ばされた獣。
俺がレイラのいた位置にたどり着いた時には、既に彼女は魔物の元へと走っていた。
「――レイラッ!」
俺の声が発せられると同時に、スラッシュウルフは体勢を立て直した。
自分へと挑んでくる小娘を始末するため、否、対等な相手だと見做したのだ。
レイラよりも前に獣が仕掛けた。
直剣ほどの大きさの爪をレイラに振りかぶり、レイラは紙一重でそれを躱す。
よく見ると、いつの間にか服装までバトルスーツへ変化している。換装というか早脱ぎだ。
彼女はスラッシュウルフの背後へと周ったと思うと、周囲の木々へと飛び込んだ。
そして、木を足場にして跳ねたかと思うと別の木へと移動し、それを繰り返す。
木から木へとジャンプするたびに速度が増していき、やがて俺の目では追えないほどになった。
それは獣も同様だった。
どこへ向けて攻撃していいのか迷っている間に、隙を見計らってレイラが懐に差していた短剣で斬りつけてくる。
捕食者の気品に溢れていた毛皮が真っ赤に染まっていく。
たまらず反撃に出ようとするスラッシュウルフ。
もはや嵐のように荒れ狂うレイラを捉えることができない。
しかし、ここで獣の動きが変わる。
もともと備えていた賢さなのか、力の向上に加えて知能も上がったのか。
スラッシュウルフは鋭利な爪で周囲の木を根本から切り倒し始めた。
爪の一撃で、だるま落としのように木が切断される。
俺たちが目にしたのはこれだったのだ。
マズイ。これではレイラの速度が落ちてしまうだろう。
それだけじゃない。彼女が着地するタイミングを狙われれば死は確実。
俺も狼も、そう考えていた。
魔物の低い唸りが言葉であるなら、そう言っていた。
だが――
「――既に狩られる側の思考に陥った者に勝機はない」
どこからともなく、森の意思が響くようにレイラの冷たい声が聞こえた。
足場がなくなったにも関わらず、レイラの速度は少しも衰えていなかった。
目を凝らして初めて理由が分かる。
――レイラはなんらかの魔術を使えるのだ。
緑色……おそらく風属性の魔術を固定することで、物理的な足場として利用している。
足場を破壊しようとしても、現状のレイラの速度についていけないのであれば不可能な芸当。
上がり続ける攻撃の威力。既に獣は詰んでいた。
スラッシュウルフは咆哮を上げた。
もうヤケクソになっていた。
それを終わりの合図と捉えたレイラは、最後に獣の真上から短剣を振り下ろす。
血を失いすぎたのが原因か、心臓を両断されたのか。
理由は俺の目には定かではなかったが、スラッシュウルフは力なく倒れた。
「……デス様、どうでしたか? 私のこと……捨てないでください」
ここまで激しい動きをして、レイラは息一つあがっていない。
どの面で見ても、俺よりも圧倒的に強い。
そんな彼女が節目がちに俺に縋ってくるのだ。
返せる言葉なんて一つしかないだろう。
「……す、捨てるわけがないじゃないか。レイラは俺の大切な仲間なのだから」
「ん。デス様……大好きです……」
またしても知らないうちにワンピースに着替えていたレイラが、トコトコと走って来て俺の腕に絡みつく。
俺に拒否できるわけがなかった。
だって、その気になられたら瞬殺されちゃうんだもん。
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