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第一話 赤毛の炭鉱夫

ある時に書いたショートショートに加筆修正(と言っても少しだけですが)をしたものです。拙い文章ですが暖かい気持ちで読んでくれると幸いです

 薄暗く街灯が照らすとある路地。そこにそのバーは存在する。

 近くにはランタンに引き寄せられてきた黄金色こがねいろの蝶が飛び交い、店の中から漏れ出した光は、扉窓の色とりどりのステンドグラスを介して幻想的に輝いている。看板には店の名前であろう「幻想バー」なる字が彫られている。

 そしてその看板の下に小さく、赤い字で書かれた張り紙がしがみついていた。

「店内で飲み物のお代は頂きません。その代わり、お客様の店内での記憶を頂きます」


 工場からくゆる煙と、濁った川の匂いが充満する夜道で。ふと、一人のボロボロのコートを着た男が違和感を憶え、立ち止まる。男は出稼ぎでこの街にきた者で、今はその仕事の帰り道だったが、さっきまで眼中にもなかったその輝くバーに魅せられ、歩みを止めたのだった。

「……なんだ、ここ?こんなバーがこの街にあったんだな」

最近まともに休む時間を取れていなかったその男は、たまには酒を飲むのも良いかと店に向けて歩みを進めた

 男は財布を確かめようとしたがやめた。何故なら看板の下の張り紙に代金は取らないと書いてあったからだ。男は最後の「お客様の記憶を頂く」と言う文章が理解できなかったが、気になってもしょうがないと思い、とりあえず中へ入っていった。

 チリン……

 人っ子一人いない閑静な店内。洒落たシャンデリアが煌々と照らすカウンターで、その女性は気だるげに頬杖をついていた。赤いシャツに灰色のベストと黒いネクタイを合わせ、眩いばかりの金髪は刈り上げていて、一見男性にも見えるが、その髪の下の片耳に覗く碧い雫のピアスが、女性の何とも言えぬ怪しげな魅力を引き立てていた。女性はしばらく片耳に揺れるピアスをくるくると指で弄っていたが、男に気が付くと一変して妖艶な笑みを浮かべた。

「いらっしゃいませ。このバーに来るのは初めてですね?」

「あぁ、最近は仕事で忙しくて全然酒を飲む時間も取れなかったし、ここらで飲んでも罰は当たらないかと思ってね。ここではどんな酒を出してくれるんだ?」

「お客様に何か特別なご要望があればそのお酒を出しますが、基本的に私の店ではお客様の近況や悩み事を聞き、その話に合ったカクテルを出しているのですよ」

「へえ、代金を取らない上に随分と面白いことをやってるんだな」

「それが私なりの流儀なもので。ところでお客様は何か悩みや、最近あった面白い出来事などはありますか?」

 男は話の途中で出されていた水を一口煽ると、一度うーんと唸った。

「そうだな、面白い出来事は直近じゃ起きてないが、悩みというか、最近思うことなら一つあるぜ」

「それはどんな?」

 男は一瞬だけ顔を曇らせるとそれを感じさせない明るさで話し始めた。

「俺の顔、ここらじゃ見ない顔だろ?」

「確かにそうですね。ここの人たちは揃って色素が薄いですが、あなたは少し特殊です」

 バーテンダーは改めて男の顔周りを観察する。少し濃い色をした肌に赤毛がアクセントを加えていて、元々はここの住人でないことが分かる。

「あぁ、元は東部のほうに住んでいたんだが、訳あってここに稼ぎを求めに来たんだ」

「なるほど、そうなのですか。失礼ですが、お客様は何を生業としているのでしょうか?」

「炭鉱夫さ。5年前くらいにできたとこでずっと働いているよ」

 そこで男は注がれた水を一気に飲み干した。バーテンダーにもう一杯注ぐか聞かれるも断り、その代わりに男はエキゾチックな装飾をされたグラスを眺めていた。

「でも、それも続けようか今悩んでるとこなんだ。炭鉱夫っつう職業は給料は高いが何かと危険が多い。それに俺はまだかかっちゃいないが、長く炭鉱に居ることで肺の中が粉だらけなっちまう病気もあるらしい。仕事してて死ぬなんて間抜けなことは俺はしたくねぇ。俺には夢があるんだ。」

「さっきも訳あってここに来たと言っていましたね。それは夢のことでしたか」

「あぁ、俺は音楽家になりたくてな。ピアノを買いたくてここで出稼ぎしてるんだ。いつになるか分からないが、この願いは必ず……」

 先ほどよりも神妙な顔になってそう呟く男のことをバーテンダーは黙って見ていたが、やがて作るカクテルが決まったのか、シェイカーと酒を用意し始めた。

「貴方様にぴったりのカクテルを思いつきました。今から作りますね」

「お、そりゃあ楽しみだ」

 そう言うと、男はわくわくした顔でバーテンダーの腕捌きを眺め始めた。

 ライムを取り出して優しく果汁を絞り、そこから果肉が残らぬよう、丁寧にこす。金のシェイカーにホワイトラム、ライムジュース、ガムシロップを加えていき、八分目の高さまで氷で蓋をすると、ストレーナーとトップの順に閉め、十数秒軽くシェイクした。

 最後に口の広いソーサー型のグラスにカクテルを流し込み、ライムの輪切りと小さなさくらんぼをトッピングすれば……

「ダイキリです。ごゆっくり召し上がってください」

 男は若干の黄色を含ませた白いカクテルをゆっくり噛み締めるように飲む。ホワイトラムの甘い香りとライムの爽やかな酸味が絶妙にマッチし作り出すシンフォニー。時に甘く、時にシャープに感じるその特徴的な味わいは一瞬にして男の乾いた心を潤していった。

「!こりゃあ美味いな」

「ダイキリの始まりは、キューバの鉱山で、とある鉱山技師がそこで働いている者たちに作ったのが最初と言われています。カクテル言葉は『希望』。くじけそうでも、諦めない限り希望があるという願いを込めました。そして、仕上げに『小さな恋』を意味するさくらんぼを合わせてみました。地元にご好意を寄せている方がいるなら、早めに迎えに行かないとですね」

 バーテンダーが綺麗なウインクを見せると、酔いによるものなのか、恥によるものなのか分からないが、男は顔をわずかに赤らめた。

「全部お見通しってわけか。はは、してやられたな」

 言いながら最後の一滴を飲み干すと男は立ち上がってバーテンダーに硬貨を握らせた。すると、代金を支払われたと思ったバーテンダーは困惑してしまう。

「あ、あの、代金は……」

「良いんだ、原価には足りんかも知れんがチップだと思って受け取ってくれ。」

 決心がついたように朗らかに笑う男を見て、さすがにこの善意は跳ね返せないと思い、微笑んでそのチップを受け取った。

「ご来店ありがとうございました」

 チリン……

 その音が響いたのが聞こえた後、バーテンダーは男から奪った、店内での記憶の塊である、白い泡を一息に吸い込み、咀嚼して飲み込む。これでここに居たという記憶を男は必然的に忘れることとなる。

 もうあの男がこの店に来ることはないのだろうなと、ふと寂し気に思いながら、体を双翼を持つ女性の物へと変えた。

「さて、明日の夜はどんなお客さんが来るのだろうな」

 先の寂しさを取っ払うように陽気にそう呟くと、女性―モルペウスは天界への神々しい扉を開き、そこへ足を踏み出して行った。

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