教育係の杉山さん
そして数日後、面接の結果のメールが鈴華の元に届いた。開いてみると結果は合格。鈴華は急いでローズへと向かった。
「忍野さん!佐藤!合格した!」
「おめでとうございます」
「良かったですね」
「へ〜良かったね〜」
先程まで店にはいなかったはずの黒瀬は鈴華の携帯の画面を興味無さげに覗き込んでいる。いつも通りの事だから誰も驚かず、忍野は鈴華に普通に仕事の話しを始めた。
「これが上層部の個人情報だよ。」
「ありがとう忍野さん」
鈴華の目の前に置かれたのは上層部の名前や住所、過去の履歴などが載っている資料だった。鈴華は軽く目を通しながら佐藤が持ってきたコーヒーを飲んだ。
「へ〜全員顔怖いね〜女の子にモテなさそ」
そう呟きながら資料を覗き見する黒瀬。なぜなのか分からないが上層部の名前などをブツブツと唱えたり、その人の偏見を言ったりしている。
「あんたには関係ないから覚える必要ないでしょ」
隣でブツブツと言っている黒瀬にそう聞く鈴華。黒瀬は一瞬キョトンとした顔をして『俺も潜入するからだけど?』と言ってきた。
「…は?」
「すみません鈴華さん。今回の任務は時間が掛かりそうなので黒瀬さんに手伝って貰うことにしました。」
鈴華にそう言った佐藤。黒瀬に文句を言いながらも任務に時間が掛かりそうなのは事実なので黒瀬に少しだけ感謝している。
だがしかし、面接を受けていない黒瀬が果たしてどうやって入社するのか。鈴華が忍野に聞いてみたところ、黒瀬自身が会社に侵入して面接の情報をいじったらしい。
「私の努力は何処へ……」
「まぁしばらくの間よろしくね、鈴華」
こうして、鈴華と黒瀬の長い潜入任務が始まるのであった。
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「本日付けで入社致しました黒田冬夜と申します。」
「同じく葉月玲香と申します。よろしくお願いします。」
2人ともスーツを身にまとい偽名で自己紹介した。社員たちは新入社員の2人に興味津々な様で、周りがザワザワとしてきた。
「はいお静かに!では黒田くんは内山くんに、葉月くんは杉山くんに社内を案内してもらってね」
黒瀬と葉月はそれぞれ自分の教育係の人に着いて行った。黒瀬と鈴華の教育係はどちらも男性。女性の教育係だと勝手に思い込んでいた鈴華は少しだけガッカリしていた。
「今日からよろしくね葉月ちゃん、僕は杉山大輝。よろしくね」
忍野さんと同じような優しい声色で葉月に優しくほほ笑みかける杉山。鈴華も同様に杉山にほほ笑みながら自己紹介をした。その後、鈴華は杉山に仕事内容や部屋の場所、社内のルールなどを教えてもらった。
「少しずつ覚えていったらいいからね」
「はい!ありがとうございます!」
新入社員の葉月を気遣ってそう言った杉山。だがしかし、スパイである鈴華は任務の内容を丸暗記しているので既に全て覚えていたのであった。
「ちょっと早めだけど食堂に行ってみる?ここのご飯は美味しいよ」
現在の時刻は11時半。お昼時には少し早めだが食堂のご飯は美味しいと聞いていた鈴華は待ちきれず、杉山と昼食を摂ることにした。
「んふふ」
幸せそうに食堂のご飯を食べる鈴華。その様子をじっと見ている杉山。
「どうしましたか?もしかして顔に何か着いてます?」
「いや、美味しいそうに食べるな〜って思ってさ」
「それよく言われます」
杉山と食事を摂りながら美味しいご飯の店などの他愛のない会話をしていた2人。2人とも食べ終わり、午後からは実際に仕事をしてみる事になった。
カタカタとキーボード音だけしか聞こえてこない葉月の席。初めてだとは思えないほどスピーディーに仕事を進めていた。
「俺ちょっと抜けるね、何かあったら他の人に聞いてね」
「分かりました!」
そう言って部屋から出て行った杉山。タイミングを狙っていたのか黒田が向こうから歩いてきた。
「葉月さーんコーヒーいります?」
「うわ、黒田さん…」
「うわって言ってますよー」
そう言って葉月の前にコーヒーを置く黒田。気が利くなと思いながらコーヒーを口にする葉月。
一口飲んだ瞬間、コーヒーを吹いた葉月はむせながら黒田を睨んだ。
「あはは、美味しいでしょ?醤油入りのコーヒー」
「まずいわ!!」
そうツッコム鈴華。コーヒーに入れた醤油は食堂から拝借したらしい。黒田は笑いながら葉月と机を一緒に机を拭くのを手伝った。
「あれ?黒田くんどうしたの?」
机を拭いている黒田に声をかける杉山。黒田はコーヒーが熱すぎて葉月が吹いたと嘘の説明をした。葉月は黒田に口を拭かれているように見えるが、実は口を抑えられており杉山に真実を言うことが出来なかった。
「そうだったんだ」
「すみません、コーヒー熱くしすぎちゃいました」
「次から気をつけてね」
はーいと返事をしてその場を去っていく黒田。杉山は葉月の事を心配しながら仕事を再開していた。葉月は杉山に大丈夫だと伝え、仕事を再開した。葉月は黒田にやり返すと心に決めた。