スパイの汚仕事
鈴華の部屋に鳴り響く規則正しい機械音。鈴華はモソモソと動き、携帯のアラームを止めた。
「頭いた……飲みすぎた………」
彼女は頭を押えて水を飲もうとして台所に行った。台所に行ってみると顔は見えないが長身の男性が立っていた。彼女は咄嗟に身構えた。
「あ、起きた?おはよ」
「…はぁ?!なんであんたがここにいるのよ!」
顔が見えない長身の男の正体は殺し屋の黒瀬だった。黒瀬はあたかも自分の家のように台所に立ち、朝食の用意をしていた。
「うわぁ…美味しそ…」
だからさっきからパンの焼けるいい匂いがしてたんだ
そう考える鈴華。目の前には目玉焼きが乗ったトーストとサラダ、そしてヨーグルトがあった。
「あ、食べる前に顔洗って来てね、あと顔に油性ペンで落書きしたよ」
「はぁ?!最低!!この人でなし!」
そう言ってバタバタと洗面所へ向かった鈴華。しかし顔に落書きなどされておらず、むしろ昨日風呂に入っていない人とは思えないくらい肌が綺麗だった。
「あははっ、また騙された」
鈴華を小馬鹿にするようにケラケラと笑う黒瀬。
「じゃあ早く食べよっか」
「……いただきます…」
どうせこいつが作った料理なんか全然美味しく無いはずだし…見た目が美味しそうなだけだし…
そう思いながらトーストを口へと運んだ鈴華。
「どう?」
鈴華にそう問う黒瀬。
「美味しい…」
鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしながら言った鈴華。黒瀬は鈴華が自分の予想外の反応をして来たので驚き、クスッと笑った。
「それは良かった」
笑顔でそう答えた黒瀬。顔立ちがいい黒瀬の笑顔を見た女性はイチコロだが鈴華はキュンとする訳でも無く、『え、キモ…』と言った。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
食器を台所へ運び皿洗いをした後『じゃあ俺仕事だから』と言い残し鈴華の家を後にした黒瀬。
「…いや、なんであいつ私の家いたの?しかも私の家の冷蔵庫ゼリー飲料くらいしか無かったよね?」
今頃になって疑問に思った鈴華。彼女は必死に昨日の記憶を探ったが何も思い出せなかったので諦めて風呂に入り、ローズへと向かった。
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「おはようございまーす」
まだお客さんがいないローズに1人の女性の声が響き渡った。
「おはよう鈴華ちゃん、そこに二日酔いに効く薬あるからね」
グラスを丁寧に磨きながらそう言う忍野。鈴華は忍野にオーバーリアクションなくらい感謝して薬を飲んだ。
「ゴミ出し終わりました。あ、鈴華さんおはようございます。」
店の裏から出てきた佐藤。鈴華は『おはよー』と挨拶を返し、忍野に今日の依頼を聞いた。
「今日は…と言うか今ある依頼は1個だけで、ある企業の秘密の情報が欲しいらしいんだ」
いつもと同じ優しい声色で話す忍野。依頼内容は、ある企業の上層部の人達にしか知られていない秘密の計画内容。どうやらそれを敵対企業は知りたいらしい。
「え、それって情報が書かれた紙とかデータとかないの?」
「ハッカーを雇ったらしいけどそれらしきものはなかったらしいよ」
「つまり…長期の潜入任務…?」
「そういう事だね」
途端に彼女は膝から崩れ落ちた。彼女は依頼を断ろうとしたが、既に会社に入るための面接の申し込みと偽装書類を一夜で完成させられており、断ることはできなかった。
「いや、けどまだ希望はある…!上層部をオトして聞き出せば…!」
その企業の上層部か社長に色仕掛けをしようと企んでいる鈴華。しかし上層部たちは口が固く、危機感が強い者しかいない。と忍野が言った。つまり、社長から信頼されないと任務は完了できない。
「私…詰んだくね?」
「頑張ってね、俺達もサポートするから、ね?」
鈴華は涙目で佐藤からスーツを受け取り、会社の面接へと向かった。