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太陽号令  作者: 川守いのる
第一巻
5/16

第四章 夢

『建国神話 黎明(れいめい)の章』

 魔王の血。

 それは千年前から受け継がれてきた尊き冠。

 太陽暦〇年 一月一日 ある集落の指導者に、太陽の御使いから灰の冠が贈られた。

 その冠を受け取った者は、のちに魔人たちの集まる国を作り上げる。

 この国の誕生を契機(けいき)として、魔人族に対する迫害は沈静化していった。

 魔人の国を作り上げ、最初の魔王となった者の名はアルバート・ベルンシュタインという。

 後世の人々は生前の功績を称え、彼に黎明魔王の称号を献上した。

 黎明魔王が発令した、国の誕生と歴史の改新(かいしん)を世に示した宣言は。

 『太陽号令』と呼ばれている。


 ここまでの道中、様々なことがあった。

 川を渡る途中で流されかけたり、夜中に獣に襲われたりだ。

 アカツキは頼りになる男で、問題が起きるたび私を助けてくれた。

 カバラに着いたら恩賞を与えてやろう。

 遺跡を出発してから五日後、私たちはようやく森を抜け、人が通った形跡のある踏み分け道に出た。

 あたりには誰もいないが、この道は中継地点のセプ村に続いているはずだ。

「やっと森から出られたな」

「うむ。もう険しい地形や獣の襲撃に悩まされることはないだろう。恥ずかしい話、これほど長く自然の中に身を置いたことがなかったゆえ、失敗の連続だった」

「誰だって苦手なことはある。次に活かせばいい」

「まあ、それもそうだな」

 深呼吸をして気持ちを切り替え、西の方角を指し示す。

「以前にも伝えたと思うが私の目的地はこの道の先にある都市、カバラだ。途中の村で物資を補給してカバラに向かう。よいな?」

「ああ。確か魔人国有数の大都市なんだろ? そこに行けば安全だ」

「いかにも。カバラは魔人国の歴史の中でも指折りの堅牢さを誇る城郭都市だ。二重に設けられた城壁、広大な敷地が産出する豊富な資源、都市全体に張り巡らされた用水路、国の西側から集まる多様な人材。このような時勢でなければ、そなたを案内できたのだがな」

「駄目だよ。俺は侵略国の人間だから」

 アカツキは物憂(ものう)げな表情で道の先を見ている。

 暗い話は好きじゃない。私は話が明るくなるように言葉を続けた。

「カバラには旧い友がいての。二十三歳という若さで執政官になった俊才じゃ。私の叔父の弟子で、かつては共に勉学に励んでいた。貧しい生まれから苦労して身を立てた人格者でな……確か釣りが趣味と言っていた。そなたと話が合うかもしれんぞ?」

「……俺なんかが、会って大丈夫なのか?」

「そこについては心配いらん。立場を得ても変わらず誠実な男でな。ただ人間であるというだけでそなたを(いと)うことはないだろう」

「そっか……話してみたいな。海釣りと川釣りのどっちが好きなんだろう」

「ふっ。長い付き合いだが、そこまでは知らぬな」

 アカツキと語らいながら歩いていると、十字路にさしかかった。

 直進しようとしたところを手で制止される。

 立ち止まったアカツキにつられて彼の向いている方に目をやると、遠くに人影が見えた。

 右の道から人が一人、こちらに歩いてくる。右は宗教連合ソーレがある方角だ。

「ソーレの兵か?」

「違う。単独だし武装していない。……商人か?」

 私の視力ではその者の身なりをうかがい知ることはできなかったが、どうやらソーレ兵ではないらしい。

 目を凝らして(くだん)の人影を見ていると、やがて白い上下の服に(あさ)のケープを羽織った人物が姿を現した。

「こんにちは。今日はいい天気だね」

「こんにちは」

「うむ。確かに良い日和だな」

 話しかけてきた男はなるほどアカツキの言う通り、いかにも商人といった格好をしていた。

 中性的な容姿の人間の男だ。年齢は二十代前半といったところか。

 黒に近い灰色の髪と水底(みなそこ)で揺れる翡翠(ひすい)のような浅葱色(あさぎいろ)の瞳。それらをのせた顔が柔和な笑みを浮かべている。

 (はかな)げな顔立ちだが艶めいた山吹色(やまぶきいろ)の帽子がそれを包み込み、陽気な印象を与えていた。

 物が沢山入りそうな直方体の黒箱を背負っている。

 親しみやすい風貌(ふうぼう)の中、重厚な雰囲気を放つそれだけがどこか異様だった。

「君たちはカバラに向かっているのかい?」

「いかにも」

「そうか。それなら何か役に立てるかもしれないね。途中に村があるとはいえカバラまではまだ遠い。色々と入り用のものもあるだろう。おっと、自己紹介が遅れて申し訳ない。僕は商人クロム。人探しの旅の合間に、行商をやって路銀(ろぎん)を稼いでいるんだ」

「なるほどな。しかし良いのか? 魔人と人間、得体の知れない二人組に物を売って」

「確かに、この時勢に珍しい組み合わせだね。でも僕にとっては魔人か人間かなんて関係ないよ。どちらも大事なお客様さ。それにこれまで魔人国は人種の区別なく、商売することを許可していた。よくしてもらったことを忘れて顧客を選別するのは、外道働きの恩知らずというものだよ」

「なるほど。言うではないか。気に入った、品物を見せてみよ」

「ありがとうございます」

 クロムは一礼して私たちの前に座る。

 黒い箱から絨毯(じゅうたん)を引っ張り出し、その上に商品を並べ始めた。

 置かれた品物を一つ一つ見ていく。実用品を中心とした品揃えだ。

 買うものの目星を付けていると、木製の笛をいじっているアカツキが目に入った。

「これ、アカツキ。あまりべたべた触るでない。はしたないぞ」

「あっ。ごめん」

「いやあ、構わないよ。興味を持ってくれて嬉しいぐらいさ」

 アカツキが笛を元の位置に戻す。

 ……笛か。思い返してみると、私とアカツキは互いへの連絡手段を持っていない。

 はぐれた時のために、居場所を伝える道具くらいは持たせた方がいいか。

魔笛(まてき)はあるか?」

「魔笛は……ないかな。ごめんね」

「そうか」

 ないのなら仕方ない。

 この国ではありふれた物だから、セプに立ち寄った時にでも買えばいいだろう。

 それならば……。私は絨毯の上に手を伸ばし、茶色のローブを掴む。

「このローブを二つ買おう。いくらだ?」

「まいどあり。合わせて銀貨三枚だね」

「ふむ……」

 少し、高い。シャムスの貨幣(かへい)の価値が下がっているのか?

 浮かんだ懸念(けねん)を振り払う。今考えても仕方ないことだ。

 頭と体を覆うローブは素性を隠すのに役立つ。これを買わない手はない。

 考え事を終えて視線を上げると、クロムとアカツキがなにやら親しげに談笑していた。

「へえ、星の導きか。なんかいいな。そういうの」

「わかってくれたかい? 僕らの旅路は星々に祝福されているのさ」

「おお……感動した」

 アカツキは結構簡単に感動する。星のことを教えたのは私なのだが……。

 以前彼のために絞った知恵を返してほしくなる。

「これとかどうだい? 高名な騎士が身に着けていた革帯(かわおび)だ。驚くべきことに五回の戦を経て傷一つない。ご利益あるよ」

「うーん。でも俺金持ってないからなあ」

「心配ご無用。つけで構わないよ」

 容易(たやす)く警戒心を解かれ、話が物を買う方向に進められている。

 帯が無傷なのはその騎士が陣の後方に引っ込み、一度も前線に出ていなかったからではないのか。

 アカツキは駆け引きが得意な方ではないようだ。

 私は前のめりになっている彼を肘で小突いて制した。

「馬鹿者。借金などするでない。そういう方法で物を買うと、後々面倒なことになるのだ」

 お忍びで行った骨董市で悪徳商人に騙された記憶がよみがえる。

 困り果てて友人のシモンに相談したら、半刻も経たぬ内に叔父と父に呼び出されたのだ。

「クロム、そなたもあまり揶揄(からか)うな。行き過ぎると不興を買うぞ」

「これは失礼」

 銀貨をクロムに手渡し、ローブを二つ受け取る。そのうち一つをアカツキに渡した。

「ありがとう。お金は――」

「返さなくてよい。そなたはこれまで十二分に働いてくれた。そなたの格好も目立つからの。必要経費じゃ」

「……わかった」

「それじゃあ、僕はここらでお(いとま)しようかな。買ってくれてありがとうね」

「うむ」

「またな、クロム」

「うん」

 道具を箱の中にしまい、クロムが立ち上がる。

 彼はそのまま私たちに背を向けたが、ふと何かを思い出したように(きびす)を返した。

「ああ、そうだ。お近づきの印にこれをどうぞ」

 クロムは私たちの手を握り、何か小さなものを渡してきた。

「小麦で作った揚げ菓子さ。甘くて美味しいよ」

「へえ、珍しいな」

「感謝するぞ、クロム」

「それではまた。今後とも御贔屓(ごひいき)に~」

 クロムは私たちの言葉に満足げに頷くと、手を振りながら南の方に歩いて行った。

 彼の後ろ姿を見送って、私たちは西、城郭都市カバラのある方向へ歩を進める。

「おお、甘いなこれ」

 声のした方を見ると、アカツキが顔をほころばせながら揚げ菓子を頬張っていた。

 私もいただくとしよう。揚げ菓子を食べると、芳醇なバターの香りが口の中に広がった。

 優しい甘みが舌に染み込む。

 最近甘味を口にしていなかったからか、ことさら美味に感じた。

「美味いな。クロムのやつめ、(いき)なことをする」

「そうだね。あいつはいい商人だ」

「ふふ、それはどうだろうな。商人はみな、程度の差はあれ腹黒い者と相場が決まっている」


 アイリーンたちと別れてから少し後、商人クロムは十字路の中心に立っていた。

 半透明な翡翠の瞳が西の空を見つめている。

 空はまだ晴れているが、地平の先に暗雲が漂っていた。

「荒れそうだね」

(行くのか?)

 クロム以外、誰の姿も見えない十字路に、くぐもった音が響いた。

 遠くから来た、風の(ささや)きのような声が。

「まあね。人の居る場所には必然、情報が集まる。僕の願いのために、危険でも飛び込むよ」

(……)

 クロムが返答すると、囁いた何かの気配は木枯らしにまぎれて消えた。

 彼は肩をすくめつつ山吹色の帽子を脱ぎ、黒い箱の中にしまう。

「よし」

 一呼吸入れてクロムは歩き始める。

 南ではなく、西へ。

「魔人の王女と破戒(はかい)の妖刀か。さて、どうしたものかな」


 クロムと別れてからしばらく歩いて、私とアカツキはセプ村に辿り着いた。

 セプはカバラへ続く道の途中にある街村(がいそん)だ。

 街道の両脇に建物(たてもの)が立ち並び、家屋の隣には畑が広がっている。

 普段通りの生活を送っている村の人々を見て、私は胸を撫で下ろした。

「……よかった。敵はまだ来ていないようだな」

 敵国の立場になって考えた場合、王都ベルーナを占領した後はカバラを目指して進軍するはずだ。

 カバラに向かう途中にあるこの村は必然、侵攻の対象になる。

 村が無事ということはつまり、敵の主力部隊が王都付近で足を止めているということだ。

 さすがにあの状況では王都の放棄は避けられないだろうが、父や王都の将校たちが脱出し、反撃の機を窺っている可能性は十分にある。

「早くカバラに向かわなければ」

 自分に言い聞かせるように一人ごちる。

 改めてカバラに行く意思を強めたところで、村に入ってからアカツキが一言も話していないことに気付いた。

 アカツキの方に振り返る。彼は人目を恐れるように背を丸め、下を向いて歩いていた。

 周囲を確認してみると、何人かの魔人が胡乱(うろん)な目をこちらに向けている。

 小規模な村だ。ローブで素性を隠したよそ者はさぞ目立つだろう。

 私は街道脇の八百屋に目を留め、そこの店主に声をかけた。

「店主さん、果物を買ってもいいですか?」

「……いいぜ。見ていきな」

 林檎(りんご)を二つ購入した後、店主に声をかける。

「ごめんなさい。私たち兄妹で旅をしているんですけど、兄さんが東の戦で火傷を負ってしまって。傷を見られたくないからローブを羽織っているんです」

「……そうか」

 店主と通行人たちは私の話を聞いて得心が行ったのか、引き締めていた目元を緩めた。

 面倒ごとの種を処理した私は踵を返しアカツキの元へ戻ろうとするが、そこで店主に呼び止められる。

「待ちな嬢ちゃん」

 店主は戸棚から小さな包みを取り出しこちらに渡してきた。包みを開くとそこには簡素な作りの砂糖菓子があった。

餞別(せんべつ)だ。持っていきな」

「ありがとうございます」

 私は店主に一礼してから、アカツキの方へ戻った。

「あまり気を張るでない。その方がかえって怪しまれるわ」

「すまない」

 緊張を解いてやろうと思いアカツキに声をかけるが、その表情は固いままだ。

 ……神経質になっている者に余裕を持てと言うのも無理な話か。

「もしものときは私がかばってやる。何も心配することはない」

「……よろしく頼む」

 私の言葉を受けアカツキが薄く笑う。少しは落ち着きを取り戻せただろうか。

 ……。

 カバラに着いたら、アカツキはどうなるのだろう。

 実のところ、出会ったとき結んだ協力関係の目的は既に達成している。

 私は森を出て他の魔人と合流したかった。アカツキはより安全な場所に移動したかった。

 セプに到着した時点で、私たちが共にいる理由はほぼないと言っていい。

 敵同士という立場から始まった奇妙な関係。

 この男と過ごす時間が思いのほか心地よく、いつ関係を終えるかという判断を先延ばしにしていた。

 アカツキも薄々勘づいているのだろうか。

 抜けたところもあるが、そういった約束事はしっかり覚えている男だと思う。

 カバラの城内に匿うか? あるいは都市の郊外に住居を用意する?

 どちらも得策ではない。どのような環境を用意しようと、アカツキにとってこの国が敵地であることは変わらない。

 この国がソーレ、ヤハトと戦争をしている以上、ここにアカツキの居場所はない。

 ……一時的に城で(かくま)い、(おり)を見てソーレに引き渡す。それが一番妥当(だとう)な方法だろう。

 もしアカツキがヤハト出身でも、同盟国のソーレに行けばいずれ故郷に送り届けてもらえるはずだ。

 そういえば。

 私はアカツキのことを何も知らない。

 ソーレ出身なのかヤハト出身なのか。

 兵士としてどこで戦っていたのか。

 最初に出会った時、なぜあのような廃れた遺跡に一人でいたのか。

 今からでも問いただすか?

 いや……下手な質問をして疑心暗鬼になるのは良くない。

 ここまでの道中アカツキとうまくいっているのだから、関係を悪化させるリスクは避けるべきだ。

 カバラにはあと少しで着く。それまではこの関係を続けてもいいだろう。

 私も人のことを言える立場ではない。

 アカツキに出会ったとき、王女であることを隠すため偽名を使った。

 魔人国において、王子は魔王の次に重要な人物だ。

 私がこの国の王女であることを知ったら、アカツキは私への態度を変えるだろうか。

 それは少し……寂しいな。

「アカツキ」

 名を呼ばれたアカツキがこちらを向く。

 いつの間にか理解したつもりになっていたその男に、私は一つ疑問を投げかけた。

「私がカバラに着いた後、そなたはどうするつもりなのだ?」

 白藍の瞳を開いて、アカツキが私を見た。

 気づいていたのだ。偶然始まったこの旅が、もうすぐ終わることを。

 彼はしばし逡巡したのち、口を開いた。

「はは、実は何も考えていないんだ」

 普通は咎めるべきなのだろう。

 無計画だと。思考を放棄していると。

 しかし非難の言葉は出せなかった。

 アカツキが行き場をなくした子供のような、悲しげな笑みを浮かべていたから。

「……ここまで行動を共にしたのも何かの縁じゃ。カバラの城に匿い、折を見てソーレに逃がしてやる。大丈夫じゃ」

「そうと決まれば雑貨屋で物資の調達だな。ほれ行くぞ、アカツキ」

 嫌な雰囲気を感じて話題を変えた。

 これ以上話すとアカツキの何かに触れてしまいそうで。

 彼は無言で私の後に続く。


 セプの中心部には教会が建っていて、その隣に雑貨屋はあった。

 アカツキと共に店内に入り、目当ての品を探す。

 ……あった。

 角を模した木彫(きぼ)りの笛だ。首にかけられるよう麻の紐が通されている。

 私はそれを籠から取り出し、アカツキに手渡した。

「これは何だ?」

 店員に代金を払っていると、アカツキが話しかけてきた。

 心なしか声音が柔らかい。見たことのない品に好奇心を刺激されたようだ。

「それは魔笛と言ってな。特定の者にのみ聞こえる音を出す笛じゃ。そなたが持っているのは魔人族の角人種(つのひとしゅ)が聞き取れる音を出すもの。なのでこの笛の名称は角魔笛(つのまてき)という」

 魔笛が珍しいのか、アカツキは笛をしげしげと眺めている。

「カバラに着くまであと一日といったところだが、途中ではぐれる可能性は(ぜろ)ではない。その笛があればそなたの居場所を私に伝えることができる。貴族である私がそなたに贈り物をしてやるのじゃ。大事に持っておくのだぞ?」

「……わかった。大事にする」

 温かなまなざしを私に向けて、アカツキが微笑む。

 ……ようやくいつもの調子に戻ったな。

 いずれ別れる運命だとしても、今このときを大切にしない理由などないのだ。


 店の扉を開け外に出ると、燦燦(さんさん)とした太陽が私たちを出迎えた。

 温かな陽光が大地を照らしている。

 いい天気だ。自然とアカツキの表情も明るくなる。

 はしたないと思いつつも、私は大きく体を伸ばす。

 全身に太陽の光がしみ込んできて、とても気持ちがいい。

「アカツキ。そなた夢を持て」

「夢? 寝てるときに見るやつか? 持てるようなものじゃないだろう」

「違うぞアカツキ。私が言っている夢というのは、幸せになるための道しるべのことだ。よりかみ砕いていえば、そなたが毎日笑って生きていくために必要なもの。そなたが今一番やりたいことじゃ」

「いきなりそんなこと言われたって、すぐには思いつかないよ」

 アカツキがそう答えることは予想していた。

 自分の夢を持てるような環境で生きてきたなら、こやつはここまで歪んでいない。

 星を知らず、人を忘れ、夢を失くした男。

 それがこれまでの交流で、私が彼の瞳の奥に垣間見(かいまみ)た暗闇だった。

 けれどだからこそ、私はアカツキに自分の夢を見つけてほしい。

「夢を持てば今までと違った景色が見える。世界の色はより鮮やかになり、音は神の声のようにそなたに語りかける。これまで目もくれなかった石ころが宝石へと変わり、ついには新しい自分に巡り合う。そなたは夢を持つべきじゃ、アカツキ。探し続けていれば、きっと見つけることができる」

 力説する私をアカツキは呆然とした表情で見つめていた。

 その顔から感情を読み取ることはできないが、私の言いたいことは伝わったと思う。

「参考の一つとして私の夢を教えよう。私はこの空に輝く太陽のように、人々の心を照らす指導者になる。この国の民全員を笑顔にする。乱れた世を平定し、迷える者たちを導き、苦しみを越え、光り輝く太陽の国を作る。それが私の夢だ」

 今は亡き母に誓った、私の信念だ。

「それは……途方もない夢だな」

「そうとも。だからこそ目指すに値する」

 アカツキの白藍の瞳と目が合う。

 瞳の青は流れる川のように揺れている。

 勝手な思い込みかもしれないが、私は確かに、その流れの中に温かな木漏れ日を見た。

「イリア。……ありがとう。俺も自分の夢を探してみるよ」

「うむ」

 顔を上げたアカツキにつられ、私も空を見上げる。

 太陽が力強く、されど優しい輝きで私たちを祝福していた。

 アカツキはもう大丈夫だ。

 私と離れ一人になっても、きっと前に進んでいける。

 よし。アカツキに会ってからずっと気がかりだった胸のつかえがようやく取れた。

 教会の時計台に目をやり時刻を確認する。今は午後の一時だ。

 昼食を取ってからこの村を発ち、明日の日没までにカバラに辿り着く。

 その方針をアカツキに伝えようと口を開きかけた時、教会の鐘がけたたましい音を立てて鳴り響いた。

 アカツキの眼差しが鋭く(とが)る。

 鐘は不規則なリズムでとにかく村全体に音が届くよう鳴らされている。

 遠目に見た鳴らし手はひどく焦った様子で一心不乱に鐘を叩いていた。

 ……敵襲!

「アカツキ! すぐにこの村を出る!」

承知(しょうち)!」

 カバラの方向へ走る。

 東の方を振り向くと遠くに立ち上る土煙の中、太陽を中心に(かたど)った純白の旗が揺れていた。

 宗教連合ソーレの騎馬隊が、猛然たる速度で迫ってくる。

 このままでは追いつかれる。どうにかして騎馬隊の視界の外に行かなければ。

 村の出口にさしかかり、畑の先に身を隠せそうな茂みを見つけた。

 アカツキに目線を送り薄暗い林の方へ一歩踏み出した時、その暗がりの中に小さな光が(よぎ)る。

 陽光のように煌めく黄金の瞳が、私たちを捕捉(ほそく)した。

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