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太陽号令  作者: 川守いのる
第一巻
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第一章 亢竜、悔いあり

 午前六時を告げる鐘の音で私は目を覚ました。

 用意された朝食を手早く済まし、壁に掛かった制服に手を伸ばす。

 これから家臣たちとの会議がある。早急に準備を整えねばならない。

 自分の装いを確認するため姿見(すがたみ)の前に立つ。

 そこにいる人物は赤いジャケットのボタンを首元まで留め、黒を基調とした装飾付きのスカートを穿()いていた。

 褐色(かっしょく)の顔。白い髪が耳の中間あたりで切り(そろ)えられ、額の左側には黒い角が生えている。

 特徴として、太陽のように輝く橙色(だいだいいろ)の瞳を(そな)えていた。

「よし。行こう」

 私は魔人の国シャムスの王女、アイリーン・ベルンシュタイン。

 魔王ジブリールの後継者だ。


「諸君、待たせた。早速だが軍議に取りかかる」

 会議室に入るとすでに軍の将校たちが出揃っていた。困難な戦況の中、付き従ってくれている忠義者たちだ。

「各戦線の状況はどうなっている」

「はい」

 私の質問に将校が答える。

「中央戦線及び西部戦線は膠着状態(こうちゃくじょうたい)です。中央戦線のソーレ軍には『天雷の聖女』がいますが、ジブリール陛下(へいか)の御力でこれまで幾度となく撃退しています」

「了解した」

 二つの戦線は問題なし。憂慮(ゆうりょ)すべきは残り一つ、東部戦線だ。

「東部戦線から、報告は来ているか」

 将校は表情を険しくして述べる。

「東部戦線からは八日前の午前三時『ヨーラの森にてヤハトの拠点を発見、攻撃を開始する。四戒剣(しかいけん)と交戦する可能性有り』という報告を受けました。これ以降連絡が途絶えています。偵察部隊を二度送りましたが、どちらの部隊もヨーラの森付近で行方不明になっています」

「そうか」

 四戒剣(しかいけん)。三か月前突如として現れた、莫大な戦力(ちから)

 瞑目(めいもく)し、これまでの戦争の流れを思い返す。

 一年前、北に位置する人間の国ソーレが、私たち魔人の住む国シャムスに宣戦を布告した。

 魔人国はこれに応戦。両国の力は拮抗し、戦域は東西に伸びていった。

 膠着状態が九か月続き、和平の(きざ)しが見え始めた頃、状況が変わった。

 魔人国シャムスの東、海の向こうにある嵐の国ヤハト。

 この国は長らく鎖国体制を採っていたがこれを廃止。三か月前ソーレの同盟国としてこの戦争に介入したのだ。

 私が勲章(くんしょう)(たまわ)り、戦の指揮を執り始めたときのことだった。

 ヤハトが投入した兵力は二万。

 この数字自体はソーレの兵力三十五万、シャムスの兵力四十万と比べて小規模なものだった。

 しかし、この二万の兵の中に、四匹の怪物がいた。

 四戒剣。四人の剣士で構成された、嵐の国ヤハトの部隊。

 ヤハトの軍事介入から二月(ふたつき)、魔人国の兵二万が、たった四人の剣士に削り取られた。

 これを受け魔王ジブリールは大将アルバトロスを王都に招集、彼に守護龍シャマトと三万の兵を与え、四戒剣の討伐を命じた。

 アルバトロスが東に()った後、魔王ジブリールは中央戦線に(おもむ)き、私は父の抜けた穴を埋めるべく司令部を任された。

 そして今、アルバトロス率いる東部戦線からの報告が途絶えている。

 アルバトロス・ベルンシュタインと守護龍シャマト。

 『頂のアルバトロス』の異名を持つ最強の戦士と、建国当初より国を守護してきた伝説の龍。

 これほどの戦力を投入して敗北することがありえるのだろうか。たった四人の人間に……。

「……鳥を飛ばせ。戦況を中央戦線にいる魔王様にお伝えせよ。東部戦線についてはくれぐれも報告漏れがないように」

「かしこまりました」

「現時刻を以て王都の防衛体制を第二種警戒態勢から第一種警戒態勢に変更、東から来ている避難民の受け入れを停止する。領民には避難準備を指示、並行して避難民を含む全ての領民の中から戦闘に参加できるものを徴兵(ちょうへい)せよ。城壁の守備兵力は現状を維持、王都内の予備兵五千を城壁外東の平原に展開する。展開した軍の戦術は遅滞戦闘(ちたいせんとう)を主目的とせよ」

「……承知しました」

 こうするしか、ない。

 東部戦線からの報告が来ていない以上、最悪の状況を想定しなければならない。

 万が一大将アルバトロスと守護龍シャマトが敗北していた場合、状況は非常に厳しくなる。

 ……いますぐにでも敵が攻めてくる可能性が存在する。

「本日の第一軍議を終了する。異議を唱える者は――」

「急報です!」

 部屋の扉が開け放たれ、逼迫(ひっぱく)した表情で士官が飛び込んできた。即座に応答する。

「話せ!」

「城壁の見張りが東から飛来する影を視認! 外見から推定して守護龍シャマト様かと思われます!」

 ……!

「上空の防衛結界をシャマト様が入るときのみ解除せよ! ここにいる者の半数は私とともに東城壁へ! 残りは結界の管理を!」

「はっ!」

 会議室を出て東城壁へ向かう。

 一体何が起こっている。一刻も早く状況を把握せねば。


 城壁前の往来は騒然(そうぜん)としていた。

 上空から迫る正体不明の影を目にして、民たちは冷静さを失っているようだ。

「道を空けよ! アイリーン殿下のお通りである!」

 将校たちの声で民衆は落ち着きを取り戻し、城壁の前から離れていく。

 私は道の真ん中に立ち、上空の影を見据えた。

 影は徐々に輪郭(りんかく)を現し、それが守護龍シャマトであることを示す。

 だがその身体には、無数の斬り傷が刻まれていた。

 龍が、()ちる。

「退避ー!」

 私が声を発した直後、背後で肉を(つぶ)したような轟音(ごうおん)が鳴り響いた。

 振り返ると複数の家屋が倒壊し、先ほどまで白く彩られていた石畳(いしだたみ)は鮮血で塗りつぶされていた。

「シャマト様!」

 かき混ぜられた路面を乗り越え、シャマト様の元へ駆ける。

 その身体を見て、私は言葉を失った。

 おびただしい数の裂傷、両の目が潰されている。

 ……怯むな。これほどの傷を負いながらここに辿り着いた彼から、伝言を受け取らなければ。

「シャマト様! 聞こえますか! アイリーンです!」

「……アイ、リーン……」

「はい! アイリーンです! 一体御身(おんみ)に何があったのですか?」

 シャマト様は血の息を吐いて、私に恐るべき事実を告げた。

「魔王ニ伝エヨ……四戒剣……タダノ一人モ、()テズ。頂ノアルバトロス、戦死」

 

『戦史 人魔大戦の章 第一節』

 太陽歴九九八年一二月 宗教連合ソーレが魔人国シャムスへの侵略行為を開始。


 太陽暦九九九年九月  嵐の国ヤハトが鎖国を解きソーレと同盟を結ぶ。


 太陽暦九九九年一〇月 魔人の将ミシュエ、四戒剣の一振り『宿痾剣(しゅくあけん)』との一騎討ちで戦死。


 太陽暦九九九年一一月 頂のアルバトロス、守護龍シャマトを率いてヤハト軍を急襲。

 

 太陽暦九九九年一二月 頂のアルバトロス並びに守護龍シャマト、戦死。四戒剣率いるヤハト軍、天雷の聖女率いるソーレ軍、魔人国王都ベルーナに侵攻。

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