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太陽号令  作者: 川守いのる
第一巻
14/16

第十二章 白刃の輪舞、舌鋒の円舞

 アイリーンの勇姿(ゆうし)を見届けて、彼女の傍から離れる。

 白銀(はくぎん)(よろい)に身を包んだ乙女(おとめ)と向かい合った。

 俺と聖女以外誰もいなくなった空間を強い風がさらう。

 先ほどまでここにいた魔人とソーレ兵は遠く離れた場所にいた。

 俺と彼女の間に漂う鉄の匂いを感じ取ったようだ。

 広場の端から静かにこちらを見ている。

「『天雷の聖女』リュミエール 神敵(しんてき)討滅(とうめつ)する」

 正面から鈴のような声が聞こえた。

 陽光を浴びる聖女の姿を見る。

 ゆるぎない黄金(おうごん)の瞳。羽のように(なび)く金髪。額に(えが)かれた灰の太陽。

 心身ともに完成した戦士。その武力は四戒剣以上かもしれない。

 運命剣。執着剣。慚愧剣(ざんきけん)

 右手の朱い月に目を向ける。

 ――行こう。

「『宿痾剣』月影暁 ()して(まい)る」

『いと尊き雷鳥(らいちょう)よ、わが御手(みて)に留まり給え』

 天雷の聖女の槍が雷を(まと)う。

 向けられた殺気に呼応(こおう)して、うなじの毛が逆立(さかだ)った。

 ……わかっている。

 心を入れ替えても、魂に()()いた血の匂いまで消すことはできないと。

 けれど。

 それでも俺は生きていたい。

 今一度、刃紋(はもん)に己を映し出そう。

明鏡止水(めいきょうしすい)よ、月を映せ』

 祝詞(のりと)を唱えた。五感が()()まされていく。

 心臓の鼓動(こどう)は速く、より(はや)く。

 血は清水(しみず)のように冷たく。

 骨と筋肉は歓喜に打ち震えていた。

 無理やりに意識が昂揚(こうよう)し、破壊衝動が頭を(おか)してくる。

 大丈夫。戻ってこれる。

 アイリーンが俺に、生きることを教えてくれたから。

 ――。

 (つるぎ)を握り。

 大地を踏みしめ。

 (いかずち)を振るう戦士を、()()ぐに見た。

「ゆくぞ天雷。宿痾(しゅくあ)(やいば)(とら)えて見せよ」


 (まばたき)きより(はや)く両雄が激突した。

 互いに決死。

 死を覚悟して相手を(ほふ)ろうとしている。

 彼らが武器を打ち合う度、大気が悲鳴を上げた。

 火花が弾け衝撃の余波が土埃(つちぼこり)を吹き飛ばす。

 間合いにおいてはリュミエールが有利。

 彼女の槍はアカツキの刀より体一つ分長い。

 正面から戦えばアカツキの斬撃より速く聖女の槍撃(そうげき)が届く。

 しかし彼らが以前戦った時とは、戦域(せんいき)の状況が異なっていた。

 ここは畑に囲まれた土の道ではなく、石畳(いしだたみ)()()められた広場。

 『宿痾剣』の機動力(きどうりょく)如何(いかん)なく発揮される場所だった。

 莫大(ばくだい)な脚力が石畳を(めく)()げる。

 アカツキは広大な空間を驚異的な速度で()(まわ)り、リュミエールが構えた槍の反対側、彼女の背後に回ろうとした。

 聖女が振り返り対応する。槍を短く持ち両足の間隔を(せば)め、近距離戦に備えた。

 衝突。リュミエールの銀の籠手(こて)が砕け左腕に傷が付く。

 黄金の瞳が(わず)かに揺れる。

 白藍(しろあい)の瞳は動かない。

 武装(ぶそう)の取り回しにおいては刀の方が優れている。

 移動時には納刀(のうとう)。攻勢時に抜刀(ばっとう)

 襲撃。離脱。移動。

 一連の戦法でアカツキが攻め続ける。

 白刃が白銀を(きざ)み、リュミエールの鎧が削れていく。

 十四回目の衝突で聖女が仕掛(しか)けた。

 迎撃すると見せかけ力を抜き、槍の()で斬撃を受け流す。

 アカツキは途中で(だま)しに気づいたが、勢いを殺しきれず体の向きが傾いた。

 槍の適性範囲(てきせいはんい)ではない間合い。リュミエールは()えてそこにアカツキを誘いこんだ。

 聖女はアカツキの僅かな(すき)を見逃さず、刀を持つ右腕に槍の柄を叩きこむ。

 刀を取り落としかけた右手に追撃。

 鋭い蹴りを放ち、刀を(ちゅう)に撃ち上げた。

 刀が地に落ちるまで三秒。この(かん)武器を持つリュミエールが有利を取るかに思われた。

 しかしここで『宿痾剣』の四戒剣たる所以(ゆえん)が示される。

 振り抜いた自身の足を聖女が地に付けるより早く、アカツキが彼女の槍を掴んだ。

 天光(てんこう)ほとばしる、灼熱の槍を。

 肉の()ける音と共に白煙(はくえん)が上がる。されど彼は(ひる)まず、槍の穂先(ほさき)を大地に突き刺した。

 地に刺さった槍を中心にして、超至近距離の打撃戦(だげきせん)が始まる。

 聖女は右手で、アカツキは左手で槍の主導権(しゅどうけん)を奪い合う。

 空いた腕は相手の骨子(こっし)を砕くために使われた。

 アカツキの右肩に聖女の拳がめり込む、左胸に前蹴りが突き刺さる。

 リュミエールの左腕にアカツキの裏拳(うらけん)が入る、右足に回し蹴りが当たる。

 全く同時に頭突(ずつ)きが繰り出された。

 肉が(つぶ)れ骨が(きし)む異音。

 決して少なくない量の血が互いの額から流れ落ちる。

 白藍の瞳と黄金の瞳が交錯(こうさく)する。

 瞳が映す意志の色は、どうしようもないほどに同じ。

 自らの望みを叶えるために。

 立ち塞がる相手を粉砕(ふんさい)する。

 アカツキが歯を食いしばり全身に力を込めた。

 頭突きで均衡(きんこう)した状態からさらに前進。リュミエールの体を押し出す。

 天秤(てんびん)が傾く。体勢を崩した聖女の胸を、アカツキの肘打(ひじう)ちが捉える。

 リュミエールの腕が槍から引き離された。

 弾かれた彼女はその勢いのまま移動し、落下したアカツキの刀を拾い上げる。

 リュミエールが刀を構えた瞬間、アカツキの槍撃(そうげき)が彼女に炸裂(さくれつ)した。

 速度は聖女の槍に及ばない。されど破壊力は(にな)()以上。

 槍を迎え撃った聖女の体が衝撃を殺しきれず後退する。

 互いの間合いが逆転した。

 限界を越えた駆動(くどう)赤熱(せきねつ)する頭を回して、リュミエールは戦法を機動力重視に、アカツキは戦法を破壊力重視に切り替える。

 聖女は舞うように槍をいなし、すれ違い(ざま)にアカツキの心臓と足を狙う。

 刀の間合いを熟知(じゅくち)しているアカツキは損傷を最小限に(とど)め回避の手間を省略し、浮かせた(とき)で攻撃を当てた。

 得物(えもの)を取り替えてもなお、両者の戦いの激しさは留まることを知らない。

 骨が砕け、血液が飛散(ひさん)する音が断続的に響く。

 それは天災(てんさい)見紛(みまご)うほどの力の暴走。

 二人の英雄が、命を削って奏でる輪舞(ロンド)

 広場にいる他の誰も、近づくことさえできない。


「くっ……」

 アイリーンを探して広場の中心近くまで来たが、これ以上進めない。

 マグノリア広場の中心部は吹き荒れる砂塵(さじん)()まれていた。

 砂煙(すなけむり)の向こうから地響きのような戦闘音が聞こえてくる。

 宿痾剣と天雷の聖女の戦いによるものだ。

 なんという暴力。これが英雄の戦いか。

 このような爆音が響き渡っていては討論(とうろん)などできない。

 戦闘が決着するまで待機(たいき)するしかない。

 砂嵐(すなあらし)を見据えて、俺のやるべきことを思い返す。

 この嵐が(おさ)まり次第(しだい)、太陽魔王アイリーンを糾弾(きゅうだん)する。

 民を扇動(せんどう)し困難な道へ進ませようとする彼女の意志を、現実的な視点からの批判で()(くず)す。

 お前が示す道の先には破滅しかないと。お前の勝手な願いに民を巻き込むなと非難(ひなん)する。

 そうして彼女を言い負かし、再度公開処刑を行う。

 それで終わりだ。

 天雷の聖女と宿痾剣、どちらが勝つにせよ最後は民意(みんい)がこの国の未来を決める。

 天雷の聖女が勝てば良し。

 魔人たちが聖女に抱く恐れを利用し、この場の民を心変わりさせる。

 宿痾剣が勝っても関係ない。

 手傷(てきず)を負った宿痾剣ならカバラの騎士たちで十分押し潰せる。

 アイリーンが『太陽号令』を発令してから起きた一連の騒動の本質は、戦力の多寡(たか)ではなく人民の意思だ。

 俺が太陽魔王を論破(ろんぱ)すれば民の心は彼女の処刑に傾く。

 周囲を見回しアイリーンの姿を探す。

 この状況だ。戦闘能力を持たないアイリーンはどこかに避難しているはず。

 人の身ならざる者たちの争いが終わったら、間髪(かんぱつ)()れず彼女を追及(ついきゅう)する。

 ……いない。

 広場の外縁部にも、断頭台の近くにも。

 ――まさか。

 まさか!

 旋風(せんぷう)の方へ目を向ける。砂塵の隙間から一瞬、赤い背中が見えた。

 いる。

 アイリーンが立っている。致死(ちし)の攻防()(すさ)ぶ、すべてを巻き込む嵐の中に。

「――いったいどこまで! 貴方(あなた)は……っ!」

 そこにいたところで何の意味もないのに。

 巻き込まれて無意味に死ぬかもしれないのに。

 己の眷属(けんぞく)の勝利を信じて、雄々(おお)しく王が立っていた。


 痛い。苦しい。吐き気が込み上げる。

 吐いたら駄目(だめ)だ。致命的な隙になる。

 息から鉄の味がした。(はい)がいかれ始めている。

 飛びそうになる意識を手繰(たぐ)()せて目の前の相手、天雷の聖女の表情(かお)を見る。

 端正(たんせい)白磁(はくじ)の顔に脂汗が浮かんでいた。

 歯軋(はぎし)りして刀を振っている。

 (つら)いのは自分だけじゃない。相手も俺と同じ人だ。

 彼女の目がこちらを(うかが)ってくる。

 これだけ傷つけ合ったのに、その眼には怒りも憎しみも無かった。

 強固な決意だけが映し出されている。

 彼女の瞳の中の俺も、同じ眼をしていた。

 聖女が俺の攻撃を紙一重(かみひとえ)()け、そのまま槍の柄を両手で掴んだ。

 聖女の手から離れて力を失っていた槍が、再び閃光を帯び始める。

 危機。

 怖気(おぞけ)を感じ槍を手放し、すれ違い様に刀を(かす)()る。

 槍から閃光が飛び散り辺りを灼いた。

 逃げ損ねた左足首が燃える。走りながら地面に(こす)()け消火する。

「はあっ……はっ……」

「ふうっ……ふっ……」

 間合いが()いた。


 嵐が止み両者の間に距離が()く。

 互いに自分の武器を取り戻し、戦闘の開始時と同じ位置に立っている。

 しかし体力の状況は大きく異なる。

 都合(つごう)七十九の攻防で、二人の肉体は悲鳴を上げていた。

(相当な傷を負いました。左腕はもう当てにできません。右足の間接に打撃を食らったため機動力も低下。額の傷は軽微(けいび)。胸の損傷は危険域。右掌(みぎて)の指は二本折れましたか。恐らく格闘した時。傷はあちらの方が多いはずですが、勝負は依然(いぜん)互角(ごかく)。致命的な傷を躊躇(ちゅうちょ)なく受け入れ、その代わりこちらにも痛手(いたで)を与えてくる。過剰(かじょう)な生命力に頼った、防御度外視(どがいし)の特攻戦術――人間の戦法ではない。あちらの生命力が常識を越えていて、どの程度攻撃を当てれば倒れるのか不明な以上、長期戦は望ましくない)

左掌(ひだりて)火傷(やけど)矢傷(やきず)二。右前腕(ぜんわん)擦過傷(さっかしょう)。右上腕(じょうわん)打撲(だぼく)。左胸部(きょうぶ)肋骨(ろっこつ)挫傷(ざしょう)。右胸心臓付近刺創(しそう)背面(はいめん)及び左大腿部(だいたいぶ)裂傷(れっしょう)。出血甚大(じんだい)。戦闘継続――()!)

 ほんの一瞬、彼らの間に静寂(せいじゃく)(おとず)れた。秒数にして一秒。

 その僅かな時間で、両者は全く同じ結論に辿り着く。

 ()まるところこの戦いは単純な消耗戦(しょうもうせん)

 どちらの体力が先に()きるかの我慢(がまん)(くら)べ。

 拮抗(きっこう)した天秤(てんびん)がどちらに傾くかは運否天賦(うんぷてんぷ)(ゆだ)ねられる。

 これまで自ら血路(けつろ)を切り開いてきた彼らが、そのような不確定要素を許す(はず)もなく。

 自身の武力に絶対の自負(じふ)を持つ両者は。

 最大威力の奥義(おうぎ)による、短期決戦を選択した。

 

 実力は拮抗している。このまま続けても無駄に消耗するだけ。

 俺は聖女を倒した後、アイリーンを連れてカバラを脱出しなければならない。

 相討(あいう)ち狙いは悪手(あくしゅ)

 あれをやるしかない。

 すべてを裁断(さいだん)する、必殺の奥義。

 それが当たれば俺の勝ちだ。あれは誰にも防御できない。

 だから俺の考えるべきことは一つ。

 どうやって聖女の槍を()(くぐ)り、(やいば)の届く間合いまで入り込むか。

 構えは正眼(せいがん)。刀の切先(きっさき)を彼女に向け、じりじりと近づいていく。

 距離を詰めていることを(さと)られないように、少しずつ。

「月影暁。貴方では、私に勝てない」

 半歩(はんぽ)近づいた時、リュミエールが俺に槍を向けて言った。

 ――慈悲(じひ)(ぶか)いな。

 ここまで来てもまだ、俺に逃げ道を用意してくれている。

「君は優しいな。リュミエール・ソレール」

 金の瞳が僅かに細められる。すぐに元の(けわ)しい眼差(まなざ)しに戻った。

 そう。俺はもう決めたから。

 自分の意志で決めたから。

 もう、逃げない。

「――俺は貴方を倒す。アイリーンのためじゃない。自分を見つけるために」

「――」

 少しの間、静かになった。

 黄金の瞳がゆっくりと閉じて。

 雷鳴と共に開かれる。

 晴天から舞い降りた霹靂(へきれき)が、天雷の聖女に直撃(ちょくげき)した。

 槍を(おお)う閃光が膨張(ぼうちょう)し、彼女の体を包み込んでいく。

 白銀の鎧が赤熱(せきねつ)金色(こんじき)の髪が発火(はっか)(ひたい)紋章(もんしょう)一際(ひときわ)強く輝く。

 陽炎(かげろう)(ともな)って一言(ひとこと)、リュミエールが俺に告げた。

「――()けなさい」

 来る!

神託(しんたく) アルギィス!!』

 反射的に胸を守った瞬間、左脇腹(わきばら)が爆発した。

「ぎアっ――」

 正面にいない。背後(はいご)!?

 振り向くと同時、眼前に槍の穂先があった。

 軋む間接を必死に(ねじ)る。左のこめかみが燃えた。

 飛んでいる。

 とんでもない速度で天雷の聖女が動いている。

 (はや)すぎて目で追えない。

 伝わってくる熱と殺気でかろうじて方向がわかるだけ。

 全力で右に()ぶ。聖女の蹴りが背中に突き刺さった。

 ――反撃できない! 防御が間に合わない!

 蹴り飛ばされている間の刹那(せつな)、彼女の姿を見る。

 (かみなり)の鳥。

 浮遊(ふゆう)している。足が地に着いていない。

 天雷の聖女がやっていることは単純。

 こちらに向かって槍で突貫(とっかん)する。そのまま通り抜けて俺の背後で停止。向き直って俺に再度突撃(とつげき)

 ただそれだけなのに、相手が(はや)すぎて何もさせてもらえない。

「ああっ……!」

 体を(ちぢ)めて()えることしかできない。

 どうやって飛んでいるんだ? 違うそんなこと考えてる場合じゃない!

 どうやって――。

 どうやって攻撃を当てればいい!?

 徐々(じょじょ)に体が削られていく。頭がぼうっとしてきた。

 槍に弾かれて体勢が崩れる。刀を握る力が弱まり防御が遅れていく。

 ……あつい。とても。

 火で(あぶ)られる魚はこんな気持ちかと、間の抜けた感想が浮かんだ。

 駄目だ。もう。

「――あ」

 防御の遅延(ちえん)が致命的な隙に達した。

 左膝(ひだりひざ)が地に着く。いつの間にか体中(からだぢゅう)傷だらけだった。

 左から灼熱(しゃくねつ)気配(けはい)がする。

 雷の鳥が、俺の心臓を(つらぬ)かんと(せま)ってきていた。

 防御はもう手遅れ。

 死。

 あと数舜(すうしゅん)で俺の命が()()くされる。

 ――アイリーン。

 最期(さいご)一目(ひとめ)、彼女の顔を見たいと思って。

 なんとなく右を見た。

 そこに彼女がいるかどうか、わからなかったけど。

 居たらいいなと思って、()(ひかり)が差す方を見た。

「アカツキ」

 太陽の瞳が俺を見ていた。

「勝て」

 希望に()(あふ)れた、微笑(ほほえ)みを浮かべて。

「う」

 太陽に導かれて――。

 (いかずち)の中に飛び込んだ。

「おおおおおお!!」

 体がぼろぼろでも関係ない! この一合(いちごう)に全て(そそ)ぐ!

 相手がどんなに速くても関係ない!

 天雷(まと)う槍の切先(きっさき)を――。

 受けて、止める!!

 本能だけで支えた刀の(つか)に、光が直撃した。

 刃先(はさき)を握った右掌(みぎて)から血が流れ、柄の端を持った左掌(ひだりて)が燃え上がる。

「――!」

 聖女の瞳が一瞬揺れた。しかし槍の(いきお)いは(ゆる)まない。

 刀の柄がひび割れ、押し込まれる(かかと)が石畳を(めく)っていく。

 止める! 必ず止める!

 ――止まれ!!

 (つるぎ)が砕けた。

 柄は燃え尽き、刃が宙に浮く。

 背中から二つ。(あたた)かい体温が伝わってくる。

 アイリーンが、両掌(りょうて)で俺の背を受け止めていた。

 槍は、止まっている。

 聖女の黄金の瞳が大きく見開かれた。

「馬鹿な――っ!」

 背中から伝わる火種(ひだね)を魂に(つな)ぐ。燃え尽きた体に何よりも熱い血潮(ちしお)(めぐ)った。

 宙を舞う刃を両手で掴んで。

 ――()(はな)つ!

抜刀(ばっとう) 鏡花水月(きょうかすいげつ)!!』

 右から左へ渾身(こんしん)の力を込めて刀を振る。

 刹那(せつな)。影の太刀(たち)と光の槍が衝突した。

 聖女が驚くべき反射速度で、刃と体の間に槍を()()んだ。

 黒鉄(くろがね)白銀(しろがね)がせめぎ合い、闇と光が互いを()らう。

「「「ああああああ!」」」

「く、だ、けろおおおお!」

 一筋(ひとすじ)。光に黒くひびが入る。

「「おおおおおお!」」

「――ッッ!」

 俺は道具じゃない! 俺は人だ!

 それを証明する!

「これが俺の! 俺たちの意志だあああ!!」

 (はがね)(やいば)を振り抜いた。

 砕けた槍と共に聖女が吹き飛び広場の外、煉瓦(れんが)の壁に叩きつけられる。

 壁が崩れていき、やがて聖女の姿が見えなくなった。

 静まり返った広場、太陽が照らす場所に、俺とアイリーンが立っている。

 ――勝った。

「……勝ったよ。アイリーン」

「ああ。頑張ったな、アカツキ」


 アカツキが天雷の聖女に勝った。

「天雷が(やぶ)れた! 退却(たいきゃく)! 退却だ!」

 旗を放棄(ほうき)したソーレ兵が聖女を抱えて走り去る。他のソーレ兵も彼に続いて撤退(てったい)していった。

 私とアカツキ、そしてシャムスの魔人たちがこの場に残った。

「うぐっ……」

「アカツキ! 大丈夫か!?」

 よろめいたアカツキの体を支える。ところどころ傷だらけだ。彼はもう戦えない。

「アイリーン……ごめん。もう、戦う力が残ってない」

 (くる)()な顔をしてアカツキがうなだれる。

「大丈夫だアカツキ。よくぞここまで戦ってくれた……後のことは私に任せろ」

 白藍の瞳を見て彼に語りかける。傷に(さわ)らないよう注意して、彼を座らせた。

 かつかつと。

 背後から足音が近づいてくる。振り返るまでもなく、そこに誰がいるかわかった。

 ――来たか。

 最後の()めだ。アカツキは私の声に応えてくれた。次は私が前に立つ。

 (きびす)を返し。

 天空(そら)を仰いで。

 瑠璃(るり)(いろ)の瞳を、()()ぐに見る。

 短剣の先端を私に向けて、シモン・ハスターが立っていた。

「かかって来いシモン・ハスター。太陽の意志、砕けるものなら砕いて見せよ」


「とんでもないことをしてくれたな。天雷の聖女を退(しりぞ)けても()(いし)に水。停戦契約は白紙になった。どう責任を取るつもりだ」

「責任か。それは私個人ではなく国民一人一人が取るものだ。シャムスは今や国民が主導(しゅどう)する国となった」

戯言(ざれごと)を……貴様が民を(そそのか)したせいだろう。貴様の宣言は敗北者が(くる)(まぎ)れに吐いた詭弁(きべん)だ。子供の駄々(だだ)のような理屈をソーレが受け入れると思っているのか」

「受け入れないだろうな。だがそもそもソーレの了承(りょうしょう)など必要ない。シャムスのことはシャムスの民が決める。必要なのは他国の承認(しょうにん)ではなく、自国民の納得だ」

「その結果多くの民が死ぬとしてもか!? 知識と理念を以て国民をより良い方に導くことが首長の責務(つとめ)だ! 貴様はそれを放棄している!」

「シモン。いつかした問いを今一度()こう。そなたの理念は何だ」

「国民の安全を保障し幸福な人生を提供すること! 訊かれるまでもない!」

「そうだな。そなたはそういう男だ。初めて会ったときから変わらず」

 だからこそ。私たちはここで道を(たが)えなければならない。

「いつか言えなかった答えを今返そう。私の理念は、国民すべてが己の人生を肯定(こうてい)できる国を(つく)ることだ。その理念を貫くためなら、彼らを荒野に導くことも(いと)わない」

「――ッ!! (おろ)(もの)が! 貴様の言葉を聞いた民の数はたかだか一万! 国民の総数に到底(とうてい)及ばない! 何も知らぬ民をも巻き込み死に満ちた荒野へ扇動する! 貴様の所業(しょぎょう)は暴君の愚行(ぐこう)に他ならない! 今熱に浮かされている者たちもいずれ必ず気づく! 貴様が(いのち)()しさに民を(みち)()れにしたことを! 血の尊さで()()()すな!」

 ……そうだな。そなたの言う通りかもしれない。

「シモン。そなたは正しい。そなたはずっと、やるべきことをやってきた。だが……見てみろ。(まわ)りの者たちの眼を」

「……この議論と民の眼に何の関係が――」

「見るのだ。執政官シモン・ハスター」

 ゆっくりと首を動かして、シモンが周囲にいる魔人たちの眼を見る。

 傷ついた者。地に倒れている者。

 (みな)真っすぐに、私たちを見ていた。

 太陽の光が、彼らの眼に(とも)った希望を照らしていた。

「……う、あ」

 民の眼を見て、呆然(ぼうぜん)とシモンが(つぶや)く。

「……まちがっている。こんなことは、間違っている」

「そなたの言う通りだシモン・ハスター。私たちは間違っている。しかし、間違わなければ納得できないのだ。ここで間違わなければ、自分の人生を誇ることができなくなってしまう。ゆえに私たちはこの道を歩き続ける。遠き旅路(たびじ)()て、自らが生まれ落ちた理由をこの手に(かか)げるために」

「…………」

 シモンの持つ短剣が(ふる)えている。

「たとえ十分な食事を与えられようと」

 瑠璃色の瞳を、今度は真っすぐ見て。

「たとえ安全な寝床(ねどこ)を与えられようと」

 ()(はな)つ。

(かご)の中では鳥は飛べないのだから」


 するりと、シモンの手から短剣が落ちた。

 静かな広場に金属音が響く。

 短剣は石畳の上を滑り、私の足元に転がってきた。

 シモンは顔を()せ沈黙している。

 彼が今何を考えているのかは、わからない。

 互いに(ゆず)れない本音(ほんね)()()けた。

 これ以上語る言葉を、私は持ち合わせていない。

 だから、ひたすら彼の返事を待つ。

殿下(でんか)……私は、貴方(あなた)のようには生きられません」

 シモンがゆっくりと歩き、私の前に(ひざま)いた。

「どうか、罪深きこの身に天罰(てんばつ)を」

 ――罰することなど、するものか。

()い。(ゆる)す。私の敵であることを赦そう。そなたには、私にできないことをしてほしい」

 シモンの肩に手を置いて、願いを(たく)す。

「ソーレの追及(ついきゅう)(ふせ)ぐため私は身を隠す。民を、頼んだぞ。執政官シモン・ハスター」

 シモンが顔を上げ、瑠璃色の瞳が見えた。

「はい……!」

 今まで一度も涙を見せなかった男の(ほお)に、一筋(しずく)(つた)っていた。


「アカツキ、立てるか?」

「うん、歩くだけなら大丈夫」

『太陽号令』を宣言してからの一連の騒動(そうどう)が、ひとまずの決着を迎えた。

 アカツキに肩を貸し、二人でマグノリア広場を去る。

 石畳を踏みしめて広場の出口へ。

 その短い(みち)()きで、様々な王とすれちがった。

 背筋(せすじ)を伸ばして立つ友。大きく手を振る犬人の青年。こちらを激励(げきれい)する猫人の娘。静かに敬礼(けいれい)する鳥人の男。

 ――ありがとう。

 私の声を聞いてくれて。

 出口まで来た。振り返って、愛しき人たちに別れを告げる。

()らば。誇り高き者たちよ」


 太陽魔王と宿痾剣が、マグノリア広場から立ち去っていく。

 その(うし)姿(すがた)を見送る魔人すべてが、二人の旅路(たびじ)が光に(あふ)れたものになることを願っていた。

「さっきのは因果(いんが)相殺(そうさい)か。凄まじいな」

 広場の外側、断頭台の残骸(ざんがい)が突き刺さった壁の上に、商人クロムが立っている。

 異質な雰囲気(ふんいき)を放つ黒い箱の隣で、彼は一部始終(いちぶしじゅう)を見守っていた。

 かたかたと、黒曜石(こくようせき)の箱が震える。

(たかぶ)っているのかい? ……どうやら、心を動かされたようだね」

 黒曜石の(ひつぎ)は揺れ続けている。その中身に言葉が届いているかどうかは、誰にもわからない。

 沈黙を貫く彼女に、薄く笑ってクロムが言った。

「君の願いも、(かな)うといいね」


 太陽暦一〇〇〇年一月一日『魔王』がこの世を去った。

 『太陽魔王』アイリーン・ベルンシュタインが国民と交わした契約(けいやく)は『太陽号令』と呼ばれ、それがもたらした情熱は世界に燃え広がっていく。

 生まれ変わった国の名は『魔人国オセアナ』。

 今ここに、新しい時代が(まく)()けた。

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