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太陽号令  作者: 川守いのる
第一巻
13/16

第十一章 太陽号令

「……っぁああああああっ!」

 大地を揺らす雄叫(おたけ)びが広場を席巻(せっけん)する。

 苦悶(くもん)を嚙み砕き命を絞り尽くして鼓膜を打つその声は、先ほどまで死に(てい)であった王女の喉から(とどろ)いていた。

「っ……ぐぅっ! おおおおおおっ!」

 首を(いまし)める固定台が(きし)みを上げる。

 両手を縛る鉄の鎖がひび割れていく。

 そうして。

 戒めは破られた。

 (かし)の木片がばらばらと落ち。

 砕けた鎖が光を浴びて(きら)めいていた。

 暗雲はかき消され、陽光が彼女を照らす。

 戒めを破り、その眼に太陽の輝きを取り戻して。

 新たなる『魔王』が立ち上がった。


 乱入者とカバラの騎士。

 彼らの戦闘から逃れていたシャムスの民たちの頭上に、天を()く絶叫が轟いた。

 思わず振り返り声の出所(でどころ)(はる)彼方(かなた)広場の中心に目を向ける。

 そして彼らは見た。

 (たわ)んでいく古木(こぼく)首輪(くびわ)

 引き千切(ちぎ)られる鋼の鎖。

 王女アイリーンが自力で拘束(こうそく)を破り、立ち上がる姿を。

 ――。

 鮮烈(せんれつ)な光景だった。覚悟が伝わってくる絶叫だった。

 だが……それだけだ。

 それで何が変わる?

 『金剛魔王』の代わりが貴方(あなた)(つと)まるのか?

 (せま)りくる敵を打ち払い、シャムスを守ることができるのか?

 無理だ、できない。そんなことは誰にも。

 アイリーン・ベルンシュタイン。貴方に何ができるというのだ。

 今の貴方にできることなど、平和の(いしずえ)として命を(ささ)げることだけではないのか。

 …………。

 なのに。

 なぜ貴方はそれほどまでに堂々(どうどう)と、我らの前に立っている。

 叫びの衝撃から返ってきた魔人の騎士たちが、再度人間に襲いかかろうとしたその時。

(いと)しき()眷属(けんぞく)たちよ』

 『魔王』の声が、世界を(しず)めた。

 その呼び声に。

 宿痾剣は耳を傾けていた。

 天雷の聖女が()を見開く。

 赤獅子は炎の(かお)りをかぎ取り。

 商人は息を飲んだ。

 執政官の肌が粟立(あわだ)つ。

 ほんのひとときの間、この場にいる者すべてが彼女に心を奪われる。

 ――始まる。


『遠からん者は音に聞け! 近くばその眼に焼き付けよ!

 王女アイリーン!

 この時をもって父ジブリールから『魔王』の称号を襲名(しゅうめい)する!

 我が名は『太陽魔王』アイリーン・ベルンシュタイン!!

 燃え盛る意志を(いだ)き、戒めを破る先導者(せんどうしゃ)である!』


『今我らは試練の時を迎えている!

 戦況は必死! 情勢は至難!

 運命(さだめ)を呪い、自らの()を閉じるのも無理からぬことだ!

 しかし、私は諦めない!

 天空に燦然(さんぜん)と輝く太陽が!

 私の答えを待っているからだ!』


『あまりにも多くの犠牲(ぎせい)を払った!

 あまりにも多くの尊厳(そんげん)を失った!

 慚愧(ざんき)()えない思いだ!

 されど、私たちは、まだ此処(ここ)()る!

 本来そなたという一個の命を縛るものなど、何一つないのだ!

 苦しみを越え己の内に光を見出(みいだ)すことこそ、人の本分(ほんぶん)

 自由に己の心のまま生きることこそが、人の原理である!

 その魂の()(よう)(ゆが)める権利などこの世の誰も持ち合わせていない!

 たとえ『魔王』であろうともだ!』


『そもそも! 『魔王』という(かせ)は未熟な我らの魂を(りっ)するため、千年前に求められた機構(きこう)

 私がそなたたちを支配するための物ではない!

 私が所有する権利はあくまで、尊き太陽に預けられたものである!

 ゆえに私はその(かんむり)に対して、いささかの執着も持ち合わせていない!

 千年、千年だ!

 我らは千年という長い年月をかけて、道徳(どうとく)という自由の負の側面を制御するための信仰を(はぐく)んできた!

 保証(ほしょう)しよう! 我らの魂の形は千年前とはまるで違う!

 我らの魂は昇華(しょうか)している!!

 自由の意味を()(ちが)え、意図せず他者を傷つけることなど起こりえない!

 今こそ『魔王』という()(かご)から旅立ち、太陽に手を伸ばすとき!

 私はそなたたちに選択肢を与える!

 隷属(れいぞく)して死んだように生きるか!

 自由を抱いて生きた末に死ぬか!

 私がこれから述べる宣言は決して(くつがえ)されない!

 これまで述べた大言壮語(たいげんそうご)欺瞞(ぎまん)ではないと言動で示そう!』


『『太陽魔王』アイリーン・ベルンシュタインが天に()す太陽に(ちか)う!

 始祖(しそ)アルバートの時代より受け継がれてきた(はい)(かんむり)を!

 我らの父たる太陽にお返しする!

 千年間魔王の血族のみに(そそ)がれてきた太陽の加護は!

 この国の民すべてを(あまね)く照らすだろう!

 そなたたちを縛るものはもう何一つない!

 そなたたちは自由である!!』


 静謐(せいひつ)

 やがて嘆息(たんそく)が降りる。

 感動を(はら)んだ息は歓声に転じ。

 無数の王たちが産声(うぶごえ)を上げる。

 魂を焼き焦がす熱が広がる。

 激情が(うず)を巻く。

 『太陽魔王』に叫び声が求めた。

 あの言葉を(つか)えと。

 我らの門出に相応(ふさわ)しき、()御方(おかた)福音(ふくいん)を。


『今ここに『太陽号令』を宣言する!!!

 我らは皆頭上に太陽の冠を(いただ)く、誇り高き王である!!

 同胞(どうほう)たちよ!! 新しい時代を始めるぞ!!』


 処刑が行われるはずだったマグノリア広場で、シャムスの民たちの喝采(かっさい)が巻き起こっている。

 その広場の外縁(がいえん)で執政官シモン・ハスターは()()くしていた。

 ――何が、起こった。

 意味がわからない。

 いや意味はわかる。だが規模が大きすぎて理解が追い付かない。

 落ち着け。わかれ。早く。わからねば。

 順序(じゅんじょ)立てて一つずつ飲み込め。

 『金剛魔王』の(あと)を継いで、アイリーンが魔王になった。

 魔王の冠の放棄(ほうき)を太陽に誓い、アイリーンは魔王でなくなった。

 『魔王』という役職そのものが、この国から取り除かれた。

 契約(けいやく)(もと)づき、これまで魔王が持っていた権限が国民すべてに分け与えられる。

 王に集中していた権力が分散し、小規模ながら全ての民がそれを行使できるようになる。

 職業選択の自由。婚姻(こんいん)の自由。農作物を栽培する自由。動物を育てる自由。

 政治に参加する自由。言論(げんろん)を発表する自由。思想を広める自由。決闘の自由。

 今まで魔王の許可を得なければできなかったことすべてが、国民の意思ですぐに実行できるようになった。

 『太陽号令』が宣言され、一連の手続きに名前が付く。

 国民との契約に名前が付き、それを魔王自らが発表している。

 つまりこれは公式の声明だ。

 魔王が天に座す太陽に誓うと言った以上、口約束(くちやくそく)でもそれが(せい)となる。

 それがこの国の信仰。

 太陽と契約を重んじる、魔人の国シャムス。

 君主が主導(しゅどう)する国から国民が主導する国へ。

 死に際に放たれた演説(えんぜつ)一本で、この国の未来が激変した。

「馬鹿な……ありえん……この状況であのような演説……まさか、以前から考えていたのか……? ありえない……」

 千年間、魔王の血族はシャムスを統治し続けた。

 魔王の血は国民のよりどころである反面、権力者への反抗を許さない呪いでもあった。

 その呪いが今、断ち切られた。

 他ならぬ魔王自身の言葉によって。

「こうなりゃヤケだぁ!」

 犬人が()えている。

「もう己を偽らぬ!」

 鳥人が()ばたいている。

「いいよ! やってやる!」

 猫人が()けている。

「ここは、俺たちの国だ!」

 角人が(たけ)っている。

 広場にいる魔人すべてが、己の自由意志に従いソーレ兵に挑んでいた。

 カバラの騎士すら鎧を脱ぎ捨て一般人と共に戦っている。

 この場にいた一万の魔人は、死なないように生きることより、生きるため死に(のぞ)むことを優先した。

 要するに。

 丁寧に()みの状態まで持っていった盤面が。

 土台からぶち壊された。

「ふざけるなッ……!」

 土壇場(どたんば)でアイリーンが魔王を襲名(しゅうめい)する可能性は予期していた。

 魔王の威光(いこう)を用いて処刑を中止し、反対勢力をカバラから追い出そうとすると。

 だから俺は国民に戦況が極めて悪いことを伝え、自分たちが生き残るためには王女を差し出すしかないと説明した。

 ただ魔王であるというだけでは、この状況を打破することは不可能だった。

 想定外はそれ以降。

 まさか自分が処刑される前に『魔王』という概念(がいねん)そのものを抹消(まっしょう)するとは。その権限をすべての国民に移譲(いじょう)するとは。

 魔王の権限を借りて行使(こうし)されていた執政官の命令は力を失う。

 魔人国シャムスの指揮系統は白紙(はくし)になった。

 ソーレが宣戦布告時に述べた声明も大義(たいぎ)を失う。魔王は去りシャムスの民は解放された。

 宗教連合ソーレとの停戦契約も白紙だ。

 強引に()()すか?

 いや不可能だ。

 この熱狂は緘口令(かんこうれい)など容易(たやす)く突き破る。

「……ふざけるなッ! ふざけるなッ!!」

 考えれば考えるほど理解不能。

 なぜ王族として育てられてきた十七の娘から、このような発想が生まれ落ちる!?

 貴様は王になるために生きてきたはずだ!

 貴様は王になるために努力を重ねてきたはずだ!

 そうして勝ち得た玉座(ぎょくざ)を、なぜ手放すことができる!?

 理解できん! 全く、理解でき――

(叔父上、彼に機会を与えてやってはくれないか。確かに叔父上の言う通り、彼には何の力もない。しかし私は彼の瞳の中に、未来を求める輝きを見たのだ)

 ――!

 在りし日の面影(おもかげ)が、胸中に浮かんだ。

「…………ッ!」

「おーおー。とんでもないことになってるね。あの小娘、土壇場で大化(おおば)けしやがった」

 ぐらつく頭に聞きなれた声が入る。

 赤獅子ベルベット。天雷の聖女との交渉を任せていた彼女が戻ってきた。

「アイリーンの首を取れるか」

「……少し落ち着きな。無茶だよ、誰も納得しない。あんたの計画はご破算(はさん)だ。あの子はもう魔王じゃないんだから」

「それは屁理屈(へりくつ)というのだ! ソーレがアイリーンの抹殺(まっさつ)を望んでいることに変わりはない! 彼女を(とら)えなければソーレとの停戦は()されない!」

 ベルベットはこちらの言葉に応じる前に、木箱から一枚の紙を取り出した。

 それを俺の前に開いて見せてくる。

『王位継承権第一位アイリーン・ベルンシュタインの身柄の引き渡し、及び処刑への協力を以て、宗教連合ソーレは魔人国との停戦協定を結ぶ』

 宗教連合ソーレとの契約書。

『宗教連合ソーレ 聖堂騎士団団長 天雷の聖女 リュミエール・ソレール』

 俺が書いた署名(しょめい)の横に、天雷の聖女の名が刻まれていた。

「ついさっき調印(ちょういん)してもらったところだ。しつこくサインをねだった甲斐(かい)があったよ。……あんたの用心深さと意地の悪さが(こう)(そう)したね」

「……その契約書を絶対に、誰にも奪われるな。再発行は不可能。腕を落とされようと汚れ一つ付けるな。今やその紙きれ一枚が我等の生命線だ」

「了解」

 ベルベットが契約書を木箱に入れた。

 拳でこめかみを押さえ、知識と直感を総動員して考える。

 『魔王』の廃止。(ぜろ)になった指揮系統。国民主体の国家。ソーレの大義名分。天雷の聖女と結んだ停戦契約。シャムスとソーレの歴史・文化・国民性。ソーレの首長(しゅちょう)である太陽主教の性格。嵐の国ヤハトの情報。四戒剣の動向。

 ……ぎりぎり、か。非常に低い可能性ではあるが、交渉のやり方によっては一時的に戦争を止めることができる……かもしれない。

 しかし本当に(けわ)しい道筋だ。ソーレが契約を反故(ほご)にし問答無用で侵略してくればこちらに打つ手はない。

 交渉の成否(せいひ)はソーレとヤハトの関係性にも左右される。ヤハトがまだ余力を残していて強引に戦争を継続した場合、ソーレがどう動くか全く予想できない。

 やはり、(きび)しい。当初予定していたアイリーンを処刑する方針が最も安全だ。

 ――どうする?

 この混沌(こんとん)とした状況下で俺がやるべきことは何だ?

 誇りを守る苦難の道か、生命(いのち)を守る盤石な道か。

 俺はどちらを選べばいい?

「……どうする」

「というかさ。もういいんじゃないか?」

 迷い悩む俺にベルベットが話しかけてきた。

「……もう、いいとは?」

「王女サマが作った流れに乗っちまおうって話だよ。あんたがのらりくらりソーレと交渉して、あたしがヤハトを追っ払う。それ以外はやる気になった国民に頑張ってもらう。お先真っ暗な道だが、その方がみんなすっきりするだろ。……あんたもね」

「……」

 それは。

 それは単なる感情論だ。

「なあ、もういいだろシモン。肩の()を下ろして自分のやりたいように生きてみろよ。あたしも手伝うからさ。本当は今すぐにでもあの子の所に駆けて、一緒に戦いたいんだろう?」

 それを、認めるわけにはいかなかった。

 今更それを認めることだけは絶対に許されない。

 彼女の命を切り捨てた俺が、恥知らずにも彼女と共にあろうなどと。

 おれは。

 俺は、執政官だ!

 俺は決めた。決めたのだ!

 これ以上民の命を、国を失わないためにアイリーン・ベルンシュタインの命を終わらせると、俺は考え抜いて決めた!

 決意して裏切ったのだ! 間違っていても、汚辱(おじょく)(まみ)れていても、やるべきことをやった!

 劣勢になったぐらいで揺れるな、半端者(はんぱもの)

 (うつわ)の差など元より承知! 断罪(だんざい)も覚悟の上!

 一度裏切ったのなら。

 最期まで裏切り通せ!

「――お前は動くな。契約書を守れ」

 動きにくい礼服を脱ぎ捨て、広場の中心に向かって歩く。

「おい、どこ行くんだよ?」

愚問(ぐもん)。『太陽魔王』のところに決まっている」

 『太陽魔王』アイリーン・ベルンシュタインの魂の叫びを。

 我が舌鋒(ぜっぽう)封殺(ふうさつ)する!!


 天雷の聖女リュミエールは広場の中心近くに立ち、状況を静観していた。

 ソーレの兵たちが彼女を守るように陣を組み、シャムスの民に応戦している。

「どうなさいますか?」

 大柄な騎士が彼女に指示を仰ぐ。

「状況は混沌としています。ゆえに最も優先順位の高い目標のことのみ考えましょう」

「では」

「ええ。この騒動の中心は『太陽魔王』アイリーン・ベルンシュタイン。彼女の身柄(みがら)を確保します。最悪命を奪っても構いません」

 天雷の聖女が動いた。

 激情が吹き荒れるこの場を鎮圧(ちんあつ)するため『太陽魔王』の元へ()を進めていく。

 その眼前(がんぜん)に。

『宿痾剣』が立ち塞がった。

「――――」

「――――」

 前座(ぜんざ)は終わり。剣士と聖女が対峙(たいじ)する。

 太陽暦一〇〇〇年 一月一日 城郭都市カバラにて、一世を風靡(ふうび)する傑物(けつぶつ)が集う。

『太陽魔王』アイリーン・ベルンシュタイン。

『宿痾剣』月影暁。

『天雷の聖女』リュミエール・ソレール。

『■■■』■■■。

『■■■』■■■■■クロム。

『反逆の忠臣』シモン・ハスター。

 勇者たちよ。

 (ひと)りで生きる覚悟はあるか。

 劣等を越える覚悟はあるか。

 醜態(しゅうたい)(さら)す覚悟はあるか。

 誤謬(ごびゅう)()る覚悟はあるか。

 隷属に抗う覚悟はあるか。

 よろしい、では物語を始めよう。

 示してみろ。お前たちの魂を。

 天に座す神々よ。我らの原理を照覧(しょうらん)せよ。

「『天雷の聖女』リュミエール 神敵(しんてき)討滅(とうめつ)する」

「『宿痾剣』月影暁 ()して(まい)る」

 いざ――勝負!!

 次回予告。

 第十二章 白刃の輪舞、舌鋒の円舞

 夜の章  世は、ぬばたまの闇の儲け

 終章   温かな木漏れ日の下で

 12月5日18時30分。一挙公開。

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