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太陽号令  作者: 川守いのる
第一巻
12/16

第十章 たとえ死の間際でも

次のお話は一週間後、11月29日18時30分に投稿します。

よろしくお願いいたします。

『令状 出頭(しゅっとう)命令』

 太陽歴一〇〇〇年一月一日正午、都市カバラのマグノリア広場にて執行される、王女アイリーンの公開処刑への参列(さんれつ)を命じる。公開処刑を妨害(ぼうがい)する者、参列を拒否する者は拘束された後、執政官シモンによって裁かれるものとする。


 天を(あお)ぐ。

 灰色の雲が太陽を覆い隠していた。

 私は今、石畳(いしだたみ)の通路の上に立っている。

 前方の視界を遮る()(まく)の向こうから、民たちの気配が伝わってくる。

 この先はマグノリア広場。私が処刑される場所だ。

 終わる。この国も。私も。

 シャムスはソーレの植民地となり。

 私の魂はここではないどこかに行く。

 ……この()に及んでもまだ、私は生きたいと思っている。

 もう負けたのに。

 もう、諦めたのに。

 ……最後まで。

 最期まで王族として誇り高く立つ。

 それだけが今の私にできる、精一杯の抵抗だった。

 垂れ幕の先、マグノリア広場の方からシモンの声が聞こえた。

「皆の者、静粛(せいしゅく)に!」

 暗い空、静まり返った街に、シモンの声が響く。

「聞け! 魔人国の民たちよ! 今日、一つの歴史が終わり、新しい時代が始まる! 魔人国シャムスは宗教連合ソーレと和平を結び、一年続いた戦争が終わる! これからはソーレの手を取り、共に新しい時代に進む! 我等は悪しき君主から解放され、自分たちの意思で国の未来を決めていくのだ! これまでの苦難はすべて、我欲(がよく)(むさぼ)圧制者(あっせいしゃ)と自由を求める民の闘争だったのだ! そしてついに、我等は勝利した! 犠牲(ぎせい)になった者たちへの祈りを胸に、今ここに王位継承権第一位、アイリーン・ベルンシュタインの公開処刑を実施する!」

 歓声は無かった。

 ただ(しお)れた残花(ざんか)のような、無力感だけが伝わってきた。

 奪われてしまう。

 国民の尊厳が。

 忘れ去られてしまう。

 千年に渡り(つむ)いできた、私たちの物語が。

 垂れ幕を蹴破(けやぶ)り有らん限りの声を(しぼ)()して抵抗しなければいけないと、わかっているのに。

 (こぶし)(にぎ)ることすら、できなかった。

 ……すまない。シャムスの民たちよ。

 私では、お前たちを救えない。

 仕方、ない。もう……仕方ない。

 幕が開く。

 視界を()()くすほどの群衆(ぐんしゅう)が、私の姿を見ていた。

 何の力も持たない、小さな娘の姿を。

「……っ」

 情けない。みっともない。(みじ)め。

 そう言われている気がした。

 彼らの目を直視できない。

 しかしいくら顔の向きを変えても、その視線から逃れることはできなかった。

 息が、苦しい。

 ――責任を。責任を取らなければ。

 朦朧(もうろう)とした意識で考えることができたのは、命で償うことだけ。

 木の階段を登る。

 階段を登り終え、広場の全景(ぜんけい)が見えた。

 広大なマグノリア広場に魔人たちが所狭(ところせま)しと並べられている。

 四角い広場の中心に向かって木道(もくどう)が伸びていた。

 道の両脇には、カバラの記章を胸に刻んだ騎士が十人ずつ整列している。

 私を守るためではない。私の公開処刑に邪魔(じゃま)が入らないように。

 登壇者(とうだんしゃ)の姿を遠くまで(さら)せるように作られた道。

 その道の果て、少し高くなった位置に。

 巨大な構造物が(たたず)んでいた。

 その場所に向かって、足を動かす。

 泥濘(ぬかるみ)の中を進むように、ゆっくりと歩いて行く。

 歩いている途中でソーレの旗が見えた。旗の下で私を見据えている、黄金の瞳と目が合う。

 強い瞳だ。私も彼女のように、美しく在りたかった。

 鳥人の男が苦し気に顔を(ゆが)めていた。

 ()んだ(くちびる)から血が流れている。

 ……申し訳ない。

 猫人の娘が(うつむ)いていた。

 己で抱いた肩が(ふる)えている。

 ……申し訳ない。

 頭を抱えた犬人の顔が目に入る。

 今にも不安に()(つぶ)されそうな、苦悶(くもん)表情(かお)だった。

 ……ああ。

 彼らにこんな顔をさせるために、頑張ってきたわけではないのに。

 私は。

 ――間違えた。

 ついに道の果て、構造物まであと少しの位置に辿(たど)()いた。

 辿り着いてしまった。

 刃を()()げた、古木(こぼく)の塔を見上げる。

 断頭台。

 二百年ほど前、乱心(らんしん)した王族の首を落とした(いわ)くつきの遺物(いぶつ)

 (かし)の木で作られた固定台の上に、巨大な刃が吊り下げられている。

 重そうな刃だ。三日月の形をしている。

 ふと『運命剣』ミステリアが入れていた刺青(いれずみ)を思い出した。

 確かあの時も、私は首を落とされる寸前だった。

 あの時助けてくれた父は、もういない。

 だからもう、助けに来てくれる人は、誰もいない。

 刃の魔物が大口を開けて、私が来るのを待っている。

 私の首は、あの(あぎと)に食い千切られるのだろう。

 ……ああ。

 とても、痛そうだ。

 ――いやだ。

 怖い。死にたくない。

 足が震えている。体幹(たいかん)の筋肉が不規則に痙攣(けいれん)している。

 手がうまく動かせない。

 心臓はおかしくなってしまったのかと思うほど鈍間(のろま)拍動(はくどう)していた。

 視界が(かす)んで。前方は死の方向だ。

 私は終わるために前に進み、(こうべ)を差し出さねばならない。

 頭では理解している。これが停戦のための儀式(ぎしき)であると。

 しかしアイリーンという一つの命が、旅の終わりを狂ったように拒絶(きょぜつ)している。

 だから。

 動けない。心も。体も。

 立ち尽くす私を見かねて、シモンが騎士たちに指示した。

 二人の騎士が私の両脇に来て、魂の抜けた(からだ)を引きずっていく。

 断頭台までの距離は、あの時と同じ五歩分だった。

 一歩。

 私を掴む腕が震えている。

 二歩。

 遠くから雷のなる音が聞こえる。

 三歩。

 誰かがすすり泣いている。

 四歩。

 私の眼は(かげ)ったままだ。

 五歩。

 木製の固定台に首が据えられる。両手に鉄の(じょう)がかけられる。

 震える騎士の手が何度も鍵を取り落としていた。

 錠をかけ終え、騎士が剣を抜く。

 標的は断頭台の刃を吊り下げている、私の命綱(いのちづな)

 この綱が切られれば刃が落下し、必然私の首も落ちる。

 最後に騎士が一言、私に言った。

「どうか私たちを、許さないでください」

 ――。

 何を言う。

 (うら)むことなど、するものか。

 私は終わって、お前たちは続く。

 それでいい。

 それで……。

 …………。

 私も。

 もう、疲れた。

 そして。

 あのときと同じように。

 運命の剣が私を両断すべく、命綱を()()いた。

 

 刃が降りてくる。

 これで、私の物語は終わりだ。

 お父様。

 私は何も()()げられませんでした。

 お母様。

 私は結局、何者にもなれませんでした。

 みんな。

 弱くて、ごめんなさい。

「た」

 虚ろな感情の中から。

「たすけて……」

 何かが(こぼ)れ落ちた。


 魔物の断末魔(だんまつま)(とどろ)く。それは鋼の砕ける音。

 耳を(つんざ)くような金切り声と共に断頭台の刃が吹き飛び、広場外縁(ひろばがいえん)の壁に突き刺さる。

 魔人の王女の首は。

 つながったままだった。

 彼女の前に、処刑の邪魔をした不届(ふとど)(もの)が立っている。

 灰の衣を(まと)い、片刃の剣を振るう者。

 それは宿痾(しゅくあ)の銘を(かん)する四戒(しかい)(つるぎ)の一振り。

 彼女を一度、裏切った人。

 人間(にんげん)は語る、自らの名前を。

「『宿痾剣』月影(あかつき)、己を()るため助太刀(すけだち)いたす」


 断頭台の刃が弾き飛ばされた。

 (いまし)められた首を動かし、それをした者の姿を見る。

 見慣れた灰色の背中がそこにあった。

 私を守るように、真っすぐ立っていた。

 宿痾剣。私の父の仇。魔人国を蹂躙(じゅうりん)した剣士。私と一週間共に過ごした、人間。

 なぜ来た。

 敵であるお前が。

 なぜ私を守ろうとする。

 静寂に包まれた広場で、私を縛る鎖が()れた。

「馬鹿者。なぜ来た……」

「君を助けに」

 彼の顔は見えない。

 彼の目はカバラの騎士たちと天雷の聖女の方に向けられていた。

「……! 騎士二十名! 不届き者を排除(はいじょ)せよ!」

 シモンの指示を受け、二十の騎士が宿痾剣に襲いかかる。

 彼は私を(かば)うように戦っていた。

 白刃の前に立ち塞がり、飛んできた矢を体で止める。

 飛散(ひさん)した彼の血が私の(ほほ)を叩いた。

「やめろ……」

 彼は私の言うことを聞こうとしない。

 直剣が彼の背を斬りつけ、火の魔術がその腕を(あぶ)る。

 どくどくと流れる血が石畳の隙間を(つた)っていく。

「もうやめろ! お前には関係ない!」

「俺は、君を助けたい! 関係は、ある!」

 なぜだ。

 なぜそこまで、私に(こだわ)る。

「――っ! 迷惑だ! この期に及んで、まだ私に屈辱(くつじょく)を味わわせるつもりか!」

「違う! 今までずっと道具として扱われてきた! 人間扱いなんてされなかった!」

 それはそなたの過去だ。

 私とは関係がない。

()くしていた故郷を思い出させてくれた! 初めて見た星は綺麗(きれい)だった! 涙の理由を教えてくれた! 太陽の下で夢を語る君の姿が(まぶ)しかった!」

 それはそなたの感動だ。

 私とでなくとも得られるものだ。

「君が……君の瞳だけが、俺を人として見てくれていた! 君が俺を人に戻してくれたんだ!」

 それはそなたの思い込みだ。

 そなたを尊重してくれる者は、私以外にも掃いて捨てるほどいる。

「俺は君と一緒にいたい! 何があっても君を守る! どんなことがあっても! どんな姿になっても! だから。だから……」

 もうやめろ。もういい。もう、いいんだ。もう、私は……。

「泣かないで」

 ――――。

「あ……」

 刹那(せつな)

 光を見た。

 それは現実か、あるいは幻か。

 か細くも力強い一条(いちじょう)の光が、私の胸を痛いほどに(つらぬ)いていた。

 ほどなくしてその光は(ほど)け、この世界にあった痕跡(こんせき)を欠片も残さず消える。

 唯一(ただひと)つ。轟轟(ごうごう)と渦巻く熱だけが、この胸に残っている。

「アカツキ……」

 彼の名が口から零れた。

 私の声を聞いて、彼が一瞬こちらを向く。

 アカツキの、表情(かお)が見えた。

 白藍の瞳が、(あふ)れんばかりの涙で濡れていた。

「私が……好きか?」

「誰よりも」

 一分(いちぶ)の迷いもなく、彼は答えた。

「……そうか」

 胸が熱い。いや胸だけでなく体中、周囲のもの全てが。

 (まばゆ)く、熱く、広がっていく。

 これは、なんだ。

 ……(いな)。この感情(こころ)詮索(せんさく)するなど無粋(ぶすい)

 この熱に身を(ゆだ)ねて、心の(おもむ)くままに生きよう。

 この燃え盛る意志と共に、私は夢を追い駆ける。

 ――。

 この世界は地獄か?

 人生は悲劇か?

 我らが紡いできた物語は陳腐(ちんぷ)か?

 絶望に屈するのは、仕方ないことか?

 否、否、否!

 断じて否!!

 仕方なくなど!

 無い!!

「ならば私と来い。我が第一の眷属(けんぞく)よ」

「……! 委細承知(いさいしょうち)!」

 破れ、この(いまし)めを。

 (くつがえ)せ、この盤面を。

 拾え、砂粒(さりゅう)(ごと)き勝機を。

 人民に、なにより自分自身にこの燃え盛る意志を証明しろ。

 いかなる苦境にあろうと、その瞳を陰らせるな。

 我らは皆頭上に太陽の(かんむり)(いただ)く、誇り高き王である!

 輝け!! たとえ死の間際でも!!

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