民の章 ある酒場での論争
アイリーンとアカツキは出てきませんが、重要な章です。
伏線となる描写も入っていますので、読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
太陽暦九九九年十二月三十日。王女アイリーンの公開処刑まであと二日。
城郭都市カバラにある酒場で、三人の魔人がテーブルを囲っていた。
猫人の娘、犬人の青年、折り畳んだ翼を背負う鳥人の男が話し込んでいる。
申し訳程度に並べられた料理には誰も手を付けていない。
閑散とした酒場の中心で、論争が始まっていた。
議題は二日後に実施される、王女アイリーンの公開処刑について。
「納得いかねぇよ!」
「……そんなに声を荒げなくても聞こえている」
「そうだよ。あまり興奮しないで。シモンの賛同者に告発されるかもしれないんだから」
犬人の青年は彼らの言葉を聞いて、悔しそうに歯噛みした。
彼は返事をする代わりに、卓上の酒をひったくるように掴む。
猫人の娘が呟いた。
「千年続いた魔王様の治世もこれで終わるのかな。王女様が処刑されるってことは、他の王候補も危ないってことだよね」
「……可能性はある。執政官シモンは一貫した男だ。何らかの方法で王族の力を削ぐだろう」
「そうなったら……どうなるの?」
不安を顔に滲ませて猫人が訊く。
眉根を寄せて鳥人が答えた。
「ベルンシュタイン家が粛清された場合、シャムスの指揮系統の頂点は各都市の執政官たちになる。順当にいけば、ソーレとの停戦を成したシモン・ハスターが代表になるだろう」
鳥人がそこまで語ったところで、テーブルにジョッキが叩きつけられた。
それまで黙って酒を飲んでいた犬人が、静かに怒りを滲ませる。
「……お前らは悔しくねえのかよ」
「俺たちの感情は関係ない。平民の俺達には、執政官に逆らう権限がない」
犬人が跳ね上がるように立った。脚に押し出された椅子が勢いよく転がる。
「ちょっと!」
剣呑な気配を察し、猫人の娘が青年を諫める。
しかし彼の唸りは止まらなかった。
やがて我慢が効かないといった様子で、犬人が吠えた。
「――どいつもこいつも権利、資格……もううんざりだ! そもそも執政官の権利は魔王様から預けられてるもんだろうが! それを使って王女を処刑するなんておかしいだろ!」
「……いや、おかしいことではない……気持ちはわかるが。王族が処刑された前例はある。なによりジブリール様が亡くなった今、権利の所有者たる『魔王』がいない。したがってここカバラにおいては、シモン・ハスターが最高権力者だ」
鳥人の男に続き、猫人が青年に言う。
「ソーレとの和平のためには……仕方ないよ。王女様のことを嫌っているわけじゃない。私たちのために頑張ってくれていたことは知ってるから。でも……もうどうにもならないじゃない。沢山魔人が死んで、食べ物もなくなって……今停戦しないと、近いうち餓死者が出るってシモンが言ってた。王女様を差し出さないと、天雷の聖女と四戒剣がここに攻めて――」
「クソがぁっ!」
犬人の青年が力任せにテーブルを殴った。拳から血が流れている。
「――! 無駄なことをするな! 物に当たって何になる!」
「るっせぇんだよぉっ!」
「オレはガキの頃ジブリール様に助けられてんだよ! あの人が来てくれなかったらどうなってたかわかんねえ! だから今度はオレが王女様を助けなきゃいけねぇのにっ……! 気に入らねえんだよ! 頭でっかちな脳みそで理屈こねて気分いいか!? 平和な時は調子よく崇めて危ねえ時は生贄か!? 話になんねえ! てめえらに相談するんじゃなかった!」
鳥人の男が立ち上がる。
「……表に出ろ」
「やめて! 二人とも! ここで暴れたって何も変わらない! そんなこと許されてない!」
酒場が静まり返る。騒いだ彼らを咎める者は、いない。
この場にいた誰もが同じ思いだった。
犬人と鳥人はしばらく睨みあった後、乱暴に椅子に座り直した。
古びた木の床を見つめて、青年が呟く。
「この国は、どうなるんだよ……」
「……わからない。ただ、以前のような生活を送れないことだけは確かだ」
誰もが下を向いた酒場を見渡して、娘が言った。
「一年前は、こんなことになるなんて思いもしなかったな」
「ここにはもっと人がいたし、みんな楽しそうだったよね」
「全部……悪い夢だったらいいのに」




