序章 戒めを破る時
苛む宿痾は誰のせゐか。
運命は腑抜け芝居。
執着は寂れた揺籃。
慚愧に塗れた刃の下に、わたしの首が落ちてゐる。
苛む宿痾はあなたのせゐか。
月影彷徨う水面の底に、あなたが横たわってゐる。
苛む宿痾はわたしのせゐだ。
晴れて外道の仲間入り。
――宿痾剣 辞世の句――
天を仰ぐ。
先ほどまで一筋の光も差さぬ曇天だったが、いつの間にか一点の曇りもない青空が広がっていた。
視線を落とし広場を見渡す。調度品のように並べられた人々の表情は、離れていてもよく見えた。
怒り、悲しみ、諦め、恐怖。誰もが薄暗い顔をしている。
どうすれば彼らの苦しみを取り除けるのだろうか。
一体どうすれば彼らを光ある場所へ連れ出せるのだろうか。
答えは未だ見つからぬ。
我ら魔人は戦に敗れた。私は今日首を落とされ、それが終戦の標になるはずだった。
しかし、目の前にいる不届き者がそれを阻んだ。
灰の衣を纏い、片刃の剣を振るう人間。
私を一度、裏切った剣士。
彼は何も語らず、ただ私を見つめている。
縋るように。あるいは祈るように。
どこまでいっても至らぬことばかりだ。志は遥か遠く、自分の足元さえ覚束ない。
何もかも諦めてしまえば、もう苦しむこともないのだろう。
されど……私はまだ此処に在る。
黒髪の剣士よ。我が第一の眷属よ。
そなたが私に祈るなら、私は夢を見続けよう。
両手に絡みつく戒めに抗う。
食いしばった歯から血の味がする。
破れ、この苦しみを。
人民に、なにより自分自身にこの燃え盛る意志を証明しろ。
いかなる苦境にあろうと、その瞳を陰らせるな。
我らは皆頭上に太陽の冠を戴く、誇り高き王である。
輝け。たとえ死の間際でも。