神と自分Ⅱ
『君はチートを持って人生をやり直したくはないかい?』
「チート?」
チートとはイカサマ行為を指す言葉だっけ。
基本的にはゲームなどでよく使われていたはずだ。
通常ではありえない挙動やシステムによって、
優位になり公平性をなくすものだったと思う。
……というか、こういう事は覚えてるんだな。俺の頭よ。
『そう、君に人生をやり直す機会を与えようってわけ』
「人生をやり直す……」
『そうだよ。どうする?』
どうするもくそもない。
俺には記憶がないのだ。
どうやら培った知識はあるようだが、どんな生き方をしたのかも
どんな気持ちを抱いていたのかも、どんな結末を経てここに至っているのかも
何も知らないのだ。
やり直したいと思うのは記憶があるからだ。
後悔した記憶。それがあればこそ人はやり直したいと願う。
なら記憶がない俺は何をやり直せばいいというのかそれすらわからない
生きる意味がわからない。目的が存在しない。
『はは、困惑してることが手に取るようにわかるね』
「当たり前だろ、記憶が無いんだから」
『あれ?記憶ないんだ?おかしいなそんなはずは無いんだが』
どうやら記憶が無くなることは神様も想定外だったようだ。
てっきりコイツの仕業だと思ってただけに意外だ。
『まぁ、無くなっちゃったものは仕方ない。どうせ異世界に行ったらある程度のこと思い出すと思うから気にしないでいいよ。それじゃあまず生きる理由を作らないとね。その為にとりあえず、君をこの世界に呼んだ理由を言おうか』
「理由?」
そりゃそうか。この神様は何かやらせる理由があって俺をここに呼んだってわけだ。
『まず君にはこの世界にいる魔王を倒してもらいたい。魔王のせいでこの世界の人類はその人口を十分の一にまで減らされてしまった。ありていに言って人類滅亡の危機ってやつだ』
「十分の一!?それはもうどうしようもないだろ……」
地球で考えてみても十分の一になったら経済は回らなくなるし、
子作りだってまともに出来ないかもしれない。
少なくとも機械文明を維持するのは難しいだろうと予想できる。
そうなれば文明が衰退することは免れないだろう。
そこまでいけばヒーロー一人が出てきたからってどうにかなる問題をとうに通り過ぎているのではないかと思う。
『君たちの世界とは根本的なつくりが違うのさ。魔物という脅威がいる性質上、この世界の人類はひと月もあれば子供を産むことが出来る』
なるほど世界が違えば、人類の構造や常識も違うという事か
『それに人類以外にも、エルフなどの亜人という人類にほど近い存在もいるし、亜人との子作りも可能だからね何とかなるのさ。というか人類と亜人なんて区分けされてるけど僕からしたら同じ種類だからね』
エルフなんかもいるのか。本当にゲームやマンガの中で見たファンタジー世界そのものらしい。
『それに魔族と人間も一応繁殖できるんだよね。この世界の人類は知らないだろうけど』
「敵同士なのに交尾できるのか……」
『そりゃそうだよ。起源は同じものから生れてるからね』
異世界もそれぞれで独自の進化を辿っているという訳か。
生物論はよく知らんが。
『というか、君たちなんて人間同士でも争ってるだろ?それに比べればマシなくらいさ。人間、亜人、魔族同じものなんだよ。僕にとったら肌の色が違う程度の違いさ』
確かに神とやらの言う通りかもな。
俺たちが元いた世界の方が歪んでいるのかもしれない。
『と、随分話が脱線してしまったね。つまり、君をこの世界に呼んだ理由ってのは簡単にいうと、この世界を魔王の手から救って欲しいってそういうことなのさ』
「随分なことを、簡単に言ってくれるな」
世界を破滅させかけてる魔王を倒してくれだなんて。
凡庸空虚な自分には到底無理な話だ。
そんな自分が魔王を倒す?そんな展開いまどき小説やマンガでさえ無いだろう。
『ああ、もしかして能力とかそこら辺のこと心配してる?大丈夫さ、君がよく読んでた異世界小説のように、当然チートな能力を与えてあげるさ』
異世界小説?確かに俺は好きで読んでいたような気がするが……。
「いや、例え能力を貰ったとしても俺の価値観が変わる訳でもない。戦闘を好む訳でも、人や動物を殺したことがある訳でもない。そんな一般人の俺が魔王を殺すなんて出来る訳ないって話さ」
『じゃあ、精神耐性も付与してあげるよ。拷問を受けても涼しい顔してられるくらいにはなれるよ』
「……、俺が魔王を倒す理由がない」
『それこそ、魔王を倒してくれたら何でもあげるよ。どんな犯罪を犯しても許される免罪符だろうが、死んだ人を生き返らせて欲しいとか、元の世界に戻してほしいとか何でも 叶えてあげる。それ以外だと、…………君の記憶を思い出させてほしいとか?君の望みをね』
記憶……、俺の失われた記憶。
取り戻せるなら取り戻したい。その記憶にはきっと俺の生きる意味が宿っているはずだから。
「……わかった。それなら引き受けるよ」
『オッケー。これで契約は成立だ。ここに神の名において神約の成立と履行を認める』
「契約?」
『ああ、これは神約といって神が人間とやり取りする上で絶対しないといけないことでね。お互いに約束を守るため契約するのさ。これがある限りこっちは約束を反故にして人間に危害など加えられないし約束について騙すことも許されない。その代わり、人間も約束を達成するまではある程度自由を制約される。そういう契約』
「そんなこと聞いてないんだが……」
『いちいち説明するのがめんどくさくてさ。どうせ契約することになるんだからいいだろ?それに、これはどちらかと言うと人間側を守る為の決め事だぜ?』
「……まぁいい、だけど今後はそういうことはちゃんと説明してくれ」
『……ちぇっ、仕方ないか。わかったよ』
神は少し不満感をだしていたが、何とか納得してくれたようだ。
『じゃあそんな訳で、君のこの世界での当面の目的は魔王を倒すってことでよろしく。それ以外は君の自由にしていいよ。倒す方法も時間も特に制限はない。何なら気にいった女の子がいたら付き合うのもいいよ。妊娠して子供まで産ませてくれると神的には助かるね。君の子供にもチートの片鱗は引き継がせられるから一石二鳥さ』
そういえば肝心なことを聞いていなかった。
「そういえば、俺のチートな能力って結局何なんだ?」
そう言うと、神は露骨にめんどくさそうな声音をだした。
『……え~?それ今言わないとダメ?もういちいち言うのめんどくさいから、現地で実際に確かめながら戦ってよ』
異世界小説ものお決まりのチート能力紹介をめんどくさがるとか、神様失格だぞ。
間違いなく神の一番の見せ場だろうに。
「まぁ、そこまで嫌ならこっちで確かめるけど」
『安心しなよ。とりあえず身体能力もこの世界の最高クラスに設定してるし、言語も全部日本語で聞こえるし伝わるようにするよ。あ、ちなみに病気とかにもならない様にしてあるよ。じゃないと異世界のウイルスで簡単に死んじゃうからね』
ありがたいね。
赤ん坊からの転生だったら言語も勉強しないといけなかっただろうからね。
せっかく異世界に来たんだったら、出来るだけ苦労せずラクラクチートプレイしたいからな。
『じゃあ、さっそく世界を救ってきてよ。勇者……、勇者?あれ?そういえばキミの名前ってなんだっけ?』
「名前なんて一回も訊かれてねぇよ」
『そうだっけ?ごめんごめん。人間の固有名詞なんて覚える気なかったからさ。で?なんて名前なの?』
名前?そういえば記憶喪失だったが、何故か名前は覚えている。
「りょうま、神武原諒真だよ」
『そっか、では頼むよ勇者リョーマ。世界はキミに託された!ついでに、異世界も楽しむといいよ』
神はそう言うと、白い玉はまばゆい光を発しおれの視界が真っ白になった。
そして、身体の感覚が薄くなって徐々に消えていく。
『じゃあね。キミが困難を乗り越えることを祈るよ』
それが最後に聞こえ、俺の身体はこの空間から完全に消えた。