ざまぁされた王子がうちに婿入りするそうなのでバカ妹を呪ってもらいます
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「……うーん、何でこうなったかなぁ」
王宮の豪華な部屋で、私は一人腕組みをしながら考える。
思い出すのは、人生最大の大波乱だったこの一年間のこと。
◆◆◆
遡ること一年前。
「はぁ!? あんのバカ妹に引っかかったバカ王子がうちに来る!?」
ステイル王国の都にあるローゼ男爵邸に、私の悲鳴が響いた。身を乗り出した拍子に、肩より少し長い栗色の髪がフワリと揺れる。
「そうなんだよぉ〜」
テーブルを挟んだ目の前で頭を抱えているのは、当主である父。
「冗っ談じゃないわよ! うちが今どんな危機的状況にあるか分かってるの!? バカ妹のせいで破産寸前なのよ!」
この国のバカ王子……ごほんごほん、第二王子ハインツ殿下。王家の遠縁にあたる血筋正しい公爵令嬢を婚約者にしておきながら、見た目だけ可愛い男爵令嬢に入れ込んだ。
以降、『お願ぁ〜い(ハート)』とねだられるまま貢ぎまくり、私財で賄いきれなくなると国の予算や王家の宝にまで手をつけようとして露見し、ついに廃嫡になった。
……はい、見た目だけ可愛い男爵令嬢って私の妹のレーテなんです。
顔だけは極上に良い妹は、頭の方は空っぽで、『あたしぃ、いつか王子様に迎えに来てもらってお姫様になるのぉ〜(ハート)』が口癖だった。
母や私は日頃から注意していたけど、その夢見がちな思考は学園に入学する15歳になっても全く治らず、高位貴族の子息に手当たり次第に声をかけては顰蹙を買っていた。よりによって王族と公爵家の跡取りだけが入れる最上位クラスの人にばかりアタックしていたみたい。
教師も困り果て、幾度かうちに通達が来てたのだけど……。
ちょうどその頃、うちもドタバタ状態だった。気弱で優柔不断な父に代わって家を切り盛りしていた母が、外出中の事故で急逝してしまったから。愛妻家だった父は日がな泣き暮らしていた。私は、そんな父を励まし、叱咤し、尻を叩いて仕事をさせていた。
だってうちの事業、他国との貿易がメインなのよ? 商人からの成り上がりだから領地をもらってるわけじゃなし、しっかり者のお母様が亡くなったことで契約を切られないように手を打たないといけない。
私と私に発破をかけられた父はあちこちの国を飛び回り、取引先を回って契約の継続をお願いしていた。
その間、邸には妹が残されていた。もちろん信頼できる家令と使用人はいたわよ? でも、所詮男爵家だから人数もしれてるし、彼らには事業の補助と取引先との調整とかも頼んでいたから、皆いっぱいいっぱいだったと思う。
そんなもんのすごく忙しい時期に、バカ妹が暴走したんだよ!
よりにもよって第二王子をたぶらかし、それにホイホイ引っかかった王子はバカをやらかした。で、王子の婚約者の公爵令嬢から見事にざまぁされて王家から追い出され、うちに婿入りすることになったらしい。『真実の愛とやらを誓った相手の家で幸せに暮らすがいい』という嫌味たっぷりの言葉と一緒に。
そんな不良債権、うちに押し付けないでよおぉ!
え、妹? 妹はね、王子妃になれないと分かった途端にうちにある財産全部持ち出してスタコラ逃げたよ! 『レーテなんにも悪くないもーん( *`ω´)』とかいう丸文字&顔文字付きの書き置きまで残してね!
金銀、貨幣、宝石はまだいいとして、『これはすごく大事なものだからね』と事あるごとに言い聞かせていた権利書とか契約書、証券、そういうものまで全部持って逃げたの!
大事な書類は金庫に入れてたんだけど、家令と妹には暗証番号を伝えていたのよ。私と両親が不在の時に近くでボヤ騒ぎが起きたことがあったから、万一の時は持ち出せるようにって。だって、いくら頭が空っぽな妹でも、まさかここまでバカなことするとは思わないじゃない! そこだけは信じてたのに!
おかげで取引先におけるうちの信用はガタ落ち。バカ王子の元婚約者の実家である公爵家からも睨まれて、賠償金だって請求されてて……。もうお先真っ暗だってのに、元とはいえ王子を迎える余裕なんかないわよ!
「うぅ、どうしようシャルロッテ〜」
「お父様、めそめそ泣いてる場合じゃないわ!」
情けない声で私の名を呼んでくる父をピシャリと黙らせ、私は必死で頭を巡らせた。
「レーテが邸にいないことを理由に、どうにか婿入りだけは勘弁してもらえないかしら? 賠償金を増額されるかもしれないけど、そっちの方がまだマシよ」
「私もそれを打診してみたんだが、却下されたよ……。ハインツ殿下の処分は王家からの除籍と我が家への婿入りだから、相手はレーテでなくてもいいそうだ」
「……へ?」
「レーテは未成年だから、監督不行き届きの責任はローゼ男爵家が連帯して負うようにと……。レーテがダメならお前の婿にしろと言うんだ」
「うそでしょ!?」
そんなむちゃくちゃな!
そりゃ保護者として目が行き届いていないところはあったけど……あんまりじゃない!? うちだって本当にギリギリだったのに!
「もうダメだ……何もかも終わりなんだぁ~」
オンオンと泣き出す父。私と同じ翡翠色の目から涙がダダ漏れになっている。
私も王家からの書状を読んでみたけど、これはダメだ。もう処分が決定していて、今からじゃ覆せない。力がある高位貴族なら抗告できるかもしれないけど、うちじゃ……。
幾つか抵抗する手段を考えてみたものの、王家の権力の前では無意味。このまま強引にバカ王子がねじ込まれて終わるだろう。
これじゃあ本当にローゼ男爵家は潰れてしまう。爵位没収はまだいい。うちなんか所詮商人上がり、元庶民の家柄でしかないもの。でも、これまでコツコツ築いてきた事業も成果も信頼も、全部水の泡になると思うと……。お母様、ご先祖様、ごめんなさい……。
ああ、せめて妹に復讐してやりたい。できることは神頼みくらいだけど、こんな理不尽な運命を下す神様なんかに祈ってやるもんか! いっそ悪魔にでも――ん? 悪魔?
「……呪ってやるわ」
「え?」
「こうなったら超常的な存在に頼るしかないでしょう。妹を呪ってやるのよ! 自分だけ逃げるなんて許せない。悪魔の力でも何でも借りて復讐してやる!」
「シャ、シャルロッテ、大丈夫かい? 何だかすごい方向に舵を切った気が……」
戸惑う父を無視して邸の書庫に入る。付き合いがあった骨董屋におだてられた父が二束三文で買わされた古い書物の中に、呪いの書とかいう訳の分からないものがあった。ペラペラめくっただけで書庫の奥に放り込んだけど、あの中に呪いのかけ方が書いてあったはず。
「あったわ! ええと、呪いをかけるためは……生き物の肉、生き血、薬草を魔法陣の上に捧げ、勇者の血を引く者が黄金に輝く刃を持って呪文を唱え、捧げものを食した上で所定のステップを踏むこと。何だ、意外と簡単ね」
「か、簡単? 生き血を飲むなんて……」
追いついてきた父も私の肩越しに書物を覗き込み、恐ろしいと言わんばかりに身を震わせた。
「肉はローストチキン、血はすっぽんの活き血を殺菌処理してトマトジュースで割る、薬草は庭に生えてるそれっぽい草で用意できるわよ! 勇者の血を引く者は、ほら、王子が来るじゃない! 王家の始祖が勇者なんだから! こうなったら王子も巻き込んでやるわ! そもそもバカ王子がバカ妹にたぶらかされたからこうなったのよ、責任取って呪ってもらうから!」
おどろおどろしい表紙が書かれた呪いの本を握りしめ、私は鼻息荒く言い切った。
◆◆◆
「ごほごほ……ええと……元王子のハインツです。よろしくお願いします」
邸の玄関にて、そう言って礼儀正しく頭を下げたのは、柔らかな金髪に青い垂れ目の青年だった。仮にも元王子だというのに、お付きの者は誰もおらず一人ポツンと立っている。出迎えた私とお父様は呆然と彼を凝視した。
……いや、あなた誰?
ハインツ王子の姿は学園で遠目に見たことがある。男爵家の私とは格が違いすぎて、近付くことはできなかったけど。
目の前の彼は、確かにあのバカ王子と同じ顔をしている……けど、あいつはこんなに線が細かったっけ? こんなに優しそうな目をしてたっけ? こんなに柔らかい雰囲気だったっけ?
違う。何か違う。
「あなたは誰ですか?」
思わず本音がこぼれ落ちた。青年が目を瞠る。荒々しくて粗暴だと評判のハインツとは余りに違う青年を前に、同じく固まっていた父も。
「……あー、やっぱりバレますよね。あなたは学園で兄を見たことがあるでしょうから、分かってしまうと思ったのですが、ごほごほ」
「えっ、兄? ど、どういうことですか、ハインツ殿下」
父が目を白黒させながら問う。青年は困ったように頰をかいた。
「もうこちらに婿入りした身なので、殿下は不要です。……ええと、それで、僕はハインツではないのです。双子の弟、カインツと申します」
「「はぃぃ!?」」
◆◆◆
「で、その……これは一体どういうことでしょうか」
とりあえず食堂に場所を移し、テーブルに腰を落ち着けた私たちは、しばらく互いの出方を見るように沈黙していた。恐る恐る口火を切ったのは父だ。
「あなたはカインツ様だと? ハじゃなくてカ?」
「あ、はい……カの方です。ごほっ」
ハインツの双子の弟、第三王子カインツ殿下。小さな頃から病弱で、ほとんど表に出てこない王子様だった。私も会ったことないのよ。体が弱いから学園にも入学していなくて、王宮に家庭教師を呼んでいたそうだし。さっきからやたらと咳込んでるのはやっぱり体調が悪いのかしら。
「私は兄の身代わりに立てられたのです。ハインツとしてローゼ男爵家に行けと。本物の兄上は私に成り代わり、王宮の奥に匿われています。数年後、ほとぼりが冷めたら病が快癒したとでも言って、私の名で表に出るでしょう」
「な、何故そんなことに……」
「ごほごほ……王家は王太子たる第一王子ジュード兄上を除いて腐り切っています。国庫の金をバレない程度に着服し、王家に伝わる宝を売りさばいているのは王と王妃も同様。第二王子であるハインツ兄上が目立つ行動をしたために隠しきれなくなり、やむを得ず全ての罪をハインツ兄上に被せた上で私を身代わりにしたのです。あの三人は一蓮托生で、互いが互いの不正の証拠を握り合っていますから、誰かを切り捨てることができないのです」
はあぁ、うそでしょ!? 王家ボロボロじゃない!
「数年前、王たちを諌めたジュード兄上は監視付きで国外留学に行かされ、未だ戻ってこられずにいます。それから横領が本格的になりました。僕は幼い頃から病弱で、ベッドから長時間起きていることができず、抗議しても聞き入れてもらえませんでした。それどころか部屋に軟禁状態にされてしまって」
「か、替え玉にされたことも含めて、全てを司法院に訴え出ればいかがですかな? というか王家は、あなたから私たちに真相を話されてバレるとは考えなかったのでしょうか」
確かに。事実、こうして即バレして全部白状ってるわけだし。
「司法と捜査を司る機関の上層部は、既に王に買収されています。ごほ、僕たちが声を上げたところでもみ消されるだけでしょう。それに僕はこの体なのでろくに動けませんし。なんせ10メートル走っただけで倒れてしまう有り様なんです。おそらく陰で監視も付けられていますから、おかしな動きをすれば病死ということで暗殺されるかも……」
「な、何と……」
それ以上は言葉もない父に代わりに、ぐいっと身を乗り出した私は力強く宣言した。
「やっぱり呪いしかないわ! 邸内でこっそり呪うのならバレないわよ! カインツ殿……いえ、カインツ様。あいつら全員呪ってやりましょう! あなたの力が必要なんです!」
「の、呪い!? 何ですか藪から棒に!?」
のけぞるカインツ様をよそに、私は呪いの本を引っ張り出して超高速でめくり、やり方を再確認したのだった。
◆◆◆
「……ということで、準備しました!」
食堂のテーブルには、魔法陣を刺繍したテーブルクロスと、皿に乗ったローストチキン、すっぽんの活き血のジュース、庭で取ってきた草を茹でた温野菜サラダが並んでいる。
『ワー、ナンダカオイシソウダナァ』と現実逃避気味に呟くお父様を無視して、私は金紙を貼り付けて黄金に輝かせた万能包丁をカインツ様に差し出した。剣なんかとっくに売っちゃったわよ、賠償金を払うのにお金がいるんだから!
「後はこの包丁を持って呪文を唱え、テーブルの食事を食べて、ゆっくりでいいのでステップを踏んで下さい。呪文とステップはこの本に書いてある通りです」
「ちょっ、何かおかしいと思う! 何か違うよコレ!? 落ち着いて一回考え直そう!」
全力のノーサンキューで包丁を拒みながら、いつの間にか丁寧語を消したカインツ様が必死で訴えるけど、ギロッと睨んで押し通す。
「いいから協力して下さい! 何でもいいからあのバカ妹に一泡吹かせてやりたいの! ついでに王家にもね!」
「ひ、ひぇぇ……」
私の勢いに圧倒されたカインツ様が、おずおずと金ピカ包丁を受け取った。一瞬だけ触れ合った指と指の感触に、何故か胸の奥が僅かに跳ねたような気がした。
カインツ様は本を見ながらたどたどしく呪文を唱え始める。
「ええと、ア……アローム、ベルサレム……ごほごほ……」
さあ、呪われてしまえ!
弱々しい声を聞きながら、私は内心で妹と本物のバカ王子への怨嗟をぶちまけていた。
――それを毎日続け、1カ月ほどが経った。当たり前だけど妹とバカ王子がひどい目に遭ったという報は入って来ない。やっぱり呪いなんてインチキだったらしい。はぁ、まあ分かってたけどさ……。
底を突きかけていた資金も本当になくなってしまったし、後は一家でのたれ死ぬだけね。せめてカインツ様だけは逃してあげたいけど、ずっと寝たきりに近い生活をしていたというから無理だろう。
と、思っていた。
◆◆◆
そして、時は戻って現在。
「……うーん、何でこうなったかなぁ」
王宮の豪華な部屋で、私は一人腕組みをしながら考える。
「悪魔にすがろうとしてたから神様が助けてくれたのかも。でも、まさか私が王子妃になるなんて」
諦めかけたあの後。何とカインツ様がいきなり元気になった。
彼の病は、幼い頃から毒を体内に蓄積して来たことが原因だったらしい。小さい頃、兄ハインツにその乱暴さを抗議したところ、激怒した彼に少しずつ毒を摂取させられてきたという。軟禁された部屋の鍵穴から、致死量にならない程度に薄めた毒のスプレーを噴射され続けていたとか。
おかげで、体には何年分もの毒が溜め込まれて、全身ボロボロの状態だったらしい。いや、王家恐ろしすぎでしょ。
ところが、うちに来てから毎日呪いで使う草を食べていたら、それが稀少な毒消しだったようでキレイに治ったそうだ。取引があった国からもらった草を植えただけなのに、まさかそんな効能があったとは……。
カインツ様はここぞとばかりにリハビリと筋トレに励み、健康な成人男性と同じくらいに体力を回復させた。
しかも、カインツ様の頭脳は天才だった。『王家から追放された元王子はローゼ男爵家で寝込んでいる』と触れ込んで王家を油断させておいて、実際は変装して外を駆け回り、すっかり丈夫になった体と知略を駆使してバカ妹の居場所を突き止めてくれた。うちから盗まれた宝石が売りに出されていたので、そのルートを遡っていったらしい。とっても幸運なことに、妹はまだ権利書とかの重要書類には手をつけてなくて、全て取り戻すことができた。
とっ捕まった妹は機密文書及び男爵家私財の窃盗でこってり絞られて、国で一番厳しいと言われる懲罰施設に送られて重労働の刑! 『ぶぅえぇぇん、おねえざまダズゲデエェェ(இ﹏இ`。)』と、涙と汗と鼻水ズルズルで引きずられて行ったバカ妹を、助けてやるなんてことはもちろん有り得ない。はっ、ざまぁみろ!
その後、留学先で監視の目をかいくぐり、他国の王侯貴族を味方につけて反旗を翻す機会を窺っていた王太子ジュード殿下と連絡を取り、協力して現王夫妻を押し込め、王宮の奥に隠れていた本物のハインツも引きずり出した。カインツ様のことも含めてこっちの事情を知った公爵家が、一転して味方になってくれたおかげで、サクサク進みましたよ!
しかもしかも、ハインツの元婚約者の公爵令嬢とジュード殿下は、実は幼馴染で両想いだったらしい。一度は諦めた恋を再燃させて見事ゴールイン、公爵令嬢はめでたく王太子妃になられた。
で、王家の言いなりになっていた司法官を総入れ替えして、公正な裁判を行った結果、国王夫妻とハインツは身分剥奪の上、生涯幽閉。よっしゃ、元王族だからって容赦はありません!
そして――新たな王となったジュード殿下に請われて、カインツ様は王族に復帰することになった。結婚していた私はなし崩しで王子妃になっちゃって、ローゼ男爵家は特別の恩賞を賜って伯爵に取り立てられた。父は優秀な遠縁を養子に迎えて次代も安泰。
だから私は王宮にいるわけ。あまりの急展開に付いて行けなかったけど、カインツ様は優しいし、今の生活には割と満足してるから、ま、いっか。
妹を追いかけたり王家と対決するドタバタの中で、何だかんだでカインツ様とも距離が縮まって、結構いい感じになってるしね。この前はついにキスしちゃったの!
次はどんなステップに進むのかとドキドキワクワクしながら、私はそっと、まだあの時の感覚が色濃く残る唇を撫でて微笑んだのだった。
お読みいただきありがとうございました。
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