第七話
クレアと双子が何度も約束を重ね、互いをすっかり『友人』と認めた頃だった。
「お姉さま、そろそろ観念してください」
双子に挟まれたクレアは、冷や汗をかく。
会うたびに双子は、会ってほしい人がいるのだと何度も話題にしてきたが、それをクレアは全力で話を変えて回避してきていた。いくら友情が芽生えていようと、否、友情が芽生えたからこそ、この関係が変わらないよう、回避していたのだ。
レイニーはもう立場を知られている事が分かっていたので一歩引いていたが、互いに身分を『知らない』でいる為に、名前すらも教えあっておらず、年齢だってはたから見て明らかに差があったが、確かに三人の間には友情があった。そして、その友情はクレアにとってかけがえのないもので、壊したくないという気持ちが強くある。それはもちろん、双子も一緒だった。
だからこそ、家柄のしがらみを排除したいと思うクレアと、だからこそ、全てを知ったうえで強固な関係になりたいと願う双子。互いを思う気持ちは同じでも、考え方が違ったのだ。
「ずっとお兄さまもあの時のお礼を言いたくてしびれを切らしておりますの。先日の一件で本来外出禁止のはずが、お姉さまを説得するという理由でここに来るのを許されていたので、そろそろ本当に謹慎を受けてしまいます」
クレアも大公家夫妻が海外を回っている話は知ってはいたが、いくらなんでもあんなことがあった後に護衛をつけるだけだなんて随分と自由なご家庭だな、とは不思議に思っていた。まさかそんな理由で外出しては、日が暮れるまで自分と話したり遊んだりのこれまでの日々を過ごしていたのかと、思いもよらなかった話にクレアは驚く。
「いえ本当に、何度も申し上げますが、皆無事だったじゃないですか!ご家族が出ていらっしゃるほどのことでは……」
「無事だったのはお姉さまのおかげでしょう?さあさ!今からわが家へ参りましょう!」
「恩人として、友人として、はやくお呼びしたかったんです」
親交を深めてからクレアは知ったが、少女は儚げな見た目とは違い、元気に何事も経験だと多少の強引さを持っていた。その明るさがクレアには新鮮で少女を好きな一つの理由でもあったが、今回ばかりは引き下がるわけにはいかない。そう固く思うのに、少年から告げられた『友人として』という言葉に、クレアは不覚にも嬉しくなってしまった。
「お気持ちだけ頂きます!」
「何をそんなに怖がっていらっしゃいますの?もうわたくしたちの瞳を見てお話しできるようになりましたし、冗談だって言える仲にもなりました。愛でるだけよりも楽しいとわかるだけの日々をお互い過ごしたと思いますの。この顔にも慣れましたでしょう?お兄さまのお顔だって怖くありませんわ」
――「お願いいたします。美しいものは愛でたいのです。貴方のお兄様に色目遣おうとか思っているわけではなく!あの美しい瞳に、自分が映ることが耐えられないのです!!今美しい貴方の瞳に自分が映っていることも泣き出したいほどにつらいのです!!」
少女の言葉に、先日の自分の言葉がフラッシュバックする。距離感が近い子達だと感じた事はあったが、まさか慣れさせるためだったのかと、クレアは口元を抑えた。
「それとも他に……ああ!」
ぱちんと両手を合わせた少女。何を思いついたのかはわからなかったが、家へ連行されそうなこの状況を打破できる内容であればいいと願って、クレアは少女へ目を向ける。
「ご安心ください!家に行く前にわたくしがうんとおめかしさせていただきますわ!」
「違う!違います!そこじゃないわ!」
最近ではたまに零れるようになってしまった楽な口調に、少女は一層嬉しそうな笑顔でクレアを見つめ返す。クレアとしては気が気じゃなかったが、少女たちはこうしたクレアから受ける敬語の抜けた言葉を好んでいるようだった。そんな顔を見れば嬉しくもあるが、末っ子で育ったクレアとしては気恥ずかしさもあり、立場をわかっている事もあって意識して使うのは控えていた。
「どんなに着飾ろうと伺うつもりはありません!そもそも着飾ってなんて行ったら、まるで……」
『色目を使っているみたいじゃないか』そう続きそうになった言葉を、クレアは飲み込む。そんな気持ちは全く持っていないが、そう思われてしまうのではないかという不安は、交友関係が狭く令嬢たちに目を付けられないよう過ごしていたクレアにとっては、恐怖でもあった。言いかけたまま口を閉じたクレアを見て、双子は互いの瞳を見合わせる。
結局その日は、少女が話しを変えて家への招待の話が再び上がる事はなかった。
◇
「うーーーん」
クレアと会った帰り道の馬車の中、双子の片割れである少女、アーミィは唸っていた。その隣で腰掛ける少年、グレイは彼女の真似をして首をかしげる。
「アーミィ、何を悩んでいるの?今日も招待に失敗した事?」
愛しい片割れの問いかけに、アーミィは考える。グレイの言っている内容で、間違ってはいなかった。しかし、失敗したことではなく、次の作戦について頭を悩ませていたため、首を縦に振るのも違う気がした。
「悪い事考えてる?」
「人聞き悪いわね。わたくしはいつだって全員が幸せになるための最善策を考えているわよ」
口を尖らせるアーミィに、グレイはくすくすと笑い声を漏らす。外ではなんでもできる神童だともてはやされているアーミィ。そんな彼女が信頼した相手にだけ見せるこうした表情が、グレイは好きだった。
「女性としてはお可哀そうだけど、ここ数か月で知ったお姉さまの性格を考えると、無理やりにでも一度お連れした方が良い気がするのよね」
ため息交じりにアーミィが言った言葉に、グレイは賛同する。心優しいクレアは、どこか控えめすぎるところがある事を、双子はもう理解していた。
「女性としてはってどういうこと?」
「初めてお会いするときは着飾りたいものでしょう?お兄さまのような方相手なら特に」
ソテルの美貌がとびぬけていることは、実の弟妹であろうとわかっている。そして、クレアは自身を低く見積もり、見られたくないと思っている事も初めて会った日にアーミィは耳にしていた。だからこそ、平民として会っている身なりのままで兄に合わせるのは、申し訳ないと考えていた。
しかしこのままでは、どちらかがあの湖に訪れなくなってしまえば、クレアとの関係は終わってしまう。双子にとって、それが一番怖かった。お礼をきちんとしたいことも、兄がお礼を言いたいと言っているのも本当だ。しかし、もともとのその目的以上に、双子ははやく互いの身分を知り、きちんとクレアと友人という関係になりたかった。
「もうこれは、強行突破しかないわ!」
「アーミィは時々過激だからなあ」
「あら、私のブレーキはグレイが全部持って行っちゃったのよ」
「ふふ、僕のエンジンはアーミィが持って行っちゃったもんね」
同じ顔を見合わせて、微笑み合う。
そうして自身にはないものを相手が持っているのだと主張する双子だが、本当は心の中ではわかっていた。アーミィはなりふり構わず突き進むように見えるが、実際は何度も思考を止めて最悪の事態を回避するブレーキも備わっているし、グレイも、クレアと出会ったあの日のように、アーミィの飛ばされたハンカチを湖の中まで取りに行くくらいには勇敢なエンジンが備わっている。
互いには互いが絶対に必要なのだと言い聞かせるように、お互いにないものを作ってみせては、それをあえて口にするのが、双子の日常だった。
「お姉さまは、私たちに甘いからきっと許してくださるわ」
「ふふ、可愛くごめんなさいする練習でもしておこうか」
同じ色の瞳を合わせて、二人は悪戯に笑いあった。