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お友達に戻るはずでしたよね?!  作者: 海里味見
友人編
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第一話


(結婚生活も、結構楽しかったな)


 友人の命を救うためにした結婚。

 それも今日で終わりを迎える―――と、思っていたのに。


「このまま、家族でいたい」


 世界一美しいと崇拝している顔に、なんで私は迫られているんでしょうか!?


◇◆


「お嬢様、こ、こうでしょうか」

「そう!そのままキープしていて!」

「ふっ腹筋がつりそうです」


 太陽が昇りはじめた時間。無人のベッドへ、まるでそこに人がいるかのように覆いかぶさり、亜麻色の髪長い髪をまとめたメイドが動きを止める。その光景を、ベッドの逆端でしゃがみ込みながら、淡い菫色の瞳を三日月に細めて、メイドが仕える主人の娘・クレアは眺める。クレアはきらりと瞳を輝かせると、ひらめいたとばかりに、ウェーブのかかった灰に薄い桃色を混ぜた髪を揺らして、心底楽しそうにペンを進めた。


 ここは、『ただただ穏やかに楽しく暮らしたい』というスローガンを掲げた上昇志向も権力欲もない当主が治める、クッキー子爵家。そんな家庭で三兄弟の末っ子に生まれたクレア=イベリス=クッキーは、自由を許されていた。


「その感想いいわ!いただこうかしら」


 そう、貴族の端くれにもかかわらず、検閲ギリギリのラインをせめたロマンス小説作家として活動するくらいには。


「もういいわ。レイニー、ありがとう。ポーズはやっぱり見て書くに限るわね」

「お役に立てて光栄です。しかしお嬢様、お嬢様の御本が最近では貴族の方も手に取られるようになったと出版社が言っておりました。これ以上は旦那様や奥様の耳に入ってしまうかもしれません」


 ――流石に嘘である。親には秘密だ。

 しかし、貴族の令嬢の務めとして政略結婚が主流の中、好きになった相手が平民だろうが他国籍だろうが、クレアが幸せなら嫁ぐのを全面バックアップすると幼い頃から言い聞かされているくらいには、両親はクレアに甘かった。王族だけはちょっと勘弁してほしいとは言われたが、まあ、その心配はないから安心してほしいとクレアは思っている。


 何はともあれ、ロマンス小説を出版しているのは本当だ。


 兄の真似をして領地の視察の真似事をしたある日、たまたま見かけた平民向け小説のコンクール。幼い頃から仲の良い侍女・レイニーのアドバイスをもとに身分を隠し、自分の理想の恋愛を文字にしたためて送ってみると、ありがたいことに出版してもらえる賞をもらった事が始まりだった。


 貴族の女性として生まれたにも関わらず、政略結婚を強いないどころか成人してから2年が過ぎた現在も無理に相手を見繕って押し付けない両親のもとに恵まれたこともあり、クレアにはこれといって生きる目標がなかった。あるとすれば『愛し合える人を探す事』くらいだろうか。労働でも趣味でも生きがいを見つけたいとは何度も思ったが、ここズーパト国の貴族の女性の仕事として主流であるマナーや勉強、刺繡も剣術も……とびぬけた才能もなければ、とびぬけた愛もうまれなかった。

 そんななか、自分の中にだけあった空想の世界を言語化したものが、多くの人に認められたという体験は、クレアにとってはじめてみつけた『生きがい』だった。なにより、徹夜をしながらでも、苦しみながらでも、本を一つ書き上げた事が、嬉しかった。そして、自身の努力がお金として、人からの感想としてかえってきた事は、言い表せないほどの喜びを感じたのだった。


 受賞後、出版社から続編の話を書かないかと誘いをもらい、今ではもう数冊の本が出版された。中には、兄の部屋に隠されていた春書を参考に、経験もない生娘にもかかわらず妄想だけで濃厚な表現にこだわったロマンス小説もうまれた。意外にもそれが話題となり、最近では貴族の御婦人の中にはこっそり手に入れている者も少なくはないらしい。そのおかげか、今まで一度も手を付けずに偽名で貸金庫に預けている報酬も溜まってきていた。


 そして、その金額が膨れていくにつれ、クレアにはぼんやりと、『夢』が生まれた。――ある程度お金を貯めたら市井に下り、平民として、小説家として生きていきたいと。


 そんな夢を抱きつつも、今の生活から一変することや、両親には構わないとは言われているものの、自分本位に生きてしまっていいのか、この選択をしてしまえば結婚だってできないかもしれない。小説だっていつまで手に取ってもらえるのかわからないのに、その時飢えないよう稼いでいけるのか。この選択は、若気の至りとなってしまうのではないか。

 下位貴族であり、下手をすれば裕福な平民商人よりも貧しさを知っているクレアは葛藤した。しかし、平民の服に身をつつみ、街に出た際、クレアの書いた本の感想を伝え合っている会話を聞いたことで、その夢に踏み出す決意をした。


 「わざわざ市井に下る必要はあるのか?」と、レイニーには何度も問いかけられているが、このまま貴族でいれば、ロマンスを中心とした小説家としては活動していくことが困難である事をクレアは理解していた。

 ロマンス小説のようなフィクションは、ズーパト国ではあくまで『低俗』として扱われる。本は哲学書や歴史書等、事実や思想を広めるものが主流とされており、現皇帝の取り組みによって文字の文化が平民にも浸透してきたことで、それにはしゃいだ『かわいそうな平民の幻想』というのが、小説への共通認識なのだ。

 そんな認識をされているものをうみだすクレアを嫁に迎える者は、奇特だと笑われるだろう。だからといって、いつまでも両親に甘えて独り身で家に置いてもらうわけにもいかない。親にだっていつバレるかわからなければ、もし貴族社会で広まってしまえば、ここまで自由に甘やかして育ててくれた家族の立場を悪くしてしまうかもしれない。


 要するに、誰にも迷惑をかけずにズーパト国で小説を書き続けるためには、市井に下るしかないのだと、クレアは結論を出した。


 だからといって、クレアもいやいや下るわけではない。

 平民は、小説の感想を聞きやすい。街を歩いていても聞こえてくることがあるくらいだ。しかし貴族は、件の共通認識があるせいで、感想なんてもってのほか。読んでいても決して口にしない。つまりは、感想なんて聞けたものじゃない。いくら書きたくて書いているにしても、表面上見下されるというのは、なかなか悲しいものがあった。


 そういった理由で、今は執筆の取材も兼ねて、クレアはレイニーに平民の暮らしを少しずつ教えてもらっている。掃除や冷たい川での洗濯も習ったし、細かい銅貨の使い方もうまくなった。買い物だって、値引き交渉ができるほどになっていた。入浴が頻繁にできない事だけが不安だが、もともと上位貴族で香油をふんだんに使った生活をしていたわけでもないし、きっとそのうち慣れるだろうとクレアは自分を説得した。生活の不安を徐々に取り除き、あとは、家を買う金額を差し引いて、五年暮らせるほどの金額がたまれば両親に言おうと決め、あと少しのところまできていた。


「レイニー、いい天気だし、このあと街に行きましょう」

「お嬢様、本日は絶対にだめです!今夜は皇帝陛下主催のパーティーですとあれほど」

「陛下主催だからこそ、私なんかがいなくてもばれないわよ」

「いけません!ほ、ほら、パーティーでも新しいアイディアが浮かぶかもしれませんよ!」

「……それもそうね。貴族にあこがれを抱いている読者も多いし、今のうちに貴族社会をたくさん体験しておかなくちゃ」


 切り替えて、貴族にしては小さなクローゼットへ向かうクレアの後ろで、レイニーはホッとため息をつく。そんな可愛らしい彼女に、クレアは頬を緩ませた。


(市井に下ったら、レイニーは侍女ではなく、友達になってくれるかしら)


 身分が変わった時のレイニーの反応が怖くもある。ほんの少しの期待を胸に秘めて、あと何回こうして彼女に髪を結ってもらえるのだろうかとさみしくなりながらも、クレアはレイニーの優しい手櫛を堪能した。


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