4.堕ちた神童
「ぜ、全力!? ちょ、ちょっと待っていてくださいね!」
教員は慌てて風魔術で連絡をして周囲の教員をかき集め、今回の魔術実技で的として使う予定だった人形の前に15人ほどで障壁魔術を展開した。
その様子を見てヴィクターは心底不思議そうな顔をし、テオドールは顔を真っ青にした。
「なあテオドール。何故先生方はあんなに強固な障壁を作っているのだ?」
今にも吐きそうといった具合のテオドールは、ぐっとそれをこらえて答える。
「君の全力を受け止めるため……なんだろうね」
「いや今の我の魔術など、学院に通っていない人と同等かそれ以下だぞ? だというのにどうして?」
「俺を除いて誰も、君の言葉を信じていないのさ」
神童ヴィクターが今もなお健在だと、心の底から信じているからこその行動。
妄信的なまでのその行為を、責めるのは酷かもしれない。
それほどまでに、ヴィクターがかつて行ってきた功績の数々は現人神だと思えるほどのものだったのだから。
「ふっ」
小さく、ヴィクターは笑みを浮かべた。
「ヴィクター……?」
「であれば、遅かれ早かれ、この展開にはなっていたのだろうな」
彼は決して臆さない。
言葉遣いこそ変われど、その瞳は昔と変わっていなかった。
テオドールはその背中を眩しそうに見つめた。
「よかろう! では我の全力の魔術をお披露目といこうではないか!」
ヴィクターが声高らかにそう叫んだ瞬間、周囲が一斉に沸き立った。
ついに、神童の再臨だと。神の魔術が見られるのだと、テオドールなどの事情を知る一部の生徒を除いたその場のほぼ全員が口々に喜びの声を口にする。
肩で風を切り、彼はローブを風で靡かせながら堂々と歩みを進めた。
そして的となる人形に対して右手をかざし――
「術式展開!!」
ーー汎用基礎術式の詠唱を空高く響き渡るような大声で叫んだ。
そしてヴィクターは全身全霊で術式を虚空に描いていく。
しかしソレはあまりにもーー
「ーーお、遅くない?」
「しかもあの術式って、初級魔術じゃ?」
「冗談でしょう……?」
ーー遅く、規模の小さいものだった。
仕方の無い事だった。
彼は5年前、とある事情でその身に宿す魔力回路の99%を失ってしまった。
全身に魔力を送る回路が無くなってしまえば、必然魔力の出力が減ってしまう。
今のヴィクターはこの初級魔術の術式を展開するのでさえ一苦労だった。
「属性選定・火 形状選定・矢」
詠唱で補助をしながら彼は魔術式を必死に紡ぐ。
そして描き終えーー
「術式発動!!」
ーー初級魔術である火の矢を発動させた。
魔術式から弾かれた様に火の矢が飛び出し、人形の前に展開された幾重もの障壁の一番表層にぶつかりーー
「「「…………」」」
ーー魔術はポヒュ、と空しい音を立てて消え去った。
演習場とその周囲に、異様な空気感が立ち込める。
全ての視線がヴィクターに集中し、彼の次の行動を伺う。
だがいくら待っても、彼は次の魔術を撃とうとはしなかった。
それどころか、一仕事やり終えたとでも言いたげな清々しい表情で汗を拭ってすらいた。
「あ、あの、ヴィクター様? 御冗談は程々にして本番を……」
その教員の言葉に、流石のヴィクターも苦笑する。
「何度も言っているであろう。今の我はまともな魔術を発動できないと。先程の初級魔術が今の我の全力だ」
「そんな……馬鹿な……」
呆然とする教員。いや、教員だけではない。この場にいるほとんどの生徒が呆然とし、次第にヒソヒソと陰口を叩き始めた。
周囲に満ちているのは明確な落胆。
時間を無駄にしたとでも言わんばかりに、大きく溜息を吐きながら演習場を後にする生徒達。
「最初から、言っておったのだがなぁ……」
そう呟く彼の事を、テオドールはまともに見てはいられなかった。
ただ、ひたすらにやるせなかった。
当時のヴィクターの力を誰よりも知っていたテオドールは、何も言わずただ拳を握った。
その手から零れ落ちる赤い雫を指摘するものは誰もいなかった。
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