3.王立魔術学院
その日、王立魔術学院は一種の祭り状態になっていた。
ほぼ全校生徒が授業などそっちのけで、たった一人の生徒の様子を見に来たのだ。
教員が生徒達を注意しに回るが、授業に参加していない生徒が多すぎて手に余っているようだ。教員の中には生徒の中に混じり興味津々に演習場へと視線を向けている者もいた。
彼らが浮き足立っている理由は一人の神童が5年ぶりに復学し、その魔術の才を改めて目にするためだ。
神童の名はヴィクター・セルランス改めヴィクター・ライラック。
公爵家の元嫡男にして、勘当された今はただの平民へと身を落としていた。
神童の名に恥じない彼の魔術の才は、学院の生徒の記憶にも新しかった。
初等部の時点で現存する魔術を全て習得し、それどころか十余年変更が加えられなかった汎用魔術の改良まで行うという偉業まで成し遂げた。
故に彼が突然その姿を消した時、クラウゼヴィッツ王国には大きな混乱が引き起った。近隣諸国に知られないために軽い箝口令まで敷かれたくらいだ。とは言え、人の口に戸は建てられないためあまり効果は見られなかったようだが。
「ふむ……。はっはっは! これは壮観だな!!」
ヴィクターは周囲から寄せられた奇異の視線を物ともせず、腰に両手を当てて高らかに笑い声を上げた。
そんな彼に対して、心配そうに声をかける赤髪の男がいた。
「ヴィクター……。大丈夫なのか? 何なら、俺がこの場は収めるけど……」
赤い髪を携えた優男の名はテオドール・ウィルツ。伯爵家の嫡男である。
ヴィクターの幼馴染であり、彼の唯一無二の親友だった。
彼はヴィクターの現状と姿を消した理由、その全てを把握していたため胃が痛くなるような思いだった。ような、というか現在進行形で胃を痛めており顔をしかめていた。
「何を言うか! わざわざ我を一目見ようと集まっていただいたのだ。ここで隠れるのは失礼というものであろう?」
彼は輝く金髪を手で後ろに流しながらそう答えた。
その瞳は太陽の光を反射して金色に爛々と輝いていた。
「久しぶりに神童を見られるということで、学院の皆さんが期待しているんですよ」
ローブを羽織った教員が、ニコニコと人の好さそうな笑みを浮かべてヴィクターに話しかけた。
そんな教員に対して、依然として尊大な言葉遣いで不思議そうにヴィクターは言う。
「今の我に神童という評価は過分なのだがな? 何故誰も信じてくれないのであろうな? 今の我はまともな魔術を発動できないのだぞ?」
教員はヴィクターが謙遜しているのだと思い苦笑した。
「ははは……。貴方の言うまともな魔術がどれほどの高みなのか伺い知ることもできませんが、私達のような凡人からすれば貴方の発する魔術が神の御業に思えて仕方ないのですよ」
そんな教員の言葉にヴィクターはますます困惑する。
「うん……? やはり、我の言いたいことが伝わっていないような気がするのだが……?」
そんな彼らのやり取りを見かねて、改めてテオドールが口を挟む。
「先生。せめて関係の無い生徒は講義に戻すべきです」
「テオドール君……。きっと皆神童ヴィクターの魔術を一目見れば満足しますよ。それに、君も久しぶりに彼の魔術を見たいでしょう?」
「それは……」
きっと、これ以上何を言っても無駄なのだろう。テオドールはそのことを察し、ヴィクターの方へと目配せして口をパクパクと動かし、『すまない』と謝罪した。
「はっはっは! まあ良い! では我の今の全力を以ってして応えようではないか!!」
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