いつかこの地に
青い空、草をそよがせて吹く風。
特殊な能力を持たない人々の慎ましく、素朴な暮らし。
いつか終わると諦めつつも強く生きる姿。
僕は彼らを・・・・・・
銀河の果て、辺境の星ラグナロク。
星間通信さえ届かず、宇宙港すらないこの星に訪れる者は居ない。いや、居ないはずだった。
地図にも載らないこの星には希少金属も採掘できず、ただ豊かな大地と、素朴な人々が住んでいるだけ。
それは、ラグナロクに1艘の宇宙船が不時着した事が始まりだった。宇宙船を見た事も無い人々は乗組員達を助け、もてなそうとした。
彼らは悪い人間では無かったから。
しかし、人々は知らなかった。自分達が普通では無いと言う事を。この星の人々は全て特殊な力が使えたのだ。
乗組員達は自分達の宇宙船が作物を荒らしてしまった事を詫びた。しかし、この星の人々にとってそれはとても些細な事で、気づいた子ども達が既にその力で直していた。
驚いた乗組員に子ども達は教えたのだ。
「驚く事じゃないでしょ?誰でもできるもの。」
「誰でも?」
子ども達は問われるままに答えた。作物を育て、水を流し、王族は気候も操るのだと。
それは他の星ではありえないと知らずに。
善人と思えた乗組員達は彼らに感謝の言葉を告げて星を去り、その後、軍を率いてラグナロクを襲った。
ラグナロクにとって、財産は人間。他の星にとって何ものにも変え難い資産。
突然上空を覆った飛行船の群れに人々は慌てふためいた。
「ダリウス、何が起こったのだ!」
国王サブールは状況を調べ、顔を強ばらせて駆け戻る補佐筆頭のダリウスに状況報告をと告げた。
「他の星からの侵略です。遠耳に調べさせたところ、我らの力を得るため、人々を奴隷として攫うつもりとの事。陛下、今すぐに次元渡りの手続きをお願いします。時間がありません。」
「うむ。」
「陛下、お待ちください。今、次元渡りを行えばあのもの達が他の星の者に襲われる事になります。せめて私だけでもこの星に残して彼らを守らせて下さい。」
「ヤニス、しかし・・・。」
「陛下、お急ぎ下さい。ヤニス王子、彼らはこの日の来る事を覚悟していた者達です。お諦め下さい。」
ヤニスは立ち上がり、一歩下がって父王に深く頭を下げた。
「陛下、行ってください。私が次元渡りをします。私はこちらに残らせて頂きます。どうぞお体を大切になさって下さい。今までありがとうございました。」
ヤニスの後ろには影のように彼の側近のアランが従い、同様に頭を下げた。
そして、ヤニスの全身から光が放たれ、王城からも街からも人が消え、そして、今まで居なかった人々が現れる。
次元渡り。代々の王族により作られてきた別次元のラグナロク。そこと今居るラグナロクの人々を交換する力。
王族のみが操るこの力は、ラグナロクに住む人々を別次元に飛ばし、その別次元のラグナロクで生活してきた者をこちらに飛ばすものだった。
本来、特殊能力を持つ人々の中に、力を持たない一族が居た。その一族は大いなる昔、ある一人の若者の愚かな行為が原因でその異次元の星に飛ばされ、そこで暮らす事を義務付けられた。
何も無い星での暮らしは苦しく、それでも必死に生きた。
作物を豊かにする力も使えない彼らは、ただ黙々と働き、何とか日々の暮らしを送り・・・。
ヤニスは第二王子ではあるが、特殊能力は誰よりも強い。だから、本来数人で行う次元渡りを一人で一瞬で行う事も可能だった。
子どもの頃から力のあったヤニスは、今から5年前、15才の時、ふと異次元のラグナロクに一人で見に行った事があった。
本来なら次元渡りを行わない限り行けない場所へ。
「荒れているな。耕されてはいるが、実りは少ない。土地が痩せすぎているのだな。彼らはは力が使え無いから。なんと酷い。」
彼ら――ナキアの一族。次元渡りが行われる迄の間、この星に住み、この星を管理する役割を与えられた人々。
原因は一族の青年の王家の姫への恋情だった。彼は姫を誑かし、王城から誘い出して、子をなそうとした。一族に力あるものを産ませるために。
しかし、過去視さえできてしまうヤニスは知ったのだ。
姫は一時の遊びでその素朴な青年を誑かし、父王に知れた時、自分は被害者だったと告げ、泣いて悲しみを訴えた事を。そして、怒る父王により青年の一族がちょうど用意できた異次元のラグナロクに飛ばされた事を。
「何者だ!」
ヤニス達の前に立って睨んでいるのは、ナキア一族のリーダーである夫婦だった。
「僕は・・・。」
「表の星の者か?」
「表?」
「あちらから来たんだろう?そうか、表の星の者なら自由にここに来れるんだな。」
自嘲を含んだ苦々しい声で、その男はヤニスを睨んだ。
「貴方は知っているのですか?」
「何を?俺達がいつかお前達の身代わりに使われると言うことか?力の無い俺達一族が表の奴らにとって価値が無いと思われている事か?」
「・・・・・・。」
「こちらに気軽に来れるお前には分からない。いきなりここに飛ばされ、木の根を齧り、泥水を啜って必死に生きてきた俺達一族の事を。他のやつに会う前に帰ってくれないか?」
「・・・すみません。」
「あぁ、お前が悪いわけじゃない。俺の先祖が悪いんだ。それはわかっている。でも、一族には子どもも、弱い女も居た。この星には医者も居ない。生きていくことは簡単じゃない。わかって欲しい。表の星はこの星に住む者の憧れなんだ。夢を見させないで欲しい。」
「夢?」
「いつか豊かなあの星に帰ることができるかも知れないと言う夢だ。口にしなくても、皆、心に思っている。豊かな緑に覆われる大地。滔々と流れる透き通った川。生まれてから一度も見たことのないその景色を見てみたいと言う夢だ。」
ヤニスはかつての王家の過ちを男に伝える事は出来なかった。恥ずべき事で、伝える事が怖かったのだ。
「帰ります。」
ヤニスはもう一度、男に向き直り、頭を下げた。
それは今のヤニスにできる精一杯の謝罪だった。
「お名前を教えてください。」
「俺か?俺はマーク。こいつはナタリアだ。」
「マーク、ナタリア。せめてものお詫びです。土地に祈りを。」
見る見るうちに、作物は育ち、土地は肥えた土地へと変わる。マークとナタリアが驚き、屈んで土に触れている間にヤニスの姿はそこから消えていた。
「なあ、ナタリア。あいつは誰だったんだろうな。」
「そうね、神様かなぁ。でも、泣きそうな顔をしていて、私は抱きしめてあげたかったな。」
「おいおい。」
「あの子はまだ子どもなのに、随分大人びた目をしていて。なんだか消えてしまいそうな感じがしたの。」
柔らかい金髪。水のように透き通った薄い青い瞳。子どもらしい柔らかな輪郭のまだ幼ささえ残る少年の目には罪悪感と悲しみを感じた。意思が強そうなのに、儚げなアンバランスさ。
彼らの息子も何かナタリアと同じものを彼に感じたのかもしれない。ヤニスが消える直前にヤニスを抱きしめ、共に姿を消してしまった。
ヤニスは戻った後、父にも母にも、兄にも、かの地の人々の救済を願ったが、誰にも受け入れられなかった。
あの一族があの星に居るのは彼らの罪の償いなのだからと。
彼の見た真実さえ、受け入れられる事は無かった。
「アラン、僕は力が足りない。誰も説得出来ない。」
「ヤニス様。」
異次元の星からついてきた少年、アランはヤニスと個人的に親しい隠居の孫としてヤニスの側仕えとして務める事になった。ヤニスはアランの正体がバレないように自分の力を与え、彼が力があるように見せかけ続けた。
「いっそ、少しづつこの星に戻そうか。」
「なりません。彼らは力が無い。すぐに見つかってしまいます。」
「あ・・・・・・でも、彼らはあんな目にあう罪を犯していないのに。」
「待ちましょう。いつかチャンスがある筈です。」
そして、5年後、宇宙船が不時着したのだった。
アランは子ども達に囁いた。
「畑が荒れてしまったね。君達の力で治してご覧。お父さん、お母さんが褒めてくれるよ。」
「やるやる。褒めて欲しい!」
素直な子ども達は乗組員の前で畑を治してみせ、特殊能力についても説明をした。乗組員の目が光るのをアランは木陰に身を隠し、そっと窺っていた。
「アラン、首尾は?」
「おそらく数日以内には、動くと思われます。」
「そうか、いよいよだな。」
「ヤニス様、本当に良かったのですか?」
「うん。一回きりのチャンスだ。僕の力全てを使って成し遂げてみせる。お前も久しぶりに両親に会えるな。」
「私が勝手についてきただけです。」
「それでも今までありがとう。もし、これが終わっても生きていたら、また一緒にいてくれるか?」
「はい。必ず。」
「ありがとう。」
そして、次元渡りが発動した。
異次元から初めて戻った人々は飛ばされた直後に見た宇宙船に怯えた。自分達以外、誰もいない。今度は何の罰なのだろうかと。
「父さん、母さん。」
「アラン!」
人々の中から両親の姿をみつけ、アランは駆け寄った。
「これはなんだ?あの宇宙船は?」
「安心して下さい。あれは今から僕が片付けます。」
王は、いや、王以外の家族さえ、ヤニスの力を知るものは居なかった。もし、居れば、彼らはこの事態に陥っても次元渡りをする事は無かっただろう。ヤニスは慎重に隠し、アランはその協力をし続けた。
ナキアの人々をこの星に戻したいと言うヤニスの願いを叶える為に。
そして、ヤニスの力で宇宙船は次々と遠く離れた宙域に飛ばされて行った。
力を使い果たし、くずおれたヤニスを抱え、アランは両親にヤニスの思いを伝え、その後、姿を消した。
「ヤニス様、あなたの願った景色が見えますか?目を覚ましてください。ナキアの人々はこちらでの生活を始めました。」
あの日から一週間が経とうとしていた。ヤニスが目を覚ます気配はまだ無い。
アランはヤニスの好きなどこまでも青い空を見上げ、零れそうになる涙を抑えた。
「お願いです。目を覚ましてください。あなたが起きて私に話しかけて下さらなくては寂しくて仕方がありません。」
そっと柔らかい金髪に触れる。彼は眠っているようにしか見えないが、このまま目覚めなければ、アランはヤニスを失ってしまうだろう。
いっそ、死んでしまおうか。面窶れしたヤニスを見ながらアランはそんな事を思う。
遠くで鐘の音が響く。
ナイフを取り出し、自分の首筋にあてた。
「ヤニス様、すみません。私はあなたが亡くなる姿を見る勇気が無い。先に逝かせてください。」
ナイフを持つ手に力を入れる。その手にそっと触れるものがあった。ビクッとして、下を向けば、薄色の青い瞳が目に入った。
「アラン、おはよう。良い天気だね。」
「ええ、ええ、ヤニス様。少し眠りすぎです。もう起きないかと思いました。おはようございます。」
アランはそっとヤニスを抱きしめた。その目には喜びの涙が溢れていた。
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