悪夢の始まり
「ふざけるな!ここからだせ!」
ある人は怒気と共に怒鳴る。
ある人は石床に手をつき、涙を流しながら項垂れている。
誰もが混乱の渦に呑み込まれる中、俺は呆然と目の前の光景を体から精神が抜け出してしまったかのように眺めていた。
「少しは落ち着き給えよ、諸君。ここは私が生み出した世界であり、君たちがこれから生きる世界でもある。新たなる人生の門出に怒りも涙も似合わないと思わないか?なに、心配することはない。このゲームで死んだところで君たちの体は無事だ。デスゲームなんてくだらないことを私は強制するつもりはないよ。ゲームの醍醐味は失敗すること。次の成長の芽を摘むことなど私にはできない。さて、先ほど説明したとおり、このゲームをクリアしない限り君たちの精神はこの世界に半永久に閉じ込められることになる。
その間君たちの体は脳内チップに搭載された人工知能によって周囲に気づかれることなく日常生活を送ることになるだろう。食事も排泄も諸君らは気にすることなくこのゲームに集中できると言うわけだ。なかなか気が利いているとは思わないかな?まぁ、しかしだ。死なないゲームだと舐めてかかられるのは困るからね、痛覚や空腹感、睡眠欲などは現実世界と遜色ないほどに調整させてもらった。
ある意味ではサバイバルゲームと言っても過言ではない。
戦わず空腹で苦しむのも、全ては君たち次第だ。私から教えられることはこれだけだ。あとは実際に君たちの手で確かめるといい。では、諸君らの健闘を祈っているよ。」
言いたいことを言い終えたのか、どこからともなく聞こえていた、頭に語りかけてくるような不気味な男の声は聞こえなくなった。
街を満たしていた騒々しさが鳴りを潜め、静寂が一体を支配した。誰もが呆然と現状を飲み込めずにいるようだった。
どこまであの男が言っていたことが本当かは分からない。
嘘かもしれないし、本当かもしれない。
ただ、問題なのは頬をつねってみれば痛みを感じるし、言われたとおりに若干の空腹感を感じていることだ。
現実世界がどうなっているのかは不明だが、少なくともこのゲームの中で起きていることに関しては事実らしかった。
それにしても、ゲームだと言うわりには視界にそれらしきアイコンも見受けられないし、hpバーとか、レベルとかも表示されない。
とても試す気にはならないが、この世界はHP制ではなく、部位の欠損に応じた形で死亡判定がなされるのではないか。
つまり、心臓を一突きにされれば致命傷だか、骨折したくらいでは死なない。死なないという一点以外に関してはリアリティにこだわった仕様になっているのではないか。
そう考えたところで、ゲームの効果音のようなBGMがあたりに響き渡った。
『ただいまを持ちまして、ワールドシナリオが進行したことをお知らせします。探索者の皆様にランダムで刻印を配布いたします。』