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『ジオ……どうして……』
『髪飾り、やったろ。あれが反応した。無事か?』
『うん……』
ジオの声に、少しずつ気持ちが引っ張り上げられていく心地がする。
こわばっていた身体から力が抜けていく。
『ねぇ、ジオ』
『ん?』
『私、決めたよ』
今回ので痛感した。
これ以上は無理だろう。
私にとっても、母さんにとっても。
だからね。
『私を攫って!』
待たせちゃって、ごめんね。
『よしきた! ちょっと待ってろ、今そっち行く』
え、今?
今って言った?
念話がぶつっと切られ、ぽかんと呆ける。
ねぇ、今って言わなかった?
大事なことなので三回言いました。
「ルーシェ! ってうおっ⁉ なんやこのガッチガチの結界⁉」
ほんとに今来た。
「うわなんやこれ! ドア開けられんやん! どないしたんこれ……って泣いてる⁉ ほんまどないしたん⁉」
「……ふふっ」
慌てるジオがおかしくて、小さく笑う。
笑う私に気付いたジオは、ほっとした笑顔でそっと抱きしめてくれた。
ついでに涙もさりげなく拭ってくれる。
「で?」
「うん?」
「なにがあったらこんな惨状が出来上がるん?」
うーむ、どう説明したものか……。
「なんならあれするか、記憶共有」
考え込んだ私を見て、そう提案するジオ。
「記憶共有?」
「そ。闇系統の魔法。イメージとかもそのまま共有できるからめっちゃ便利」
「じゃあ、それで。見てて気持ちのいいものじゃないと思うけど……」
「大丈夫大丈夫。こちとら生まれてからずっと殺し合いを続ける兄弟の一人やし」
物騒すぎる。
本人はケラケラ笑ってるけど。
笑い事じゃないと思うの。
「ほな、やるぞ」
お互いの両掌と額をくっつけ、内側に入り込もうとする感覚を受け入れる。
本の山、ひとりぼっちの部屋の中、薄暗い廊下、カトラリー、ハンカチ。
最近の記憶が早送りで再生されるように流れていく。
そして遡っていく。
去年、一昨年、それから、前世へ。
また、あの感覚に呑まれそうになる。
無意識のうちに温もりを求めて、つないだ手に力が入る。
「ルーシェごめん!」
「ぐえっ」
額を離され、代わりに思いっきり抱きしめられた。
乙女の口から出ちゃいけない感じの声が出る。
でもあの嫌な感覚が霧散したからよしとしよう。
「ホンマにすまん! そこまで見るつもりはなかってん!」
大丈夫だよ、と言おうにも締め上げられているから無理。
かわりにジオの背中をぺしぺしする。
「ああぁぁぁマジでごめん!」
気付いたジオが腕を緩めてくれて、ようやくしっかり息が吸えるようになった。
「ん、大丈夫」
「悪かった……」
ぐったりして私の肩に頭をぐりぐりと押し付けるジオ。
「はあぁぁぁ……こんなにショック受けたの、姉貴にいきなり悲嘆の令嬢読まされた時以来だわ……」
「悲嘆の令嬢?」
「悲嘆の令嬢物語。悪役令嬢エルシア視点の小説。ゲームから小説出ることあるやろ? あれの一種」
なるほど。
「じゃあ、ジオが物語の裏側を知ってたのは、そういうこと?」
「そゆこと。ヒロイン視点のゲームやと薄れてたエルシアの悲劇がさ、小説ではエルシアの心情がえげつないほど描かれてて……あれはキツイ……」
そう言いながらもジオのぐりぐりは止まらない。
「しかも俺さぁ……エルシアが推しなんよ……。エルシア見るためだけにゲーム周回しとったくらいやし……。そこにあのクソ姉貴、無言であの小説押し付けてきやがってさぁ……!」
うわぁ……。
「最初なんやこれって思ったんよ。表紙絵に見覚えなかったし、あらすじ部分は”あなたが齎した絶望、その結末”としか書いてなかったし。ホラー系かなぁとか思って軽い気持ちで読んでもうてん……!」
うわぁ……それは、うわぁ……。
「読み終わって、あなたが齎した絶望ってゲームでプレイヤーがエルシア追い詰めたことかよとか、よく見たら表紙絵エルシアの後ろ姿やんとか、気づいてもうて……絶対性格悪いわあの運営!」
「うわぁ……」
最早うわぁ……としか言えない。
「ちなみに……ゲームをやり込んだプレイヤー層をヘヴィ層と言いまして、さらに小説を読んだプレイヤーもヘヴィ層と言いまして」
「そうなんだ?」
「そうなんよ。俺みたいなゲームやり込んで小説も読んだプレイヤーをヘヴィヘヴィ層言うねん。これ豆な」
めっちゃ重そう。
「ということは、ゲームは程々、小説読んでないプレイヤーはライトライト層?」
「よく出来ました」
「わーい」
褒められたみたいだからとりあえず喜んどこ。
「……なぁ、ルーシェ」
震える声で、ジオが私を呼ぶ。
「俺は、信用に値するか?」
「え?」
「どうすれば俺を信じられる? 忠誠を誓おうか? 隷属してもいい。いっそのことルーシェを裏切ったら死ぬ呪いでもかけようか」
なにごと⁉
「なぁ、俺はどうしたらいい? どうしたら、ルーシェは安心できる?」
……あぁ、そうか。
ジオは私の前世の記憶を見たから。
だから、人を信じることにトラウマがあると気づいた。
今のジオも私と同じだから。
「大丈夫。ジオは信じられる。じゃないと、攫ってなんて言えないよ」
「そっか……」
ほっとしたように再び私を抱きしめるジオ。
「良かった……。俺、信じられるの、ルーシェしかおらんから。ルーシェに嫌われたら生きていかれへん……」
大袈裟な。
「……初対面の時、敵になるかもしれない、とか言ってたくせに」
ちょっとした意趣返しのつもりでポソッと呟く。
あれ、心臓に悪かったんだからね、トラウマ的な意味で。
うぐっと詰まるジオ。
「あれは……ホント悪かった。襲撃があった直後とはいえ、ルーシェに言っていい言葉やなかった。ごめん」
「襲撃!?」
「おう、例の王位をめぐる兄弟喧嘩のな」
それ、兄弟喧嘩とかいうレベルじゃないと思うの。
「まぁ、今後は関係なくなるんやけどな。そういうわけでルーシェ、そろそろ行くから持ってくもんとか準備しよか」
「はーい」