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迷子になってジオに会ったあの日からひと月ほどが経った。
母さんは相変わらずである。
父さんは一か月から数か月に一回、帰ってくる。
前回の帰宅は一か月半ほど前だった。
つまりは父さんも相変わらずである。
ジオとはあの日以降会っていないが、ほぼ毎日のように念話でおしゃべりしている。
念話、とっても便利。
会話の内容は主に魔法、魔術、一般知識。
術式などを覚えなければいけない魔術はともかく、魔法についてはそれなりの使い手になったと思われる。
悪役令嬢スペック素晴らしい。
私に一般知識がなかったのはお察しである。
あの母さんが庶民的一般知識を備えているはずがない。
なお、念話のパスをつないだのは未だジオだけである。
友達少ないとかそんなはずはありません。
気のせいです。
そしてこのひと月で、とある成果をあげた。
自分で本を読ませてもらえるようになりました!
やっとか、と思わなくもない。
でも、我が家にあるのは上流階級がコレクションするような革の装丁の本だ。
そりゃ子どもには与えづらいよね。
それはともかく、とうとう確認することに成功!
何かって?
文字です!
がっつりひらがなカタカナ漢字でした!
ご都合主義おつ!
まあ、乙女ゲーがもとになっているからかもしれないけど。
そして一人で本を読むようになった結果、育児放棄が加速しました。
一日一回夕食の席で顔をあわせたらまだマシな方、ひどい時には一日二日会わないこともある。
最近はジオがそろそろ諦めて攫われろと勧めてくる始末。
でもやっぱり、あと少しのところで踏ん切りがつかない。
前の記憶があったとしても、父さんと母さんの子として生まれたから、親子の情はある。
どうも精神年齢が身体につられてか若干低くなってるみたいだし。
子どもは無条件に、親とか、それに準ずる相手を慕うもんなんだよ。
だからダメ親だとしても心のどこかで躊躇してしまう。
たとえ、ダメ親度が加速度的に増しているとしても。
夕食中の今も、目を合わせようとはしない母さん。
おしゃべりも皆無。
明らかに悩んでいる様子の私に気付いているのかどうか怪しい。
誰かと食べているのに食器の音しかしない食事ほど味気ないものはないよね。
結局、無言のまま終わる夕食。
もういっそのこと自室で食べようか、なんて考えながら部屋に戻ろうとすると、足元にひらりとハンカチが落ちた。
前を歩く母さんのものだと思われる。
拾い上げ、渡そうと駆け寄る。
「母さん、これ」
落としたよ。
そう続けようとした瞬間。
「いやぁっ⁉」
バシッと、手を叩かれた。
ぽとりと再び落ちるハンカチ。
見上げた母さんの顔は、恐怖にひきつっていた。
「……ぁ……」
ぞわりと全身を襲う悪寒。
遠ざかるすべての音。
ばくばくと耳元で騒ぎ立てる心臓。
思い出すことを拒否するように働かなくなっていく頭に。
逃げろ。
一つだけ浮かぶ言葉。
その言葉に従って弾かれたように自室へと駆け込む。
閉めたドアに魔力を流して根を張らせ、開けられないように。
窓にも同じ処置をしてからカーテンを閉め、外からも手出しできないように。
部屋の形に合わせて四角い結界を何重にも張り巡らせて固定し、外からの音も、衝撃も、すべてシャットアウトするように。
ベッドに潜り込み、ぎゅっと身を守るように丸くなる。
目をつぶり、耳をふさぐ。
────あの子、捨てられたんだって
────要らない子だったんだ?
────うわぁかわいそ
クスクスとさざめく嘲笑が聞こえる。
馬鹿にしたように弧を描く目が、口が見える。
嫌だ、嫌だ。
好きで独りになったんじゃない。
やめて、やめて。
私だってどうにかできるならしたかった。
またいなくなるの?
また独りになるの?
そんなの無理だよ、もう耐えられない。
ねぇ誰か。
誰かいないの?
お願い、独りにしないで……。
『ルーシェ! ルーシェ⁉ 何があった!』
『……じ、お……?』