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話が一段落したところで、迷子の悪役令嬢さんは城下町通の悪役王子さんと一緒に母さん探しをすることになった。
いいのかなぁ、王子が城下町通で。
手をつないで裏路地から出る。
軽く周囲を見渡すが、やはり母さんは見当たらない。
気づいていないのか別の場所を探しているのか。
「今日は何買う予定なんだ?」
周りに人がいるため標準語に戻ったジオが訊いてきた。
「決まってません」
「……は?」
「決まってません」
「決まってないのに市場来たのかよ……」
「母さんはそういう人だから……」
思い立ったようにあれが欲しい、とお手伝いさんを走らせることが多々ある母さん。
気まぐれを起こして出かけることもある。
今回のお出かけもその気まぐれだ。
「はぁ、それだとどこにいるのか見当もつかねぇじゃねぇか……」
なるほど、何を買うのか訊いたのは、買う物から母さんがいる可能性のあるお店をピックアップするためだったらしい。
「でも、普段こういう時は布を扱うお店とかアクセサリー類を扱うお店とかよく見てるかな」
「なるほど、多いな」
「あはは……」
確かに、布とかアクセサリーのお店はあっちこっちにあるからなぁ。
外側も内側も含めて。
「こうなったらしらみつぶしに探すしかないか。よし、行くぞー」
「おぉー」
「母親は何の獣人?」
「ネコ科としかわからない。色は薄茶色」
「んー、色とかも含めれば見つかるだろ」
ということで、一番近かったアクセサリーのお店から聞き込みを開始した。
「おじさーん、この子迷子になったんだけど、ねこっぽい女の人見なかった?」
初っ端から迷子をぶっちゃけないでほしかった。
いや、女の人探してる時点で誰が見ても迷子か……。
「んん? 嬢ちゃん迷子なのか。ねこっぽい、なぁ」
「薄茶色の毛並みなんだけど」
「うーむ。ごめんよ、ちょっとわからん」
「そっか、おじさんありがと。あとこれちょうだい」
「おっ、まいどありぃ!」
私が会話に参加することもなく、ジオは何かをお買い上げしてそのお店を離れた。
「やっぱダメだったか。まぁそりゃ一発目で当たるわけないよな」
次のお店を探しつつ先ほど買った何かに魔力を込めているジオ。
念話習得の為の練習だけで魔力の流れを感じ取れるようになるとか、おかしいんじゃなかろうか。
「ねぇジオ、何してるの?」
「ん? よしできた。ほらこれ、やるよ」
魔力を込めたものを手渡される。
ガーベラのような花をかたどった可愛らしい髪飾り。
「ルーシェに悪意をもって害しようとした相手に攻撃を跳ね返すよう仕込んだ。持っといてくれ」
このわずかな時間でそんなものを込められるの⁉
さすがは悪役王子スペック。
「うん、ありがとう」
お礼を言って、さっそく髪につけた。
「何かあったときは俺にもわかるようになってるから、できるだけ身に着けててほしい」
「わかった」
思っていたよりもさらに複雑なものだったらしい。
その後、ジオと一緒に母さんが行きそうなお店を片っ端からまわっていくこと七件目。
「薄茶色の毛並みの猫獣人? あぁ、刺繍糸をたくさん買い込んでったよ。たしかあっちに行ったんじゃなかったかな」
ようやく有力情報を入手した。
お店のおばちゃんの言い方から、私が迷子になったことに気付いていないか、気付いていたとしても探そうとはしていないようだ。
「とんでもない親だな。ダメだと思ったらすぐ俺に言えよ、攫ってやるから。もう準備はできてるんだ。今すぐ国外に行けるぞ」
冗談めかして言うジオ。
でもきっと、冗談でもなんでもなく本気なのだろう。
「うん、その時はお願いするね」
「おう、まかせとけ」
くすくすと笑い合っていると、聞き覚えのある声がした。
「あらルーシェちゃん、こんなところにいたのね」
今日はいい天気ね、というセリフに差し替えても違和感なさそうな軽さで母さんが言う。
子どもが迷子になったというのに緊張感のない母さんに、もやっとしたものがこみ上げたが、ぐっと飲み込む。
「さ、おうちに帰りましょ」
ジオに気付いた様子もなく、さっさと家に帰ろうとする。
振ろうとした手をぐっとジオに掴まれて、耳元でささやかれた。
「ルーシェ、絶対に我慢はするなよ。早めに呼べ」
こくりと頷き、了解を伝える。
「じゃ、またな、ルーシェ」
「うん、またね、ジオ」
今度こそ手を振り、母さんのあとを慌てて追いかけた。