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「|あうおーおーあーうーうーえー《なるほどこれが異世界転生》」
小さな手をグーパーしながら独り言ちる。
なお、全く言えていないのは気にしない。
……とりあえず今後しばらくの課題は滑舌の改善かな。
「あらあら、どうしたの? 何か面白いものでもあったのかしら?」
いえ、特に。
「産まれたばかりですからね、どんなものでも興味をひかれるのでしょう」
うん、異世界ってことには惹かれるよね。
なぜかご都合主義的に日本語だけど。
文字は未確認です。
現在、部屋の中には私と二十代の女性、そして三十代の女性がいる。
話を聞いている限り、二十代の女性は私の母親、三十代の女性はお手伝いさんのようだ。
ところでここが異世界だと判断した要因だが、なんとこの二人、ケモ耳ケモ尻尾なのである!
ケモ耳は頭の上にぴょこんと出ているタイプではなく、人間の耳と同じ部分に付いている。
耳と尻尾から判断するに、母はネコ科、お手伝いさんは鹿だろう。
私自身は何かわからない。
まだ見てないから。
でももふもふなのはわかる。
父もわからない。
商人らしく、各地を回っているためまだ会ったことがないのだ。
あれだね、長いこと会えなくて子どもに忘れられるパターンのお父さんだね。
「さあルーシェちゃん、ご本を読んであげましょうね」
そう言って母がベビーベッドから私を抱き上げる。
私はそれにキャッキャと笑って答える。
知識を集めるのに、読み聞かせはありがたいからね。
こうして喜んでみせることで、たくさん読んでもらおうという魂胆である。
ただひとつ、文句を言わせてほしい。
読み聞かせなら文字も一緒に見せてください……!
それじゃ文字を覚えられないでしょうが!
だから文字は未確認なんだよ!
でもまあ、不機嫌そうな顔をしていたら本が嫌いなのかと思われても困るから、顔には出さずにキャッキャするんだけど。
「ウィシャス王朝歴78年、マックウェル王治世4年に」
毎度思うんだけど、それって赤ちゃんの読み聞かせに使うような本じゃないよね……?
こんなチョイスでキャッキャしてる私も私だけどさ。
ほかにも法律やら経済やら社会の仕組みやら、おおよそ商人の娘とは思えない英才教育を施されている。
私をどこに向かわせたいの?
王様が三人目に差し掛かったところで外が少し騒がしくなる。
「奥様、少し見てまいりますね」
「ええ、お願い」
お手伝いさんが母に断って出て行く。
「それじゃ、続きね」
続けるんかい。
「奥様! 旦那様がお帰りです!」
続かなかった。
「あら。それじゃあお迎えに行きましょうね、ルーシェちゃん」
おお、父に初お目見え?
母は本を置き、私を抱っこして部屋を出る。
何気にこの子ども部屋出たの初めてだなぁ。
廊下の向こうがドタドタと騒がしい。
「今帰った!」
ひょっこりと顔を出したのはスレンダーなクマさんだった。
「おお、おお! なんてことだ! 白い天使がいるぞ!」
えぇ……。
ネコ科な母とクマさんな父……。
どんな組み合わせ?
ポカンとした私を母の腕から奪い取って頬ずりしてくる父。
これはひげじょり来たか、と身構えるも、しっかり手入れしているようでつるつるのお肌がこすりつけられただけだった。
「まさか、白い毛並みとはなぁ……。なんてきれいなんだ。この耳と尻尾は、キツネかな?」
母ネコ父クマでどうしてキツネが生まれるの……?
「エルシア、エルシア。可愛いルーシェ、父だぞ!」
私、エルシアというらしい。
初知り。
ルーシェだと思ってた。
その後も初めて娘に会ってテンションが天元突破した父にとことん愛でられ、赤ちゃんの私はあっという間にダウンするのであった。