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飛竜の華  作者: 黒宮涼
飛竜の華
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竜騎士の卵たち(2)

「これより、学期末実技試験を行う。まず、一番と二番の生徒たちから準備を始めなさい」


 試験の先生が真剣な表情を一切崩さずに言葉を告げる。

 雲雀ひばりとルリの番号は十一番という中間の数字だった。

 試験を受ける生徒は丁度二十組。後半戦一番最初に十二番の屈強な竜人と組んでいる高飛車そうな女の子と交戦することになるだろう。

 競技場の周りは観覧席になっており、雲雀とルリは順番待ちのためにそこの最前列の椅子に座っていた。その横並びになっている椅子には他に何人もの生徒が座っている。そのうちどちらが勝つか生徒内での賭けが始まるだろう。

 雲雀はこれからすぐに始まる目の前の試合、一番の凸凹コンビが勝つと予想しておこう。頭が切れそうな人間の男が竜をよく操りそうだ。


「雲雀。あのピンクの首輪可愛いね」


 ルリは一体どこを見ているのだろうか。目の付けどころが違う。


「ピンクの首輪がいいのか? 今度買ってあげようか」


 雲雀はルリの持っている赤い首輪を一瞥する。毎月支給されるお金は自由に使うことができた。赤い首輪も雲雀が買ってあげたものだ。可愛いものがいいと、随分女の子らしいことを言っていた。


「本当? でも、あの子と被るはちょっと嫌かな。だからあれよりちょっと色の濃い方がいいかも」

「そうか。了解」


 ルリが言っているのは一番の竜が付けている首輪のことだった。竜人は竜に変身してから竜用の大きな首輪を付けられる。その首輪は人間が掴むことで意味を成す。そのため、片手で首輪を掴み、片手で剣を構えることになる。ある程度の筋力も必要ということだ。

 一番と二番の準備が終わったようだった。竜に首輪を付け、腰に修練剣。そして今回の戦闘の勝敗を決めるため、体に装備しなければならない風船を三つ。

 付けなければならないのは右腕と左腕、それと頭の上だ。マジックテープに風船を取り付けてあるのでそれをそのまま両腕と頭に固定される。

 二人の人間は修練剣を鞘から抜き取り、竜の背に跨る。


「いいか。狙うのは両腕と頭の上だけだ。その他、相手の体に怪我をさせることはしてはならない。先に風船を三つ割った方の勝ちだ」


 注意とルールだけを手短に告げてから、先生が叫ぶ。


「いざ尋常に、始め!」


 その叫びと共に振り下ろされた右手のひら。それに反動して竜たちは翼を広げて空高く舞い上がる。観覧席のある高さまで飛ぶと、それぞれに人間を乗せた二頭の竜がお互いの様子を窺うように睨みあっている。

 先に動いたのは二番の方だった。

 一番の左腕に付いている赤色の風船を狙ったようだったが、突き出した二番の剣はあっさりとかわされてしまう。

 二番の竜に跨る少年はかわされた瞬間に舌打ちをしたように見えた。その後も一番は二番の攻撃を見事にかわしきり、悠々とした面持ちを見せていた。

 二番の攻撃がかわされるたびに観客は盛り上がっていた。

 二番は思い切り顔をしかめていたので少しだけ可哀想に思えた。


「だりゃあああああああ」


 二番が叫びながら闇雲に一番の風船を狙う。それらすべては華麗にかわされている。

 次第に二番は息を上げていく。一番は恐らく、向こうに疲労を溜めさせて動きを鈍くさせる作戦だろう。二番はまんまとその策略にはめられていたのだ。

 そろそろだと雲雀は思った。二番が構える剣の位置が低くなっている。恐らく一番が動く。雲雀の予想は的中した。一番は剣を高く上げると、竜の高度が上がっていく。上方から一番が二番への攻撃を開始する。それはあっという間だった。まず右腕、頭、一度旋回して最後に左腕。実に見事な動きだった。


「止め! 勝者一番、サラサ・司ペア」


 先生の一言で観客の盛り上がりは限界を突破したように思えた。一試合目からこれでは、後からの自分たちはどう戦えばいいのだろう。雲雀は眉をひそめた。

 終わって下に降りて行く一番と二番。

 ここからでは彼らの表情は余り見えないが、二番はきっと放心状態に違いない。


「レベル高いな」


 雲雀は顎に手を当てて呟く。


「うんうん。楽しみだねえ」


 隣にいる相方は呑気にそう言う。

 濃い紫みの青色をした髪の毛が揺れる。

 こうしているととてもじゃないけれどこの少女が全身鱗に包まれた竜だとは思えない。普通の、人間の女の子なのだ。

 竜人と人間の見分け方は尖った耳と瞳孔の違いだけ。他は人間とほぼ同じだ。

 ルリもまだ中型とはいえ立派な竜だ。竜の姿では今の華奢な体とは想像がつかない大人一人分くらいの体長はある。

 二組目、三組目、四組目と何とも言えない戦いが続く。

 そして五組目。いよいよ蓮太の番だった。蓮太はまず相手の右腕を狙った。剣と剣がぶつかり合う。一旦引く。その後も何度か衝突して、蓮太の風船が一つ割れてしまった。

 しかし蓮太も負けてはいない。相手の風船を二つ割った。あと一つ割れば蓮太の勝ちだ。


「頑張れ、蓮太!」

 雲雀は思わずそう叫ぶ。その声は他の観客の声にかき消されてしまったけれど。

 蓮太が突進する。相手に付いていた最後の風船が割れた。


「いよっしゃー!」

「わー。すごいすごい!」


 雲雀とルリは手を叩いて蓮太の勝利を喜び合う。嬉しさの余り蓮太が雲雀たちに向かってガッツポーズをしたのが見えた。

 前半戦が終了し、一五分間の休憩に入る。場内アナウンスが流れた。

 雲雀とルリは後半戦に入ると最初の試験なので、休憩が終わったらすぐに戦いの準備をしなければならない。


「二人ともお疲れ」


 雲雀とルリは観覧席から競技場へと降りて、蓮太の肩を軽く叩いた。


「おう」 

「次、頑張って」


 先ほどまでの不安が終わったからだろうか。清々しい顔をして、蓮太とその相方であるワカバ・ヒ・シンカが言う。 

 ワカバは、ルリの紹介で蓮太の相方になった竜人だった。最初こそ、ワカバも蓮太を警戒していたようだったが、今はすっかり相方が板についている。

 ルリ曰く、ワカバは何でも話せる親友らしい。相方である自分よりも、ワカバのことを信頼しているのではと、雲雀は疑いたくなるくらい仲が良い。


「あ、ルリ」

「ん?」


 ワカバがルリを呼びとめた。ルリがワカバの方を見る。


「気をつけてね」

「ほへ?」


 ワカバの言葉に、ルリは首を傾げる。それからすぐにルリは笑顔でこう言った。


「あはは。大丈夫だよお。心配性だなぁ、ワカバはー。そういうところも大好きー」


 ルリはいつもの調子でワカバに抱きつく。

 この能天気が試験になると嘘のように機敏に動くのだから信じられない。

 ワカバはルリの笑顔に釣られるようにして、少しだけ表情を和らげていた。けれどどことなくいつもとは違う感じがした。ワカバはルリと違って感情があまり出ない。だから、この違和感は気のせいかもしれないとも思う。


「安心しろワカバ。こいつが暴走しないようにしっかり縄を握っとくから」


 雲雀はそう言ってワカバに向かって笑いかけた。ワカバは何も言わずにこちらを見て、それから小さく頷いた。

 雲雀とルリは十五分間をしっかり休憩する。休憩時間が終わると雲雀は修練剣を腰に下げ、ルリと共に堂々と競技場の真ん中へ歩く。観覧席から歓声が上がった。おそらくその全員が、雲雀とルリが勝つ方へ賭けているのだろう。これは期待の声だ。雲雀は気合を入れるように両側の頬を両手で軽く叩いた。


「ルリ。よろしくな」

「おうよ」


 そう言ってルリが竜の姿へと変身する。先ほどまで雲雀の身長の半分しかなかった少女が、雲雀の等身まである巨体を見せつけていた。俺はその巨体に、丁寧に首輪をかけてやる。不思議なものだ。いつもは雲雀がルリを見下げているのに、今は雲雀がルリに見下げられている。

 準備が終わって競技場の真中へ向き直ると、目の前には屈強な男を従えた髪の長い十二番の女が立っていた。彼女の名は深山鶫みやまつぐみ。話したことはない。雰囲気はワカバと似ていると思う。ただワカバと違って誰かと一緒にいるところをあまり見なかった。

 彼女も雲雀と同じように腰に修練剣を下げている。鶫の相方、ライム・ヒ・スギナが竜の姿になると、その姿に軽く別の歓声が上がる。彼のことはよくわからないが、その巨体はルリより少しだけ大きく見えた。噂では、この学校に所属する竜の中で一番の大きさだといわれている。

 鶫がライムに首輪を装着して、また雲雀たちの方に向き直る。


「よろしくお願いしますわ」

「こちらこそ。よろしく」


 雲雀たちが挨拶するのを見てから、先生が風船の付いたマジックテープを渡してきた。それをそれぞれ装備して、もう一度相手と真剣な表情で向き合った。それから大地に腰を下ろしている相方の竜に跨り、雲雀たちは剣を抜いた。

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