これからと、それから(1)
雲雀は森の中にいた。
太鼓の音が鳴ると、周りの木々も一緒に震えて葉っぱを鳴らした。
竜人族の村の中心には、やぐらが建っている。その周りでは、人族と竜人族が入り乱れて円を作りながら踊っていた。
今日は感謝祭三日目。竜人族の村へ、人族の立ち入りの許可がでた。二千年続く国の歴史の中で、おそらく初めてのことだろう。
突然のことに新聞記事や雑誌記事は様々な憶測を立て、二日前の皇城爆発事件となにか関連があるのではと書かれた。しかし、詳細は謎のまま。皇家側からの圧力で何一つ具体的な記事は書かれていなかった。
今回の事件、皇家は未だに混乱の渦中にある。
「踊らないの」
円の外で一人たたずむ雲雀に声をかけてきたのは、ルリだった。彼女は踊り子の衣装に身を包んでいた。
「そんな気分でもないから」
雲雀はルリに答えた。
未だに病院で治療を受けている葵と月見のことを想うと、素直に祭りを楽しめなかった。
二人は隠と戦った日以来、帝都の病院に入院している。
ワカバも怪我をしていたが、竜人なので直りが早く。動けるぐらいには回復していた。今は蓮太と二人で街に繰り出しているだろう。
「雲雀ってば、元気なーい。そんな顔してると、月見に怒られるよ。気にせずに行ってこーいって言われたんだから」
そうなのだ。雲雀は月見に病室から蹴りだされてしまった。
「怒られてもいいよ。やっぱり俺、色々考えたいこともあるし戻るよ」
雲雀が言いながら踵を返すと、「雲雀、ちょっと待って」とルリに右腕を掴まれた。
「あ、れ」と彼女は人差し指でとあるものを示す。
雲雀が首をかしげてそちらを見ると、菫とチトセがどこかへと一緒に歩いていく姿が目に入った。
菫も病院にいると言ったが、月見に追い出されたらしい。
面白そうだから尾行しようと、ルリは言った。雲雀はやめとけと言ったが、無理矢理引っ張られていった。
村から少し離れた場所で、菫とチトセは立ち止まった。
雲雀とルリは彼らから見えないように、木の陰に隠れて様子を見た。
「話ってなんだ」
そう切り出したのはチトセだった。
「私、あなたに謝らなければいけないことがあるのです」
菫は真っすぐにチトセのことを見つめていた。
「何のことだ」
チトセは首を傾げた。
雲雀とルリも顔を見合わせる。
「私、ずっと昔にあなたに会ったことがありますよね」
菫の言葉に、チトセが目を丸くする。雲雀も驚いた。
事情を知らないルリは小さな声で「ねぇねぇ。知ってる?」と問いかけてくる。
雲雀は「あとで」と小さな声で返した。
チトセは何と答えるのだろう。まさかこんなチャンスを逃すはずがないよな。と雲雀は思った。
菫は小さいころ、森でチトセと会ったことがある。しかしその記憶は、妖精たちによって菫の頭から消えていた。チトセは再会の約束をした菫に会いに人間の街にでてきた。
雲雀は二人がちゃんと再会を喜ぶ姿を見たかった。チトセの記憶の一片を見たとき、あれからずっと思っていた。
「そうだ。思い出したのか」
チトセは顔色を変えずに頷いて、それから尋ねた。
「いいえ」と菫は首を横に振る。
「ただ、初めてあなたに会った時、なんだか懐かしい感じがしました。そのことを、言うタイミングがわからなくて。だから、ごめんなさい。ずっと黙っていて」
菫はそう言って、チトセに向かって頭を下げた。
「顔をあげろ。謝る必要なんてないだろう」
「ですが、チトセのこと傷つけました。他にも色々。謝りたいことがたくさんあります!」
叫ぶように、菫は言った。
「謝るな。俺はお前に感謝しているんだ。幼いお前に出会っていなかったら、俺は今ここにいない。ずっと村に引きこもっていた。でも、お前と約束したから。お前との約束があったから、お前に会いに村を出た」
雲雀は、菫の目から涙が零れるのを見てしまった。
「何で、泣く」
チトセは息を吐いた。
「嬉しいからです。純粋に、嬉しいから、涙が出ました」
菫は涙を指で拭った。
チトセが困ったように笑った。
雲雀も思わず顔が緩んだ。よかった。これでもう、思い残すことはない。
「あー!」
突然、雲雀の隣で二人を見ていたルリが叫んだ。雲雀は驚いて急いでルリの口をふさぐ。
「わっ。ばか」
チトセと菫がこちらに気づく。
「チーちゃん、なんで菫を泣かしてるの! いじめちゃダメ!」
ルリは雲雀の手を払いのけてそう叫んだ。
覗いていたことの言い訳なんてもう通じなさそうな状況だった。雲雀は頭を抱えた。
「お前ら、いつから覗いていたんだ」
チトセは当然、ご立腹。
「あらあら。違うんですよ。ルリちゃん。いじめられていません。泣かされたのは事実なので否定はしませんが」
「って、おい」
雲雀はチトセと菫のやりとりに、思わず吹き出す。チトセに睨まれた。
「なんだ。そっかー」
ルリは能天気に笑っていた。
緩んでいた顔を正すと、雲雀は改めてルリとチトセ。それから菫の顔を見る。
「あのさ。俺も皆に話があるんだ。俺の――これからのこと」