妖精女王の憂鬱
妖精女王は息を吐いた。
彼らが真っ先に自分に会いに来ると予想はしていたが、気分は乗らなかった。自分がしてきたことへの答え合わせを、しなければならなかったから。
彼女を森に入れるのは、何十年ぶりか。妖精たちが騒いでいる。女王はその声を手を挙げることで静めた。妖精女王の目の前には、一頭の老竜と一人の少女がいた。
「文句でも言いに来たのかの。言うておくが、わらわは忙しい。手短に話せよ」
妖精女王が威厳を見せつけるのは、普通のことだ。自分はお前より上なのだと他者に示すため。こういう話し方をしている。彼らとて例外ではない。対等な存在など、端からいない。
「ならば、妖精女王。わしらはこのままこの土地を離れ、辺境の森へ移ろうと思うておるのじゃが。おぬしも行かんか」
老竜。スバルが、しわがれた声で言った。
冗談じゃない。と女王は思った。スバルだけならともかくも、その隣に堂々と立っている忌々しい人間と一緒には行きたくない。それに、ついていけば自分が二人の邪魔になることはわかりきっている。
「嫌よ」
女王は一言で答えた。
「どうしてじゃ」
「わらわはこの森を捨てられん。お前たちのようには、自由に生きられない」
それも本当のことだった。女王である自分が長い間ここを離れれば、帝都に行きわたっている魔力の均衡が一気に崩れる。妖精たちが作る魔力の量は常に調整していないと、火水土風のどれかに偏ってしまう。それはあまりよくないことだ。つり合いが取れなくなるとより、闇が生まれやすくなる。人間がどうなろうと知ったことではないが、スバルはそれを哀しむのだろう。
「なら、ここはあなたに任せるわ」
「野薔薇」
野薔薇と呼ばれた少女は、ずいぶんとあっさりしていた。華の力を与えたときもそうだったが、そういうところが気にくわない。
「私たちは別に、ここを捨てたつもりもないし、あなたも見捨てたつもりはない。生きている限りは、何度でもあなたに会いに来るわ。それと。いい加減、閉鎖的になっていないで、もっと人間と交流したら。せっかくのお祭りなんだし。皆で楽しまなきゃ損じゃない」
野薔薇の言葉に、女王は少しむっとする。
「お前のことだけは、永遠に好きになれそうもないの」
「知ってる」と野薔薇は返して、何故だかほほ笑んだ。
野薔薇の言うとおりにするのは癪だが、元々は彼女への嫌がらせのつもりで始めた妖精と竜の祭りだ。その必要がなくなった今、閉鎖している理由はない。
少しだけ。素直になってみることにする。
「また。いつでも来るがいい。結界は開けておいてあげるから」
そう言うと、野薔薇は再び笑みを見せた。
二千年前のことを思い出す。
スバルが人間を好きになったと女王に告げた日。怒りで我を忘れてしまった。どうしてと何度もスバルを責めた。けれど、彼の気持ちは変わらなかった。ならば仕方ないと、女王はスバルのために華の種を作った。そしてそれをのこのこと自分に会いに来た野薔薇に埋めた。彼女は三日三晩高熱にうなされ、のた打ち回った。これで彼女が死ぬのなら、それまでだと思え。スバルに向かってそう言った。
野薔薇は華の力を受け入れた。そのために死ななかった。大した度胸だと思った。それがあればどんなことでも乗り越えられる。女王は野薔薇にそう言った。
――勝手に生きて。生き延びて。永遠に苦しみながら長生きすればいい。