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飛竜の華  作者: 黒宮涼
哀を唄えば
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古い約束(4)

  焦げた匂いが、鼻の奥へと入ってくる。起き上がると腕や足が痛い。どうやら床にぶつけたようだ。煙を吸ってしまい、むせるように雲雀ひばりは咳き込む。


「何が。起きた」


 傍に倒れていた父がそう言いながら、ゆっくりと起き上がる。


「げほっ。わからないです。皆さん、無事ですか」


 辺りを見まわすと、スバル。野薔薇のばら。チトセ。すみれもそれぞれ意識があるようだった。

 雲雀は、爆発した扉のほうへ視線を移す。誰かがそこに立っていた。


「皇帝陛下はどこ?」


 そいつには見覚えがあった。通り魔で捕まった魔法士の女だ。彼女がおぬ使いなことは明白だった。隣で人の姿をした人とも思えない者が頭を下げていたからだ。

 雲雀は野薔薇を見る。この少女が陛下だということを言ったら、きっと驚くだろう。


「ここにいるわよ」


 野薔薇はためらうことなく言った。


「野薔薇」


 スバルが野薔薇を心配そうに見つめる。彼女は立ち上がり、しっかりと隠使いと向き合った。


「冗談は好きじゃないの。お前が皇帝なわけがない」


 隠使いは信じようとしなかった。雲雀だっていまだに信じられない事実だ。こんなにも小さな少女が、初代皇帝陛下だなんて。


「冗談じゃないわ。あなたが探しているのは、私」

「もしそれが本当なら、お前。今から死ぬの。それでもいい?」

「私はあなたに殺されて死ぬのは、ごめんよ。でもせめて。話を聞かせてくれる? あなたがどうしてここへきて、私を殺そうとしているのか」


「決まっているじゃない。私が殺したいから殺すの。祭りだかなんだか知らないけれど、竜人と共存できるなんて馬鹿げた思想を持った皇帝陛下なんて殺されて当然なの。共存なんてしなければ、誰も不幸になることなんてない。人間同士が仲良くしていればそれでいいじゃない。竜人と仲良くする必要もない。こんな世の中、間違っている」


 隠使いは、強い口調でそう言った。

 竜人と共存はできないと考えている人間がいるのは、当たり前のことだ。色々な人間がいる。色々な竜人がいる。そのすべてが仲良く。できるわけがない。それぞれに考えていることが違う。統一することなんてできない。でも彼女は。野薔薇皇帝はそれをできると思ったのだろう。二千年前。この国を創ったのは誰でもない。彼女のはずだ。


「昔々あるところに、とある少女がおりました」


 唐突に野薔薇がそう言ったので、雲雀は顔をしかめた。


「いきなり何なの」


 隠使いも雲雀と同じような顔をする。


「少女はとある山あいの村に住んでいて、その村のものたちは皆、山頂に住む竜を神として崇めていました」


 聞いたことのない昔話だった。雲雀は思わずスバルのほうに視線を向けた。おそらく少女は野薔薇。そして竜とは彼のことだと思う。彼は野薔薇のことをじっと見つめていた。


「ふざけないで。そんな昔話、どうでもいい!」


 隠使いは叫ぶが、野薔薇は気にせず続ける。


「ある時、村が盗賊たちに襲われました。彼らは悪しき魔物に憑りつかれていました。村人は次々に殺されていきます。命からがら逃げた少女は、山の竜に助けを求めました。竜は少女の願いを聞き入れ、人の姿に化け山を下り、村を救いました。それ以来、少女は山へ竜に会いに行くようになりました。少女は竜に惹かれていたのです」


 そこまで言って、野薔薇はスバルのほうへ目を向ける。


「少女の想いは竜に通じ、一人と一頭は愛し合うようになりました。しかし、人間と竜が結ばれるなんてあり得ない話。森に住んでいた妖精は激怒しました。少女は妖精に許してもらえるように説得に行きました。どうしても一緒になりたいなら罰を受けなさいと妖精は言いました。少女は罰を受けました。それを知った竜は哀しみました。そして少女と約束を交わすのです」


 スバルは何も言わないまま、野薔薇の右手を両手で包み込む。表情こそ険しかったが、隠使いはその様子を黙って見ていた。野薔薇が何を伝えようとしているのか。それを頑張って理解しようとしているのだと雲雀は思った。


「いつかきっと、竜と人間と妖精が仲良く暮らせる国を創ろう」


 スバルがかみしめるように、その言葉を口にした。

 そのたった一つの約束を守るために、スバルと野薔薇は今までずっと頑張ってきたのだ。

 雲雀は目を丸くする。それと似たようなことを、ワカバが言っていたことを思い出したからだ。しかし、同時に妖精女王の言葉も思い出す。


『そんなもの、どこにもありはしない』


 彼女は確かにそう言っていた。どんな思いでそれを口にしたのだろう。雲雀は胸が苦しくなった。


「少女――。私は国を創ろうと頑張ったわ。最初は小さな国だった。でも二千年で、ここまで大きくなった。私たちの約束は、共存協定と名前を変えてしまったけれど、今日まで続いているのは、国民のおかげだと思っているわ。だからこそ、いつかあなたのような人が出てくると思った。その時は、ちゃんと受け入れようと思っていた。受け入れて、私たちのわがままでつらい思いをさせてごめんなさいと謝るつもりだった」


 野薔薇はそう言って、もう一度隠使いに視線を向けた。


「謝って済む問題じゃ……っ」


 隠使いは眉をひそめる。


「ええ。わかっているわ。だから、もう私たちのわがままに付き合う必要はないの」


 野薔薇は頷きながら、そう言った。


「どういうこと」

野駒日雀のごまひがら大臣。初代皇帝、野薔薇の名のもとにあなたに頼みがあります」

「え?」


 突然のことに、父は面食らったようだった。野薔薇は父のほうへ向く。


「この国を、大臣たちに託したいのです。私とスバルのわがままから始まったこの国を。次の時代に進めてほしいの」

「そ、それは……」


 こんな展開になるとは、父は思っていなかっただろう。目を見開いている。


「願ったり叶ったりじゃねぇか。大臣」


 まだ血が止まっていないのか、壁にもたれたままチトセが言う。 


「わかりました。しかし大臣は私一人ではないので、他の者らとしっかり話し合ってからですね。その時は、助力していただけますか」


 父は真面目な顔をして、野薔薇に尋ねた。彼女は「もちろん」と頷いた。それから二人は握手をした。


「何それ……。あなたが本当に初代皇帝で、今の昔話も本当なら、私はもう何も言えない」


 隠使いはそう言って、頭を抱えた。彼女は野薔薇の話を理解したらしい。

 二千年間。野薔薇とスバルはお互いへの愛を、かつての約束を、忘れることはなかった。それだけの想いがあったからこそ。今がある。

 野薔薇は、もう一度隠使いに視線を送る。


「あなたの言い分はわかる。けれど、否定しないでほしいの。私のことも、あなた自身のことも。誰かを愛する心を、否定しないであげて。愛は、自由なのよ」


 野薔薇の言葉に、隠使いは涙を流した。


「本当は、何度も後悔した。もし私があの時、彼のこと追いかけていたら、何か変わっていたかもしれないって。逃げたのは私の方だったのかもしれない」

「ならこれは、もう必要ないわね」


 野薔薇は隠使いの鍵を持っているほうの手をとって、そう言いながらその闇のように黒い鍵を手で握り、粉々に砕いた。


「主……」


 隠は呟くと、その場で霧散むさんした。

 隠使いだった魔法士の彼女はそれからしばらく、ずっと泣いていた。

 雲雀はこれで一段落したのだと、安心して肩の荷を下ろした。

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